第7話 舞台に上がるまでの距離が前途多難すぎる

「あれ? ・・・・・・水樹君! 部室行くなら一緒に行こうよ!!」 

 

 放課後になり、騒がしくなってきた教室の喧騒から逃げるようにして部室棟に向かっていたところ、偶然風見さんと鉢合わせた。

 

「あぁ、いやその前に部室の鍵を借りに行こうと思ってたんだけど・・・・・・風見さんが歩いてきた方向的にもう借りてきたっぽいね」


「うん! いやー放課後が待ち切れなくてさぁ、HR終わった瞬間ダッシュで飛び出して来ちゃったよ」


 ブレザーのポケットに手を入れて、鍵を手で弄んでいるのか、ちゃりちゃりと微かな音が聞こえてきた。

 手で弄ぶって言い方はなんかエロいよね、なんてどうでもいいことを考えながら、部室棟までの道のりを2人して歩く。

 隣を歩く風見さんは鼻歌混じりに今にもスキップしそうなぐらいには嬉しそうで、ワクワク感が抑えられていない表情には絶やさずに笑みが浮かんでいる。


「そう言えば、獅童君は? 一緒じゃないの?」


「俺と大和って別にいつでも一緒ってわけじゃないんだけど・・・・・・クラスだって別だし」


 思い出したかのように訪ねて来る風見さんに対して、あまり関心を抱いていないという返し方をする。

 すると、風見さんはむぅっと頬を膨らませるようにして睨んでくる、リスみたい。

 女子の平均ぐらいの身長はありそうな風見さんでも俺とは身長差があり、必然的に上目遣いになるので、睨んでこようと怖さは全く感じない。

 これが涼子さんの時みたいに俺が正座をして向こうが立っていると圧が強すぎて怖すぎる。


「女の子との会話にそんな無関心だとモテないよ?」


「関心持ったら持ったで食いつきすぎてキモがられる未来しか見えない」


 大体、今会話のネタになっているのは俺と同級生の筋肉マンだよ? どうやって興味持てばいいんだよ。

 そもそも趣味とか共通の話題以外で女子と何を話せばいいのかが分からない。

 火稟さんはライトノベルの話を振っておけば勝手に話題が広がるし、花音は何も話さなくても蒼兄で済ませるし・・・・・・周りの扱いがちょろすぎない?

 なんなら異性だけじゃなくて同性との会話も苦手だし。

 大和との会話なんてどうでもいい時ははいはい、サイドチェストサイドチェストと適当に相槌を打っておけば彼は大喜びするし、やっぱ会話しやすい大和って最高だと思うんだよね。


 結局筋肉の人のことを考えてしまっている俺の前に風見さんがたたっと躍り出て腰の辺りで両手を組んで軽く前屈みになってニッと歯を見せて笑う。


「でも、私は水樹君とお話するの楽しいよ?」


 眩しいぐらいの笑顔と突然言われた一言に言葉を失った。

 というよりもそんなこと初めて言われたからどう対処していいのかが分からない。

 顔が赤くなっているということだけは分かるけど・・・・・・。


 すると、風見さんは満足そうにニシシッと笑みを深めて前を向いて歩き出した。

 不意打ちにもほどがある・・・・・・やっぱり女子って苦手だなぁ。


「あ、センパイ方。お昼休み振りです。・・・・・・獅童センパイは一緒じゃないんですか?」


「・・・・・・その質問さっきもされたんだけど。大和なら筋トレでもして来るんじゃないの? よく分からないけど」


 それか運動部の助っ人やるから遅れて来るとか、あいつ色々な運動部から助っ人頼まれてるだけじゃなくて勧誘受けてるからなぁ・・・・・・。

 ぶっちゃけその身体に見合ったすごい運動神経してるし、あいつが部活に加入すればその運動部は飛躍的に強くなるだろうね。

 

