第6話 僅かに変化した日常を喧騒の中で過ごす
授業が終了した合図のチャイムが鳴り、教師が教室を出ていくと、がやがやという音が相応しい喧騒が決して大きくはない教室という箱状の空間に収まりきらないくらい溢れ始める。
学生の休憩時間は昼休みがもっとも長く、自由に過ごせる時間だから浮き足だったこの雰囲気にも納得が出来る。
とりあえず、授業中にうとうとしてしまってミミズみたいな字がのたうち回っているノートを一瞥してから鞄の中にねじ込み、代わりに弁当箱を取り出して席を立つ。
・・・・・・これからどうしようかな、教室だと1人でご飯食べてる方が目立つんだよね・・・・・・。
教室内を見渡すと、既に机をくっつけてわいわいきゃぴきゃぴとしている女子グループや上位カーストのグループ、仲良し同士が集まったグループだらけになっていて、俺のように立ち上がっている生徒の方が少ない状況になってしまっていた。
なんとなく立ち上がって、扉の辺りまで来たけど目立とうとやっぱり食べ終えてから立ち上がればよかったと後悔して、ちらりと窓際の自分の席を見ると既にクラスメイトの食事用テーブルになってしまっていて、軽く肩を落とす。
あ、演劇部の部室にでも行ってみようかな。あそこなら多分空いてるだろうから・・・・・・。
ふと思い立った部室棟の2階の部屋に
どこの教室からも和気あいあいとした雰囲気と声が耳に届くというよりは、鼓膜を殴りつける勢いで聞こえてきて、やっぱり楽しそうとよりはうるさいという少々荒めの感想しか出てこない。
正直ぼっちに近しいほど交友関係に乏しいのでこういった友達とわいわいという雰囲気が表に出てきてしまう時間は苦手で、どうにもそわそわと落ち着かない気分になってしまう。
それなら数少ない友人である大和を誘えばいいのかもしれないけど、彼には彼の付き合いがあって、もし友達の友達がいるなんて状況になったら食事をするまでもなくお腹いっぱいになり、なんなら何も食べていないのにお腹の調子が悪くなってしまうかもしれない。
なんなんだろうね、あの友達の友達といる時の居心地の悪さは・・・・・・お互いの存在を認識しているのに無理矢理意識から外して意識しないように意識してるみたいな感じ。
下手な初対面の相手よりも緊張するし、打ち解けるのも時間がかかるし。
まぁ、初対面の相手とはそれっきり会わないかもしれないし割り切れるけど友達の友達はまた会う確率の方が高いから第一印象が悪ければ次からは苦手意識を持たれてしまうことは間違いないので、それだと余計に話辛くなってしまう。
などと、自分にはさして関係ない友人関係のことについて考えていると目的地である職員室に辿り着いた。
「失礼します、演劇部の部室の鍵を借りたいんですけど・・・・・・」
んんっと軽く咳払いして声を出しやすくして少し声を張る。
黙っている状態が長い時にいきなり声を出そうとすると、なんか喉が掠れて上手く声が出ないんだよね。コンビニとかでレジに行った時の応答とかちょっと困る。
「あら、水樹君? どうしたの? 部室の鍵ならさっき火稟さんが来て借りて行ったけど・・・・・・」
「あ、そうなんですか。ちょっと静かなところでご飯を食べようと思って、部室なら落ち着けるかなって思っただけですよ。ありがとうございます」
偶然近くにいた荒城先生に会釈して、失礼しますという声と共に退出。
昼休みの終わりがある以上、これ以上にのんびりしているわけにもいかないから、新規目的地である部室棟の2階奥部屋を早歩きで目指す。
部室棟に移る為の渡り廊下を抜けて、2階への階段を一段飛ばしに駆け上がって目的の階層まで足を踏み入れて息を軽くフッと吐いて息を整える。
先ほどの騒がしい喧騒が嘘みたいに部室棟は静まり返り、自分が歩くリノリウムのきゅっきゅっと足音しか耳に届かない。
そうして演劇部の部室の前に辿り着くと、引き戸に手をかけて軽めに開ける。
「水樹センパイ? どうしたんですか? もしかして教室に居辛かったんですか?」
「そのセリフはそっくりそのまま返すことにする。火稟さんもそうでしょ?」
扉を開く音に軽く驚いたのか、椅子に腰掛けていた火稟さんは弁当箱を片手に持って、箸でたこさんウィンナーを摘まんだ状態で目を丸くしてこっちを見ていた。
物音にびっくりした猫がよくこういう顔してるよね。
「はい、クラスメイトの男子に一緒に食べようとか声をかけられたので適当に理由付けて逃げてきました。もちろん女の子にも誘われたんですけど・・・・・・出来上がりつつあるコミュニティというかグループに入っていくのはどうにも気が引けてですね・・・・・・」
「あー、分かる。というか男子に声をかけられて一緒に食べてたらそれこそ女子を敵に回しそう」
これ見よがしにそんな行動取ってたらなんなのあいつ、調子乗ってるんじゃないとか言われる。
