第522話 行城闇奈
「ねえねえ! 行城さんってどこから来たの!?」
「趣味は!? 好きな食べ物は!? 好きな歌とかある!?」
「何で帰城くんが気になったの!?」
「そうそう! もう不思議で仕方がないよ! 行城さんどんな人でも選び放題の超絶美人なのに!」
「わざわざこんな前髪が長くて見た目が暗くて留年疑惑もある人が気になるなんて! もしかして、ゲテモノ好き?」
「帰城くんはやめといた方がいいって! 先輩が言ってたけど、実はけっこう女性人気があるらしいんだ! 信じられないけど! つまり、競争倍率が高い! だったらここは競争倍率ゼロの俺と・・・・・・!」
「ずるいぞお前! 行城さん! こんな奴とじゃなくて俺とですね・・・・・・!」
1限目が終わり、2限目が始まるまでの休憩時間。闇奈の周囲には早速人だかりが出来ていた。そして、質問攻め――男子生徒たちは質問というよりかは自分のセールスを行っていたが――にあっていた。
(誰がゲテモノだ・・・・・・)
闇奈の隣で生徒たちの言葉を聞いていた影人は辟易としていた。興奮しているのか、好奇心が止められないのかは知らないが、影人に対する言葉が露骨すぎる。普段内心で思っている事が表に出て来ている感じだ。別に他人から自分がどう思われようが構わないが、普通に失礼だ。影人は歳上だの歳下だのと口うるさく言うタイプではない。しかし、今ばかりはこう思わずにはいられない。舐めるなよ歳下どもが。
(だが、そんな事よりもムカつくのは・・・・・・こいつだ)
前髪の下の目を影人は闇奈に向ける。闇奈はニコニコとした顔で生徒たちの質問に答えたり、答えを濁したりしている。その和やかさ、そのいかにも人がいいですよといった雰囲気が影人は気に入らなかった。いったい誰のせいで自分が無駄に注目を集めていると思っているのか。せっかく穏やかな学校生活を送れると思っていたのにこれだ。まるで安っぽいラブコメディのような最悪の目立ち方だ。
「ふふっ、そうですね・・・・・・」
(・・・・・・本当ムカつくぜ。こっちは笑えない気分だってのに)
今にも舌打ちしてしまいそうだ。すると、すぐに2限を知らせるチャイムの音が鳴った。闇奈の周囲に群がっていたクラスメイトたちは名残惜しそうに自分の席に戻って行った。
「ねえ、帰城くん」
「・・・・・・何ですか」
「いえ、呼んでみただけです。すみません。ふふっ」
「・・・・・・そうですか」
悪びれた様子もなくニコニコと笑う闇奈。先ほど出会ったばかりなのに、まるで昔から知っているかのような距離感だ。その感じが、悪く言えば図々しさがこれまた気に食わなくて。影人はそっけなさを隠さずに闇奈から顔を背けた。
「ふふっ・・・・・・」
闇奈はそんな影人を見てもただ笑っているだけだった。
「本当、何なんだよあいつは・・・・・・」
午後12時半過ぎ。影人は食堂でアジフライ定食を食べながら愚痴をこぼしていた。今日は弁当の気分ではなかったので、元々昼は食堂で済まそうと考えていた。
「ねえ聞いた?」
「うん。今日来た転校生、よりにもよってあの人が気になるって言ったらしいよ・・・・・・」
「何であんな奴が・・・・・・」
「いいな・・・・・・俺も前髪伸ばそうかな・・・・・・」
周囲からはヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。どうやら、朝の闇奈の発言は既に学校中に広まっているようだ。普段とは比べ物にならないほど多くの好奇の目が影人に寄せられる。その視線が影人は不愉快で仕方がなかった。
