第2話 物語を書くためには登場人物が不可欠である

「そっか、水樹みずき君って言うんだ! よろしくね!」


「あ、うん。こちらこそ、よろしくね。風見かざみさん」


 さっきから思っていたけど、とても元気な人だ。はれって名前の漢字は分からないけど、絶対に天気に関係していることは間違いない。


「ところで、風見さんは中庭で何してたの? 俺は見ての通り原稿を追っかけてきただけだけど」

 

 ハッとした様子になって、風見さんは数歩俺の近くに踏み込んできた。

 近い、近すぎる。こうして女子の無意識の行動が男子の無意味な勘違いに発展するんだから本当気を付けて欲しい。いい匂い、もっと近くに、寄ってくれとか五七五は考えてない。


「そうだった! 私実は部員を探してて!」


「他の部員とはぐれたの? いやそんなわけないか」


「はぐれるどころか演劇部は私1人だよ? 大したことじゃないんだけど、5月までに4人集めないと廃部になっちゃうって言われてさぁ~! あははは!!」


「それ普通に大事じゃないの!?」


 可哀そうに、きっとこの人は廃部って言われたショックで頭がおかしくなってしまったんだろう。

 さすがにこれを大したことじゃないと言ってしまえる神経はまともじゃない。


「だって5月までにあと3人でしょ? 今はちょうど新入生も入った時期だし、あと3週間程度は余裕があるからね! 大丈夫だよ!」


「・・・・・・俺、この学園に入って今日初めて演劇部の存在を知ったんだけど、それを新入生が知ってるかな?」


「だってこの部活私が1週間前に立ち上げたばっかだし、誰も知らないよ!」


「何故そんなに自慢気・・・・・・よくそれで大丈夫とか言えたね」


 風見さんと話しているとどうしてか頭痛が止まらない。というかこの流れは間違いなく勧誘が来る。それは正直困る。小説書く時間が無くなるし、何より脚本家にさせられる。この分かりやすい予感ってもっと別のところで働かない? 宝くじ買う時とかさ。


「私は高校1年の終わりに親の仕事の都合で転校してきたんだけど、前の学校じゃ演劇部に入った瞬間のことだったんだよねー! だからこっちで新しく演劇部を作って私の青春を再スタートさせるの! これまで適当に部活に所属したり帰宅部だったりした分を取り返すの!」


「あぁ、うん、そっか! 頑張ってね! じゃ俺は急いでるから!」


 自分に出来る最高の笑顔を浮かべ、くるりと踵を返し歩き出そうとすると後ろから鞄を掴まれた。


「・・・・・・離してくれないかな? 俺はこう見えてとっても忙しいんだ」


「ここで会ったのも何かの縁だし、脚本家として演劇部に入ってくれないかなぁ? ほらほら悪いようにはしないから! 今ならこの特製ストラップも付いてくる!」


 そう言って風見さんは商店街のマスコットキャラの犬だか猫だかよく分からない生き物のストラップを眼前に突き出してきた。


「それこの辺に住んでる人なら誰でも持ってるやつじゃん!! いらないよ!! そんな量産型でオンリーワンでもなんでもないような生き物!!」


「私が持っていたってだけで付加価値上がらない!? ほらほら、女の子からのプレゼントって男子の憧れなんでしょ!?」


「自己評価高いなっ!? 羨ましいぐらいの自信だよ!! いいから離せぇ!!!」


 今鞄から変な音したぁ!! やばい! このままだと鞄とは名ばかりの振り回しやすい形状の物に大変身してしまう!?

 

 どこからそんな力が湧いてくるのか、身長差もある俺と風見さんの力は拮抗し、一歩も動けない。


 そんな時だった。


「風見さん! 無理な勧誘はしないようにって言ってましたよね!!」


「荒城センセっ!? うわっ!?」


「ちょっ!? 急に手を離すとっ!! だぁぁぁぁぁぁ!?」


 風見さんが慌てる声とともに、拮抗していた重力が解き放たれ、俺は身体が軽くなった勢いのままにつんのめって転ばないようにするためにそのまま数メートル走る羽目になった。


「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・確かに・・・・・・離せとは・・・・・・言ったけど・・・・・・これは・・・・・・あんまりじゃない?」


