第20話 姫咲楓は恋愛が絡むとポンコツと化す

 ……うーん、やっぱどう見ても演技には見えないよなぁ?


 昨日の帰り道に風見さんに言われた、『姫咲先輩が大和のことを好きな演技をしている』という言葉が気になった俺は、部活中の合間を縫って姫咲先輩を観察している。


 風見さんはお姉さんの演技を見てきたからこそ、相手が演技をしているかしていないかは感覚としてなんとなく分かるらしい。

 ……もしかして風見さんの前で嘘とか吐けない? 怖っ。


 まぁ、それは置いておいてだ。

 100%演技だと言い切れるほどの自信はないらしいけど、今回はなんとなく違和感が残り続けているらしい。

 

 言われてみれば、俺も最初は違和感があった。

 入部した時のことだったし、単に緊張しているだけかと思ったんだけど、先輩の性格とか度胸とかも考えて緊張のせいというのは線が薄くなってしまった。


 もし、風見さんが言っていることが本当なら、姫咲先輩はどうしてそんなことをしているんだろう?

 その行動になんのメリットがあるんだろう?


 考えながら視線を姫咲先輩と大和に向けるけど、本当に演技には見えないぐらい距離は近い。

 さりげなく大和の欲しているものを先読みし、あまりベタベタし過ぎないし、傍から見れば完全にいい彼女だ。


 大和も口を開けば一言目には筋肉だけど、黙っていれば爽やかなイケメンだし、姫咲先輩とはかなりお似合いのカップルに見えてしまう。


「おい蒼太、どうしたんだよ? 今日はやたらと姫咲先輩をジッと見てるよな? まさか惚れたのか?」


「本当にまさか、だよ。蓮はあの2人についてどう思う?」


「獅童と先輩か? まぁ、美男美女でお似合いなんじゃねえの? クッソ、俺もあんな年上美人に甲斐甲斐しく世話焼かれてえなぁ……獅童の野郎が恨めしい!!」


 恨みがましい視線を大和に向けてからチッと舌打ちを1つする蓮。

 何もそこまで険しい顔をしなくても……。


 すると、蓮が急に何かを思いついたようにあっ、と小さく声を上げた。


「俺、ちょっと藁人形作ってくるわ!」


「そんな爽やかに言われても。それは誰も幸せになれないからやめとこうよ」


「イケメンの不幸、俺、幸せ」


「なんでカタコト?」


 あとそんな屈託のない笑顔を向けられても困る、なんて純粋な目をしながら人の不幸を幸せだなんて言い切っているんだ。

 と思っていたら、俺たちの方に大和が来てしまった。


「なんだよ、蒼太も瀧岡も仲良さそうじゃねえか! 僕も混ぜてくれよ!」


「うるせえ! リア充がこっちに来るんじゃねえ!! 伝染うつるだろうが! ここは負け組だけの空間なんだよ!! なっ、蒼太!!」


「ごめん、負け組には入りたくない。というかリア充が伝染るならいいんじゃないの?」


「抱きしめてくれっ!! 獅童!!」


「どうして君はそう極端なの? 0か100しか知らないの?」


「よし、抱きしめればいいんだな? 任せろ!!」


「大和も悪ノリしないで、絵面がきつすぎて夢に出そうだから!」


 逞しい大胸筋を見せつけるように腕を広げた大和はジリジリと蓮ににじり寄って行く。

 俺はなんてものを見せられているんだろう。


「……なぁ、なんか柚月がめっちゃこっち見てるんだけど。すげえ蔑むような顔してるんだけど」


「あれが噂に聞くゴミを見る目ってことか?」


 蓮と大和に続いて、柚月さんを見ると確かに汚物でも見るような顔をしていて、火稟さんが話しかけた途端に笑顔に戻って、俺たちのことなんていなかったのと同じように振舞い始めた。