『くくっ、面白え事になったじゃねえか。最近退屈してたが・・・・・・ちょっとは面白くなりそうだぜ。やっぱ、お前はこうでなきゃな』
「・・・・・・どこがだよ。1ミリも面白くねえよ」
頭の内にイヴの笑い声が響く。誰に似たのか、イヴは性格が悪い。イヴは影人の不幸が何よりも大好きだ。影人は味噌汁を飲むと、疲れたようにイヴにそう言葉を返した。
『行城闇奈さんでしたか。一目見てご主人様が気になるとは、中々に良い目をお持ちのようですね。見目麗しいですし、ご主人様の何番目かの恋人になるやもしれませんね』
「・・・・・・おいナナシレ。意味不明で悍ましい事を言うな。俺には恋人なんて1人もいない。今までいた事も1度たりともないし、これから先もない。分かったな?」
『従僕の分際でご主人様の気分を害してしまい失礼いたしました。ですが、ご主人様がそう思っていらっしゃっても、ご主人様ほどの魅力溢れる方を異性、いや同性すらも放って置かれないでしょう。現に・・・・・・』
「あー、うるさいうるさい。それ以上喋るな」
意味がないと分かっていながらも、影人は箸を置いて耳を塞いだ。そんな影人を見ていた生徒たちは引いた様子になっていた。
(取り敢えず、さっさと食ってここから離れよう・・・・・・)
影人が水を手に取った時だった。突然、自分の席の前に誰かが座った。誰だ。それほど混雑してもいないのにわざわざ自分の前に座る物好きは。影人は顔を上げて自分の前に座った人物を確認した。
「っ・・・・・・」
その人物の姿を確認した影人が顔を歪める。なぜなら、よりにもよって今1番会いたくない人物がそこにはいたからだ。
「こんにちは帰城くん。ここ、いいかしら?」
ニコリと極上の笑みを浮かべながらそう聞いて来たのは闇奈だった。闇奈の前にはカレーライスを乗せたトレーが置かれていた。
「・・・・・・ダメ、って言ったら退いてくれるんですか?」
「それは難しいですね。もう座ってしまったので」
じゃあ聞くなよ。喉元まで出かかった言葉を影人は何とか飲み込んだ。影人は急いで残りのご飯を食べ始めた。この場所にはもう1秒たりとも居たくない。
「そんなに急いで食べたら詰めてしまいますよ? どうか普通に、ゆっくりと。そして、私とお話しませんか? 今朝も言ったように、私帰城くんの事が気になっているんです」
「・・・・・・それが嫌だから急いで食べてるんですよ。申し訳ないですけど、俺は行城さんに興味はありませんから」
ストレートに影人は闇奈にそう告げる。影人と闇奈の会話に聞き耳を立てていた生徒たちは信じられないといった顔を浮かべていた。
「あらあら・・・・・・それは悲しいですね。私、嫌われてしまいました?」
闇奈はわざとらしく首を傾げ悲しそうな顔を浮かべた。その言葉が、仕草が一々影人を苛つかせる。こいつはワザとやっているのではないかと思うほどだ。
「・・・・・・嫌いというほど俺は行城さんの事を知りません。なので、行城さんに対する今の俺の印象は・・・・・・苦手って感じです。俺はあまり他人とは関わりたくないタイプなんで。だから、積極的に俺と関わろうとしてくる人は全員苦手なんですよ」
それは嘘偽りではなく率直な感想だった。苛つきこそするが、影人の闇奈に対する感情は嫌いという域にまでは達していない。影人の感想を聞いた闇奈はなぜか嬉しそうな顔になった。
「なるほどなるほど。帰城くんは素直で正直な方なんですね。好印象です。ますます帰城くんの事が気になってきました。帰城くん、もっと色々な事をお話しましょう」
「いや、だから・・・・・・はぁ、行城さんって案外押しが強いんですね」
「行城さんなんて他人行儀な。私の事は闇奈とお呼びください。私も、今から影人くんとお呼び致しますので」
