第5話 兄に甘えるのは妹の特権らしい
「ただいまー、電話の嵐を受けて急ぎ帰って来ました、よっと」
靴を揃えながら玄関を上がり、献上品であるケーキを片手にぶら下げて愛しの我が家に帰ってきた。
そして5秒もしない内に2階から凄まじい足音が聞こえてきて、これからの未来を予想し、リビングに入ってケーキと鞄を置く。
「おっかえり~!
荷物を置いた直後に背後からより強く床を蹴ったような音が響いて、背中に大きな衝撃が走って身構えてたとはいえ、軽く前につんのめってしまった。
「・・・・・・何度も言うけど、いきなり飛びついてくるのはやめなさい。
「何度も言うけどそれは諦めてよ蒼兄! これはあたしだけの特権なんだから!!」
むしろお前みたいに飛びかかって来るのが何人もいたら俺は外を歩けない。それだと強制的に引き籠るしかなくなっちゃう。
こうしてニートは出来上がるんだね、違うか。
「いいから、ほらケーキ買ってきたから。好きなの選べ」
「うーん・・・・・・じゃあ蒼兄!」
「それは非売品だからケーキの中から選んでくれ」
えーという渋々感溢れ出る声を上げ、ようやく背中から重さが消え、視界に暗めの茶髪のショートボブで右側の髪だけ長めに伸ばし、左側は短くなっているというアシンメトリーな髪形の妹が入って来る。
双子の片割れで見ての通り元気いっぱいな笑顔が弾ける水樹花音、今年中学3年の妹だ。
中学3年生にしては子供っぽすぎてお兄ちゃんちょっと心配。
「兄さん、お帰り遅かったね。ほら、花音? 静かにしないと近所迷惑になるよ」
「ただいま、
片方が騒がしければ、もう片方は静かすぎるほどに足音を立てずに入って来たのは双子の片割れで暗めの茶髪を肩甲骨辺りまで伸ばした髪に左側が長く右側が短くなっているというアシンメトリーな髪形のもう1人の妹、水樹詩音だ。
物静かなタイプで花音が右利きなら詩音は左利き、性格からなにまで真逆の鏡合わせな双子だ。
落ち着いているけど我慢しすぎる癖があるからお兄ちゃんちょっと心配。
ちなみに姉は花音。
「うん、ありがとう兄さん。でももう夜だし、明日食べるね」
「あたしは今食べる! 蒼兄も一緒に食べようよ!」
「先に着替えてそれから晩御飯食べてからな」
ブレザーのネクタイを緩めながら、リビングを出て2階の自室へ向かい、部屋着のスウェットに着替えて再びリビングへ降りる。
「父さんと母さんは?」
いるべき人物が家にいないのは玄関にある靴を見て確認済みだし、なんとなく予想はつくけど、一応聞いてみる。
「えっとね、お父さんは残業でお母さんも残業だって」
「やっぱり・・・・・・」
働くって大変なんだな、としみじみ思う。
うちは両親共働きだから、こうやって家にいる時は一緒に食卓を囲むっていういつの間にか決まっていた暗黙のルールみたいなものがあって、1人寂しい食卓で、なんてことがほとんどない。
夜中に死んだ目をして帰ってくるであろう両親に心の中で合掌。その流れでいただきますと合掌し、詩音が作ってくれた肉じゃがを頬張る。
うん、安定した美味さ。
「いつもありがとな、今日も美味い。さすがは詩音だ」
言いつつ、机を挟んで前に座っている詩音の頭に手を伸ばして軽く撫でる。
詩音は一瞬頬を緩ませて、されるがままになっていたけど、ハッとして手を掴んで遠ざけてきた。
「いいから、もう小さな子供じゃないんだから」
「ん、そうだな。ごめん」
両親がいないことが多い水樹家では詩音が家事を買って出ている。
俺と花音も手伝う時は手伝っているけど、俺は料理は手伝わせてもらえない。
小説家なんだから指を怪我しちゃったら仕事出来ないでしょ、と言われては仕方がない。
「そうだ、実は部活に入ることになったから・・・・・・打ち合わせがない時も帰るの少し遅くなりそうなんだ、ごめんな」
「もしかしてそれで今日いつもより遅かったの? 打ち合わせが長引いてるだけかと思ってたんだけど・・・・・・」
「打ち合わせの方はいつも通りだった」
原稿をシュレッダーにかけられて生ゴミ扱いされることなんて日常茶飯事、これが俺の日常みたいなものだからね。
むしろ手放しに褒められたら裏がある、もしくは病気の類を疑う。・・・・・・なんかこれだと毒を吐かれないと落ち着かないみたいな話になってきそうで嫌だ。
「というか、いくらなんでもこれは電話かけてきすぎじゃないか? 心配しすぎだろ」
「・・・・・・電話? 私かけてないよ?」
「・・・・・・あぁ、全部理解したから大丈夫。犯人は分かった」
正直、詩音があんなに電話をかけてくるはずがないとは思ってたけど、万が一の可能性を考えて・・・・・・いや、かかってきた電話には結局出なかったんだった。
「ふっふっふっ! 何を隠そう犯人はあたしだぁーっ!!!!」
「ビックリするぐらい隠してないじゃん」
急に背後から大声出されてそっちの方でビックリしちゃったよ。パジャマに着替えて髪がちょっと濡れてるってことは風呂に入ってきたんだな。
すぐさま隣に勢いよく座ってきた花音に呆れた目線を向けながら箸を動かす。
「花音、私のスマホ勝手に使わないでね?」
「ごめん詩音! はいこれ返す!」
悪いことをしたらちゃんとごめんと謝れるし、笑顔に屈託がなさすぎて憎めないんだよなぁ。
なんだかんだ言って姉妹仲がいい。というかケンカをしているところを見たことがない。
「それで、部活って何部に入るの?」
「あぁ、それが演劇部なんだ」
