第18話 学園生活には、こういうキャラも大事である

 さてと、部活に行こうかな。

 

 ようやく授業が終わった。なんで休日明けの月曜日の授業ってしんどいんだろう。

 特に昼食を食べてからの授業はお経にしか聞こえないし。


 鞄に荷物を乱雑に押し込み、部室に向かうべく、教室を出て階段へと差し掛かった時だった。


「水樹! ちょっと待ってくれ!!」


 この声は……えっと、なんか聞き覚えはあるんだけど、誰だっけ?

 

 聞こえた声にくるりと振り返ると、そこには1人の男子生徒がいた。

 170cmぐらいの身長に髪を無造作風にセットした黒髪の……あぁ、クラスメイトの人か。

 あれ、名前なんだっけ?


「どうしたの? 俺に何か用があるんだよね?」


 声をかけてきたきり、黙り込んで拳を握りしめる……確か、なんか名前の響きがタピオカに似てたような気がする人。

 そもそも進級して1ヶ月程度だし、俺は基本的に話す人以外は名前を覚えるのが遅いんだよね。


 すると、いきなり決意を固めたような顔をして、俺との距離を猛ダッシュで詰めてきたので、思わず身構えてしまった。


「俺に女子と会話するコツを教えてください!!」


 そう大声で叫びながら、タピオカ君(仮)は助走の勢いを殺さないように膝から滑り込んできて、手と額を廊下に擦り付けた。

 ……なんて綺麗なスライディング土下座なんだ。 

 うっかり声を出すことを忘れて、そんな感想を抱いてしまう。


「女子と話すコツ? またなんで唐突に? というかそれを聞く相手がなんで俺?」


「だってお前、昨日B組の風見さんと一緒に歩いてたじゃん!? 楽しそうに笑いながら休日を謳歌してたじゃん!? 可愛い彼女持ちじゃん!?」


「いやそんなじゃんじゃん言われても困るんだけど……俺と風見さんは別に付き合ってるわけじゃないよ。昨日は部活の一環で演劇を観に行ってただけだから」


「それでも女子と一緒に出かけたりするシチュエーションが羨ましいんだよぉ!! だから頼む!! 慈悲を! 俺に会話のコツを教えてくれ!! いや、教えてください!!」


 えー……困ったなぁ。俺も会話するコツなんて知らないし、そもそも異性と打ち解けるとか苦手だし。

 風見さんと火稟さんはなんとなく話が合うから、普通に話せるようになるまであまり時間はかからなかった。 

 

 姫咲先輩は部活が同じでも打ち解けるにはそこそこ時間かかったし、入ったばかりの柚月さんは……まあ、言ってしまえば変わった子だ。でも、柚月さんもオタク気質だから、会話はし易いかな?


 コツなんて知らない……けど、スライディング土下座までされてしまったら放っておけないし、アドバイスぐらい何かしてあげたい。

 あ、でもその前にやらないといけないことがあった。


「あのさ、本当に申し訳ないんだけど……君の名前なんだっけ?」


「俺たち同じクラスだよな!? お前今まで俺のことを心の中でなんて呼んでたんだよ!?」


 ガバッと顔を勢いよく上げて立ち上がるタピオカ君(仮)。

 摩擦で右膝にちょっと穴空いてるじゃん!! 左膝もなんかテカテカしてる!?

 

「あー、タピオカに近い名前だったことは記憶してるんだけど」


「誰がタピオカだ!! 俺は瀧岡蓮たきおかれん!! そんなイモの一種から取れるデンプンの塊みたいな名前はしてねえ!!」


「ごめん、ニアミスだった! あと詳しいね!」


 さてはよく間違えられるか、散々名前のことで弄られてきて自分で調べたな?


