第16話 活き活きと毒を吐くのは機嫌がいい証拠

「いいわね、第一章はこれでいきましょう」


「はい、よろしくお願いします」


 良かった、これで次の章の執筆に入ることが出来る。

 ここのところ学校で色々あったし、リテイクが続いていたから、ようやく一安心だ。

 涼子さんがOKを出すってことはそれなりに出来がいいってことだし、俺はこのまま出版出来るような作品を書くことを心がけていけばいい。


「ところで、蒼太君は今まで彼女という存在が妄想じゃなくて現実でいたことはあるのかしら?」


「急に何ですか? いや、そもそも彼女がいたことなんてありませんけど」


 妄想でも、ここ重要。

 もし脳内デートでもしようものなら現実に帰ってきた時に余計に惨めで虚しくなるだけじゃないか。

 

「いえ、毎度のことながら彼女がいないのに女性の気持ちを文章で表現出来たりするものね、と感心していたのよ。彼女がいないのに」


「そうですね、そこは色々と本を読んだりとか、人間観察したりだとか、人から聞いたりだとかしてますから。というか彼女がいないって2回も言う必要ありました?」


 自分だって彼氏なんていない癖に、とは口が裂けても言えない。

 言ってしまったらせっかくOKを貰えた原稿がシュレッダー行き確定、もしくは俺の三途の川逝きが確定してしまう。

 命は無駄にするものじゃない。


「最近学校の方では何か変化とかあったのかしら?」


「とりあえず、部員がまた1人増えましたよ」


「へえ、良かったじゃない」


「聞いておいて興味なさそうですね」


 今日は土曜日で、俺はさっきまでその新しく増えた部員である大天使マナエルこと柚月真那さんを含めて部活をしてきたところ。

 まだ柚月さんが入部してから2日しか経っていないけど、演技力は日頃から鍛えられていたのか、風見さん曰く筋が良く、有望株らしい。

 これからまた鍛えるべき人間が増えて僕は嬉しいぜ、とどこかの筋肉さんがまるでインストラクター目線で嬉しそうにしていたのが不安だったけど。

 

「そうね、興味無いもの」


「なんで聞いたんですか」


 この人本当自分の興味ある分野以外はドライだな、ちゃんと友達とかいるんだろうか? 俺が言えた義理じゃないけど。


「今、私のことをぼっちって思ったわね?」


「……まさか。仕事が出来てカッコいい年上のお姉さんって思ってましたよ?」


「それはそれでキモイわね」


 俺は一体どうすれば正解だったんですか? 誰か教えてください。

 何で考えていることがバレたのかは、まぁどうせ顔に出ていたんだろう。

 前に涼子さんに聞いたら私が特別勘が鋭いわけじゃなくて蒼太君が顔に出過ぎなのよって言われたし。


「演劇部で使う脚本の方はどう?」


「まだ何も書いていないですよ。構成の段階です」


「書けたら是非見せてくれないかしら?」


「いいですけど、それを出版しようとか言い出さないで下さいね?」


 チッ、と明らかに舌打ちをした辺り、考えていたな?

 仕事を増やされるのはNG、物語を書くのは好きだけど、仕事って響きは好きじゃないから。

 