 火稟さんも途中で合流し、部室棟の2階へ辿り着いた。


「おーい!! 蒼太! 風見、火稟!! 待ってくれよ!!!」


「お、噂をすれば2人とも、大和が来たよ」


 背後から聞こえた声に振り返る・・・・・・そして絶句。

 思わず立ち止まり、その間に大和は一気に追いついてきた。


「ねえ、大和? ・・・・・・お前はどうして逆立ちで歩いて来たの?」


 そう、大和はなんと逆立ちで歩いて階段を上がって俺たちに追いついてきたのだ。

 そりゃ驚くよね? 友人の声に振り返ったら逆立ちしてる男がいるんだもん。


「どうして・・・・・・か。これには海よりも深い理由があるんだけどな・・・・・・」


「あ、ごめん。もう分かったから言わなくてもいいよ」


「日常生活の中に筋トレを組み込めば移動中もこうやって筋肉を鍛えることが出来るんじゃないかと思ってな!!」


「言わなくていいって言ったじゃん」


 予想通りだったけど、どこが海より深いんだよ、水溜りでたわむれてんのか。

 あと、お前は既に日常生活の中どころか人生に筋トレを組み込んでるんだからそれは余計な心配だと思う。

 予想外だったのは筋トレをしてから来るんじゃなくて筋トレをしながら来たっていう事実だけだった。

 

「安心しろ、流石に部室棟に入ってからしかやってない! 僕も変な目で見られたくねえからな!!」


「だから俺たちが思ってるのはどこからやったか、じゃなくてなんでやったか、なんだけど・・・・・・というよりも変な目で見られたくないってのは手遅れだって」


 すると、大和は満足したのか腕をグッと曲げて顎を床に近づけると腕の力をバネのように使ってハンドスプリングで何事もなかったかのように俺の横に立った。

 

「さあ行こうぜ!! いざ部活!!!」


「2人ともお待たせ、行こうか。まぁもう目の前なんだけど」


 未だに驚きで固まっている風見さんと火稟さんに声をかけるとようやく2人は凍結状態から動き出した。

 

「な、なんで水樹君は平然と対応出来るの!?」


「そ、そうですよ! 軽くホラーじゃないですか! おかしいですよ!!」


「おい、大和。お前のせいで俺までおかしいって扱いになってるんだけど? どうしてくれるの?」


「はっはっはっ!! お揃いだな、蒼太!!」


「・・・・・・はぁ、はいはい。モストマスキュラーモストマスキュラー」


 ただ1つだけ言うならば、慣れって怖いね。


***


「今後の活動方針なんだけど、10月の文化祭のステージで演劇をするっていう方向でどうかな!!」


「うん、妥当だと思う。じゃ半年後に向けて練習していく形で・・・・・・何か意見ある人・・・・・・いなさそうだね、それじゃあこれで決まり」


 ホワイトボードに大きく、目標!! 文化祭で講演!!! と大きく書いてペンを置く。


「それで、今から何をするんですか? 目標が決まっても練習のこととか何も分からないですよ? さっき風見センパイがやってた発声練習とかするんですか?」


「ううん、今日はねみんなであることをやりたいって思ってるんだよね。演技をする上で必要なこと!」


「筋トレか!?」


「そんなわけないでしょ」


「うん、筋トレだよ!」


「マジで!?」


 本当に筋トレだった!? 大和が右手を天高く掲げ、歓喜してる!!

 

