第17話 風見晴恋の家庭事情

「蒼兄、今日どこか行くの?」


「うん、これから風見さんとお芝居を観に行くんだ」


 部活終わって帰宅して、風見さんが俺の家まで来るという話になった。

 帰る方向は一緒だと思ってたけど、まさかそこまで近所に住んでいるなんて思わなかったな。


「えー!? 晴恋さんと!? あたしも行きたい!!」


「ダメだよ、花音。お芝居を観るのにはチケットがいるし、何より2人で行くってことはデートなんだから。邪魔になるよ」


「いや、ただ部活仲間で演技の研究に行くだけだから、脚本の勉強もしないとだし、男女で出かけることを必ずしもデートって言うのは違うからね?」


 詩音のフォローはありがたいんだけど、デートって言われたらなんだか否定してしまう。

 あれってどっちかがどっちかを好きってことか、お互いを想い合ってる男女が一緒に遊びに行くことをデートって言うんじゃないの? よく知らないけど。


「そっかぁ、残念。あたし、晴恋さんともっと仲良くなりたい!! お姉ちゃんが出来たみたいだから!!」


「それ、本人に言ってあげたら? きっと喜んでお姉ちゃんになってくれるよ」


「あたしと晴恋さんが本当の姉妹になる為には……うーん、そうだ!! 蒼兄と晴恋さんが付き合って結婚すれば!!」


「そんな名案だ、みたいな感じに言われても困るんだけど」


 困って詩音に助けて欲しいという視線を向けると、曖昧な笑顔で流された。

 孤立無援、どうやら味方はいないらしい。


「とにかく、夕方までには帰ってこれると思うから」


「じゃあ、兄さんの分も夕ご飯作っておくね」


「夕ご飯……詩音!! あたし、今日はオムライスが食べたい!!」


「残念、今日はカレーだよ」


「やったぁ!! カレーだぁ!!」


 結局美味しければなんでもいいんじゃないか。野生動物じゃないんだからもっと思考してよ。

 

 そう思っていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。

 風見さんがそろそろ家の前に着くらしい。


「じゃあ、行ってくる」


「あたしも午後練だから、行ってくる!!」


「2人とも、気をつけてね」


 花音と一緒に外に出ると、ちょうど風見さんが家の前に立っていたから、軽く右手を挙げて挨拶すると、笑顔で右手を胸の前で小さく振って返してきた。


 なんだろう、その仕草をやられるとちょっと照れる。


「晴恋さん! こんにちは!!」


 花音が風見さんに挨拶して、そのまま走り出して風見さんに抱き着いた。

 

「こんにちは!! 花音ちゃん!!」

 

 勢いよく飛びついた花音を風見さんはひしっと抱きしめ返して、頬擦りをし始めた。

 会って2回目なのに仲が良すぎるんだけど、前会った時なんかしたの?


「あぁ〜! 花音ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったなぁ! 蒼太君、花音ちゃんを是非私の妹に!!」


「良かったね、花音。相思相愛だよ。これで晴れて風見さんが花音のお姉ちゃんだ」


「本当に!? やったぁ!! 晴恋姉!!」


 妹の順応が早すぎる件。

 

「よしよし、可愛い妹め!! ……ところで、蒼太君。今の晴れては私の名前と掛けて……」


「掛けてないから。ほら花音、そろそろ行かないと部活に遅れるよ」


 こんな掛け合いをやっている間に時間はどんどん経ってるんだから。


「うわっ、いっけない!! じゃあ行ってくるね、蒼兄! 晴恋姉!!」


「ん、気をつけて。ていうかもう風見さんはその呼び方で定着させる気なんだね」


「うぅっ……行ってらっしゃい、私の可愛い花音ちゃん!」


「え? そんな今生の別れみたいに言う場面じゃないよね?」


 猛スピードで走り去って行く花音を涙ぐみながら見送る風見さん。なんだこの状況は。


***


「ここでいいの?」

 

 風見さんと電車などを駆使して移動すること30分程度。

 着いたのは、よくコンサートとかが行われる有名なドームだった。でかい。


「うん! 今日の演目は原作はマンガでアニメもやったことのある作品だから、誰でも取っ付きやすいと思うよ!!」


「あ、これのマンガなら読んでるよ。というか風見さんのお姉さんはこれを観に行くつもりだったの?」


 これ原作は少年マンガなんだけど……。


「私もお姉ちゃんも割と少年マンガ読むよ? 少女マンガよりは読むと思う」


「そうなんだ、ちょっと意外かも」


 いや、でも最近は女性も少年マンガをたくさん読むようになっている時代だし、何もおかしくはないか。

 ……あ、そう言えば。


「風見さん、その服似合ってるよね」


 前に言われたことを思い出して、服装のことを口にすると、風見さんは頬を膨らませて拗ねたように唇を突き出した。

 

