第13話 明らかに、傍から見ればデから始まる3文字だけど、本人たちは気が付かない

 5月に入って、いよいよGWにも突入したけど、今日も含めてもう残すところあと2日しかない。 

 部活紹介に向けて、日々練習に励んでいる俺にはどこぞに遊びに行った思い出もないし、可愛い彼女と出かけた思い出も存在しない。

 今日は火稟さんと約束をした当日で、時刻は10時前、GW中は昼過ぎだとどこに行っても人混みの津波が発生する恐れがあるので、わざわざ早めに時間を設定して少しでも人混みを避けようという意見が俺と火稟さんの間で満場一致の意見だった。

 

 例によって、俺は待ち合わせの時間よりも30分ぐらい早く来てコンビニで買ったコーヒーを飲みながら、待ちゆく人々を眺めている。

 ま、今のところ5割はカップルだ、断言してもいい。早く来てしまったことを後悔するレベルで多くのカップルの幸せそうな笑顔を見てしまった。

 僅かに残る桜の花と彩り始めた緑の葉っぱを見ながら、もうすぐ夏かーなどと現実逃避をして、待ち合わせ時間までの暇を潰す。


「水樹センパイ、おはようございます・・・・・・どうしたんですか? なんか苦い顔してますけど。コーヒー苦かったんですか?」


 横から火稟さんの声がしたので、桜の木から視線を声がした方に向け、そのままさりげなく視線を下にスライドさせていくと、小首を傾げた火稟さんと目が合った。

 ネイビーのベレー帽にスクエア型のややフレームが大きめな黒縁メガネ、春らしい薄いピンクのカーディガンに白色の膝丈のワンピース、花柄が入った白いスニーカー。

 よく分からないけど、多分春コーデってやつだと思う。


「いや、コーヒーは甘いやつ。苦いのは見えている現実だよ」


「・・・・・・あぁ、なるほどです。これは苦いですね」


 2人して周りを見ると、増え始めた人混みの中に更にカップルの比率も増えてきているのが分かった。

 

「・・・・・・とりあえず、世界中のカップルが今すぐ花粉症にかかってしまえばいいと思った俺はきっと間違ってないよね?」


「私はそこまで思ってませんけど、間違ってないと思います」


 はふぅ、とため息を吐いて、何もしていないのに既に疲れた表情を2人揃って作り、顔を見合わせてようやく頬が少し緩んだ。

 そして、足並みを揃えて目的地へと歩き出す。


「火稟さんって普段コンタクトしてる?」


「あ、はい。でも、そこまで視力悪くはないんですよ。黒板の文字とか小さい文字とか見え辛いってだけで」


「あー、分かる。俺も最近ぼやけてるなって感じることが増えてきたから。メガネデビューの日は近いかもね」


 パソコンの画面を普段から凝視することが多いので、目の疲れとかが酷いのかもしれない。

 ブルーライトカットの伊達メガネでも買おうかな。


「それに、メガネと帽子をしておけば、知り合いと合った時でもぱっと見バレにくいかなって思って。オタバレとか、センパイと2人で出かけてるってことを見られたりして、勝手な噂をされたりしたら水樹センパイにも迷惑がかかるし、嫌じゃないですか」


「そこまで考えてたんだ。なんか気を遣わせたようで悪いね」


「いえいえ、誘ったのは私ですから! 時間を取らせてるわけですし、これ以上迷惑をかけてしまうのは申し訳ないので・・・・・・」


 別に、俺はそんなことで迷惑になるとは思っていないんだけど、火稟さんは真面目だなとは思った。

 ま、確かに本人たちがそうは思っていないのに、周りが勝手に盛り上がってくっつけようとしたりするとか迷惑以外のなんでもないよね。

 ラノベとかアニメとか見ててもそういうのを見ると、本人たちのペースでやらせてあげればいいのにと思うけど、あぁでもしないと物語が進展しないんだろうから仕方がないとも思ってしまう。


 ・・・・・・現実に比べれば、アニメとかラノベのあれはまだ寛容だろうけど。

 小学校の時、クラスメイトのある男の子がある女の子を好きだと言った。

 それを知った数名のクラスメイトは茶化すようになってしまって、その女の子が出席確認の時に名前を呼ばれる度に、男の子の気持ちを知った数名のクラスメイトは女の子の名前を大声で口に出しながら、男の子の方を見るなんて事態に発展し、結局は女の子は男の子を振ってしまった。