グループで集まって話している中、ある特定の子がトイレか何かで席を外した瞬間始まるその子への悪口大会。そして、その子が戻ってきたら何もなかったかのように笑顔で迎え入れ、なんなら他の人の悪口にシフトするというアレ過ぎる状況を見てしまった時は思わず震え上がったね。
「はい、モテるのも考えものですね」
「自覚あるんだね・・・・・・」
「・・・・・・昔から告白ばっかされてて、男の人に声をかけられまくっていれば自覚なんてしたくなくてもするしかないんですよ・・・・・・」
なるほど、と無言で頷いて近くの椅子と机を火稟さんと適度な距離に寄せて弁当箱を置く。
「大体女の子っていうのは可愛いって言われ慣れてれば心のどこかで自分が可愛いということを大なり小なり自覚するものです。だから、付き合って短期間で分かれたとしても次が簡単に見つかると無意識に思ってるんですよ」
「そんな生々しい話聞きたくなかったんだけど・・・・・・」
女の子というものに夢を見ている俺にとって、あまり聞きたくない新情報だった。女性怖い。
「あ、そう言えば火稟さん。キーホルダーズの新刊見た?」
話題作りに投げかけた言葉に、目に見えて火稟さんはぴくっと跳ね上がる。
キーホルダーズというのはライトノベルで、突如異世界に飛ばされた主人公が8つある大陸の中の1つの王様に国代表の戦士として選ばれて他の7つの国の戦士と戦って勝ち残れば願いが叶うといった内容のバトル物小説だ。
それぞれ8つの大陸に主人公の世界の人物が呼び出され、代表となってトーナメント形式で戦う設定で、優勝した大陸が5年は他の大陸をまとめ上げることが出来る。
バトル描写は書かない俺でもこの作品は面白いと思っていて、特に主人公たちに与えられた武器に付いているキーホルダーを付け替えてフォームチェンジをして戦うという設定が男心をくすぐる。
キーホルダーはヒロインを含めその世界の種族の力が込められており、どのキーホルダーを付けるかで戦い方も変わってくる。
イラストもかなり美麗なので、女性ファンも多いと聞いたことがある。
「水樹センパイも見てるんですか!! いいですよね! 玲奈は主人公のライバルのクール系キャラのレイが好きです!!! 2丁拳銃がかっこよくて、銃ごとにキーホルダーを変えたら打てる魔法も変わるっていうのがまたたまらなくて!! 妹の病気を治すためっていうありがちな設定ですけど、クールなのに妹想いで優しい一面がある部分にやられちゃいました!!! ・・・・・・って、ご、ごめんなさい! また玲奈、じゃなかった私・・・・・・」
慌ててしゅんっとなる様子が見ていてとても面白い。
「いやいいよ、俺は主人公のユウヤが好きかな。片手剣っていうオーソドックスな武器だけど、デザインがスタイリッシュでカッコいいし。途中で覚醒して二刀流になったのも、その理由で実は二重人格だから能力を2つ使えるっていうのも設定的に好きだしね」
なんて作品のことについて語り合っていると、扉が開かれる音がしたので、無意識に目線がいってしまった。
授業中とかに扉が開いたら反射的に扉の方見るよね、ちなみに見られる方はすごく居心地が悪い。
「なんか賑やかだと思ったら水樹君に火稟ちゃんは一体何の話をしてるの?」
「風見さんこそ、俺たちみたいに集団からあぶれるタイプじゃないよね? どうしたの?」
「そうですよ、私たちみたいにどこのコミュニティにも所属出来ないわけじゃないですよね?」
「そんな自虐ネタで共感して頷き合わないでよ!? 悲しすぎるからぁ!!」
本当に少し涙目になっている風見さんを見ながら、うんうんと頷き合う俺と火稟さん。
全くどこに悲しい要素があるんだか・・・・・・ただ単に俺と火稟さんの交友関係が狭いことが分かっただけじゃないか。よく考えなくても悲しすぎる。
「自主練しようと思って部室の鍵を借りに行ったら先に火稟ちゃんと水樹君が来たって言われて来たんだけど・・・・・・ここ使っても大丈夫だよね?」
「部長がそれを聞くのはおかしくない? まぁ、俺たちはご飯食べながら見学させてもらうよ」
「そうですね、演劇部に入ったってことは私もやらないといけないことでしょうから」
部員が他に入るまでの人数合わせとはいえ、練習はちゃんとやろうと思っていたし、なんとなくサボるのは気分が悪い。
体育館とかで道具を片付ける時に自分だけ何もしていないとなんとなく落ち着かなくなってしまう性だから、なんなら率先して掃除してる。
やってなくて周りから色々言われるのは面倒だし、やってさえいれば何も言われないんだから、同じ面倒でも1人で出来る面倒の方が人間関係よりはずっといい。
「おっ! 2人ともやる気だね? よ~っし、先輩がお手本を見せて上げよう!!」
なんて先輩風をびゅーびゅー吹かせまくっている風見さんだけど、経歴的には俺たちと大差ないじゃん。とは言わない。
そして、風見さんは胸を張って得意げに発声練習をし始める。
元から声も大きめだし、意識して腹式呼吸での発声によってより張りがあり、透き通るような声が出ている。
しばらく弁当を咀嚼し、ようやく空になる頃に風見さんは一息ついて、飲み物を手に取って喉を潤し始めた。
