第14話 そして、彼らの初舞台が幕を上げる

「・・・・・・ふぅ、あー、あー! よしっ!」


 火稟さんと出かけたあの日から、GWは過ぎ去り、遂に部活紹介の日がやってきてしまった。

 時刻は午後13時を回ろうとしていて、時間割的にはちょうど5時間目ぐらいの授業が始まる時刻。

 部活紹介でステージに上がる生徒はクラスじゃなくて部活の方で待機してもいいと、学校側からの指示があったので、俺たち演劇部は本番前の最後の打ち合わせとして、こうして部室に集まっている。

 まぁ、どうせ1度はクラスの列に合流して下からステージ上の風見さんの合図を待つことになるんだけど。

 

 その風見さんは、緊張した面持ちで深く深呼吸をして、纏わりつく緊張を振り払うかのように発声練習をしてから、自分の頬を叩いて気合を入れている。


「いけそう?」


「んー・・・・・・バッチリ、任せてよ! ・・・・・・って言いたいところなんだけど、ごめん! 少しどころじゃなくてかなり緊張しててマズイかも」


 たははと笑う風見さんの足に視線を向けると、膝が笑っている。これは間違いな大受け、大爆笑クラスだ。

 風見さんだって舞台を皆の前で演じるのは初めてなんだし、こればっかりは経験していかないと補えない部分だからね・・・・・・そんな風に冷静に分析してる振りしてるけど、実は俺の膝も大爆笑している。


 足が地面に着いているのに、ふわふわと落ち着かない感じ。

 下半身の部分が自分の身体じゃないみたいに、それはもう見事に震えている。

 緊張を少しでも和らげる為に部室内を軽く見回してみると、みんなの反応はそれぞれ違っているように見えた。


 火稟さんは俺たちと同じように膝を笑わせて、ブレザーの裾をしわが出来るぐらいに両手でぎゅっと握りしめている。顔色も良くない。

 ジッと火稟さんの方を見ていると、視線があってしまって、お互いに曖昧な笑顔を浮かべてしまった。


「気分はどう?」


「最悪ですよ、さっきから手が冷たくて仕方がないのに、手汗も含めて冷や汗が止まらないんですよ? 血がちゃんと通っているのかも分かりません」


「怖いこと言うね。俺もさっきから心臓がすごい痛いんだけど、ちょっと俺の心臓働きすぎだから休ませてあげたい」


 そう言い合って、軽く笑う。

 まだ冗談を言えるだけの余裕が俺にも、火稟さんにもあるみたいだから、案外なんとかなるかもしれない。

 

 次に大和の様子を見てみると、腕を組み、目を瞑って立っているだけだ。

 大和も大和なりに緊張しているのかと思って、近づいて声をかけようとすると、急に目を見開いてこっちを見てきたものだから、ビックリして心臓が止まるかと思った。


「――蒼太、こいつはやべえかもしれねえ」


 続いて発せられた言葉に何を言われるのかと身構える。


「発声練習とかで意識して鍛えてきた腹斜筋、腹直筋、腸腰筋の調子が未だかつてないほどに絶好調だ!! 今日の僕はやべえぜ蒼太!!」


「部位に分けて言ってくれたところ悪いんだけど、全部まとめて腹筋ってことしか分からなかった」


 確かにいつもより声が通っている気がしないでもないけど、言われてみればってレベルで誤差とか正直よく分からない。

 とりあえず、今の会話で覚えておくべきなのは大和が絶好調ってことだけで十分だろう。腹斜筋、腹直筋、腸腰筋のことは忘れて・・・・・・思ったよりしっかり覚えてるじゃん。やばい、順調にマッスルメイトへの階段を踏みしめてしまってる。


「大和は心配いらなそうだね」


「おう!! 先陣は任せとけ!!」


 右手で力こぶを作り、左手で力強く力こぶの部分をパシンと乾いた音が鳴るように叩いてくる大和は本当に頼もしい。

 すると、大和は右手を握った状態で差し出してきた。・・・・・・あぁ、なるほど、グータッチってやつだね。

 右手を差し出して、拳を合わせると、大和は更に歯をむき出しにして、ニカッと笑う。


「やってやろうぜ、マッスルメイト!!」


「うん!」


 今日だけは、マッスルメイトという言葉を否定しないでおこう。

 