「全っ然ニアミスじゃねえ!! もうミルクティーの添え物みたいな扱いされんのは嫌なんだよ!! どちらかって言えばミルクティーが売れてるのはタピオカの功績だろうがっ!!! もっと称えてやれよ、タピオカを!!」


「実はタピオカ大好きなの!? 感情移入しちゃってるよ!?」


 名前が近くて色々な人から弄りを受けて、親近感が湧いてしまったのかもしれない。瀧岡君は中々ユニークって言うか、面白い人なのかも。


「とりあえず、女子と話すコツだったよね? 部室に行きながらでいいなら、一緒に考えることは出来ると思うよ? どうする?」


「いいのか!? 頼む!! お前いい奴だな!! いけ好かない彼女持ちだとか思っててごめんな!!」


「今までそんな風に思ってたんだ!?」


 まぁ、俺もタピオカとか思ってたし、お互い様ってことでいいか。

 とりあえず悪い奴じゃなさそう。


「そこまで女子が苦手っていうのはなにか理由があるんでしょ?」


 ゆっくりと廊下を歩きながら、苦手な原因を探る。

 もしかしたら、トラウマ持ちかもしれない。


「あぁ、俺は小学校までは共学でその時は普通に女子と会話出来てたんだけどな……中学は男子校だったんだよ。男子校だから周りに当然女子はいない、分かるよな?」


「そりゃ男子校に女子がいたら大問題だからね」


「で、中学生って言えば、性に目覚めるだろ? 男だの女だの意識し出す。そんな状況で周りに異性がいないってなったらどうなると思う?」


「意識し始める段階で周りに女子がいなくて慣れてなくて、高校でまた女子一緒になってしまって対応の仕方が分からないってこと?」


「そう!! それなんだよ!! 話そうとすると上手く言葉が出てこないしさぁ!! なんかすげえいい匂いするしよぉ!! 汗臭くない人間と話すってのが未知すぎて出来ねえんだよ!!」


 いや、普通に汗臭くない男子もいると思うんだけど。どんな環境の学校だったんだろう? スポーツが盛んな学校とか?

 でもどうして苦手なのかっていうのは分かったし、あとはそれの対応を考えればいいだけだ。


「じゃあ相手を女子と思わなければいいんじゃないかな? 女子だと思うから緊張するんだよ。こう、もっと自然体って言うかさ……女子として意識しすぎるからダメなんじゃないの?」


「でも、おっぱいがあったらそれはもう女子だろ!? どうしても生の女子は刺激が強すぎるんだよ!!」


「あとはその、下心ありきで関わるからそういう風な目線で考えちゃうんだと思う」


 瀧岡君はピタリと立ち止まり、肩をわなわなと震わせ出した。

 何か気に障ることを言ってしまったのかもしれない。


「お前に……女子に飢えすぎて食堂のおばちゃんに性的興奮を覚えてしまった俺たち敗北者の気持ちが分かるか!? 自分より一回り上の!! 母親と同じぐらいの女性が可愛く見えてしまった俺たちの虚しさが分かるのか!?」


「ごめん、それは分かりたくもない」


「だから、余計に意識しちまうんだよ!! 中学卒業した時はまるで娑婆しゃばに出た気分だったぜ……」


 娑婆って……そこまで過酷だったのか。この叫びを聞いている限り、余程辛かったっていうのが十分すぎるほど伝わってくる。


「俺は2人部屋の寮に入ってたんだけどよ……酷いもんだったぜ? 壁が薄いからある一定以上の声を出すと隣の部屋に聞こえちまうんだよ」


「そ、それで?」


「ある日、俺が部屋の相方に『ソックスを知らないか?』って聞いたらいきなり隣の部屋の奴が俺の部屋の扉を開けてきてな? 『今、セックスって言ったか!?』って言い出すし」


「うわぁ……むごい」


 なんなんだ、その無法地帯は。男子校ってどこもそんな感じなのかな?


「あとは、部屋の相方が二次元にハマってな? 推しのキャラの画像をスマホに表示させて匂いを嗅ぎ始めて画像をキメ始めた時はこの世の終わりかと思ったぜ」


「画像をキメるって……そんな薬物みたいな」


 これは想像以上にヤバい環境にいたらしい。

 迂闊に女子と思うからいけない、なんて軽く言った自分を反省しないと。

 きっと、俺は悪くないんだろうけど、瀧岡君の話と表情はそう思ってしまうほどに男として同情してしまうものだった。


「じゃあ相手との共通点を見つけて会話の取っ掛かりを作るとか? 趣味が合ってれば会話って自然と続くものだと思うよ」


「それはもう勝ち組リア充の思想だろ、下ネタまみれの世界で生きてきた俺にとって、趣味のことすら話すの緊張するし」


「……相手が俺だからいいけど、自分からコツを聞いておいて、いざ言われれば否定ばかりって相手が相手なら嫌われる案件だから気を付けた方がいいよ?」


 恐らく、涼子さんならもう3回は刺してる。あの人は殺る時は殺る人だから。

 なんせ、遅刻しただけでまず殺すというセリフを吐くぐらいだし。


「わ、悪い。確かに俺から聞いておいて否定ばかりってのはダメだな。気を付けるわ!」


 瀧岡君は女子に対する飢えがちょっとだけ強すぎるだけで、基本的には真っ直ぐないい人なんだっていうのが、このやり取りで分かった。

 