「もうっ、やっと言ってくれた! 遅いよぉ!!」


「ごめん、こういうのやっぱり慣れてないから」


 今日の風見さんの服装はカーキ色のオーバーオールのようなスカート、サロペットスカートに紺色の横のボーダー柄が入った白いシャツ、足元は白いスニーカー。

 よく分からないけど、風見さんに合っているんじゃないかな?


 ちなみに、サロペットスカートは詩音も持っているのでなんとか名前が分かっただけ。


「許すっ! というか言い慣れてたらそれはそれで嫌かも」


「それは一理ある」


 顔を見合わせてニッと軽く笑い合って、人混みの流れに乗って場内へ入る。

 席は既にそこそこの人で埋まっていて、俺たちは自分のチケットを確認して、番号が書かれている席へ向かう。


「グッズとか売り切れたりしないかな? 先に買って来ようか。まだ始まるまで時間あるみたいだし」


「俺はグッズより飲み物が欲しいかな。多分グッズも売切れたりしないと思う。転売する人とかがいなければ」


「グッズは演劇を見て面白かったら買えばいいよね! どうしても欲しい物があるわけでもないし! じゃあ飲み物買いに行こうっ!!」


 風見さんはそう言いながら、胸元で両手の拳をグッと握ってヨシッというポーズを取る。

 そのまま俺の手を掴もうと手を伸ばして触れる直前でピタリと静止した。


「ごめん、蒼太君って女の子に触られるの苦手だったよね?」


 あぁ、そう言えば前に風見さんに腕掴まれて顔真っ赤になっちゃったんだっけ。

 覚えててくれたんだ。


「まぁちょっと、昔色々あってね。気を遣わせてごめんね」


「ううん、こっちこそごめんね? なるべく気を付けるから! 気を取り直して、行こっ!」


 2人揃って席を離れて飲み物を買いに行って、戻ってきてすぐに始まった演劇を観始めお互い無言で観劇し続けた。


***


「どうだった?」


「面白かったよ! 演劇ならではの表現の仕方とか、やっぱプロの役者さんは凄いなぁって改めて思った!」


「俺はこれからちょっと気が重いかな。文化祭の時には俺の書いた脚本で演劇をする側になるんだし」


 感想を言い合いながら、入った時と同じように人混みの流れに逆らわないように出口へと歩く。 

 結局、何も買わないのもアレなので記念としてパンフレットだけ買った。


「あー、そう言えば部活終わってから何も食べてないんだった……お腹空いた」


「じゃあ少し遅いけどお昼にしようよ!! 私も実は食べてなくて」


 2人揃ってお腹を擦る。

 でも、時間的には軽食の方が良さそうなんだよね。どこかいいお店ないかな?


「あ! そうだ!! 蒼太君、うちにおいでよ!!」


「……はい?」


 一瞬、何を言われたのかが分からなかった。

 うちにおいでよ、うち? え?


「はい!?」


「だから、私の家においでよ!! 私の家と蒼太君のお家って割と近いし、今からなら多分お店を闇雲に探すよりはそっちの方がいいと思う!!」


「いや、でも流石に女性の家に行くのは恥ずかしいと言うか、なんと言うか」


「あ、そっか! 部活の皆にはまだ話してなかったっけ? 私のお家って喫茶店なんだ! 『Post feliceポストフェリーチェ』って言う名前!! お父さんが言うにはイタリア語で幸せな場所って意味なんだって」


 な、なるほど。お店をやってるから家に来てご飯を食べないかってことだったのか。焦った、急にハードルが高すぎることを言われたのかと思った。


「それじゃあお言葉に甘えようかな。今から食べるってなると軽食の方が良さそうと思ってたところだから、喫茶店ならちょうどいいし」


「よーっし! それじゃあゴー!!」


 右手を空高く突き上げて、意気揚々と歩き出した風見さんの後ろについて、俺は歩き出した。


 行きと同じように他愛もない話をしながら、電車などを駆使して移動すること40分程度が経過して、目的地の風見さんの家に着いた。 


 俺の家から徒歩10分ぐらい、本当にご近所さんだ。

 そう言えば、家の近所に喫茶店が出来たとかなんとか詩音が言っていたような気がする。

 