「お2人は随分と仲がよろしいのですね、なんだか妬けてしまいます」


「大丈夫ですよ、絶対に恋のライバルにはなりませんから。姫咲先輩は大丈夫そうですね」


 いつの間にか近くに来ていた姫咲先輩から悪戯な笑みを向けられてしまった。

 やっぱり美人がそういうからかうような表情をしてくるっていうのは、破壊力高いなぁ。

 

「えぇ、わたくしは人前に立つことは慣れていますので。父が主催するパーティではステージで挨拶をしたり、ピアノの演奏をしたりしますから」


「姫咲先輩って本当にお嬢様なんですね・・・・・・」


「あら? 今まではそうは見えていなかった、ということですか?」


「いえ、なんか住む世界が違い過ぎて実感が湧かないというか、未だに同じ空間で部活していることが落ち着かない時があります」


 そう言うと、姫咲先輩は可笑しそうにくすくすと上品に笑い、目元に浮かんだ涙を人差し指で優しく拭った。

 

「私自身はただの恋に燃える女子高生です。すごいのは会社を経営しているお父様とそのお父様を射止めたお母様ですから、もっと気軽に接してくれていいんですよ?」


「それはもう少し時間がかかりそうですね、頑張ります」


「気軽に接することを頑張ろうとしないでください。もっと、風見さんや火稟さん、大和さんと接している時みたいにそのままの水樹さんでいてください。そんなの、ちょっと距離を置かれているようで寂しいじゃないですか・・・・・・」


 うっ、それはそうだよね・・・・・・。

 確かに自分だけグループの中で態度を変えられて接されたらそう感じてしまう。


「す、すみません。今まで部活に入ったことがなくて、その、自分と歳が近い先輩とちゃんと会話をするのが初めてで・・・・・・」


 説明が難しくて、しどろもどろになってしまう。

 だけど、俺をからかって満足したのか、姫咲先輩は唇を突き出した寂しそうに拗ねた表情から一転、笑顔を浮かべていた。

 

「大丈夫ですよ、からかっただけなので! でも、もう落ち着いたでしょう?」


 言われて、自分の足を見てみると、震えが治まっていた。

 ふわふわとした感じはまだ残っているけど、さっきよりはマシだし、心臓も口から出そうなんて程じゃない。


 ・・・・・・まさか、姫咲先輩はこれが狙いで?

 バッと勢いよく顔を上げると、先輩は僅かに微笑み、大和と話し始めてしまった。

 再び周りを見ると、風見さんも火稟さんも口元に微笑みをたたえ、さっきまでの飲まれそうでミスを誘いそうな緊張感はそこにはもうなく、身が引き締まるような程よい緊張感が流れていた。

 え、ここまで狙って俺を弄ったの? 最初から皆を笑わせてある程度緊張感を抜く為に? ・・・・・・大和はとんでもない女性に目を付けられたもんだね。

 先輩のやったことを認識して、驚愕していると、部室のドアがガラガラと音を立ててスライドされて、廊下から荒城先生が顔を覗かせていた。


「皆、そろそろ時間よ。風見さんはステージの裏側に、それ以外はクラスに合流して列で待機しておいて」


「あ、はい! それじゃ、私たち白宮しろのみや学園演劇部の初の舞台! 頑張ろうね! みんな!!」


 それぞれが思い思いの返事をしたのを風見さんは満足そうな笑顔で頷いて、廊下を走って行こうとして荒城先生に注意されて競歩のような早歩きに切り替えて去って行った。


 ――さぁ、俺たちの初舞台の始まりだ!!