「まぁ、純粋に私はあなたのファンだから、どんな物語を書くのかってことに興味があるのよ」


「それはありがとうございます。書けたら持ってきますね」


「えぇ、よろしくお願いするわね」


 涼子さんはそう言いながら、タイツに包まされたスラリと長い足を組み変える。

 そういうことされると目のやり場に困るから本当やめてほしい、男子高校生にとって24歳の女性というのは関りがない分、憧れの対象になる。

 それに涼子さんは綺麗だし、スタイルもいいから、とにかく足を組み変えた時にちらりと除く内ももとかうっかり目に入ってしまうと本当心臓に悪い。

 ここまで思ってしまえるあたり、かなりガン見してる自分がいる。


「蒼太君、あまり見られると、その……恥ずかしいわ」


「ごめんなさい、思春期なもんで」


「いえ、いいのよ。ただあまり見られると照れ隠しで蒼太君の視力を奪わないといけなくなるから」


「俺から明日を見る権利も未来を見る権利も奪うつもりですか!?」


 危ない危ない、もう少しで永遠に暗闇とお付き合いをしないといけなくなるとこだった。まだ女性とも付き合ったことがないのに暗闇とのお付き合いなんてしてたまるもんか。

 というか照れ隠しで目を奪われそうにならないといけない俺の身にもなってほしいよ。

 ヤンデレやツンデレなんてリアルじゃ面倒くさいだけだから。やっぱり素直が1番だ。


「もういいでしょう? 部活仲間の可愛い女の子をたくさん視姦したんでしょう? それに私のことも。もう平均的な男子高校生の倍は可愛い女の子たちと関わってるんだろうし、目が潰れても誰も文句は言わないわ。むしろ、女性と関わりの無い男の子たちからした水樹ざまあと言える案件よ」


「俺には文句しかないんですよ!! というか自分をさりげなく可愛い女の子方面にさらりと入れちゃえるのがすごいですね!? そもそもどうして部活仲間が女性ばかりだってことを知ってるんですか?」


「詩音ちゃんからのメールで」


「まさか身内にスパイが!?」


 そう言えば、この間皆が家に来た時に多分だけど、花音と詩音と会ったのかもしれない。それで、演劇部の顔が割れたんだな?

 詩音が涼子さんとやり取りしているのは、俺が執筆に集中し始めたら周りのことを気にしなくなるからで、そういう時は詩音と連絡を取ってもらっている。

 まぁそのせいで俺の情報が流されちゃってるわけだけど。


「――あ、すみません、部活のことで部長からメッセージが来たので少し待って下さい」


「私というものがありながら別の女にいくなんて良い御身分ね。私のことは遊びだったのね」


「ちょっと何を言ってるのかよく分からないです」


 この人これで機嫌がいい方だからね? 信じられる?

 こうやって俺をからかってくる時は大体機嫌が良くて、逆に機嫌が悪い時は俺がくだらないことを喋ろうものなら一睨みで黙らせてくる。怖い。


『――蒼太君、明日部活のあとって空いてるかな? 実はお芝居のチケットをお姉ちゃんから貰ったんだよねー! もし、良かったら一緒にどうかな?』

 