「……とりあえず、細かいことは置いておいて、まずは女子に慣れるのが1番いいのかもね。異性とたくさん関わって、話す。荒療治かもだけど、これがいい気がする」


「そうしたいのは山々なんだけどな、あ……いや! 否定したいわけじゃないんだ!! ただそう出来るほど女子と話せるわけじゃねえし、身近に練習出来そうな奴もいねえんだよ」


 確かに、そもそもそれが出来ているなら最初から俺にコツを聞いてきたりしないか。

 あ、そうだ。


「瀧岡君って何か部活に入ってる?」


「ん? いや、高校じゃ帰宅部のエースだぜ?」


「そんなことに胸張られても……まぁいいや。提案なんだけどさ、瀧岡君さえ良ければ演劇部に入ってみない?」


「演劇部に? なんでまた?」


「うん、考えたんだけどさ。演劇部って綺麗どころが揃ってるよね?」


「自慢かてめえ」


 落ち着いてよ、顔が怖いし話は最後まで聞いて?

 このままだと襲い掛かられかねないので、両手で落ち着いてとジェスチャーする。


「だからさ、演劇部に入れば自然に女子と話す練習が出来るじゃん。演劇部は部員が少ないし、俺たちも助かるから」


「――天才か、お前」


「掌返しがすごい!! そんな片膝を着いてあがたてまつるようなポーズしないでよ!!」


 瀧岡君を仲間に入れたら条件次第で簡単に裏切って背中から刺してきそう。

 間違いなく、RPGで魔王から世界の半分をやるって言われたら魔王側につくタイプだ。

 

「でも、俺演劇なんてしたことないぜ?」


「大丈夫じゃないかな? 今、俺も含めて演劇部に6人いるけど……部長の風見さん以外全員演技の経験ないから。というか純粋に演技をする為に演劇部に入ったのは部活を立ち上げた風見さんだけだし」


「それ俺としてはハードルが下がるけど演劇部としては全く大丈夫じゃねえよな!? お前ら一体何に釣られて入部したんだよ!?」


「なんだろう、居場所を求めてとか……俺が頼ったからとか、交通事故に遭いそうになったところを助けられて相手に惚れたからとか。あとは仲間を探してとかかな?」


「おい待て!? 今命を助けられたくだりがサラリと流されていったぞ!? いいのか!? そんな濃厚そうなエピソードを簡単に1行で説明出来る感じにしちまって!! いや他にもツッコミを入れたいところはあるけどな!! 仲間探しとか居場所を求めてとか!!」


 あれ? 演劇部ってもしかして癖のある人の集まりみたいな感じになってない? いやいや、まさか。それだと俺も変わり者になっちゃうじゃないか。


「だからとにかく大丈夫だよ」


「お、おう。分かった……ってかもう部室に着いちまったじゃねえか。腹を括る暇もありゃしねえ」


「そんな身構えなくても……別に開けたら未知の生き物がいるわけでもないし、ごめん遅くなった」


 そう言いながら、扉を開ける。

 そこには……逆立ちで汗だくになりながら腕立てをこなす大和の姿といつもの面々が既に揃っていた。

 

「おう!! 蒼太!! ふっ、ふっ! 遅かったじゃねえか!! ふっ、ふっ! ん? 誰だ、そいつ?」


「あぁ、うん。彼は俺と同じクラスの人なんだけど、ちょっと事情があって連れてきたんだ」


「待て待て待て!!」


 瀧岡君が何故か俺の肩を掴んで声を張り上げ始めた。

 一体どうしたんだろう?