***


『――新入生の皆! 俺たちと一緒にレッツスイム!!』


 ステージ上に海パンでゴーグルを着用したここで見れば場違いとも言えてしまうシュールな集団、水泳部の部活紹介が終わる。

 そして、次はいよいよ演劇部の紹介に入る・・・・・・自分の喉がゴクリと鳴るのがどこか遠くの音のように聞こえてしまう。

 やっぱり、どうにも誤魔化せず、逃げ場がないぐらいには緊張してしまっている。

 部室での一幕で緊張も和らいだと思っていたんだけど、内に潜む緊張という魔物はそんなに簡単に俺を逃がしてはくれないらしい。


『――続いて、演劇部の部活紹介です』


 ――来た。

 ドクンっと一層強く鼓動が跳ね、そこからまた一定の強さで鼓動が鳴り続ける。

 少し歩き方が硬い風見さんがステージ上に現れて、中央の台の前まで歩いていく。


『――新入生の皆さん! ご入学おめでとうございます! 演劇部部長の風見と言います!」


 少し震え気味の声だけど、普段からよく通る元気な声がマイクを通して、スピーカーから俺たちに向かって降り注ぐ。

 

『私たち演劇部はまだ出来たばかりの部活で、私が4月になってから立ち上げた部活です! しかし、学校の校則では部活の存続には最低5人必要です! もし、この部活紹介であと4人集められなければ演劇部は廃部になってしまいます! どうか、皆さんのお力を貸して下さい!』


 ざわり、と周囲の人たちが動揺したのを肌で感じ取った。

 それはそうだ、いきなり紹介している部活が廃部になる危機だと知ったら、俺だって動揺してしまうだろう。

 まぁ、もう風見さん含めて演劇部には5人いるんだけど・・・・・・敢えてそこは伝えていない。

 なぜなら、もう既に俺たちの舞台は始まっているから。これは俺の脚本の展開。

 周りから廃部だって、とか、お前入ってやれよ、とか声が聞こえてくる中、俺はステージ上の風見さんをジッと見る。

 すると、何故か目が合ったような気がしたので、咄嗟に目を逸らしてしまった。別に逸らす必要は全くと言ってなかったけど、反射的にやってしまった。

 

『――お願いします! 皆さんのお力を!』


 正に迫真の演技。

 悲痛な表情を作った風見さんは俺たちに必死に訴えかけてくる。

 周囲のざわめきがもう少し、大きくなったところで・・・・・・満を持して、お前の出番だ。


『演劇部だって!? 面白そうじゃねえか!!』


 集団の中から、声が上がる。

 いつも聞いているこの大声は、間違いなくうちの特攻隊長こと、獅童大和のものだ。

 周囲のざわめきを切り裂くように、列を出た大和にピンポイントで照明が当たって馴染みのある筋肉バカの頼もしい姿が照らし出される。 

 一応、先生たちには今日の紹介でちょっとした演劇をすると先に伝えておき、照明だけは手伝ってもらっている。

 打ち合わせで、予めどの辺りになるのかを入念に確認しておいて、照明の位置を合わせてもらっていた。

 幸い、通路側の照明を使うのは俺たち演劇部だけだったので、位置を合わせたままにしておけたのが良かった。

 大和がステージに向かって走っていくのに合わせて照明も動く。

 

