第11話 彼らの部活紹介には難がある

 あの屋上での一幕のあと、俺はすぐさま火稟さんと大和に初手土下座をかまし、事情をきっちり説明した。

 俺がそこそこ知名度のある作家だということを聞いた火稟さんは最初は驚いていたたけど、諸々の事情を聞き終えると呆れた顔で「そんな理由で直接関係してない風見センパイを避けるなんてバカなんですか?」と言われて、直球過ぎる物言いにストレートに心が抉られてしまった。


 大和も事情を知るやいなやため息を吐いて、「今度ジムで一緒に筋トレをしてくれたら許してやろう!」とあまり寛大には思えない条件を提示して笑っていた。

 いや、正直筋肉ガチ勢のこいつと一緒に筋トレとか3日は筋肉痛で動けなくなること間違いないので心の底から遠慮しておきたい。

 ちなみに大和にすら言えなかった理由としては、単純に風見さんのお姉さんが女優だということ簡単に言ってしまっていいのかという理由がある。

 人の家族のプライベートというか個人情報を勝手に言ってしまうのは、身バレを恐れる身としてはどうにも口に出来ない問題だったから。


 姫咲先輩はそもそも入部したばかりでこっちの問題も何も話せないので、ちゃんと言うべきタイミングが来たら、今度こそは隠さずに自分のことをちゃんと話そうと思う。

 荒城先生は・・・・・・俺がある程度収入が安定していることを知ったら目が本気になったように見えたので怖かった。

 流石に教師が生徒に手を出してくることはないと信じたい。うん、信じたい。


 昨日、そんなことがあって部活紹介のことになるけど、5月の初めの週にやるって言われて俺のこともあったので、何も準備が出来ていない。

 残り2週間も無いし、新しく部活紹介用の脚本を書くのはまず無理となると、既存の劇を短くするか、短い劇をアドリブで演じるかの二択となってしまう。

 今日は部活紹介についてのミーティングと基礎練習をすることになっている。


「やっぱり、アドリブでの即興劇がいいんじゃないかな? そういう魅力もありますよーってアピールするの! どうかな?」


 前髪に音符のヘアピンを付けた風見さんがハイハイっと手を大きく上げながら発言する。

 

「それが出来るのってある程度演劇に精通している人・・・・・・じゃないですかね?」


 火稟さんが、右手の人差し指をピンと伸ばして顎に当てながら出た意見について考えを述べる。

 というかそのポーズちょっとあざとくない? 可愛いけども。


「では、わたくしと獅童さんの2人で演劇を披露するのはいかがでしょうか? 愛の共同作業です」


 ではではない。そんなことをすれば学内のモテない男子からヘイトを集めることになってしまう。

 演劇部の紹介であって、2人の舞台じゃないんです。

 姫咲先輩は入ったばかりだけど、順調に大和ラブの道を歩み続けているようだ。しっかりと座る場所も大和の隣をキープしているし。

 対する大和はと言うと・・・・・・。


「やっぱり力強さをアピールして有能な筋肉を持つ人間を集めるのがいいんじゃねえか?」


 いつも通りだった。

 いるのは筋肉じゃなくてやる気のある部員や小道具を作ったり出来る手先の器用な人だと、個人的には思う。

 というか、大和はそんな美人に言い寄られて揺らがないの? この男には性欲という概念が存在してないんだろうか? その分筋肉というパラメーターに割り振っているのかな? それなら納得。


「うーん・・・・・・はどう思う?」


 風見さんがそう呼んだ瞬間、数名の方がピクッと動いたのが分かった。

 そう言えば、昨日からそう呼ばれていたんだった・・・・・・みんなの前で呼んだのはこれが初めてだけど・・・・・・。


「風見センパイって水樹センパイを名前で呼んでましたっけ?」


「いや、僕の筋肉によれば名字呼びだったはずだぜ?」


「記憶じゃなくて筋肉なんだね、流石は脳筋」


「そんなに褒めるなよ、照れるじゃねえか!」


 断じて褒めていない。


「ふふ~ん! 私たちは秘密を共有する運命共同体だからね! ほらほら、蒼太君? 私のことも晴恋って呼んでもいいんだよー? 私たちの絆を見せてあげて!」


「話を戻そうか、部長」


「あれぇ!? 一気に距離を取られた感じの呼び方に!?」


 名前でなんて恥ずかしくて呼べるわけないじゃんか・・・・・・。

 これだからコミュ力強者、略してコミュ強は・・・・・・。


「ハッ!? これは獅童さん・・・・・・いえ、大和さんに私のことを名前で呼んでもらうチャンス!?」


「話を戻すって言ってるでしょうが」


 この人案外ポンコツなのでは・・・・・・?