「どうかしたの?」


「なに平然と会話始めちゃってんの!? 普通扉開けて逆立ちで腕立てしてる奴いたらツッコミ入れねえ!?」


「別にいつも通りだったから、わざわざツッコミを入れるまでもないかなって」


「え、なに!? 俺がおかしいの!? 今すげえ未知との遭遇してる気分なんだけど!?」


 瀧岡君は頭を抱えてうずくまり始めた。

 確かに、大和に対して慣れていないと普通はこうなるのかもしれない。

 ……ん? これ順調に大和に順応してたんじゃなくて洗脳されてない? マッスルメイトへの道にエスカレーター出来てない?

 

「もしかして、入部希望者!? ねえ、君!! 名前は!?」


「あ、え、その……た、瀧岡、れ、蓮です」


 風見さんが近くにいって、瀧岡君と話そうとすると、のけ反り顔を赤くしながら目を逸らし始め、蚊の鳴くような声で名乗る。

 苦手って聞いたけど、ここまでだったとは。


「ん? タピオカって言ったか? 変わった名前してるな」


 腕立てを終えた大和が汗を拭きながら、近づいてきた。

 呼吸がちょっと荒いのがめちゃくちゃ暑苦しい。


「誰がタピオカだこらぁ!! た・き・お・か!! 瀧岡蓮!! D組所属で水樹のクラスメイト!! そんなブームに乗ったような名前じゃねえ!!」


「でも、タピオカって美味しいよね!! 私、好きだよ!」


「――水樹、ちょっと来てくれ」


「いいけど、どうしたの?」


 2人揃って部室の隅へ。

 瀧岡君は何か真剣な面持ちで、キリっとした表情を作っている。


「――俺、今日からタピオカとして生きていこうと思うんだけど、どう思う?」


「すごくバカだと思う」


 タピオカが好きって言っただけであって、瀧岡君のことじゃない。

 まぁ、本人が幸せそうならそれでいいのかも。


「というか先輩も来たんだから部活始めるんじゃないの? ……この溜まりに溜まった聖なる力を発揮する時間が惜しいんだけど」


「真那の言う通りですよ、センパイ方。早く練習始めましょうよ」


 堂々と腕を組んで立っている柚月さんの後ろに隠れるようにして、瀧岡君から隠れるように立っている火稟さん。

 ちょっと人見知りが発動しちゃってるみたい。


「そうですね、大和さんのウォーミングアップも済んだみたいですし。今日のメニューは発声練習をやって、それから滑舌トレーニング、ランニング、筋力トレーニングでいいんですよね?」


「ウォーミングアップがガチな筋トレっていうのもどうかと思いますけど、先輩が言ったメニューで間違いないですよ」


「それで、そのうるさい先輩は入部するの? するならするで早くしてほしいんだけど? この大天使マナエルの時間を使わせてるんだから」


「水樹、なんであれあんな偉そうなん? 後輩だろ、あいつ? というか大天使ってなんだよ?」


「それに関しては色々と事情があるんだよ。瀧岡君が女子を苦手なようにね。それに根は真面目でいい子だから。とりあえず、今日は仮入部ってことで、入部するんだったら明日入部届を出さないとね」


「そうか。事情って言われれば何も言えねえわ。でも俺、なんか入部するのすっげえ不安になってきたんだけど」


「え!? 入部してくれないの!?」


 風見さんがなんで!? と騒ぎだすと瀧岡君は再びキリッとした表情を作り、俺を見てきた。


「――俺、入部しようと思うんだけど、どう思う?」


「いいと思う。というかこっち見てないで風見さんの顔を見て話しなよ」


「入部してくれるの!? ありがとう、瀧岡君!! よろしくね!!」


「ぁ」


 風見さんが瀧岡君の手を握ってブンブンと上下に振り出すと、瀧岡君はピタリ、と一切の動きを止めてしまった。

 ……話すのでもあれだったんだし、触られでもしたら……いやいや、まさかね?


「――気絶してる!?」


「えぇっ!? 嘘ぉ!?」


 瀧岡君は一片の悔いもなさそうな穏やかな表情をして、立ったまま気絶していた。

 多分、自分自身のキャパシティをオーバーしてしまったんだと思うけど、まさか気絶までいくとは思わなかった。


 その後、瀧岡君が起きるまでに5分弱かかり、俺はその間、皆に瀧岡君が入部することになった経緯をかいつまんで話して、女子が苦手すぎるから女性陣は接触は控えるようにと注意しておいた。

 何はともあれ、演劇部がまた賑やかになってしまった1日でした。まる。

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