『え!? もしかして、入部してくれるの!?』


 ステージの上にいる風見さんが、ステージ側まで辿り着いた大和に叫ぶ。


『あぁ! 演技とかしたことねえけど! 楽しそうだからな!! よっと!』


 お腹ほどの高さがあるステージに助走無しで大和が飛び乗る。

 大和ぐらいの大きさでお腹までぐらいの高さって結構高かったと思うんだけど・・・・・・ももを胸に引き付けてるとはいえ、あれを助走無しで飛び乗るとか流石大和。


 ステージに上がった大和と風見さんが対峙する。


『おっと、自己紹介しないとな! 俺は2年A組の獅童大和! 新入生じゃないけど、よろしくな!』


『うん! よろしくね! 獅童君!』


 自己紹介を終えた大和は、そこでロンダートからのバク転2回、フィニッシュはバク宙という大技で締め括ってみせた。

 辺りからすごい、えっ!? などの驚愕の声が漏れている。どうやら掴みは成功したみたいだ。

 大和にはステージに上がったら何か派手にパフォーマンスをして欲しいと頼んでおいた。

 身体能力をフルに活かした大和らしい最高のパフォーマンスで観客を魅了してみせた。


『まぁ、なんとカッコいい殿方でしょう!』


 観客の目線がステージに向いていると、確かな存在感を放つ姫咲先輩の声がした。

 列から出て優雅に歩く姫咲先輩を照らす。


『風見さん、と言いましたか? 動機は不純かも知れないですが、わたくしはこのお方と一緒に部活をしてみたいと思いました。どうか仲間に入れてもらえませんか?』


『はい! もちろん! 大歓迎ですよ!』


『ありがとうございます、私は3年B組の姫咲楓、と申します。これからよろしくお願い致します』


 姫咲先輩が優雅にお辞儀をして、ステージへとゆっくりと上がり、ステージ上から下にいる人たちに向けて更にもう一礼してから、大和の横に立った。

 これでもう、皆気が付いただろう。これが、最初から演劇部の演劇だったということに。

 これで舞台は整った、周りがこれを演劇というか、演劇部の出し物みたいなものだということが認識された空気の中なら、後続もやりやすい。

 火稟さんは・・・・・・大丈夫かな? そう思いながら、火稟さんがセリフを発するのを待つけど、中々セリフが聞こえない。

 

 ――まさか!? 火稟さん!? 

 慌てて火稟さんがいるであろう1年生の列に目を向けると、いた。

 D組の側にいるのが、2年C組と1年A組で、火稟さんはA組の列の俺から見える位置にいた。

 暗闇の中でもステージから僅かに光が届き、火稟さんの様子が分かってしまった。

 震えを止めようとするみたいに小さな体を両腕で抱き、今にも折れてしまいそうな程に怯えてしまっている。

 

 ――俺はどうして忘れていたんだ? ・・・・・・引っ込み思案だったり、人目を集めるのが苦手な人が、人前で何かをしないといけないということにどれだけ勇気を振り絞らないといけないのかってことを。


 くそっ!! もっと早くに気が付いてあげるべきだった!! どうする!? どうすればいい!?


 冷静になれと思っても、身体は一切の言うことだって聞いてくれない。

 パニックになっている場合じゃないっ!! どうにかしないといけない!! 

 そんな考えが頭を支配して、思考自体の邪魔をしてくる。

 未だに震え続ける火稟さんから目を離すと、ステージに立つ皆とふと目が合った。

 セリフを言うはずの火稟さんが正常な状態じゃないってことは空いた時間的にもう気が付いているはずだ。

 もしかしたら、ステージの上から見えているかもしれない。

 

 大和と姫咲先輩が僅かに頷いた。

 そして、風見さんは口の動きだけで何かを伝えようとしているのに気が付いた。

 聞こえるわけがない、届くわけがない。

 だけど、俺には確かに。


 ――蒼太君! 


 と聞こえたような気がした。


『あぁ、なんて眩しい人たちなんだろう。俺もあんな風になれたらいいな』


 咄嗟に出たセリフに自分で驚いてしまう。放棄してしまった思考が戻ってきて、ぼんやりとした感覚。

 脚本にないことを、咄嗟に言ってしまった。

 俺は自分が座っていた椅子から立って自分のクラスの列を出て、照明の光の中に立ち、ステージ上に立つ風見さんたちを再び見る。


『ねぇ、もあなたたちみたいに輝けるかな?』


 移動して、椅子に座って震える火稟さんの側に立つ。

 火稟さんは俯いていた顔をゆっくり、ゆっくりと上げた。

 大きな目に溜まった大粒の涙が今にも零れそうで、見ているこっちが苦しくなる程に顔をくしゃくしゃにしてしまっている。

 

『人前で目立つのが苦手だし、声だって張るのも苦手。今だって、緊張して倒れてしまいそう。きっと、足を引っ張ってしまう。それでも、そんな弱い人間でも、あなたたちみたいになろうとしていいのかな?』