「演劇部? 兄さん大丈夫なの? 脚本書いたりするんだよね? 身バレとかしない?」
「大丈夫、俺は人数が集まるまでの仮の部員みたいなものだし。脚本を書くまではやらない、と思う」
身バレのことは2人には言ってあるけど、映画が失敗になったということは言っていない。余計な心配はかけるべきじゃないし、妹たちに話す内容でもないから。
「でも蒼兄は頼まれたら断れないと思う! あたしが保証する!」
「やめて? 自分でもそうだと思ってるんだから」
押しが強い人に頼まれた時の断り方が分かりません、絶対に逃げても回り込まれそうな気がするし、逃げ切れない。対人的なレベルがまるで足りていないのは自覚しておりますよ。
「そういえば2人とも進路はもう決めたか?」
「うん、一応私も花音も白宮ってことにしてるよ」
「蒼兄と一緒に学校行きたい! あたしはスポーツ推薦狙いだけど!」
なるほど、詩音は学力低くないし真面目に勉強していればまぁ受かると思う。
花音は・・・・・・本人も言ってる通り勉強は不得手で、その代わりに運動神経があり、所属しているバスケ部以外でよく運動部の助っ人を頼まれているみたい。
・・・・・・あれ、でも確か・・・・・・。
「・・・・・・花音、確か来年からスポーツ推薦でも簡単な学力テストを受けないといけなくなったんだ、だからちゃんと勉強しておいた方がいい」
「ベン・・・・・・キョー?」
「いやそんな初めて聞く単語ですみたいな反応されても困るんだけど・・・・・・なんでもスポーツ推薦で入ってきた人たちが勉強を疎かにしないかって思っての対策らしいよ」
敢えて丸く伝えたけど、実際は疎かにする人たちがかなり出てきて、それで留年してしまうってケースも出てしまったし、カンニングがバレて停学になった人もいるらしい。
あくまでも噂だけど・・・・・・やっぱり退学者なんて出て学校の評判が悪くなってしまえばデメリットでしかないから。
「ど、どどど・・・・・・どうしよう蒼兄!!」
「そこに教科書があるでしょ?」
「うん!! で、これをどうすればいいの!?」
「・・・・・・ごめんここまで言って無理ならお兄ちゃんにはどうすることもできない」
俺の力不足だったよ・・・・・・不甲斐ない兄ちゃんを許してくれ。
「詩音に教えてもらえば?」
「そうだ! その手があった! 勉強教えてください!」
「いいよ、そこに教科書があるでしょ?」
「うん!! で、これをどうするの!?」
「・・・・・・そこまで言って無理なら私にはどうすることも出来ないよ」
脱落者、2人目・・・・・・そうじゃねえよ。
まぁ、なんだかんだでやる気になったら出来る子だし、本当に無理なら他の学校からもスポーツ推薦の打診があるだろうから・・・・・・道は1つじゃないんだよ。
なんだかんだあって、食事も入浴も済ませて自分の部屋に戻ってきた。
今日は本当・・・・・・色々あった、ありすぎた・・・・・・普段から創作のために刺激を求めているけど、これはインパクト強すぎだろ・・・・・・。
糖分取るって意味でも自分の分もケーキ買っておいてよかった、半分花音に持っていかれたけど。
「・・・・・・火稟さんと風見さんとついでにマッチョから連絡が来てる?」
火稟さんからは色々あったけどよろしくお願いしますって内容だった。アイコンの猫が可愛らしい。
風見さんはよろしくということと、演劇部のトークグループへの招待が来ていたので了承し、グループに加入。アイコンは犬、こちらも可愛い。
マッチョはいつもの筋肉の写真と定期連絡だったので、軽めにスルー。アイコンは彼の逞しい身体全身の写真(ポージング付き)だった。あいつは一体何を目指してるんだろう・・・・・・。
色々あったせいでケーキの甘さが脳に染み渡る・・・・・・あとは寝るだけ、とはいかないのがクリエイターって生き物。
特に学校に通いながらだと自由な時間が限られているので、放課後や休日は必然的に引きこも・・・・・・外には出ずに創作活動に充てることになる。
いや、今日はアイデア出てこないし・・・・・・仕事は明日からやるとして、本でも読もうかな。忙しい時に買ってそのまま買い溜めしてある本がいっぱいあるし。
小説やマンガを読む時は電子書籍よりも紙媒体派なので、部屋の本棚から溢れた本がいっぱいあって置き場に困るけど、読み終えたあとの充実感が好きだからやめられない。
あの、ぱたんって閉じる瞬間がたまらなく愛おしいんだ。
そう思いながら、一冊の本を手に取って、ベッドに深く腰をかけて壁を背もたれにしてページを捲る。
ぺらり、ぺらりと心地いい音が耳に届き、1文字では何も意味を成さない文字列が絡み合って言葉に変わり、紡がれ、やがては文章に変わって、俺を別の世界へと連れていく。
そうして、ページを捲る音すらも完全に意識の外になって、俺は物語の世界に埋没していく。
それこそ、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めて、いつの間に寝ていたのかも分からないぐらい、物語の登場人物になってしまっていた。
今日もまた、物語とはとても呼べない、毎日僅かながらでも変化していき、同じ日々なんてない日常が始まる。
静かにベッドから下りて、俺は学校に行く準備を始めた。
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