第3話 登場キャラが濃すぎると持て余すことだってある

 さて、どうしたものか・・・・・・。

 ひとまず強引な勧誘をしてしまっている風見さんを止めるのが先決だろうけど、もうツッコむの面倒くさいんだよね、今日1日でインパクトある出来事が結構起きてしまっているし、キャパオーバーだ。


「・・・・・・風見さーん? 新入部員連れて来たよ。取り込んでるなら俺たち帰るけど、帰っていい?」


 というか帰りたい。この後編集者と打ち合わせがあるし、体力は温存しておくに限るから。

 

「え!? 新入部員!? 嘘!? 本当に!?」


 興味の対象が1年生の少女からこちらに移ったみたいで、瞳を輝かせながらパタパタと近寄ってきた。

 ごめんね、この人押しが強すぎるだけで悪い人じゃないんだよ、多分。会ったの今日が初めてだから何も言えないけど。

 鞄を胸の前でぎゅっと抱きしめている小柄な少女に向けて、心の中で謝罪しつつ、風見さんに意識を向け直す。


「彼は獅童大和。俺の中学からの友人だよ」


「初めまして! 2年A組所属、獅童大和だ! よろしくな!」


「わぁ~! よろしくねっ!! 私は風見晴恋! 2年B組!!」


 2人が自己紹介をして、何やら雑談をし始めたのを見計らって、俺は小柄な少女の元へ。


「大丈夫だった?」


「いえ、ごめんなさい・・・・・・初対面の人にお恥ずかしいところをお見せしちゃいました・・・・・・」


 しゅんっとなって、小柄な体を更に小さく縮こませる少女。

 見た目は間違いなくとてつもなく美少女、どことなくクールな雰囲気を持ち、表情が澄ましているのでクールさに拍車をかけている。


「・・・・・・俺は水樹蒼太。君はどうしてこの部室に?」


「あ、えっと・・・・・・火稟玲奈かりんれなと言います。その・・・・・・恥ずかしながらどうも騒がしい場所が苦手で・・・・・・どこか1人でゆっくり出来る場所を見つけておきたくて・・・・・・それで偶然、この部屋に入ったらこの先輩に新入部員がどうのって急に抱き着かれて・・・・・・」


 なるほど。結論、風見さんが悪い。

 とりあえず、この火稟さんとやらは俺と一緒で人付き合いがあまり得意じゃないタイプみたいだ。

 

 わたわたとしながら鞄をぎゅっと抱きしめている姿はどこか小動物を連想させて、とても可愛らしい。


「まぁ、俺も今日初めてその人会ったけど、多分強引で真っ直ぐなだけで、悪い人ではないから・・・・・・」


「そうだ! 火稟ちゃんも演劇部に!! 是非!!」


「ひゃあっ!?」


 急に横から風見さんが現れて、火稟さんに抱き着いた。

 その衝撃で火稟さんが持っていた鞄が滑り落ち、床に当たって中身が飛び散ってしまう。

 飛び散った荷物の一部が近くにいた俺の足元にも当然散らばるけど、その中の1つ、ブックカバーの付けられた本が目の前に。


「わわっ!? ごめん火稟ちゃん!!! 私も拾うよ!!」


「僕も手伝うぜ、ほら教科書はこれで全部だ」


「あ、ありがとうございます・・・・・・あ!? 水樹センパイっ!! それはダメです!!!」


 ダメと言われても、俺は既にブックカバーの付いた本を拾ってしまって中を見てしまった。

 自分で開いたわけじゃなく、ページが開いた状態で足元に来たんだ。

 ふと見てしまったのは、文章ではなく、挿絵。

 読者により鮮明に物語をイメージさせる絵が付いた小説、所謂ライトノベルというやつだった。


「――あ、ぁぁ・・・・・・」


 やってしまうという表情でぺたんという擬音が相応しい膝から崩れる座り方をする火稟さん。

 でも、俺には何をやらかしてしまったのかは理解出来ないけど、この作品は知っている。

 アニメ化もされたこの作品は、現在8巻まで刊行されていて、巧みな心理描写や引き込まれる文章が人気の青春群像劇だ。

 俺も文章の研究の為に色々と本を読んでいるから、当然ライトノベルだって読んでいる。その中でも、好きな作品だ。


「火稟さんもこれ読んでるんだ! キャラクターたちが活き活きとしてて、読んでてすごくワクワクするよね。俺も好きだよこれ!」


 女の子座りのまま、俯いていた火稟さんの肩がぴくっと跳ね上がったかと思うと、勢いよく顔を跳ね上げてこっちを見上げてきた。


「特に5巻の主人公がヒロインの為に奮闘するあのシーンは痺れたね! 同じ男として憧れるよ!!」


「分かりますっ!!! あのシーン玲奈も大好きです!! アニメも作画神で!!! でも、玲奈は最新刊の主人公がヒロインとの思い出の場所を1つ1つ回って好意を自覚するシーンもいいと思いますっ!!!! アニメ2期でそこの話も入るのでかなり楽しみなんですよぉ~・・・・・・あ゛っ・・・・・・」