 数メートルダッシュの影響で息を荒げながら、俺は風見さんと荒城と呼ばれた人物の元へフラフラ戻る。


「荒城先生・・・・・・風見さんとどういう関係ですか?」


「その聞き方だと変な勘繰り方に聞こえるんだけど・・・・・・彼女が立ち上げた演劇部の顧問を引き受けてるのよ」


 そう言って荒城雫こうじょうしずく先生は鋭い目を風見さんへ向ける。

 その顔は子供が見たら泣き出し、蜘蛛の子を散らす迫力があった。

 正直、彼氏が欲しいと合コンに参加しまくっている女性がしていいものではない。

 ただでさえでも、彼女は身長170cmあって女性の中では高身長の部類であり、黒みがかった赤髪と鋭い目つきのせいで婚期を焦っているのだから。

 合コンに失敗した次の日はもっと目つきが鋭くなるけど、これは泣きそうなのを我慢しているだけなので、誤解してはいけない。ただ怖い、それだけ。ちなみに歳は26歳。備考可愛いものが大好きである。


「なんか特典とか言い出して、街で変な客引きに止められてる気分を味わえましたよ」


「ご、ごめんなさい。強引な勧誘はしないって話だったんだけど・・・・・・」


「だって、脚本家だよ!? ただの部員じゃなくて物語を書ける人なんだよ!? 荒城センセだって自分の好みストライクの男の人いたら絶対逃がさないでしょ!?」


「――えぇ、それはもう命をかけて仕留めて見せるわ。えぇ、この命に代えても」


 それは正に狩人の目をしていた。というかその考えは重いっす。

 命がかかっているのは相手の方になりかねない。


「・・・・・・水樹君は小説を書けるの?」


「・・・・・・えぇ、まあ趣味で書いてるだけなんで、はい。そんな大したものじゃないですけど」


「お願いだよ! 助けると思って!!」


 えぇ・・・・・・仕事に割ける時間も減るし、何より身バレするリスクも大きくなるし、こっちにとってのメリットがあるようには思えないんだけどな。

 頭の上で手を合わせ、拝み倒すように頼んでくる風見さんを見ながら、頭を掻く。


「・・・・・・とりあえず、入る入らないは置いておいて、部員を集めるのは手伝ってもいいかなって思う」


「え、ホント!? ありがとー!!」


「いいの? かなり渋っていたように見えるけど」


「はい、俺なりに少し気になることもありますし、手伝うだけなら問題ありませんよ」


 演劇部に入った瞬間に転校になったって言ってたし、演技の練習をしたことだってないだろう、そんな人が自分の思い描く世界を見事に表現してみせた。

 俺はそのことがどうしても気がかりだったし、なんとなく困っている女性を放っておくのは気が引けてしまった。


「と言っても、もちろん新入生に知り合いなんていないし、自慢じゃないですけど友達も少ないので期待されても困りますけど」


「水樹君がそう言うなら・・・・・・私は仕事があるので職員室に戻るけど、くれぐれもさっきみたいな強引な勧誘をしないでね、風見さん」


「はい! またあとでね荒城センセ!」


 両腕をぶんぶんと振って、荒城先生を見送る風見さんを見ながら、最初に当たっておくべき友人の顔を思い浮かべる。

 ・・・・・・あいつなら今は運動部の助っ人をしているはずだ。


「俺は心当たりを一応当たってみるけど、風見さんはどうする?」


「私は部室に戻って新入部員募集のチラシを作ってみるよ! ありがとね!!」


 そう言い残し、風見さんは足取り軽やかに走り去っていった。

 見てるだけで疲れるな・・・・・・よし、引き受けたからには俺もちゃんとしないとな。


***

 白宮しろのみや学園の体育館はそこそこ大きく、コートは全面で3面ほど使える。生徒数もそこそこ多いこの学校は運動部に所属する生徒もそこそこ多くなっているが、この広いコートのおかげで運動部によるコート争奪戦は行われていない。

 それに、旧体育館も学内にあるので、練習場所が被ってしまって使えないという事態にもならない。


 そんなそこそこ大きい体育館に運動部でもない俺がやってきた理由となった男が今、目前で豪快なバレーのスパイクを決めて、ガッツポーズをしている。・・・・・・何故か上半身裸で。