「ゴミって言うか……あれは道端に吐き散らかされた嘔吐物を見る目だよ」


「なるほど、触りたくもないってことだな」


「確かにゴミならまだ処理しやすいけど、アレには絶対触りたくないからな。……流石の俺でもゲロ扱いされるのは嫌だわ」


 それを言ったら近くにいただけなのに嘔吐物扱いされた俺なんて不憫すぎるでしょ。

 まぁ、細かいことは分からないけど、蓮のリア充への道のりが一歩遠のいたのは確かだと思う。


「とりあえずちょっとトイレ行ってくる」


 そう言って、俺は1人トイレへと向かい始めた。


***


「水樹さん、お疲れ様です。少々お時間よろしいでしょうか?」


「姫咲先輩? はい、いいですよ」


 どうして姫咲先輩が話しかけてきたのかということと、要件が何なのかってことはあ大体想像がつくけどね。

 蓮に言われたぐらいだから、この人が今日1日中ずっと俺から見られてるってことはどこかしらのタイミングで気が付いていてもおかしくないし。


「せっかくなので帰りながら話しませんか? そうだ、喫茶店にでも寄ってのんびりして帰りましょうよ」


「そういうのは大和を誘った方がいいんじゃないですかね? 俺は構いませんけど」


「大和さんを誘うのは……その、まだ少し恥ずかしいと言いますか……」


 先輩は頬を赤らめ、照れを隠すようにはにかんだ。

 その様子はどこからどう見ても想い人を想っているって感じで、やっぱり演技だなんて信じられないぐらいだ。


「練習相手としても付き合いますよ」


「まあ! ありがとうございます! では、行きましょう!」


 今日は家の方角的に大体一緒に帰っている風見さんが用事があるからと先に帰っているから時間的にも余裕はある。

 ……小説の続きだとか脚本だとか懸念材料は割とあるんだけど、パソコンのお礼も言っておきたかったとこだし、これはこれでちょうどいい機会だ。


「……それで、今日はどうしてわたくしのことを熱の籠った目で見つめてきていたのですか? ハッ!? まさか、水樹さんが私のことを!?」


「それはないので安心してください」


「そこまでハッキリ言われるのも女性として魅力がないのかと思ってしまいますね……」


「そ、そういう意味じゃないですよ!」


「ふふっ、分かってますよ。からかっただけです!」


 見事に手玉に取られてしまった。

 なんか悔しい。


「それで、どうして今日は私をずっと見ていたんですか? 柚月さんも火稟さんも不思議がってましたよ?」


「それは……その……」


 これって本人に言っても大丈夫なんだろうか? 

 もし、これで先輩が気分を悪くしたりして、気まずくなるなんてことになってしまえば目も当てられない。

 

 だからこそ、風見さんだって俺に言うことを渋ったんだと思うし、勘違いならそれでいいんだけど。


「……恐らくですが、私と大和さんのことなのではないでしょうか?」


 核心を口にされ、心臓が元あった場所から数センチ程跳ねたような気がした。

 元の場所に収まってからもドッドッと激しく心臓が胸を鳴らす。


「どうして、それを」


「そのセリフを言うのは本来私の方ですよね」


 先輩はくすくすとおかしそうに笑い、俺を見る。


「私が演劇部関連で隠していて、水樹さんにおかしいと思われそうなことなんてそのぐらいしか思い当たりませんから。風見さんも気が付いて触れないでいてくれたみたいですし」


「……そう言うってことはやっぱり、本当なんですか?」


 俺の言葉ににこりとより一層笑みを深めた先輩。

 

「――はい、私は獅童大和さんのことを恋愛的に好きだという演技をしています」


「風見さんの言う通りだったんですね……理由って聞いてもいいんですか?」


「ええ、もちろん」


 さて、姫咲先輩はどんな理由で人を好きなんて演技をしているんだろう。

 少なくともきっと、俺たち普通の人間にとっては普通の話じゃないことを語られてしまうことは間違いない。


「そうですね、どこからお話すればよいのやら……私の家はハッキリ言ってしまえば裕福です。父は会社を経営していて、母はこの学校の理事です」


「はい、それは知っています」


「今まで欲しいものは与えられる生活をしてきたので、言い方は悪いとは思いますが、苦労をしたことがないんです」


「そうですね。でもそれが事実ですから」


 姫咲先輩はそういうことを自慢して鼻にかけるような人じゃない。

 むしろ、謙虚だけど自分に自信を持って生きている人だ。


「でも、手に入らないものだってあるんですよ? なんだか分かりますか?」


「……すみません、ちょっとよく分からないです」


「好きな相手、と言っていいのでしょうか? もっとざっくり言ってしまえば恋そのものです」


「恋……ですか?」


 先輩ほど美人なら、それを手に入れようと思えば簡単に手に入ってしまうようなものに思えてならない。

 

「えぇ、私は恥ずかしながら……誰かに恋をしたことがないんです」


「なるほど……そういうことですか」


 今の話を要約すると、モテていても好きになれた人はいない。

 相手からは恋愛的好意を持たれるけど、持たれても先輩が相手を好きになるかどうかは全く別問題。


 だから、何でも与えられたとしても手に入らないもの。

 先輩自身の誰かを好きになるという気持ち。


「私が自由でいられるのは高校3年生までというのが父との約束です。大学はきっと海外に行って父の会社を継ぐ為に勉強することになるでしょう」


「その為に、今は自分のやりたいこと、恋愛をしてみたいということですか?」


「そうです、その通りです。……水樹さんと話していると大人の人と話している感覚になりますね。今の話、普通の人ならきっと驚きますよ?」


「驚いてますよ。演劇部にいなければ間違いなく顔に出てました」


 嘘は言っていない。実際に言われた時は内心驚いた。そんな物語の世界のような話が現実にあるんだと思った。

 だけど、言われてみればそれが大企業の跡取りとなれば普通のことなのかもしれないとも思ってしまった。


 ……まぁ、風見さんのお姉さんの桜花さくらさんが『初恋色の世界』を演じた女優さんだったことの方が衝撃的だったことはこの際触れなくてもいいよね?