 急に立ち上がって目を輝かせて作品を語り始めた火稟さんに呆気に取られた。大和と風見さんもポカンとしたまま立ち呆けている。

 その最中、またしてもやらかしたという表情のままで固まった火稟さんは小刻みに震え始め、目を潤ませて顔を真っ赤にしてしまった。


「す、すごいね!! びっくりしちゃった!! 火稟ちゃんそんな表情も出来るんだね!!! 可愛いよっ!!!」


「おう、僕も筋肉のこと語る時そんな感じになってるって蒼太に言われるし、好きなもの語る時はそのぐらいの方が好ましいと思うぜ?」


「そうそう、別に気にすることないって! それより原作のここの絵気合入ってていいよね!!」


 どうやら火稟さんは好きなもののことになると饒舌になるタイプでもあったらしく、自分のことを玲奈と呼んでいる時には、見た目とは裏腹に意外と子供っぽい一面があるんだなとも思った。

 

「オ、オタクだからって貶したりしないんですか?」


「どうして? 好きなことがあって、それが偶々アニメとかラノベだったってだけの話でしょ? それで人に迷惑をかけるのは良くないことだけど、そういうオタク文化をバカにするのってロクに見たことがない人たちだろうし、一般人からしたドラマがオタクにとってはアニメやラノベってだけじゃん! 人を感動させる作品だって一杯あるんだからさ、オタクだからキモイとか言うのは偏見もいいところだと俺は思うよ」


「そうそう! 私はあまりライトノベルやアニメには詳しくはないけど、人の好きなもののことをバカにしたりなんかしないよ!!」


「僕だって筋肉のことバカにされたら頭にくるぜ? 僕にとっての筋肉がお前にとってのアニメやライトノベルってわけだな!」


 うん、ごめん。こういう場面だからあまりツッコミを入れたくないんだけど、そもそも筋肉がバカにされるシチュエーションが希少すぎない?

 多分バカにされてるのは大和自身なんだけど、彼は自分が褒められるよりも筋肉を褒めた方が喜ぶタイプの人だ。


「そ・・・・・・そうですね、ありがとうございます。元気が出ました」


「どういたしまして、火稟さんがいいならさ、演劇部に入らなくてもいいからこうして部室に遊びに来てあげてよ、それで気が向いたら入部を考えてくれればいいだろうし」


 最悪、演劇部には名前を貸すだけでいいと思う。

 目的は部を存続させる為に5月までに残り3人、大和が入ったから残り2人を集めてしまえばいいんだし。

 まぁ、ちゃんと活動するに越したことはないけども。


「・・・・・・来てあげてってことは水樹センパイは部員じゃないんですか?」


「成り行きで部員集めを手伝うことになってね。5月までに人集めないと廃部になるって話だからさ」


「そうなんですか・・・・・・玲奈・・・・・・私は静かな場所を提供してくれれば入部しても構いません。センパイたちがこうしてオタクに偏見を持たない人だってことはとっても嬉しいんですけど、みんながみんなセンパイたちみたいに肯定してくれるわけじゃないですから。こういう本は教室では絶対読めないですし・・・・・・」


「本当に!? 入部してくれるの!? やったぁ!! これであと1人だぁ!! ・・・・・・チラッ!」


 口でチラチラ言いながらこっちを見ないでいただきたい。それと俺が入部するのは全く別問題だから。

 火稟さんのようにこういう場所が必要な人もいれば、俺のように特殊な事情を抱えた人間だっているんだ。

 

「・・・・・・水樹センパイ、私実は中学3年の1学期ぐらいにクラスでオタバレしちゃったんですよ」


「・・・・・・そうなんだ」


 いきなりなんの話をしだしたんだろうか? 続きを聞いてみないことには全く分からない。


「それで、クラスの男の子やギャルっぽいクラスのリーダーにすごくバカにされまして、オタクは気持ち悪い、可愛い顔してるのにもっといい趣味ないの? とか酷い時には読んでいる本を無理矢理取られて大きい声で騒がれて変な注目を集めたりして、居場所がどんどん無くなっていきまして・・・・・・私の学校中高一貫でみんながそのままエスカレーター式に進学を選ぶ中、私は外部のこの学校を選んだんですよ」