「お芝居をするのには体力と身体作りが不可欠だからね! 今日はみんながどれだけ出来るのかってことを把握して今後のメニュー決めの参考にしたいの!」


「なるほど・・・・・・まぁ、確かに大事だね・・・・・・ストップ、火稟さんの表情が死んでる」


 目が虚ろというか、もう一切の輝きが灯ってない。


「はっ!? なんの話でしたっけ!? 確か魔王が復活したとかでしたっけ!?」


「君は一体どこで何の話を聞いてきたの? 伝説の勇者に選ばれるぐらいなら筋トレだって余裕で出来ると思うよ?」


 死んだ表情から一変、うげえと嫌だという感じを隠す気もない表情に苦笑する。

 正直なのはいいことだと思う、俺もよく涼子さんに対してそういう顔してたから。まぁ、一睨みで真顔に戻されたんですけどね。


「とりあえず、火稟ちゃんは10回を目標にやってみて!」


「・・・・・・10回ですか、見くびられたものですね」


 おっ? 強気だ、さすがに10回はどんなにか弱い人でも出来る回数だと思うけど・・・・・・あぁ、いやでも筋力ない人って腕立てって少ない回数でもしんどいんだよね。


 制服のままなので、スカートということもあり、火稟さんは足を俺たちとは逆側に投げ出し腕を着いてオーソドックスなフォームで構える。

 そのまま、床に顎を近づけ・・・・・・顔を持ち上げ・・・・・・持ち上げ・・・・・・力尽きた。


「・・・・・・ど、どうですか・・・・・・これ、これが・・・・・・私の実力・・・・・・です」


「うん、分かったからまず息を整えて? まさか見くびっていた方が実力が高いとは思わなかったよ」


「だ、大丈夫だよ! これからこれから!!」


 風見さんの全力のフォローが逆に虚しい。1回も持ち上がらないんじゃ鍛えようがないような気がする。

 まぁうちには筋肉大明神がいるから、筋トレのことは任せておけば大丈夫だろうけど。


「そうだな・・・・・・風見、火稟の側に立って補助してやってくれ、持ち上げる時の補助だ」


「それでいいの?」


「あぁ、まずは筋肉を使うってことが大事だからな。今の火稟の筋力なら、補助で負荷を軽くしてやって徐々に筋力を付けてやるのがいいだろ」


 へぇ・・・・・・さすが大和、筋肉のことならすごく頼りになる。


「補助がいない時は膝を付いて上半身だけで腕立てするといいぞ、まぁ補助付けるなら最初から膝を付いてやってもいいけどな、好きな方を選べ」


「まぁ、それはまた今度でいいんじゃない? 今日はどの程度出来るかを確認する為のものなんだから」


「それもそうだな・・・・・・おし! 次は蒼太の番だぜ!!」


「それじゃ、1、2、3、4・・・・・・」


 そのまま難なく20回程腕立てをして、立ち上がった。

 うん、ちょっときついけどこれぐらいなら出来る。


「流石は蒼太!! フォームが最高だぜ、マッスルメイト!!」


「それは辞退させてもらうね」


「水樹君って意外と筋力あるんだね、うわっ! 思ってたよりも硬い!!」


「ちょっ・・・・・・ちょっと!?」


 風見さんが俺の二の腕を掴んで、ふえーだのほわぁーだのと口にする。

 対する俺は急にボディタッチを受けたのと、ふわりと鼻腔に届く柑橘系のいい香りがして、たたらを踏むようにして距離を取った。

 離れても、触られた熱やブレザー越しに分かる手の形が残っているようでめちゃくちゃこそばゆい。


「あぁ、蒼太は初心うぶだからな。会話ならまだしも、接触したら顔真っ赤になるぞ」


「ご、ごめん!! でも意外な一面を知れた!」


「・・・・・・い、いや、こっちこそなんかごめん」


「水樹センパイはインドアっぽいのに鍛えてるんですか?」


 そもそも筋トレって室内でやることの方が多いんだから、インドア向けの趣味なんじゃ・・・・・・まぁ、これを言ったら筋肉さんが厚く、いや熱く語りだしそうだから言わないでおこう。


「鍛えてるってよりも、妹の運動によく付き合ってるからじゃない?」


 花音の練習によくどころかかなり付き合わされてるおかげで、基礎体力はそこそこにある。

 作家って座って仕事するからどうにも健康面で難が出てくるんだよね・・・・・・そのことを考えると花音に感謝しないといけないかな。・・・・・・寝てたら早朝から無理矢理叩き起こされる以外は。


「次は私だけど・・・・・・正直15回ぐらいが限度だと思う。今日は他にやりたいこともあるし、私は飛ばしてもいいよ」


「じゃあ、そのやりたいことにいってもいいんじゃない?」


「おい蒼太! 僕には腕立てさせてくれねえのかよ!? そんな酷いことってあるか!? やらせてくれよ!! プロテインバーやるから!!!!」


「いらないし近いし暑苦しい、やりたければやっておけばいいじゃん。こっちはこっちで話を進めておくからさ」


「よっしゃあ!!! いくぜ!! 12345678910、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」


 視界の隅で物凄い勢いで腕立てを始めた筋肉だるまはしばらく放置でも大丈夫だろう。


「それで、やりたいことって?」


「うん、演劇で必要な演技力とアドリブ力を鍛えるエチュードっていう練習法なんだけど・・・・・・これは1人じゃ練習にならないから、みんなでやりたいなって思って!」


「エチュード・・・・・・確か、舞台を設定したらあとはアドリブで芝居を進めていくやつ・・・・・・だったっけ?」


「私もアニメで何度か見たことがあるような・・・・・・筋トレよりは簡単そうですね」


 例えば、ここが人1人しか通れない幅しかない橋の上だとして、自分と相手役が対面から歩いてきたという設定なら、上手く演技をして相手に道を譲らせなくてはいけない、みたいな感じだったと思う。

 確か、意味は即興劇だったかな?