「ついでに、私は父からお見合いをたくさん勧められています。政略結婚というものですね」


「そ、そこまでだとは思いませんでした」


 いよいよフィクションの話みたいになってきたな……。


「大企業の娘として、将来は跡を継がないといけないこと、この先の自由が無くなって会社の為に生きないといけないこと……こればかりは仕方ありません。私が姫咲家の長女、姫咲楓なのですから」


「……先輩」


「――ですが、たった1つだけ譲れないものがあります!」


 一瞬だけ悲しそうな顔をした先輩が目に力を込め、澄んだ目で俺を見る。

 

「好きでもない相手と結婚なんてごめんです! どこの馬の骨とも知れない相手に私を自由にする権利なんて与えられません!」


「え、えぇ……」


「そういった政略結婚が立場上仕方ないのは理解しています!! それでも、私は私自身が認めたパートナーと共に人生を歩んでいきたいのです!!!」


「わ、分かりましたから! 少し落ち着いてください!!」


 すごい勢いで距離を詰められても困るんだけど!? というかこの人こんなに鼻息荒く話す人だったの!?


「はっ!? ごめんなさい、取り乱しました……私としたことが恥ずかしい……」


「い、いえ。お気になさらず」


 この人、恋愛関連になるとポンコツになるんだなぁ……。

 

「それが大和を好きな演技をしている理由ですか?」


「うーん、それがもう少し先の話がありまして……実はもう既に私には許嫁に近い人がいるんです。私は認めてないのですが、あちら側の押しが強くて、父も賛成してしまっていて……」


「い、許嫁ですか? その単語を現実で聞くことになるとは思いませんでした」


 いよいよ話が大きくなってきたな……いや、元から大事なんだろうけど、ちょっと感覚麻痺しちゃってるみたい。


「話を勝手に決められて私は怒っているんです!! ですので、頭にきてしまってつい、もう意中の相手がいてその人と結婚したいと啖呵を切ってしまいまして……」


「え、えっと……それが、偶然偶々命を救ってくれた大和だったと?」


「……は、はい。命を顧みずに私を助けてくれた殿方に惚れた、と伝えてしまいました……」


 大和ぉ!! 知らない間に大事になってるよ!? 大企業の社長まで絡んでるほど壮大なサイドストーリーが本人の知らないところで進んじゃってるよ!?


「なので、本当に大和さんとお付き合い出来ない場合、私は……身勝手なことだとは思っているのですが……言い出した手前、どうしても引けなくなってしまって」


「ちなみに大和のことは本当はどう思ってるんですか?」


「……命を助けてもらいましたし、変わった人ではありますけど、友達想いでとても優しい方だと思っています。恋愛的な好意があるかと聞かれれば分かりません」


「まぁあいつとにかくいい奴なんで……筋肉バカですけど」


 とりあえず、姫咲先輩の事情は分かった。

 聞いても先輩の家のことだからサポートは出来そうにないことも。


「それでも私の知り合いの男性の中ではダントツに好きですよ」


 ――ん? んん? あれ? これってもしかして……?

 大和のことを姫咲先輩を見て、俺は1つの可能性を思い浮かべてしまった。


「さあ! 大和さんには悪いですけど、絶対に私に惚れてもらいます!! 水樹さん、今の話はくれぐれも皆さんには内密にお願いします! あくまで私の問題ですから!」


「あ、えっと、はい、もちろんです」


 意気揚々と俺の前を歩き出した姫咲先輩の背中を見ながら、俺は思った。
















































 ――この人、本気で大和に惚れてない?

 

 と。


 多分、本人も気づいてないパターンだ。

 先輩は自分が大和を好きな演技をしているだけって思っていて、演技だと思い込んでいるから、それが風見さんには演技っぽく見えていたってこと?


 恋をしたことがないから、どんな気持ちになるか分かってないだけってこと?


 ……ナニソレ?


 正直、姫咲先輩の家の事情に無関係な大和を巻き込もうとしていることは許せないって思ってたんだけど……。

 本当に好きならそれでいいのかな? いいよね? もういいか。

 これ以上、俺が考えても仕方がないことだし。


 散々考えて、疲れた頭に糖分が染み渡ったのか、姫咲先輩の行きつけだという喫茶店で食べたケーキは今まで食べたどんなケーキよりも美味しかった。


 ……まぁ、絶対にそんな理由で美味しいわけじゃないほど高級なものだった、とだけ言っておこうと思う。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る