「・・・・・・訂正します。案外なんて生優しい表現は適切じゃありませんでした。とんでもなく押しが強いですね・・・・・・」
ぐいぐいと凄まじい勢いで距離を詰めてくる闇奈に影人は軽く引き気味になる。ここまでの勢いで影人に接近してきた人物はそうはいない。あと、なぜか周囲からは「きゃー!」「キタコレ!」「クソがっ!」「神よ! リア充に死を!」といった声が上がったが、影人からすれば迷惑以外の何者でもなかった。
「・・・・・・別に行城さんが俺の事をどう呼ぼうが何でもいいですよ。正直、あんまり気分はよくないですけど」
「そうですか。正直、闇奈と呼ばれない事は悲しいですが今はまだそれでよしとしましょう。ふふっ、ですがいつかは必ず闇奈と呼ばせてみせますから。それと、その他人行儀な話し方もやめさせてみせます」
「・・・・・・残念ですが、そんな未来は訪れないと思いますよ。・・・・・・ご馳走様でした。じゃあ、俺はこれで」
昼食を終えた影人はトレーを持って立ち上がると、さっさとその場から去った。
「・・・・・・そっけない方。でも、そういうところも・・・・・・ふふっ」
残された闇奈は少し冷めてしまったカレーライスをスプーンで掬った。そして、それを口へと運ぶ。
「美味しい・・・・・・なるほどなるほど。これが・・・・・・ふふっ、ああ素晴らしい。素晴らしい。世界はこんなにも・・・・・・」
「「「?」」」
カレーを食べた闇奈は感動したように天を仰いだ。その光景を見ていた生徒たちは不思議そうな顔になる。確かに、学食のカレーは手頃な値段で美味しいと評判だが、あくまでも値段の割にはだ。闇奈の様子は生徒たちには大袈裟に映った。まるで、初めてカレーを食べたような反応だ。しかし、普通の日本人ならばそんな事はほぼあり得ない。よほど口に合ったのだろう。生徒たちは最終的にそう納得した。
(ふふっ、影人くん。あなたは私の事を闇奈と呼ばず、他人行儀な話し方をやめないと言った。そんな未来は訪れないと。でも・・・・・・)
闇奈の口は自然と緩んでいた。闇奈は美しい、見る者を虜にする笑みを浮かべながら――
「きっと、すぐに訪れますよ」
そう呟いた。
「って事で、ホームルームは終わりだ。じゃ、解散」
午後4時前。紫織のその言葉と共に3年7組は放課後を迎えた。同時にクラスの空気が緩み、放課後特有のざわざわとした空気になる。
「ねえ行城さん! みんなで相談したんだけど、行城さんの歓迎会を開こうって事になったの! だから、取り敢えず今からカラオケに行こうって事になったんだけど・・・・・・どう!? ちなみに、クラスのほとんどが参加する予定!」
「もちろん、急な話だし今日が無理だったら全然断ってくれてもいいからね! それだったら、行城さんの都合のいい日にみんなで合わせるし!」
「私たち、みんな行城さんに興味津々なの!」
すると、闇奈の周囲に女子生徒たちが集まって来た。闇奈に声を掛けたのは、クラスの中でもそれなりに目立つというか人気者というか、社交的な女子生徒たちだ。クラスメイトを代表して、なおかつ闇奈と同性――人は異性に対して無意識の緊張を抱く者もいる――の彼女たちが闇奈に話しかけ、提案を投げかけるのはよい判断と言えるだろう。
「まあ嬉しい。ええ、是非に。影人くんも――」
闇奈は隣の席の影人に顔を向けた。
「あら・・・・・・?」
だが、影人の姿は既になかった。
「けっ、誰が行くかよ。そんな面倒くさいイベント・・・・・・」
一方、その影人はというと、昇降口で靴を履き替えていた。闇奈の周囲に人が集まったタイミングでスッと影を薄くして抜け出したのだ。このままさっさと学校の外に出てしまおう。そう考えながら、影人は外に出た。
