例えば、こんな青春ラブコメを。
戸来 空朝
第1話 何の脈絡もなく、プロローグは語られ始める
人は、誰しも一度、別の自分になったところを想像すると、僕は個人的に思う。
例えば、幼い時に見たアニメの影響でヒーローに憧れ、ごっこ遊びでヒーローになりきることもあるし、女の子ならば魔法少女のものまねをしていた時期があるんじゃないかな?
大人になるにつれて、僕たちはそういった空想の世界からどんどん離れていくけれど、現実の中でまた別のなりたい自分を見つけていく。
それは、形は違えど・・・・・・なりたい自分を空想して夢を叶える為に努力する、小さい頃にやった、おままごとの超延長線上の行為だと、屁理屈を述べてみたりする。
――結局、人は夢を見る。例え、起きていても、眠っていたとしても。
これは、このことは、私立青葉学園に通う、普通の僕たちの物語だ。
「・・・・・・いやいや、ないな、うん」
放課後の為、部活に勤しむ生徒の声が開けられた窓から風に乗って運ばれてくる以外はとても静かな教室で1人ごちる。
「何様だよ、さすがにこれは書き直しだよなぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・」
自らが書いた文章にサラッと目を通し、あまり出来栄えがよくないことを再確認し、もう一度ため息を1つ。
傍から見れば、確実に誰もいない教室で独り言を呟く危ない生徒だけど、今はこの教室内には誰もいない。というよりも誰かがいるなら、こうやって独り言を言ったりしない。
もし、教室にクラスメイトたちがいる状態なら、確実にクラスの将来パリピになるんだろうなぁという感じの人をバカにして笑いを取る系男子に絶対にネタにされる、うん。想像しただけで超めんどい。
そもそも、自分が小説を書いていて、その原稿を偶々教室に持ってきてるとか絶対にイジリの的にされる。
あぁいうのは大体悪意はなく、自分たちが面白いと思ってやっているだけだけど、やった側が面白くてもやられた側はそうじゃない可能性の方が高いから、注意。
・・・・・・あぁ、いやいや、そうじゃない。今は些細なことだ。それよりも・・・・・・。
「帰って書き直したいところだけど、今日持って行くって涼子さんに言っちゃったし、添削してもらってから素直に書き直すか・・・・・・」
自分の担当編集が活き活きと毒を吐いている姿が脳裏に浮かび、この短時間で数えるのも面倒になり、もう何度目かも分からないため息を吐く。
「・・・・・・とりあえず、もう行かないと。原稿もちゃんと仕舞って・・・・・・あぁ!?」
その瞬間、今日一番の強風が俺の原稿用紙1枚を掻っ攫っていった。
風に運ばれていく原稿用紙を見ていると、特に暑くもない、過ごしやすい温度なのに、汗が大量に噴き出てきた。
まずいまずいまずい!!! あれが誰かに見つかったら絶対にからかわれる!! それで小説家ってことがバレて・・・・・・お金たかられる!!! は、早く見つけないと!!!
残りの原稿用紙を鞄に突っ込んで、弾かれるように教室を飛び出して廊下を疾駆する勢いのまま、階段を下る。
中庭の方角だったよね!? 頼むから誰もいませんように!!!
バレたらまず、みんな! 今日こいつが焼肉奢ってくれるってさ!! とか訳が分からないこと叫ばれる!! なんでバイトしてるやつがお金入ったら奢ってもらえるみたいな考え方出来んの!? 俺と君たちそんな仲じゃないじゃん!! ていうか話したこともないよね!? なんでこういう時だけ友達面してくんの!? 卒業式とかクラス替えの時とかで特に仲良くもないやつ集めてクラス全体で集合写真撮り始めるのも全く意味分からないし!! ってこんなことどうでもよくて!!!
足と一緒に無駄に鍛えられた想像力を働かせ、最悪の未来を想像しながら、中庭に続く道を駆ける。
『――人は夢を見る。例え、起きていても、眠っていたとしても』
――え? この風景は・・・・・・俺が、書いた・・・・・・小説の・・・・・・景色?