 だけど、俺は知っている。

 偶々、女の子の友達が話しているのを聞いてしまったから。

 その女の子は実際には男の子のことが好きで、引っ込み思案だった女の子は周りからの視線の羞恥に耐えられずに男の子を勢いで嫌いだと言ってしまったということを。

 その後、振られた男の子は数名の事情を知らないクラスメイトから振られたことすら茶化され、それは小学校卒業まで続いてしまった。

 本当に救いようのない物語だ。


 きっと、茶化した方は大人になるに連れ、忘れていき、茶化された方は大人になっても忘れず、周りをあまり信用出来ない大人になるんだろう。

 俺が考えてもどうにかなるわけでもないか。

 そんなことをした人間がのうのうと誰かと付き合って、幸せだと言えてしまえる、苦労や不幸を抱えた人が幸せになれないような物語がこの世界には満ち溢れすぎているんだから。


「水樹センパイ? どうしたんですか?」


「ん? どうしたって何が?」


「いえ、なんだかうんざりしたような顔をしていたので・・・・・・もしかしたら今日誘ったの迷惑だったりしましたか?」


 どうやら思っていたことが顔に出てしまっていたらしい。そのせいで火稟さんに余計な心配をかけさせてしまった。

 反省しないと。


「そんなことないよ、俺は遊びに行くような友達が大和しかいないから、休日は大体家で本読んでるか妹たちとゲームしてるかだし、誰かが誘ってくれないとこうして外に出ようなんて思わないし、誘ってくれて嬉しいよ、ありがとね」


「私もこうやって趣味のことを気兼ねしないでちゃんと会話出来る人が出来て嬉しいです! 今までの友達と遊ぶのも楽しかったですけど、やっぱり息苦しさはありましたから」


 どこか遠くを見つめていた火稟さんの表情にパッと花が咲いた。

 教室でどんな顔をしているのかは分からないけど、きっと、この心の底からの笑顔を見ることが出来ているのは、家族とか部活仲間を除いてしまえば、俺だけなのかもしれない。

 そう思うと、ほんの少しだけ優越感といってもいい感情が心に生まれたような気がした。


 他愛もない会話を続けながら、うっかり触れてしまわないような距離を保ちながら目的地へと歩いていると、ある店の前で火稟さんがピタリと立ち止まった。


「着きました! ここです!」


 目を輝かせる火稟さんの視線を辿るように、ゆっくりと店を見る。

 外観はとてもお洒落で、普段なら絶対に近づかないような小綺麗な見た目。

 川辺の側に建っているからか、偶に桜の花びらを乗せた風がとても気持ちがいいし、この時期は店外にも設置された飲食スペースで景色を眺めながら食事をするのもよさそうだ。

 火稟さんが言っていたアニメのポスターがデカデカと貼られ、イベントをやっているということが遠目にも分かるようになっている。


 外観と違わずにお洒落な内装の店内に足を踏み入れると、多分そのアニメ関連の曲がBGMとして店内を彩っていて、扉を開けた時のカランカランという小気味のいい音に気が付いた店員が笑顔を浮かべて俺たちを席へと案内してくれた。

 店内か屋外かで迷ったけど、結局は人の目が少ない店内にすることに。


「屋外でも食べてみたかったね」


「そうですね・・・・・・また、演劇部の皆さんを連れて一緒に来ましょうよ!」


「そうだね、大和の料理とどっちが美味しいかな?」


「うーん、獅童センパイの料理もとっても美味しかったですからね・・・・・・ジャッジしかねます、まずは食べてみましょうよ!」


 メニューを火稟さんに広げて渡し、俺は再び店内を見回す。

 ウェイトレスとウェイターがそこそこ多いお客の相手をしているのを見ていると、メニューを眺めている火稟さんの方から感嘆の声が漏れてきたので、思わず笑ってしまいそうになった。