 いや、まさに恋は盲目と言っても過言じゃない。


「この際だから、みんな名前で呼ぼうよ! ねっ、玲奈ちゃ――」


「――嫌です」


「思ったよりも食い気味に即答されちゃった!? なんで!?」


「だ、だって・・・・・・そうしたら異性を名前で呼ばなきゃいけないですし・・・・・・恥ずかしいじゃないですか」


 顔を真っ赤にして火稟さんは俯いてしまった。

 その気持ち、すごい分かる。

 

「じゃあ私だけでもいいからぁー!! ねっ!?」


「それなら・・・・・・まぁ、ギリギリ」


「ギリギリ!?」


 というか風見さんがグイグイ行くから離れていってるんじゃないかと・・・・・・あぁ、もうそうやって抱き着いてパーソナルスペースぶっ壊しにかかるから。


「・・・・・・話戻しましょうよ・・・・・・晴恋センパイ」


 火稟さんはそっぽを向いているけど、頬が赤くなっているのは誰が見ても一目瞭然で、風見さんはより一層嬉しそうに笑顔を弾けさせて、抱きつきにかかった。

 目の前に百合畑が・・・・・・大変素晴らしいと思います。


「とりあえずアドリブ劇だとしても、軽い設定ぐらいは決めておいた方がいいんじゃない?」


「設定ですか?」


「火稟さんが言った通り、俺たちは演劇に関しては知識も経験も無いですから。完全にアドリブにしてしまうのは難しいかと。目的は劇をすることではなく新入部員の勧誘ですし、設定も難しいものじゃない方がいいです」


 姫咲先輩が設定という単語に引っかかりを覚えたのか、小首を傾げて俺の方を見てきたので、自分なりに分かりやすい説明を心がけてみる。


「そういうことですか、分かりました」


 人に分かりやすく説明するのは難しいけど、今回は上手く伝えられたみたいでよかった。


「設定って言っても具体的にどうするんだ? やっぱり筋肉しかなくねえか?」


「いやそれ以外にも選択肢結構あるから、1回筋肉から離れようか」


「肉離れだと!? クソッ!!」


 そんなに大げさなことじゃない。というか筋肉離れを肉離れと言ってしまうのは違うでしょ。

 頭を抱えてうずくまる筋肉さんは姫咲先輩に丸投げしても許されるとして、あとは・・・・・・。


「風見さんも火稟さんもいつまでそうしてるつもり?」


「いやぁ、玲奈ちゃん暖かくて・・・・・・ずっとこうしてたいな~」


「それでもいいけど、火稟さんの顔からどんどん好感度という表情が抜け落ちていってるのが分かるから。嫌われてもいいならそのままでいいよ?」


「ごめん玲奈ちゃん! 今から真面目に設定考えるから!」


「いえ、私も一緒に考えますよ。部員ですからね。ほら部長早くしてくださいよ。1秒でも早く遅れを取り戻さなきゃいけないんですから、ほら部長はりーあっぷ」


「手遅れ感がすごいんだけど!?」


 自業自得だよ。


「じゃあ、気を取り直して話を続けるけど・・・・・・まず、檀上には紹介のスピーチをする為にステージには必ず1人は立たないといけないよね」


「あっ、そうだね! そこからお芝居を挟んでいくってなると・・・・・・うーん、何も思いつかない・・・・・・設定を考えるのって難しいね」


 確かに、小説を書いている時も書き始めの細かい設定にはよく苦労させられる。

 俺はプロットとかあらすじを考えたりするのが苦手だ。というか、長い文章よりも短編とかの短い文章を考える方が難しいと思う。

 まぁ、設定を広げていくのは好きなんだけど・・・・・・物語を書く時、キャラクターとか世界観の設定を考えるのが1番楽しい時間だと思う。・・・・・・書くのは大変だけど。


「じゃあ、こういうのはどうかな? まず、1人がスピーチをしている時、それ以外の演劇部員は全員自分たちのクラスの列でそのまま話を聞いていて、スピーチをしている人が何か合図を出したら、誰かが演技をしながらステージに上がって、他の人が上手く便乗していくって形」