「本来なら、台本とか読んで基礎を固めてからやった方がいいんだろうけど、今日はレクリエーションの意味も込めてやってみたいなって思って」


「まずは演じることの楽しさを知るってことが大事ってことだね」


「分かりました、では最初は風見センパイと・・・・・・」


「俺でいいよ、とりあえず舞台設定はどうする?」


「分かりやすく、1人分しか幅がない橋でいいんじゃないかな? 水樹君なら多分知ってるだろうから」


 無言で頷き、風見さんとの距離を空けて、再び風見さんに向き直る。視線が合ったので頷き合って、距離を詰めるようにゆっくりと歩を進めた。

 エチュードが開始された合図だ。


「あ、あの!! 失礼ですけど、道を譲ってもらってもいいですか!? とても急いでて、間に合わなくなってしまうかもしれないんです!! お願いします!!」


 なるほど、どうやら風見さんは急ぎの用事がある人を演じているらしい。

 俺はどうしようかな・・・・・・・。


「ダメだ! 実はこの先で殺人事件があって、捜査の為に道は封鎖されている!! どのような理由があってもここを通すわけにはいかない!!」


 この橋の上の話では如何にして相手を諦めさせるかが肝だ。自分が橋の向こうに渡るのではなく、相手を諦めさせることが勝利条件でいい、と思う。

 なので、俺は道を封鎖している警察官を選んだ。


「そ・・・・・・そんな!! どうにかなりませんか!! 母が病気で!!! 今すぐに行かないと2度と会えなくなってしまうかもしれないんです!! どうかお願いします!!」


「この先にはまだ殺人犯が潜んでいるかもしれないんだ!! もし、君が人質に取られてしまえば、犯人に逃げられてしまうかもしれない・・・・・・それに、犯人が君を殺害してしまう可能性だって0じゃない! それが分かっていて危険な場所に行かせることなんて出来ない!! ・・・・・・分かってくれ」


 自分でも驚くほどにスラスラと言葉が出てきて、内心ビックリしている。

 演技力はともかく、作家としての想像力がまさかこんな場面で活かせるとは思わなかった。

 

「・・・・・・そうですか、分かりました。なら、のは諦めます」


「・・・・・・待つんだ!! 何をしているんだ君は!!」


「橋の上は通りません・・・・・・ですが!! 私は泳いででもそちら側に渡ります!!」


「無茶だ!! ここの川は深くて流れも速い!! そんなことをすれば君が死んでしまうぞ!!」


 手すりを持つ動作をして、下の川を覗き込む動作をする風見さん。そう来るとは思わなかった・・・・・・どうしよう。


「・・・・・・はぁ、降参。まさかそういう手段を使うとは思わなかったよ」


「やったぁ!! 私の勝ちぃ!!! イェイ!!」


 無邪気にぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表している風見さんを見て苦笑。

 殺人犯に捕まって殺されるかもしれないなら、飛び降りて流されて死んでしまおうが一緒だ、という気迫にやられた。

 もっと考える時間があれば、展開を変えることが出来たのかもしれないけど、俺はアドリブの強い役者タイプじゃなくて、展開を考えに考えて書く小説家タイプだったってことだ。


 でも、気になったことが1つある。

 風見さんは演劇部に入ったものの、その瞬間に転校してロクに練習だってしてなかったはずなのに、短期間でここまでアドリブが効くようになるのかということ。

 それに、今の演技は確かに初心者にしては上手い方ではあるんだけど・・・・・・言ってしまえば平均的なものに感じてしまった。

 

 俺が昨日見た、思い描いた世界を表現した演技には程遠い・・・・・・もちろん、今のだって手を抜いてるわけじゃないってことは対面して即興劇を演じた俺自身がよく分かっているし・・・・・・彼女は一体何者なんだろう?