「このケーキ美味しそう・・・・・・あ、でもイベントコラボのデザートもいいなぁ。特典あるし、うぅ・・・・・・どれも美味しそうで迷うなぁ」


 聞こえて来た声に、今度こそ我慢出来ずに笑ってしまった。


「す、すいません! どれも美味しそうで・・・・・・玲奈、あ、いや、私決めるの時間かかりそうなのでセンパイお先にどうぞ!」


「妹ので慣れてるし、そんな急がなくてもいいよ。まだ11時になってもないし、ゆっくり決めて」


「でもやっぱりセンパイが先にどうぞ!」


「そこまで言うなら、俺はこのクラブハウスサンドとデザートにアニメとコラボの特典付きのケーキで」


「早っ!? そこまであっさり決められるとは思ってなかったです!!」


 なんとなく小腹が空いていたのと、特典はランダムで数種類あるみたいだし、火稟さんにプレゼントしようと思っていただけのこと。

 この音楽を題材にしたアニメはキャラも多いし、もし自分が狙うなら絶対に推しキャラが欲しいだろうから。


「じゃ、じゃあ私はローストチキンとチーズのサンドとアニメコラボのパンケーキで!!」


「よし、店員を呼ぼう。・・・・・・あ、ここのお店ってベルとかないから店員を直に呼ばないといけないのか」


「・・・・・・それ苦手です」


「奇遇だね、俺も苦手・・・・・・す、すいませーん!!」


 ただ店員を呼んで注文を言うだけなのに、人前で大声をあげると注目されてしまうんじゃないか、みたいな考えがどうしても拭えず、恥ずかしいと思ってしまうのはなんでなんだろうね。

 しかし、ここは後輩でしかも女子に任せるなんて選択肢は端から選べないし、何より俺は今後人前に出て演技をしないといけない。これも練習だと思ってやるしかない。

 1度で聞こえるようにやや高めの声を意識して、右手を挙げながら呼ぶ。

 もし、1度目で店員が来なければ、心が折れて2度目を呼ぶのに少々時間がかかってしまいそうになるから。

 

 幸い、1度目の呼びかけで気づいてくれた店員さんに、注文を言って盛大に胸を撫で下ろした。


「センパイの犠牲は忘れません」


「忘れていいよ、こんなことじゃ死んでも死にきれないから」


 料理が来るまでの間を、火稟さんとのラノベ語りやアニメトークで潰して、10分も経たない内に頼んだ料理が俺たちの前に並べられた。


「おぉ、美味しそう。で、これがアニメの特典のラバーストラップか」


「はい、どうか愛梨ちゃんが出ますように!!」


 銀色の袋に入っているので中身は確認出来ない。

 火稟さんは愛梨、というキャラを推しているようだけど、それはさっきの間に散々語られたから知っている。

 赤髪で元気っ子の愛梨はみんなを引っ張って先頭に立つカリスマ性を持つキャラ、らしい。


「・・・・・・瑞葉ちゃんかーっ、やっぱりこういうのって物欲センサーが働いたら当たらないものですね」


 火稟さんが祈るように空けた銀色の袋からは瑞葉、という愛梨の幼馴染で落ち着いた性格の青髪の女の子が出てきた。

 まぁ、ラバーストラップはシークレットも含めて9種類もあるんだから推しキャラがピンポイントで当たる確率の方が低いことは確かだよね。

 うーん、当たればいいけどな・・・・・・黄色髪、ってことは愛梨って子じゃなさそうだね。


「あかりちゃんですね、妹系キャラで天真爛漫な子です」


「残念、愛梨って子が当たったら火稟さんにあげようと思ってたんだけど」


「ありがとうございます。とりあえず、お腹も空きましたし食べちゃいましょうか」


 どこかしょんぼりした顔をしていたけど、目の前のホットサンドを口に入れたらもう笑顔になっていた。

 小さな口で頬張る姿はまるで小動物。

 

「おっ、クラブハウスサンド美味しいな」


「2つありますし、1つ交換しませんか? そっちのも食べてみたいです」


「いいよ、じゃあこれ貰うね」


 ローストチキンとチーズのサンドも程よい塩味で俺好みの味。今度花音と詩音も連れて来よう。

 ホットサンドを食べ終わり、デザートに手を付けたけど、ケーキも甘すぎない味付けで美味しかった。

 火稟さんなんて無心というか無言でひたすらパンケーキを口に運び続けていたぐらいで、セットで付いてきたコーヒーをゆっくりと飲みながら、再びアニメの話や部活の話をして、俺たちは店をあとにした。


***


「とりあえずこれからどうする? 何もないなら解散でもいいと思うけど」


 時刻はもうすぐ12時になろうとしている。

 正直解散するには早いような気がしないでもないけど、今日の目的は達成したわけだし、ここからは別行動してお互いにやりたいことをして休日を楽しむというのも1つの手かな。


「うーん、そうですね。でもせっかくこうして遊びに出てるんですから、もう少し何かないですかね?」


「そうだなぁ・・・・・・あ、映画なんてどう?」


「それいいですね! 実はさっきのカフェでイベントやってたアニメの映画がちょうどやってるんですよ!」


「あぁ、だからイベントをやってたのかもね。それじゃあ映画館に行こうか」


「はい!」


 行き先も決まったところで近くにある大型ショッピングモールに向かって歩き出す。ショッピングモールだと映画が始まるまでの時間も潰せるし、ちょうどいい。

 カフェからさほど距離も無かったので、ショッピングモールへはすぐに到着してしまった。


 2人してエスカレーターを使って映画館があるフロアに上がっていく。

 偶にエスカレーターとエレベーターがややこしくなって間違えそうになる時があるのは多分俺だけじゃないはず・・・・・・違うよね?