桜の花びらに乗るように、俺の元まで、静かだけど、確かな存在感がある声がふわりと届けられる。
その時、俺は自分でイメージしながら書いた小説の風景が広がって見えた。小説の冒頭部で、主人公が語るモノローグの一場面。主人公が桜を見上げながら、物語の開始を読者に告げるシーンだ。
「え・・・・・・? あれ、今確かに・・・・・・」
しかし、瞬きの間に、見えていた大きな桜は消え、いつもの中庭の風景に戻っていた。桜の木は生えているけど、あんなに大きな桜はない。
きっと、幻でも見たんだ。最近締め切りが近いせいで根を詰め過ぎたかな・・・・・・。
そこで、ふと気づいた。花びらに乗るように届いた声の主が、飛ばされてしまった原稿用紙を右手に、空いた左手で胸を抑えるようにして、小説のセリフを読んでいたということに。
俺の呟きが聞こえたせいか、パッとこっちを見る。必然的に俺は、声の主である少女と目が合う形になってしまった。
決して華やかな容姿はしていないけど、目鼻立ちは整っていて、首が隠れる程度の黒髪に、吸い込まれそうな黒く輝く夜空みたいな瞳に、前髪に着けているヘアピンが特徴の少女だ。
恐らく、何度か廊下ですれ違っているのか、なんとなく覚えがあった。
脳内でその子が誰なのか、ピックアップしてみようとしたところで少女が急に俺の方へと走り始め、思考は止まってしまったけど。
「ねぇ、これあなたが書いたの!? 物語書けるの!?」
短距離ではあるけど、全力で駆けてきたその子は息を整えもしないまま、俺に矢継ぎ早と質問をしてきて、正直面食らってしまって固まってしまったけど、どうにか声を絞り出す。
「う、うん。趣味で書いてるだけだけど・・・・・・けどそれは書き直す予定。とりあえず返してもらっていい? 拾ってくれてありがとね」
「それなら、これからもっと面白くなるんだね!? 完成したら読ませてよ!!」
読ませても何も、それが完成するということは売り出されて書店に並ぶということだ。なんて口が裂けても言えるわけがない。
それは自分が小説家であることをばらしてしまうようなものだし、俺のことを知っているのは家族と少ない友人と編集者だけだ。
よって、絶対に読ますことは出来ない。物語を書くことと平穏を望む自分にとって、身バレだけは避けなければいけないのだから。
「気が向いたらね・・・・・・」
行けたら行くや気が向いたらと言った時はほとんど行かないし気も向くことはない。便利だよね、こういう日本語って。
「やったぁ!! 約束だからね!? 嘘ついたら地獄の果てまで追っかけて針千本飲ませるからね!?」
「いや怖いな!? 女子にあるまじき猟奇的な発想だよ!?」
もしかして俺って女子に夢見過ぎてる? リアルの女子はみんなこうだったりする? だったら俺彼女なんていらないよ? 嘘ですごめんなさいやっぱ彼女は欲しいお年頃ですはい。
「あはは、冗談冗談!! ところで君は・・・・・・2年生? じゃあ同級生だね!!」
「あ、そうだね。言われて気が付いた」
うちの学校は学年によってネクタイの色が変わる。
1年生は青、2年生は緑、3年生は赤だ。
俺と彼女は緑色のネクタイをしているので、同じ2年生で同級生ということになるらしい。
「クラスは? 私はB組!! 君は!?」
「Ⅾだけど・・・・・・というか原稿返してよ」
若干くしゃっとなり始めている原稿を気にしつつ、原稿を返すように催促。
この子、質問の度に拳をキュッと握りしめるからその度に原稿が悲鳴をあげているようで見てられない。
ちなみにうちの学校はA~D組までクラスがあり、1つのクラスに25人程生徒が所属している。結構大きな高校だと思う。
「あ、ごめんごめん! えっと、D組の何君かな?」
「・・・・・・もしかして今、逃げられないように情報集められてる?」
「さすがにバレた? だってこの小説の続き読んでみたいんだもん!」
悪びれたつもりなのか、手を手刀のように立て、ごめんという動作をし始めた未だに名前も分からない同級生の顔をため息を吐いて見る。
しわのよってしまった原稿を自分の鞄に入れて、どうやってこの場から離れようか考える。
正直言って他人と話すのはあまり得意じゃないから、割と緊張してたりするんだけど・・・・・・なんか人を惹き付けるって言うのかな、不思議な雰囲気を持っている子だ。
――それに、さっき見えた風景のことも気になるし。
実を言うと、俺の小説は過去に一度、映画化したことがある。でも、結果は失敗に終わった。単に内容が良くなかったとか、そんな単純な話じゃなくて・・・・・・
”役者が俺の書いた小説の表現力を表現出来なかった”らしい。
これは映画を見たお客さんたちが、口々に言っていたことみたいで、ネットでは役者を酷評するような声が相次いでしまい、結果・・・・・・主演を演じた役者は役者を引退してしまったり、休職してしまったり、辛うじて続けられてはいるものの、自信を失い、以前ほどの覇気がなくなってしまったらしいという話をネット上で目撃した。
それ以来、俺は一切の映像化を断っている。他人の人生を壊してしまう怖さなんて、あれだけで十分だから。
本当は、小説家を辞めてしまおうかと思ったけど、俺にはこれしかないから・・・・・・みっともなく、しがみつくしかなかったんだ。
そんなプロの役者でも表現しきれていなかったという小説を、目の前の少女はいとも簡単に、たった1つのセリフだけで表現してみせた。
そのことが気になって仕方がない。
「・・・・・・君は? B組の何さん?」
「名乗ったら名乗り返してよ? 私はね――」
ザっと、風が吹いて木を揺らし、花びらが舞う。自然が用意した桜舞い散る中庭という舞台で、彼女は舞い散る桜に見劣りしない花が咲いたような笑顔を浮かべて、まるで何かの役を演じているように口を開いた。
「
告げられた名前を飲み込むように、数泊の時間を空け、俺もようやく口を開く。
「俺は・・・・・・
ほんの少しだけ、嘘を混ぜた自己紹介。趣味じゃなく本業だなんて言えなくて、少し、申し訳ないと思ってしまったけれど――
――こうして、学生にしてプロの小説家である俺と、演劇部所属らしい風見晴恋との物語は、静かに、本人たちも気が付かないままに、もちろん観客だって誰もいない舞台の上でひっそりと幕を上げたのだった。
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