「出来ただけあってすごい綺麗な建物だね、なんか拘りみたいなものを感じるよ」


「お父さんすごい凝り性だから。なんか若い頃から喫茶店を経営するのが夢だったんだって。働き続けて目標額に達したから脱サラして開店したんだって言ってたよ」


 そのおかげで転校することになったんだけどね、と笑いながら風見さんは言う。

 

「ただいまーっ!!」


 風見さんはお店の扉を開けて、大きな声を出しながら店内へ入っていく。

 

 というか、普通裏口から入らない? 表口はお客さんが使うんだから。


「晴恋、裏口を使いなさいっていつも言ってるだろ?」


 案の定注意されてるし。男の人、ってことはあれが風見さんのお父さんなんだよね?

 多分、40代後半ぐらいだろうけど、それにしては若く見えるしめちゃくちゃダンディでカッコいい。


「ごめん、でも今回はお客さんと一緒だから!! ほら、蒼太君、早く入って!」


「あ、うん。お邪魔します、は変か」


「紹介するね、こちら水樹蒼太君! 演劇部で一緒に活動してる仲間だよ!」


 風見さんのお父さんに向かって会釈をして、相手の反応を伺う。


「娘がいつもお世話になっています。晴恋の父、風見晴人かざみはるとと言います」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 優しそうな声音だったけど、丁寧に挨拶されすぎて、思わず背筋がピンッとなってしまった。


「はははっ、そんなに緊張しなくてもいいよ。ゆっくりしていって」


「お父さん? なんか騒がしいけど、どうせまた晴恋が表口から入ったんでしょ?」


 お店の奥から知らない女性の声がしたと思ったら、ショートカットの女性が出てきた。160cm後半ぐらいの身長でスラリとした体躯でボーイッシュなかっこよさ。

 えっと、風見さんのお母さんでいいのかな? でも、それにしては若すぎるような……若作りってレベルじゃない。


 あ、でもこのパターンはラノベや小説で何度も見てきたパターンだ。

 お姉さんですか? って尋ねたら大体は母親だったって展開。もはや様式美みたいなもんだよね。


「風見さんのお母さんですか? 初めまして、演劇部で一緒に活動している水樹蒼太と申します」


 ショートカットの女性がビシリと凍りついた。

 何か不味いことを言ったのかな?


「水樹君、すまないが……この子は僕の娘だよ」


 本当にお姉さんだったらしい。

 やばい、超失礼なことを言ってしまった!!

 よく考えなくても小説と現実は違うんだった!! 自分の小説脳が憎いっ!!


「ご、ごめんなさい!! 前にお姉さんの桜花さんと会ったことがあって、まさか3姉妹だなんて思わなくて……とにかくごめんなさい!!」


 未だに凍りついたままのお姉さんに全力で頭を下げる。


「あっははははは!!! 大空そら姉、お母さんだって!! 老けて見られてやんのーっ!!」


「うっさいな、バカ晴恋!! 大体老けて見えたわけじゃないって今言ってただろ!?」


「でもお母さんに見えたってことでしょ? それってやっぱり老けて見えたってことじゃん!!」


「この口か!! この口がそんなこと言うのか!! 私はまだ22歳だ!!」


いひゃい!! いひゃい!! ごめんって、大空姉!!」


 大空さんって名前らしい人が風見さんの両頬をつねって引っ張ってこね回し始めてしまった。

 俺が原因だし、止めた方がいいんだよね?


「すまないね、水樹君。騒がしい娘たちで。いつまでもお客さんを立たせておくのは店主失格だ。ほら、こっちのカウンター席に座って」


「あ、はい。あれ止めた方がいいですよね?」


 カウンター席に腰掛けながら、姉妹ゲンカというよりはじゃれ合いにも見えるものを眺める。


「いいんだよ。あれはあれでこの店の名物みたいな感じだからね。あの2人がいるからお店の雰囲気も明るくなってるってところもあるから。いきすぎたら流石に止めるよ」


 メニュー表を差し出しながら、風見さんのお父さんはにこにこと笑いながら言う。

 確かに、他のお客さんも楽しそうに姉妹ゲンカを見てるってところから、言われたことが本当だって言うのが分かる。


「このホットサンドとコーヒーのセットでお願いします。喫茶店の経営って大変そうですよね。やっぱり風見さんのお父さんもどこかでコーヒーを学んだんですか?」


「晴人、でいいよ。そうだね、大学時代に必死にアルバイトをして、イタリアに短期だけど留学してコーヒーを学んで普通に就職して、ようやくお店を建てられるお金が溜まって今があるって感じかな」