「映画は14時半からか・・・・・・これ観たら解散するにはいい時間だね」


「そうですね、とりあえず始まるまで下のフロアで遊んでおきましょうよ、ゲームセンターありますし」


「そうだね、何して遊ぼうかな・・・・・・あ、愛梨ちゃんのフィギュアが下の筐体にあるみたいだよ、しかも映画で出てくる衣装を着たやつ」


「本当ですか!? それは今すぐ行かないといけないですね!! 無くなったら大変です!! 取ることは出来なくてもじっくり眺めることは出来ますから!! ほらセンパイ早く!!」


「分かったから、袖をぐいぐい引っ張らないで、伸びるし下りる時危ないから」


 まるで妹がもう1人出来たみたいだ、花音とは別の意味でアグレッシブなタイプの。

 結局、引っ張られるままにゲームセンターがあるフロアにやってきた。袖は火稟さんの笑顔の犠牲になったのだ。

 

「ほわぁ! センパイ愛梨ちゃんですよ!! ほら、立ってます!! しかもフィギュアのクオリティも高いですよ!! 細かい部分までしっかりと造り込まれてます!! 可愛いなぁ~!!!」


「そりゃフィギュアなんだから立ってないといけないでしょ、一旦落ち着いて」


「はっ! ごめんなさい、玲奈としたことが・・・・・・」


「うん、まだ一人称直ってないから」


「す、すみません・・・・・・ちょっとお手洗いに行って気持ちを静めて来ます」


「うん、行っておいで」


 たたっと小走りにトイレがある方に駆けて行く火稟さんを見送る。

 すると、何故かカフェの時に見せたあのしょんぼりとした顔が頭をよぎってしまって、ガシガシと右手で頭を掻いた。

 はぁ・・・・・・しょうがない! やるだけやってみるか!


































「――センパイ、お待たせしました・・・・・・え?」


「おっ、お帰り。ごめん、今いいところだからちょっと待ってもらってていい?」


「あ、はい・・・・・・ってそうじゃなくてなんでフィギュアを取ろうとしてるんですか?」


「・・・・・・別に、なんとなく待っている間暇だったからかな?」


「ほんの5分ぐらいしか経ってないと思うんですけど・・・・・・」


「じゃあ急にUFOキャッチャーをやりたくなったから?」


「なんで疑問形なんですか?」


 理由を悟られたら恥ずかしすぎるから必死に誤魔化してるだけです、ごめんなさい。

 まさか、なんとなくたださっきのカフェの時にした落ち込んだ表情が引っかかったからとか、火稟さんを笑顔にしたいから黙って取っておこうとか口が裂けても言えるわけない。

 多分、俺今、耳まで赤くなってる。

 火稟さんが戻って来る前に取りたかったけど、そりゃそうだよね。

 俺は特別上手いわけじゃないし、この間偶々数回で取れたからって今回もとはいかないよね、しかもただのトイレで席外した5分間で取るだなんて無理があった。

 恥ずかしさを必死に誤魔化すように、目の前の筐体に意識を集中させる。

 

