第19話 照れ隠しを隠させてくれない人たち
「水樹、部活行くなら一緒に行こうぜ!!」
「あ、うん。そう言えば瀧岡君が入部したのうっかり忘れて1人で行くところだったよ」
「お前ナチュラルに毒吐くっていうか酷い時あるよな!?」
急に変わったことに対応するほど順応性が高くないもので……大和のことはあいつならやるって思っておけば大体は解決する。
というか付き合い長いからもう慣れた。
「本当に入部してよかったの? 今更だけど、あそこ瀧岡君の天敵がいっぱいいるし」
「天敵ってお前……まぁ、事実だけど。いいんだよ! まさか気絶までするレベルで女子が苦手だとは思わなかったからな!! このまま大人になったらもっと大変なことになるし、ここで克服させてもらうぜ!! そんで俺もリア充になる!!」
「克服出来ても彼女が自動的に出来るわけじゃない件について話し合う?」
「さてはお前俺のこと嫌いだろ!? 希望を持とうとした瞬間へし折ってくるって悪魔かよ!?」
嫌いになるほど関わったわけじゃないし、そもそも嫌いな相手とここまで話すことはないと思う。
これを言ったらツンデレかよ、とか言われそうなので黙っておこう。男のツンデレとか誰が得をするんだって話。
「というか水樹さぁ、その瀧岡君ってやめてくれねえか?」
「え? じゃあ今度からなんて呼べばいいの? タピオカ君?」
「そういう意味じゃねえよ!? 単に男から名字で君付けとか違和感あるからやめてくれって話だよ!! つうか誰がタピオカだ!!」
非常にノリがよくて会話が続いて楽でいい。
こういう感じで女子と接すれば話題には困らないだろうに。
「蓮でいい!! 特別に名前で呼ぶことを許可してやってもいい!!」
「そんな許可いらないから、面倒だし俺は遠慮しておこうかな」
「なんでだよ!? 呼べよ!! 呼んでくださいお願いします!!」
「じゃあ蓮。1ついい?」
「おう、急にきたな……なんだよ?」
そのまま視線を蓮の足元に落とす。
「靴ひも、解けてるよ」
「おわっと、すまん……ってふざけんな!! 今上履きじゃねえか!! なんでそんな嘘吐くんだよ!? 今の嘘に意味あったか!?」
名前を呼んだことがちょっと照れくさくて間が持たなかったから、誤魔化す為だとか言えるわけがない。
なんだかんだで、大和以外に男子で友達と呼べる存在が出来るのは中学以来だったから、俺もちょっと浮かれてるんだよね。
「特に意味はないよ。とりあえず、俺のことも蒼太でいいから」
「お、おう。でも部室に着いちまったな、蒼太」
小芝居をやっていたら移動中もあっという間だった。
……なんか部室内がめちゃくちゃ騒がしい。主に風見さんの声が外まで聞こえてくる。
「なんだろう、部室にイケメンでも来てるのかな? もしそうだったらどうする?」
「愚問だな、殺……ぶっ殺す」
「もっと悪い方に言い直す必要はあったのかな?」
まぁ、演劇部の女性陣がイケメン程度に騒ぐとはこれっぽっちも思わない。1ヶ月程度の付き合いだけど、流石にそのくらいは理解出来る。
とりあえず入らないと騒ぎの原因も分からないんだけどね。
「どうしたの、皆なんか騒がしくない?」
「あっ!! 水樹センパイ見てください!! この豪華な家具!!」
火稟さんが駆け寄ってきて、部室の一部分をすごく指差しているので、自然と視線がそこに向かう。
そこには今までの長机や学校で使う椅子じゃなく、高そうなカーペットが敷かれ、更にその上にはこれまた高そうな机と生涯座ることはないだろうと思っていた見るだけで柔らかいことが分かるソファが。
……ナニコレ?
「……ナニコレ?」
完全に心の声が外に漏れだしてしまった。
「ふふっ、まさにこの大天使に相応しいわね」
明らかにふっかふかなソファに腰を下ろし、優雅に長い足を組んでご満悦な大天使もいるけど、今触れるべきはそこじゃない。
「姫咲先輩、一体これどうしたんですか?」
「いえ、せっかくみんなで過ごす部室なのですから少しでも快適に過ごせるようにと思いまして。ご迷惑でしたか?」
「まさか迷惑だなんてとんでもない!! そうだろ、蒼太!! ありがとうございます、先輩ッ!!」
「そんな部屋の隅から声出してないでもっとこっち来れば?」
連の居場所が完全に奪われてしまっている。
でも声が大きいし通るからこの距離でも会話が成り立つ。
「あ、それと水樹さん。水樹さんに渡したい物が」
「え、俺ですか?」
「はい、そこのダンボールの中にありますので」
なんだろう……渡す? 引導とか? いやいや、俺別に先輩を怒らせるようなことはしてないし、それはないと信じたい。
ダンボール開けた瞬間爆発とかしないよね?
「これって、パソコン?」
「わぁっ!! すごい!! 絶対いいやつだよこれ!!」
「流石にこれを受け取るのはちょっと」
「水樹さん個人へというよりはやはり演劇部の為ですよ。これで部室で演劇の動画を見たり、調べものをしたり、水樹さんが脚本を書いたり出来ますよね?」
なるほど、それにしたって……このデスクトップって一体おいくらぐらいするんだろう?