 頼りに来たのは俺だけど、全力で他人の振りをしたい。

 しかし、運がいいのか悪いのか、相手は俺がいることに気が付いて、笑顔を浮かべ近寄ってきた。・・・・・・上半身裸で。


「おいおいなんだよ! 蒼太! ここに来るってことは僕に何か用があるってことだろ?」


 俺だって身長175cmはあるのに、それよりも更に高く、少し顎を上に向けないと顔を見ることが出来ない180cmの巨漢はその見事な肉体美を惜しげもなく晒し、黒髪短髪の爽やかで暑苦しいイケメンフェイスで笑顔を振りまきながら話しかけてきやがった。


「うん、それより今日も見事なシックスパックだね、大和やまと


 獅童大和しどうやまと、それがこのマッチョマンの名前だ。

 俺の数少ない友人の1人で中学からの仲。

 鍛え上げられた肉体とその肉体に似つかわしくない爽やかなイケメンフェイスを持ち、驚くべきことに一人称が僕であるやつだ。


「そうだろ!! やはり蒼太は見る目があるぜ!! さすがは僕のマッスルメイトだ!!」


「いやそれは全力で遠慮したいんだけど・・・・・・あとバレーするのになんで上半身だけ裸なの? 滑り込んだ時地獄見るよ?」


 床との摩擦で火傷しまくりじゃないか、どうしてそんな愚かな真似をしているんだか。


「なんだって? どうせなら下半身も脱げって!? 蒼太、ここには女子もいるんだからパンツ一丁になったらただの変態になっちまうじゃねえか!」


「いや疑問なのはどうして下半身も脱いでないのかってことじゃないんだけど・・・・・・変態に関しては否定しないけど」


 そもそも上なら脱いでいいのかよ。衣服を身に着ける前に常識を身に着けてどうぞ。


「あぁ、今日は蒼太の着眼点通り、腹筋のキレがいいからな! 是非みんなに見て欲しかったんだ!」


「いや偶々目に着いただけで別に特に注目してないよ、ごめん。とりあえず話進めてもいいかな?」


「もちろん! と言いたいところだけど、服を着てきていいか? このままだと蒼太が話に集中出来ないだろうからな」


 それが分かっているのにどうして脱いでしまったんだろう。彼の頭は筋肉直列回路なので常人ではとても理解が追い付かない。


「待たせたな、それじゃあ行くか」


「呼んでおいてなんだけど、もうバレー部の助っ人はいいの?」


「あぁ、構わねえよ。蒼太がこうして運動部の方に顔を出しに来ることは珍しいし、それほど大事な話なんだろ?」


 彼は筋肉バカではあると思うけど、とてもいいやつだ。ただ筋肉バカだけど。


「まぁ、大和にとっては大した話じゃないかもだけど・・・・・・演劇部って興味ないかな? なんか5月までに部員をあと3人集めないと廃部になっちゃうらしくてさ。名前だけでも貸してあげられない?」


「あぁ! いいぜ! ほかならぬマッスルメイト、蒼太の頼みだからな!」


「いやマッスルメイトは否定させてもらうね。っていうかいいの? こっちとしては話が早くて助かるんだけど、そんな2つ返事で引き受けちゃって」


「はっはっはっ!! 蒼太の頼みなら引き受けるに決まってるじゃねえか! それよりも蒼太の方こそいいのか? 演劇部ってことは脚本を書くんだろ? 現役のプロ作家のお前が書くと身バレに繋がるんじゃねえか?」


 大和は俺のことを知っている人物の1人で、自分の身がバレて騒がれたくないという俺のこと理解して協力してくれている。本当にいいやつだ。ただ筋肉の主張がめっちゃ強いけど。


「あぁ、そのことなんだけど、俺は部員集めを手伝ってるだけで、演劇部には入ってないよ」


 手伝うことになった経緯を大和に話すと、たくましい腕を組みながら、これまたたくましい首を縦に振って頷く。


「そうか、その風見さんに頼まれて・・・・・・あと雫先生が顧問なら何も心配なさそうだな!」


 荒城先生は大和のクラスA組の担任でもあるため、大和やA組の生徒は親しみを込めて雫ちゃんや雫先生と呼ぶ。

 見た目はこわ・・・・・・ワイルドな外見をしているが、内面は可愛い物が好きで仕事が出来て面倒見がいい先生だ。何で彼氏出来ないんだろ?