 ――そして、箱が下に落ちた時のファンファーレが鳴り響いた。


***


「え、映画、面白かったね!」


「・・・・・・そうですね」


「あ、アニメも観てみようかな! 面白かったし!」


「・・・・・・ご自由に」


 ・・・・・・万策尽きました。

 無事にUFOキャッチャーでフィギュアを取って、火稟さんに渡そうとしたところ、受け取れませんと拒否されてしまった。

 流石に4000円かけてまで取ったのが悪かったのか、火稟さんは意地でも受け取ろうとしてくれなかったので、こっちも意地になってしまって無理矢理手渡した。

 そのあと、映画を観てこうして帰路に着いているわけだけど、火稟さんはフィギュアを受け取ってからずっとむすっとしている。

 どうにか機嫌を取ろうと、アニメの話や映画の話を振ってみたけど、どれも空振りしてしまった。

 やっぱり、頼まれてもいないことをしたのが間違いだったのかもしれない。

 良かれと思ってやったことでも、それが迷惑になってしまう可能性だってある。

 今回はきっと、そのパターンだったんだろう。


「・・・・・・ごめん、やっぱり、勝手に取って押し付けたのは悪かったよ」


「・・・・・・どうして、こんなことをしたんですか? そこまで大金をかけて取ってもらって渡されても素直に受け取れませんよ」


 立ち止まった火稟さんが、俺を見上げ、真っ直ぐな目を向けてきた。

 目を逸らしそうになったけど、ここで目を逸らしたらいけないような気がして、目を見つめて深呼吸をする。


「・・・・・・カフェの時さ、推しのキャラが当たらなくて一瞬落ち込んでいる火稟さんの顔が頭に浮かんでさ、それで、ただ笑って欲しかったってだけなんだよ。でも、余計なことをした、ごめんな」


 耐え切れずに一旦、俯きがちになってから、もう一度顔を上げると、そこにはポカンと口を開けている火稟さんがいた。

 ・・・・・・え? 何その顔?


「え? 本当にそれだけの理由で取ったんですか?」


「それだけって・・・・・・まぁ、そうだけど。だって、なんかこう、もやもやしてさ、俺が気持ち悪かったんだよ」


 他にどんな理由があるんだろう。

 ただ、知り合った人とかが悲しそうな顔をしていると、心に引っ掛かって、どうにかしたいって思う以上の理由なんてないよね?


 すると、火稟さんはぷっと噴き出して、肩を震わせて笑い始めた。


「え!? 今の笑うところあった!?」


「だ、だって! そんな必死な顔をして笑っていて欲しかったってラノベみたいなセリフをリアルで言う人がいるとは思わなくて!! センパイ、今のセリフ、傍から見れば、きっとただの告白ですよ? あははははは!!」


 そう言われて、さっきまでの自分のセリフを思い返して、顔に熱が集まるのを感じた。

 言われてみれば、女の子に対して悲しい顔をしてほしくないから笑顔にしたいなんてまるで告白じゃないか!? うわっ、俺完全に痛いやつだ!?


「いや、そういう意味じゃなくて!!」


「分かってますよ! ごめんなさい、せっかく取ってくれたのに、意地張って。・・・・・・嬉しかったですよ! どんな理由でも、自分の為に取ってくれたってことは、とても嬉しいです!」


 顔を真っ赤にする俺がおかしかったのか、火稟さんはまた一頻り笑ってから、でも、と口を開いた。


「そこまでお金を使ってまで取ったことはマイナスです! それは許しません! ・・・・・・だから、センパイがちゃんとこのアニメを観て、玲奈とお話してくれるというなら水に流しましょう!」


「う、うん。約束するよ、ちゃんとアニメを観るから!」


「はい! 楽しみにしてますね! センパイ!!」


 そこにあったのは、後ろで咲いている遅咲きの桜よりも綺麗な、正に花のような笑顔だった。


「あ、そうだ、私からセンパイに渡すものがあったんですよ」


「え? 何?」


 包みに入った何かを渡されて反射的に手に取ってしまった。

 中には何か四角くて硬めの物が入っているみたい。


「空けてみてください」


「・・・・・・これは、メガネケースと、メガネ?」


 中から出て来たのは、ブルーライトカットのメガネとそれを入れるケースだった。

 訳も分からず、その2つをまじまじと眺める。

 よくある、スクエア型のメガネで黒フレームで誰がかけても顔に馴染むタイプ・・・・・・なんで俺に?


「センパイ、今日言ってたじゃないですか、メガネデビューの日は近いかもって、今日のお礼になんとなく考えていたんですよ。そしたら、センパイが4000円もかけてこれを取ってくれちゃったので、絶対買ってお返ししないとなって思ったんですよ。センパイはパソコンをよく見るので、ブルーライトカットかなって!」


「・・・・・・ありがとう、すごい嬉しいよ、大事に使わさせてもらう」


 というか、これはいつ買ったんだろう?

 あぁ、映画終わったあと、すぐにトイレに行っていたあの時か。きっと、トイレに行く振りをして、選んでくれたんだ。

 ちょっと時間かかってるのは化粧でも直しているんだろうと思っていたけど、多分これを選んでたから時間がかかったのか。


 もう1度、火稟さんにありがとうと言うと、満足そうに笑って、止めていた足を再び前に進め始めた。

 その後、機嫌をよくした火稟さんを家の近所まで送り届けて、俺も自らの家に帰る為に踵を返した。

 やっぱり、対人関係って難しい、そのことが身に染みた1日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る