「そんな酷いことってある!? 何を好きでいようが火稟ちゃんの自由でしょ!? バカみたい!! あーもうっ! 話を聞いてるだけでムカッとするよ!!」


「全くだな、そもそもどうして他人の評価の為に自分の好きなことを決めないといけないんだ? バカらしい」


「ありがとうございます。無理矢理入部させられそうになったことは割と本気で嫌でしたけど、私嬉しかったです。初めてオタクだということを他人に肯定されて・・・・・・中学のクラスにも何人か私と同じでラノベを読んでいる子がいたんですけど、その子がバカにされてるのをいつも見ていたので、怖かったんです。元々注目されるのはあまり好きじゃなくて、バレたら私もああやってバカにされるって思ってしまって・・・・・・結局、この趣味を恥ずかしいと思っていたのは自分自身だったんですよ」


「火稟さん・・・・・・うん、気持ちは分かるよ。結局俺もさっきはああいう風に趣味を肯定するような言い方したけど、口では何とも言えるし自分のこと知られるのとか踏み込まれるのとか怖いって思ってるから」


 そうだ。他人と関わるのは苦手な癖して、周りから人が去っていくのも怖いと思ってる。

 どうしようもなく面倒くさくて、臆病でそんな自分を自分で肯定なんて出来なくて、踏み込むのが怖い、踏み込まれるのが怖い。

 自分のことをちゃんと理解してくれる人を探して、俺たちのような自己主張が苦手な人間は当てもなく、荒野みたいな場所を彷徨い歩く気分になる。

 孤独、真っ暗な夜と目的地も分からない目印もない砂漠。


「だから、私・・・・・・水樹センパイとこの作品とか色々とお話したいですし、一緒に入部してくれませんか?」


「いや、俺は・・・・・・」


「蒼太、ちょっとこっちに来い」


 グイっと引っ張られ、大和に部屋の隅に連れて行かれる。


「お前がプロの小説家で身バレが面倒だからって言うのは理解してるが、入部の件考えてみねえか?」


「・・・・・・大和?」


 腕を組んで、瞑目して何かを考え込んでいる大和に怪訝な表情を作って向ける。


「・・・・・・僕はな、ここにいる人間なら信じてもいいと思ってる。もちろん自分から言って正体を明かせって言ってるわけじゃなくて、極力バレないようには協力するが、バレた時は信用してもいいんじゃねえか?」


「俺は・・・・・・初対面の人間とかやっぱ怖くて信用までは持っていけないと思ってるよ。けど、この人たちは悪い人じゃないっていう自分の感覚を信じたいとも思う」


 身バレが面倒なのは、それで自分に対する態度が変わってしまうのが怖いってだけだから。

 それまで普通に友達として関われていたのに、もしかしたら有名人と知り合いっていうステータスが欲しいだけなんじゃないかって、思ってしまいそうで嫌なんだ。


「・・・・・・大丈夫、お前を理解している僕が保証する、あとは何があっても僕がそいつら殴って黙らせてやるぜ」


「お前本当カッコいいな。俺が女だったら迷わず惚れてるところだよ。あと、暴力なんて振るったら中学の二の舞になるし、それは無しで」


「分かってるって! また停学になるなんてごめんだからな!」


 大和は昔、中学で暴力を振るってしまい、停学になってしまったことがある。

 その時は大和を怖がった周りの人間が離れていき、孤立をしかけていたけど、俺は事情を知っていたので、普通に話しかけていた。

 いや、大和が暴力を振るう原因になったのがそもそも俺だから・・・・・・事情を知っているも何もないんだけど・・・・・・。

 まぁ、その話は今はいいか。


「・・・・・・まぁ、5月までに人が見つからない場合だってあるし・・・・・・とりあえず入部はしておこうかな。人が見つかったら辞めたらいい話だし」


「いいの!? 水樹君!! ありがとう!!!」


「だからって男の俺に抱き着こうとするのは止めて!!」

 

 感極まったせいで両腕を広げて抱き着こうとしてくる風見さんを手で制し、軽いバックステップで距離を取る。

 好きな男子以外にはボディタッチはしない、それを徹底してもらわないと世の中にあれ、こいつ俺の好きなんじゃっていう悲しい勘違い生まれることになるんだから! 気を付けて、勘違い、ダメ、絶対。


「では、改めまして火稟玲奈です。演技のことはよく分かりませんがこれからよろしくお願いします」


「あー・・・・・・知っての通り水樹蒼太です。一応他に部員が入るまでの仮部員って立場で入部します・・・・・・よろしく」


 火稟さんと他の2人が挨拶を交わし始めた中、少し離れて窓から外を見る。

 もう夕日と言っても過言ではない太陽が景色をオレンジ色に染めていくのを見てなのか、新しいことが始まりそうな予感に感動してるのかは定かではないけど、確かにこの時俺は、気分が高揚していた。


 こうして、新学期が始まった4月の半ば、5月までという期限を待たずになんと1日で演劇部の存続が決定したのだった。


 ・・・・・・あ、涼子さんとの打ち合わせ忘れてた!!


 俺は挨拶もそこそこに、各々と連絡先を交換し、編集者からの鬼電の嵐が表示されたスマホを確認して急いで部室を飛び出す羽目になったのだった。

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