『――うん! もちろんだよ! だって、私たちは演技に関しては素人だらけだよ? きっと、私たちはここから、この場所から始まるんだよ!!』


『だってさ、君はどうするの?』


 答えてくれた風見さんから視線を外して、火稟さんに戻す。

 目には相変わらず大粒な涙を溜めているけど、意を決したように唇をぎゅっと閉じた。


『――わ、私も!! あの場所に行きたい!! 皆と、一緒に歩いていきたい!!! こんな弱い自分とはさようならしたいですっ!!!』


 そう言って、火稟さんは立ち上がり、照明も付かない薄暗い空間の中を懸命に、ステージから溢れ出る光を目指して走っていく。

 やがて、転びそうになりながらもステージに上がって、皆の元へ辿り着いた。


『い、1年A組、火稟玲奈!! こんな私ですけど、私を演劇部に入れてください!!』


『うん!! これからよろしくね!! ・・・・・・さぁ、最後は君だけだよ!!』


 俺へと、真っ過ぎに手を差し出してくる風見さんの方へ、ゆっくりと確かに床を踏みしめながら歩いていく。

 近づくにつれ、どんどん見えている景色は眩くなっていく。

 おかげで、目を細める羽目になってしまって、側に着く頃にようやく目が慣れた。


『――2年D組、水樹蒼太! よろしくお願いします!!』


 ステージに上がって声を張り上げ、勢いよく頭を振り下ろしてお辞儀をした。

 

『以上で私たち、演劇部の部活紹介を終わります!! ありがとうございました

!!』


『――ありがとうございました!!』


 風見さんのお辞儀に合わせて、俺たちもお辞儀をして、声を張り上げながらお礼の言葉を述べて、ステージの裏へと引っ込む。

 そして、一瞬の静寂の後、講堂は大きな拍手に包まれた。


***


「すみませんでした!!!」


 全部の部活紹介が終わり、講堂内でそのまま解散して教室に置いてある鞄を持って演劇部全員が部室に戻って来た中、火稟さんが俺たちに向けて謝罪の言葉を口に出しながら頭を下げた。


「いや、火稟さんは悪くないよ。俺がもっと気を付けるべきだった」


「そうだよ!! ごめんね、無理させて!」


 俺と風見さんは2人で火稟さんを慰める為に近くに行こうとしたけど、その前に姫咲先輩が火稟さんに近づいた。

 一体何を言うつもりなんだろう?


「火稟さん、もしあれが文化祭での劇の最中で誰も助けてくれないような状況だったら、あなたはどうしていたんですか?」


「そ、それは・・・・・・」


 まるで責めるような口調で、先輩は火稟さんを問い詰める。

 部室内が一気に緊迫して張り詰めた空気になったのを肌で感じ取った。


「答えられませんか?」


「・・・・・・はい・・・・・・すみません」


「結果としては上手くいったのかもしれません。ですが、あなたは全員に迷惑をかけてしまったんです。その自覚はありますか?」


 言われた一言に、火稟さんの目が潤み、さっきのような大粒の涙が目に溜まっていく。

 

「先輩! いくらなんでもその言い方は・・・・・・大和?」


 突き放すような言い方に、俺は先輩を止めようとしたけど、大和が俺を手で制してきた。

 

「蒼太、悪いけど。ここは姫咲先輩に任せるべきだ」


 意味が分からない、俺には理解が追い付かない。

 どうして大和は俺を止めようとするんだ? もう火稟さんは十分に反省して、責任を感じている。

 なら、次頑張ろうじゃダメなのか? 


「――僕たちが声を掛けたら、きっと優しい言葉しか出てこない。慰めて、はいおしまいってなっちまう。それじゃあ、きっとダメな時もあるんだ」


 そう言われて、息を飲んだ。

『――傷を付ける覚悟も必要』だという涼子さんに言われた言葉が思い浮かんでしまったから。

 

「大和さんの言う通りです。この先、きっと、何度だって人を頼りたくても頼れない、1人で立ち上がらないといけない状況はやってきます。それでも、その度に立たないといけないんです。火稟さんが強くなりたいと願うなら、それは尚更のこと。優しい言葉をかけるだけじゃダメなんです」


 間違えたなら、優しい言葉をかけるだけじゃなくて、時には厳しい言葉を投げて発破をかけないといけない・・・・・・人から言われた優しさは甘い。

 その甘さに身を委ねそうになってしまう時だって、この先何度も訪れる。

 だからこそ、厳しい言葉を言ってあげられる人だって必要で、その痛みの先に、乗り越えた場所に、きっと成長だとか、強さだとか、そんな言葉で表すことの出来るモノがあるんだろう。