「蒼太、お前脚本とか書くのか? そんなの書けるのか?」
「あ、うん。やっぱりもうちょっとこっち来ない? 声張るの苦手だから俺が辛い」
相変わらず部室の隅でこっちを窺うように立っている蓮に手招きをする。
なんかもう完全にガヤ担当になってしまっている。
ついでだし、ここでちゃんと伝えておくべきなのかも。前みたいに抱え込みすぎると大変というか面倒なことになるから。
「実は、俺小説家で……その、本も出版してるんだ」
「まあ、そうでしたか! それが蒼太さんが1度演劇部を抜けた理由ということでいいのでしょうか?」
「はい、詳しく話すのはカサブタを剥がすようなものなのでその辺りの説明はちょっと省かせてもらいますけど、それが絡んでることは間違いないです」
「小説家? 出版? え、マジで? お前そんなすごい奴だったのか!?」
「あ、ごめん。やっぱり少し離れてくれる方がいいかも、声がでかい、うるさい」
「俺もう帰ろうか!?」
おっと、人にストレートに褒められることに慣れてなくてまた照れ隠しをしてしまった。
「今のは蒼太君なりの照れ隠しだと思うから気にしなくていいよ!! 蒼太君は本当に凄いんだから!!」
「どうして晴恋センパイが得意気なんですか? まぁ、水樹センパイの照れ隠しっていうところと凄いってところは同意します」
「分かってるんだったら黙ってて欲しかったなぁ! 何で分かるのかは知らないけども!」
というか何でバレてるんだろう……もしかして照れ隠しする時特有の癖でもあるのかな? 帰ったら詩音と花音に聞いてみよう。
「先輩、一体どういう本を出版したの? 今度買って読んでみるから教えて」
「柚月さんがあまり知らないジャンルだよ、一般小説で恋愛もの」
「通称、世界シリーズ!! 私の愛読書でもあるんだよ!!」
「だからどうして晴恋センパイが得意気なんですか?」
本当どうして風見さんが得意気にするのかは置いておいて、作品名に心当たりがあったのか、柚月さんはあぁとため息に似たような声を出した。
「それって、確か映画化した作品じゃなかった? 先輩本当に凄い人じゃない」
「映画化!? マジかよ!!」
「先輩、うるさいです。少し離れてください」
「俺これ以上ないぐらい距離取ってるんだけど!? 本当に帰るぞちくしょう!!」
蓮は俺の側に立っていて、女性陣とはそこそこ距離が空いている。
これだけ距離が空いていれば流石の蓮も会話が出来るみたい。
「姫咲先輩、ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
「はい、これで
「もちろん、俺の全てを持って最高の脚本を書いてみせます! 」
チラリと風見さんを見ると、ニコニコとしながら俺を見ていた。
思い返されるのは約束のこと、誰もが笑って幸せになれる物語を作るという俺の新しい目標。
改めて意思を固めるように、軽く頷き返しておいた。
「なーに目と目で通じ合ってるんだよ! 俺が隣にいるのにいい度胸だなぁ!」
「ちょっと色々あったんだよ、あと俺が小説家ってことはここだけの秘密にしておいて欲しいんだけど」
「別に話す相手なんて玲奈しかいないし、大天使の名において約束は必ず守るわ」
「
「俺も言わねえよ、流石に人の不幸で幸せな気分になれるほど腐ってないつもりだしな」
「でもリア充の不幸は?」
「蜜の味」
一瞬の遅れもなく、躊躇いもなく言い切った蓮の顔はとても清々しいものだった。
その時、部室の扉が開いたのでそっちを見る。
「おっと、僕が最後か! 遅れちまってすまねえ!」
「大和さん! お疲れ様です! お飲み物をどうぞ! ソファもありますよ!」
大和が部室に入ってくると、姫咲先輩がすぐに世話を焼きにいった。
というかあのお茶はどこから取り出した物なんだろう?
「ちくしょう……あんな美人に甲斐甲斐しく世話焼かれて獅童の奴、末代まで呪ってやるからな」
隣で何か物騒なことを呟く蓮ではなく、俺の目線は姫咲先輩と大和をジッと見つめる風見さんの方に向かってしまった。
しかし、俺が風見さんを見ていたことに向こうも気が付いて、パッと笑顔で俺を見返してきた。
「可愛い子とさっきから目で通じ合ってる蒼太も末代まで呪うわ」
やばい、呪いの対象がこっちに!?
「全員揃ったし、今日の練習を始めよう!!」
部室の中は少しどころか大分変わったけど、俺たちは今日もいつも通りに練習を始めた。
***
「風見さん、少しいいかな?」
「ん? 蒼太君? いいよ! というか帰りながら話そうよ!」
部活が終わって、各々が帰路に着く。
帰る方向が同じ、俺と風見さんは肩を並べて歩く。
「それで、どうしたの?」
「さっき大和と姫咲先輩のこと見てたよね? 何かあったの?」
気になったから聞いてみたものの、風見さんはうーとか、あーとか、言いながら言い出し辛そうに視線をあちらこちらに泳がせる。
やがて、観念したようにたははっと笑った。
「えっとね? 姫咲先輩のことなんだけどね? ずっと気になってることがあるんだ」
「気になってること?」
「うん、あまり勘繰るようなこと言いたくなかったし、違和感程度だから話さなくてもいいかな? って思ってたんだけど」
違和感? そう言えば、俺もあの環境に慣れてしまって姫咲先輩が大和にアプローチするのが当たり前って思ってたけど、最初は少し違和感があったような?
「――なんで姫咲先輩は獅童君を好きだなんて演技をしてるんだろうね?」
風見さんの放った一言は、俺を混乱に巻き込むには十分すぎる威力を持っていた。
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