「ぷはっ! どう? 2人とも!!」
「そうだね、何と言うか・・・・・・いつもより声が大きいよね」
「そうですね、いつにも増して声が大きいですね」
「2人揃って感想がそれだけ!? 他に何かないの!?」
そう言われてもな・・・・・・俺は演劇に関しては素人だから発声練習している場面を見ても声が出ているということしか分からない。
火稟さんもうんうんと唸って感想を捻り出そうとしているみたいだけど、やがて諦めて弁当箱を片付け始めたし。
「うーんそっかぁ・・・・・・残念」
「その辺りのことも含めて放課後話し合えばいいんじゃない? 活動方針も決めないといけないだろうし」
「そうだね! ナイスアイデアだよ!!」
「それじゃあ私は教室に戻りますね、また放課後に」
弁当箱の入った包みを片手に、火稟さんは部室を出て行こうとして、こっちを振り返ってきた。
「水樹センパイは戻らないんですか?」
「うん、今戻っても俺の席に人がいたら意味もなくトイレとか行く振りして人がいなくなるのを待たないといけなくなりそうだし、俺はもう少しここにいるよ」
「うっ・・・・・・それを言われたら私の席も誰かいそうな気がしてきました」
「普通に話しかけて退いてもらえばいいんじゃないの?」
いや、特に話したこともない人が自分の席に座ってたら話かけ辛いし、何より気まずくなるじゃん。相手にも気を遣わせそうで面倒だし。
「風見センパイはあれですね、コミュ力モンスターですか? 会って5秒でもう友達なんですか? なんなんですか?」
「すごい勢いで噛みついてきた!? え? 私がおかしいの!?」
「いや、正直話しかけられるよりも話しかける方がハードル高くない?」
それだけのことにもなけなしの勇気を振り絞らないといけない人種だっているということを知っておいて欲しい。
それに比べて陽キャやパリピ属性の人はすごいと思う。だってウェイだけで会話を成立させられるんだから。
困ったらとりあえずウェーイって叫んでれば他の人もウェイウェイ言い出して場が温まっていくし、なんなのあれ共鳴?
俺がもし、ウェーイと振られてもWaitそれは俺には
女子はウェイではなくヤバいだけで会話を成立させる。
しかし、気を付けないといけないのは例えば俺がヤバいヤバい言っている人たちの会話に急に入ったとしよう。
その瞬間、きっとヤバいから何アンタ、キモイんですけどになるから。
そんな時だけ語彙が増えるのはどうなんだろう、女子怖い。
「きっと私の席も人がいるでしょうけど、次体育なので・・・・・・」
「まるでブラックコーヒー飲んだ時のような顔してるよ!? どれだけ嫌なの!?」
「多分、席にいる人に話しかけるのと体育が苦痛なんだよ。そっとしておいてあげよう」
力ない足取りで火稟さんは今度こそ部室を去って行った。
頑張れ、今日を乗り切れば明日は土曜日だ!
「あ、そう言えば!! 小説は書いた!?」
「昨日の今日で書けるわけないでしょ・・・・・・風見さんって本とか読んだりするの?」
「うん!! 本自体はあまり読まなかったんだけど、最近は少しずつ読むようにしてるよ!! 大好きな作家さんが出来たから!」
へぇ、なんか意外かも。
まだ会って2日目だけど、風見さんのイメージはページを開いて数秒で寝落ちしている人って感じだし。
本を読んでジッとするぐらいなら体を動かすってタイプっぽいし。
「その作家さんってどんな人?」
「うーんとね、蒼乃樹っていう名前なんだけど知ってるかな?」
「ウェイ!?」
「どうしたの!? なんか変なリアクションだけど!?」
「あぁ、ごめんなんでもない! ちょっとくしゃみ出そうになって止まっただけ!」
危ねぇ、急に俺のペンネーム出て来るとは思わなかった!! おかげで半パリピ族みたいな感じになった!!
これ今日から俺もウェーイ系!! そんなわけあるか。
「そ、その作家なら俺も知ってるよ。一般小説で恋愛系の小説書いてる人だよね」
どうも、本人です。
「水樹君もこの作家さん知ってるの!? いいよね、なんか優しい文章を書くっていうか世界観がとても綺麗だよね!」
自分の書いた小説のことをこうやって読者から手放しで褒められると自分が直接褒められるよりもむず痒い。
言ってもらえるのは当然嬉しいけど、やっぱり恥ずかしさの方が勝ってしまう。
俺の作品は世界観や時間軸は同じで登場人物だけが変わるオムニバス形式の作品だ。
色をモチーフにした題名で通称『世界シリーズ』、まぁ今出ているのは初恋色の世界という映画化されたデビュー作と映画化した直後に刊行された水色世界の2作だけだけど。
その後も出るわ出るわの称賛の嵐を聞き続けるという拷問のような時間は予鈴が鳴るまでの数十分に及んで続き、予鈴が鳴った瞬間、俺は急いで戻らないとという風に取り繕って弾けるように走る羽目になってしまった。
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