 遂に、俯いて肩を震わせながら泣いてしまった火稟さんの元へ風見さんは弾かれたように動き、近づいた。

 そのまま勢いよく、火稟さんの両頬に両手を当ててグイっと顔を引き上げる。

 風見さんは泣いていた。


「玲奈ちゃん! ごめんね! 私、もっと頑張るから!! 一緒に頑張ろうよ!! 大丈夫、玲奈ちゃんならきっと出来るから!!」


 ひょっとこみたいな顔をした火稟さんの両目からは、溜めに溜めた大粒の雫がボロボロと零れ落ちている。

 それは、頬を伝い、風見さんの両手を濡らしていく。


「もし、無理でも、玲奈ちゃんは今、1人じゃないんだからね!! 私がいるよ!! 蒼太君もいるよ! 獅童君も姫咲先輩もいるし、荒城センセだっている!! 1人じゃないよ!!」


「ふぁいっ・・・・・・」


 頬を両手で挟まれているせいで、返事はどこか間抜けで気が抜けたものに聞こえてしまうけど、風見さんは頬から手を放そうとしない。


「声が小さいよ!!」


 火稟さんは風見さんの両手をそっと外して、流れ続ける涙を左手でゴシゴシと力強く拭う。

 

「はいっ!!!」


 目元を赤くして、今までよりも大きな声で返事をした。

 返事を受けた風見さんは火稟さんを泣き笑いしながら抱きしめ、頭を撫でだす。


「だけど、やっぱり風見さんみたいな人も必要ってことですよね?」


「そうですね、厳しく言うことは出来ても、ああやって誰かの為に泣きながら怒ることは私には無理ですから」


 抱き合った2人を眺めながら、先輩と話していると、部室のドアが開いた。


「もういいわよね? 皆、部活紹介お疲れ様」


「もうってことは、聞いてたんですか?」


「えぇ、ちょっと入り辛かったから、終わるまで待ってたのよ」


 荒城先生が苦笑交じりに入ってきて、抱き合っている2人に生暖かい目を向けて、俺たちの方に歩いてくる。


「そう言えば、照明担当の先生はよく俺のアドリブに急に対応して照明を当てられましたね」


「あぁ、それは私が連絡したの。水樹君がセリフを言った時、そうするべきだと思ったから」


「さっすが、雫先生!! 頼りになるぜ!!」


「褒めても何も出ないわよ?」


 でも本当に助かった。

 やっぱり仕事が出来る大人は頼りになる。

 なんでこの人結婚出来ないんだろ?


「ほら、2人とも。いつまでも抱き合ってないで、反省会始めるよ」


「は、晴恋センパイっ! そろそろ離れて下さい!!」


「えーっ!! このままじゃ、ダメ?」


「ダメですっ!!! 離れて下さい!!」


 渋々って感じで風見さんは火稟さんを解放した。

 2人とも目元が赤くなっていて、離れた状態で顔を見合わせて笑い出してしまった。

 笑うだけ笑って、泣くだけ泣いて、そして、いつも通りの空気に戻った。


「よーっし!! みんなでご飯行こう!! 反省会ならそこで出来るよ!!」


「お店の人に迷惑かかりますよ!」


「あまり騒がしくしないのならいいのではないでしょうか?」


「だってさ、風見さん。騒がしくしないようにね?」


「え!? 私だけ!?」


「店に行くならいい店があるぜ! 僕もよく行く焼肉屋だ!!」


「いや普通にファミレスでいいでしょ、金銭的な理由も考慮して」


 さてはお前が肉を食べたいだけだな? 


「新入生が部活見学に来たらどうするつもりなの?」


『――あ』


 荒城先生の言葉に、皆して口を揃えて固まった。

 結局、ご飯は学校が終わってから行こうという話にまとまり、反省会を終わらせて軽く基礎練習して、部室を出て近所のファミレスに行った。

 その日の内に新入部員は来なかったし、色々と大きな失敗もあったけど、それでも確実に半歩ぐらいは前に進むことが出来た1日になったと思う。

 まぁ、風見さんは部員が来ないことが不満だったみたいだけどね。

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