「・・・・・・そう言えば、俺演劇部の部室知らなかった」


「おいおい、じゃあ僕たちはどこに向かって歩いてるんだよ。雫先生に聞きに行くか?」


「まぁ、行く場所分からないとどうしようもないしね。行こうか」


 二人そろって職員室までの道のりを歩きだそうとすると、ちょうど荒城先生が廊下の隅で電話しているのを見つけた。ちょうどよかった。


「荒城先――」


「えっ!? 今日の合コン中止!? どうして!? メンバーが揃わなくなったって・・・・・・あっ! ちょっと!?」


 多分だけど、友達から合コンの中止を一方的に告げられ、電話を切られて合コンが中止になったことを嘆いている最中の先生を見てしまい、声をかける途中で止まったもんだから正に開いた口が塞がらない状態になった。


「うぅ・・・・・・楽しみにしてたのになぁ・・・・・・」


「よく分からないけど、元気出せよ雫先生! きっとその内いい出会いがあるって!!」


「お前本当よくこの状態で話しかけられたね、尊敬するよ」

 

 俺は躊躇してしまい、話しかけられなかった。というよりもなんか話しかけちゃいけない気がした。俺は何も見ていない。そういうことにしよう。


「獅童君に水樹君・・・・・・ぐすっ。どうしたの2人とも・・・・・・ぐすっ」


「あの、ちょっと時間置いた方がいいですか?」


「今気を遣われるとうっかり惚れそうになるからやめてちょうだい? 大丈夫よ、えぇ」

 

 惚れると言った瞬間目がちょっとガチになったのはスルーの方向でよろしいですよね? 

 置いた方がいいのは時間よりも距離かもしれない。


「実は大和を演劇部に勧誘しまして、OKを貰えたので部室の場所を聞きたいなと思って・・・・・・」


「あら、そうなの? でも獅童君はいいの? それで」


「はい、僕は友達の助けになるんだったら喜んで協力しますよ!」


 俺が女だったらうっかり惚れてるよ? このイケメンめ・・・・・・ってあぁ!? まずい!! 荒城先生の目が狩人の目に!! え!? これ惚れたって表情なの!?


「と、とりあえず!! 部室棟の方でいいんですよね!?」


「ハッ!? ・・・・・・えぇ、部室棟2階の1番奥が演劇部の部室よ」


 何故か返事をするまでに間が空いたのがとても気になるけど、あまり気にしない方がいいのだろう。


「分かりました、ありがとうございます! 行こう、大和!」


「ん? お、おう。それじゃ雫先生、何かあったら話ぐらいいくらでも聞くんで!!」

 

 大和ぉ!! もうやめとこう!? あれは狩人というよりも獲物を狙う獣の目だよ!?


 急いでその場から離れて、俺は呟くように言った。


「大和、お前夜道には気を付けた方がいいよ? いや、マジで」


「ん? よく分からねえけど心配してくれてサンキュ」

 

 きっと何があっても彼の筋肉なら大丈夫だろう、そう思うようにして、俺は未だに不穏な空気を感じる背後を決して振り向かないように部室棟へと足を運んだ。


***


「ここが演劇部の部室でいいんだよね?」


「あぁ、部室棟の2階1番奥だし、ここでいいんじゃね?」


 大和と顔を見合わせ、頷き合って扉に手をかけ、力を入れて横にスライドさせる。最初はガタリと僅かに抵抗があったが、呆気なくスルリと扉は開いた。


「嫌です!! 離してください!!」


「そんなこと言わないで!! ほらこのストラップあげるから!! ねっ!? 話だけでも聞いてよぉ!! お願いぃ~!!」


 部室に入った先で見たのは、風見さんが見知らぬ少女の腰に抱き着いているという状態だった、それは絶句もするよね。

 

「あ、ちょっと可愛いかも・・・・・・じゃなくて離して下さいってばぁ!!」


 ちょっと揺らいじゃってんじゃん。可愛いのそれ? あとその手段誰にでもやってるんじゃないよね? 


 ともあれ、小柄で長めでこげ茶色の髪、ネクタイの色は青の1年生と思われる謎の少女が、風見さんにハントされそうになっている場面に遭遇してしまった。


・・・・・・どうしよう、この状況。

 俺は思わず頭を抱えることになった。

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