「・・・・・・水樹君? どうしたの?」


 思考の世界に入り込んでしまっていたところを風見さんに話しかけられたことで、思考の海から引きずり上げられてしまった。


「いや、今の演技の反省点を考えていたところ」


「やっぱり水樹君の小説を書くって趣味がアドリブを生み出す想像力に繋がってるのかな!? その手があったか!! って感激しそうになったもん!! 多分考える時間があったら負けていたのは絶対私だったよ!」


「えっと・・・・・・水樹センパイって小説を書かれるんですか?」


「あぁ、いや・・・・・・うん、趣味でね」


 しどろもどろになって答えると、火稟さんはおー、と口にして目を丸くしている。


「書けたら見せてくださいね!!」


「う、うん・・・・・・完成したらね、あはは・・・・・・」


 完成したものが目に入る時は、それは出版されて一般で売られる時だから・・・・・・誤魔化すことしか出来ない。


「おし、次は僕と火稟の番だな!!」


「獅童君汗だくじゃん!! どれだけ筋トレしたの!?」


「いやーやってる内に楽しくなってきちまってよ! うっかりスクワットと腹筋までやっちまったぜ!」


「うっかりっていうかしっかりやったんだね、エチュードのやり方は分かる?」


 ブレザーを脱いで、腕を捲って逞しい腕橈骨筋を露わにした大和が肩をぐるぐると回している。

 

「おう!! 筋肉で集中して聞いてたからな!!」


「集中してほしかったのは筋肉じゃなくて俺たちの演技なんだけど、分かるならいいよ。舞台は俺と風見さんがやったように橋の上でいいよね」


 火稟さんと大和は頷いて、さっき俺たちがやったように距離を取ってから、お互いに向かって歩き始める・・・・・・いや、歩いたのは火稟さんだけで大和はその場で腕を組んで仁王立ちだ。

 強そう。


「あ、あの・・・・・・通らないならここを通してもらってもいいですか?」


「・・・・・・ダメだ、お前にはその資格がない」


 おっ? 意外といい感じかも。


「お願いです! 友達が・・・・・・私との約束を信じてこの先で待っているんです! 私に何が足りないって言うんですか!? なんの資格が必要なんですか!?」


 火稟さんはちょっと声が小さめかもしれないけど、演技の部分は割としっかりしている。

 恥ずかしがってたまにちらちらとこっちを見てくる以外は大丈夫そう。


「お前に足りないものか・・・・・・筋肉だ!!」


「私の負けです」


 終了。中の人演技してくださいよ。


***


「演技しようよ、何やってるの」


「あれは玲奈・・・・・・じゃなかった私にはどうすることも出来ないですよ」


「いやー悪い悪い! 演技なんてしたことなくてよ!」


 後頭部に右手を当てて頭を掻きながら、豪快に笑う大和をじろりと一瞥し、再び火稟さんを見る。


「でも、火稟さん初めての割には演技出来てたっぽいけど・・・・・・」


「ゔっ・・・・・・それはーですねぇ・・・・・・あ、アニメとかのセリフとかって真似したく・・・・・・なるじゃないですかぁ?」


 あぁ、分かる。アニメを見たりラノベを読んだりしている人なら一度は部屋でセリフとシーンを真似たりしてるものだと思う。

 それで、家族に見られるまでが1セット。


 ついでにそれを登校している時に誰もいないと思ってやろうものなら、曲がり角で人と遭遇し、気まずい空気になる。

 歌を歌いながら歩いていて人に遭遇したらうっかり死にたくなる。


「まあ、今日は初日だからね!! あっ!! そうだ! 親睦会やろうよ!! 明日から休日だし!」


「んー・・・・・・親睦会はいいけど、俺は明日と明後日ちょっと用事があるから難しいかなー」


「僕もちょっとジムの予約が入ってるから、厳しいな」


「私もちょっと・・・・・・」


 さすがに原稿ボツになったばっかりだし、遊んでばかりもいられないからね。

 この土日で一気に書けるところまで書いてしまいたいし、こればっかりはどうしようもない。


「じゃ、じゃあ来週! なら・・・・・・どう、かなぁ?」


 こっちの様子を伺うように、言葉がどんどん尻すぼみになっていってる。

 そうだなぁ・・・・・・。


「来週なら空けておけるよ、どうかな?」


「本当に!? あ、でもみんなは・・・・・・?」


「僕も大丈夫だ、来週空けておく!」


「私も来週なら・・・・・・行けそうです」


 俺に足りないものはアドリブ力と応用に対する瞬発力。

 大和はそもそも演技とかしたことない。

 火稟さんは筋力や体力。

 演劇部4人の中で3人がほぼ演技が出来ない状態なんて、ほんと・・・・・・前途多難すぎるでしょ、大丈夫かな? 半年後の文化祭。


 足りないものは多いどころか多すぎるものの、こうして俺たち演劇部の親睦会が来週に行われることになったのだった。

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