 慣れた手つきでコーヒー豆を煎じながら、手が空いたら片手間でホットサンド作りに取り掛かる晴人さん。

 その立ち姿はとてもスマートで、見ていてカッコいいと思ってしまうほどだ。


 作家として、他人の人生経験を聞くのは創作のヒントになったりする。それが人生経験が豊富な人の話なら尚更だ。


「で、留学先のイタリアのカフェでお客さんとしてお店に来たお母さんと出会って交際を始めたんだよね」


 隣に風見さんのお姉さんが座る。姉妹ゲンカは幕を閉じたみたいだ。

 

「僕のような消極的な男性には彼女のような押しが強くて引っ張ってくれるような人が合ってるって思ったからね。今思い出しても、あの猛アプローチはすごかった」


 晴人さんは昔を思い出すように、遠くを見つめながらコーヒーをカップに淹れていく。


「で、晴恋とはどういう関係? 彼氏? 付き合ってんの?」


「ただ同じ部活ってだけですよ! その風見さん本人はどこに行ったんですか?」


 なんだぁ、つまんない。と呟くお姉さんに風見さんの姿が見えないことを聞いてみると、お姉さんは店の奥を顎で促す。


「着替えてるか、荷物を部屋に置きに行ったかのどっちか。それより、晴恋のことどう思ってんの?」


「まだその話続くんですか……明るくていつも元気をもらってます。いい人だと思いますよ、これでいいですか? お姉さん」


「大空でいいよ。ふーん、そっかぁ……」


 ニヤニヤとしながら俺を見る大空さんから目を逸らす。

 すると、店の奥から猛ダッシュで階段を下りる音が聞こえてきて、顔を赤くした風見さんが出てきた。

 

「大空姉!! 蒼太君に変なこと言わないでよっ!! もうっ!! 私たちそういうんじゃないってば!!」


「お、照れてんのか!! 晴恋の癖にいっちょ前に色気づきやがって~!」


 肘でうりうりと風見さんを押し出すお姉さん。


「うるさいなっ!! そういう大空姉はいつになったら色気づくのさ!! ずっと彼氏いないままじゃん!!」


「アンタ、遂に言ってはいけないいけないことを口にしたね!? 私が気にしていることを!!」


「へっへーん!! 悔しかったら早く彼氏見つけなよ!!」


「こんのぉ!!」


 どうやら第2ラウンドが開戦されたらしい。

 確かに大空さんはカッコいい感じだけど、普通に美人だしモテそうな気がするんだけどな。


「お待たせ、コーヒーとホットサンドのセットになります」


「あ、はい。いただきます」


 差し出されたコーヒーを啜ってみると、なんか安心する味がした。

 ブラックは苦手なんだけど、これは不思議と飲めてしまう。


「とても美味しいです。正直言ってしまうとコーヒーの細かい味までは分からないんですけど……安心する味がします」


「まあコーヒーの細かい違いなんて理解して飲んでる人はそういないと思うよ。でも、そう言ってもらえるコーヒーを淹れ続けていくつもりだけどね」


 しゅるりとネクタイを緩める晴人さんはやっぱりカッコいい。

 また個人的にお店に来てみようかな。


「もうすぐ妻も帰ってくると思うけど、会っていくかい?」


「いえ、それはまたの機会にしておきます。またコーヒーを飲みに来ます」


 ホットサンドも当然美味しく、食べ終わったあと、僅かに残っていたコーヒーを飲み干して、俺は席を立ってレジに向かった。

 

「それじゃあ、晴恋のことを今後ともよろしくお願いします」


「はい、それでは」


 扉が開くカランカランという音を聴きながら、お店の外に出る。

 今度は花音と詩音を連れてこよう。特に花音なんか大喜びするだろうから。

 お店の中から、未だに聞こえてくる姉妹ゲンカの声に、俺は僅かに口角を上げ、自分の家を目指して歩き出した。


***


 ここからは後書きです。

 まずは投稿が遅れてしまい、ごめんなさい!

 プライベートが色々と立て込んでいて小説を書く暇を作ることが出来ませんでした!


 近況ノートだと見てもらえてるのか判断がつかないのでこうして後書きを書く場を設けさせていただきました!


 読んでくれている皆さんのおかげで、この作品も800PVを超えることが出来ました、ありがとうございます!


 感想、評価、応援をしていただければ創作活動の励みになりますので、これからもよろしくお願いします!

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