「それいいかも! アドリブもしやすいし!」


「でも、みんなの前でいきなり大声を出すってことですよね? ・・・・・・かなり恥ずかしいです・・・・・・」


「確かに、度胸がいるね。特にトップバッターはそういう空気の中を切り込んでいかないといけないから・・・・・・まぁそれはうってつけの人がいるから」


 言いながら、視線は自然と大和の方へ。

 風見さんも火稟さんも納得したように頷き、大和を見た。


「ふっ、僕の筋肉の出番かな?」


「肉離れお疲れ様、筋肉の出番かどうかは知らないけど、先陣は任せるよ」


「おう! 任せとけ! 盛り上げてやるぜ、僕のこの上腕二頭筋のように!」


「大和さん素敵です・・・・・・なら、2番手は私に任せてください。ある程度は人目と注目されることは慣れていますから」


 ドンっとぶ厚い胸板を叩き、サムズアップしてくる大和と右手を静かに胸に当てて頷いてみせる姫咲先輩を見て、頷き返す。

 大和はそういう人前で恥ずかしいっていう感情はあんまり持っていないし、姫咲先輩も落ち着きがあって多少のことでは動じそうにないだろうから、この2人に関してはあまり心配することもないだろう。


「・・・・・・火稟さん、出来そう? 別に全員でやらないといけないって決まりはないから、無理そうなら今回は見てるだけでもいいよ?」


「・・・・・・正直に言ってしまえば、大勢の前でそういうことするのはやっぱりどうしても恥ずかしいですし、苦手です。・・・・・・でも、いずれは文化祭で劇をやらないといけないんですから・・・・・・予行演習です、私も参加します」


 ふるふると肩を震わせながら、両手の拳をグッと顔の前で握りしめてやってみせますというポーズを取る火稟さん。

 ちょっとどころか、かなり心配だけど・・・・・・本人がやるって言ってくれてるんだし・・・・・・。


「よし、それなら火稟さんのあとに俺が演技するよ。失敗しても大丈夫、俺も出来る限りフォローはしてみせるから。・・・・・・まぁ、俺も経験ないんだけど」


「いえ、私もそれなら安心して演技できそうです・・・・・・よろしくお願いします」


「ということは私がステージでスピーチをするんだね?」


「うん、部長だし。ステージに立つのはやっぱり部長であるべきだと思うんだよね」


 でも、完全にアドリブにしてしまうのはちょっと難易度が高すぎると思うし・・・・・・。


「とりあえず、ある程度は脚本を作って設定を固定しよう。世界観が固まった状態ならアドリブもやりやすいと思うし」


「賛成! 流石は蒼太君だね!」


「あとはステージの人が出す合図だけど・・・・・・セリフがいいんじゃないかな?」


「セリフ・・・・・・ですか?」


「うん、例えば・・・・・・風見さんが演劇部に入ってくれる人いませんかみたいなことを言って、大和がそれに合わせて何か演技をしながらステージに上るって感じに出来るから」


 最初の人が演技をし始めるタイミングとしてもこれならやりやすいだろうし。 


「なるほど・・・・・・あとはどこまで設定とセリフを決めてしまうか、ですよね? 水樹さん」


「はい、アドリブに強そうな人と、そうでない人を分けて脚本を考えておきます。5分という時間の中の最初の場面だけなら、1週間もあればみんな自分のセリフを覚えられるでしょうし、練習だって出来ますから」


 普段の演劇と違うのはセリフが多くないから覚える時間が少なくても心配はないということ。

 その分をみんなで話し合いの時間に割いて、みんなで物語を完成させてしまうのも1つの手だと思う。

 いいアドリブが出れば、それをそのまま脚本に組み込んでしまえばいい。

 完全にアドリブになってしまうよりは、失敗の可能性はかなり下がるだろうし。

 これだとアドリブ劇とは言えないけど、俺たちはそもそも演劇に関しては素人ばかりだし、足りないものは補っていかないとね。

 今回は練習する時間も脚本を書く時間も部員全員の経験も無いから、本番に向けての知識と経験を溜めることを最優先に考えた方がいいかもしれない。

 もちろん、これで新入部員が入って来てくれればそれが1番いいんだけど・・・・・・。

 今思ったことをみんなに伝えると、全員から了承の言葉が返ってきたので基礎練習を始めることになった。

 さて、俺は帰ったらすぐに脚本を書かないと・・・・・・今が4月の4週目の金曜日で、部活紹介があるのが5月7日・・・・・・GW明けの最初の日が本番か。

 ・・・・・・普通に考えてスケジュールがカツカツになり過ぎる件についてはどうやって乗り切ればいいんですか。

 これって俺のことがなければまだ1日多く予定を組むことが出来たんじゃ・・・・・・よし、脚本書こう。やらかした分を帳消しにしないと・・・・・・。

 幸い明日は土曜日だし、部活に出て仕事をしたとしても、日曜にはなんとか脚本を書き上げられるはずだ!

 脳内で、徹夜確定のスケジュールを組みながら口からつい漏れ出そうになったため息を発声練習の声に変えて殺し、俺は1人、冷や汗を流した。

 

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