『明日なら、大丈夫。物語を考える参考になるかもしれないから、助かるよ』


『ふふん! 私の粋な計らいに感謝するがいい!! なんてね? 明日楽しみにしてるね!!』


「完全にデートの誘いね、やっぱり私のことは遊びだったのね?」


 俺のスマホを覗き見るようにしていた涼子さんがやはりわけのわからないことをぼそりと耳元で囁いてきて、背中に何かゾクッとしたものが走った。


「遊んでるのは涼子さんじゃないですか。違いますよ、ただ部活の参考に2人でお芝居を観に行こうってだけですよ。脚本を書く勉強にもなりますし」


「それを世間一般ではデートって言うのよ。このラブコメ主人公」


「そんな悪口初めて聞きましたよ……。大体それならこの間後輩とカフェ行って映画観ましたし、俺たちの間には何もないですよ」


 涼子さんはそれを聞いて、ジト目というやつになって俺をジッと見てくる。

 一体なんだって言うんだか……。


「この女たらし、スケベ、小説家」


「真実なのは最後のだけじゃないですか」


 大体誰がいつ誰をたらしたんだか。

 あと、スケベも何も、俺が自分から女子に触るとか有り得ないことだし。

 ――あぁ、嫌なことを思い出した……最悪だ。

 所謂トラウマというのを思い出してしまって、目の前に置かれているコーヒーの黒さのような真っ黒さに飲まれそうになってしまった。

 誤魔化すようにコーヒーを手に取って、浮かび上がってきたため息も留飲も悲しい思い出も何もかもをコーヒーと一緒に飲み下し、顔を顰める。


「そんなに苦かったかしら? 砂糖かミルク入れておく?」


「――えぇ、少し甘さが欲しいので、いただきます」


「ふふっ、これで糖尿病に一歩近づいたわね」


「どうして余計な一言を付け加えるんですか……」


 頬杖をつきながら、楽しそうにくすくすと笑う涼子さんは放っておいて、手渡された砂糖とミルクを入れる。

 

「涼子さんは今日はすごく機嫌いいですね、何かあったんですか?」


「そうね、強いて言うなら担当している作家が締め切りに余裕を持って面白いお話を上げてきてくれたことが嬉しいわ、あとは個人的にファンの作家の物語を一早く読めるのが最高ね」


「へえ、そんなこと編集者さんに言われるなんて作家冥利に尽きる人ですね」


「えぇ、そうね」


 俺ですよね、とは聞かない。

 色々と感想を言われたり、ネットの評価を見たりするけど、結局シンプルに面白いって言われることが1番嬉しいって思う。

 それだけ、たった一言を言ってもらうために作家は時間をかけて挫折しそうな心を引きずって何万もの文字を書いているんだから。

 

「蒼太君、次も早く上げてくれると、仕事的にも私個人的にも嬉しいわ」


「やっぱり俺のことなんですね? 今上げたばかりなのに早く書けとか鬼ですね」


「私みたいな可愛い鬼にしごかれるなんてラッキーじゃないかしら?」


「自己評価が高いなぁ。まぁ涼子さんが担当編集で良かったとは思ってますよ」


 実際涼子さんみたいに仕事だけでなくプライベートのことまで話すことの出来る編集者って結構稀だと思うし、仕事は出来るし、アドバイスは的確だし、ちょっと毒があり過ぎるのがご愛嬌ってところだけど。


「ふぅ、蒼太くんみたいに読み応えのある文章を書く作家が増えてくれればいいのだけど……。揃いも揃って自己満足の塊みたいな読めもしない小説を持ち込んだりとか新人賞に投稿してきたりだとか、疲れてしまうわ」


「それに目を通して感想を言うのも仕事ですよ」


 まさかつまらなくていきなり無言でシュレッダーに突っ込んだりしてないだろうな? 涼子さんにとって無言シュレッダーはもっとも低評価、ということだから新人さんの心を折るには十分な威力がある。


「いくら私でも新人の小説をいきなりシュレッダーにかけたりしないわよ?」


「そうですよね、安心しました」


「ただ、私につまらない文章を読ませたわねってことを遠回しに、回りくどく伝えてるだけよ」


「あなたは鬼じゃなくて悪魔です!!」


 なんて恐ろしいことを……。

 敢えてストレートに言わないところが涼子さんらしいけども、自分がそれをやられたらと思うとすごく胃が痛い。


「誉め言葉ね、今日は最高の気分で寝ることが出来そうだわ」


「俺はなんだか夢見が悪そうです」


 主に涼子さんに延々と責め立てられて、シュレッダーに小説をかけまくられる夢を見てしまいそうで。


「……はぁ、じゃあ俺は失礼しますね。なるべく早く原稿を上げられるように頑張ります」


「えぇ、楽しみにしてるわね。蒼太君の小説を読むことが何よりの生きがいだから、早めに頼むわね?」


「重いっ! 期待とか発言とか、色々と!!」


 誰もが見惚れるような笑みを浮かべ、手をひらひらと振ってくる涼子さんを見て、やっぱりちょっと胃が痛くなったような気がした。

 思わず、明日の風見さんとの予定をあの一瞬で記憶から喪失してしまってるレベルに、やっぱり今日も涼子さんは怖いし、重いし、でも美人だった。


 

 

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