「――帰城さん!」
影人が校門を出ようとした直前、そんな声が聞こえた。チラリと影人が後方に顔を向けると、こちらに走ってくる海公と魅恋の姿が見えた。
「・・・・・・2人とも、朝ぶりですね」
「よっす。で、どうだった噂の転校生ちゃんは? 何か一目惚れされたっぽいじゃん! いやー、やるねえ! 隅には置けないね!」
「それが聞きたくて張ってたんですか・・・・・・あと、その噂は間違ってますよ霧園さん。気になると言われただけで、惚れられてはいません」
魅恋の間違いを訂正しながら、影人は校門を出た。とにかく、一刻も早く影人は学校から離れたいのだ。海公と魅恋も影人に着いてくるように校門を出る。
「いや、それって実質一目惚れじゃん。やっぱされてんじゃん。ウチも昼休みに転校生見たけど、ヤバ過ぎるくらいの美人だったし。そんな子に一目惚れされたんでしょ。影人の学園生活始まったじゃん」
「いや、もう何年か前から既に始まってますけど・・・・・・まあ、霧園さんが言いたいのは一般的に充実した学園生活が始まったねって事でしょうが。桜の遅咲きのように」
「分かってるんだったら最初のマジレスいらなくない?」
「言ってしまうのが俺という人間ってだけですよ」
不思議そうな顔の魅恋に影人はそう答えた。そんな魅恋と影人のやり取りを見ていた海公はクスリと笑っていた。
「でも、今日来たばかりなのに凄い人気ですよね、行城さん。ここまで人気なのは今年卒業された先輩方、フィズフェールさんや香乃宮さん、朝宮さんに月下さん、それに早川さん以来ですね」
「あー確かに。先輩らが卒業してウチの学校の有名人ってかなり少なくなったもんね。今の行城さんの人気振りだと、学校で1番の人気者になる日も近いんじゃない? これからどんどん人気も上がって来るだろうしさ。何か、行城さんと話した友達は美人なのに全然気取ってなくて好印象って言ってたし」
海公の言葉に魅恋が頷く。確かに、今日影人が闇奈と話した感じ、苛立ちこそしたが気取った様子はなかった。闇奈はあれが自然体なのだろう。なぜだかそう分かってしまう。
(何となくだが・・・・・・警戒心が湧かない、湧きにくい感じなんだよな)
影人は闇奈の事が苦手だ。それは間違いない。だが、それだけだ。影人の性格的に、ああいう積極的に自分と関わろうとしてくる人間に対しては、多かれ少なかれ警戒心を抱くのが普通だ。しかし、闇奈に対してはそれがない。それが、影人からすれば不思議だった。
「・・・・・・もしかしたら、あいつらと同じような人間・・・・・・だからか?」
影人の脳内に名物コンビと呼ばれる2人の少女の顔が浮かぶ。2人とも常に自然体で全く裏表がない底なしの善人だ。それが直感で、魂で分かるためか、あの2人に対しても警戒心のようなものは抱きにくい。影人は闇奈もその2人と同じようなタイプなのではないか、と考えた。
「ん? 何か言った影人?」
「いや・・・・・・何でもないです。じゃあ、すみませんが俺はこれで。また明日・・・・・・会うかは分かりませんが」
首を傾げる魅恋に影人は首を軽く横に振る。そして、魅恋と海公に別れの挨拶を告げた。
「えー、もう帰る感じ? せっかくだし、みんなでオケろうぜー」
「すみませんがカラオケは苦手で・・・・・・」
「いいじゃんいいじゃん。私も海公っちも下手だとしても笑わないしさ」
「ダメですよ霧園さん。嫌がる人を無理やり誘うのは」
「・・・・・・しゃーない。じゃあ、海公っちだけで我慢するかー」
「え!?」
魅恋の呟きを聞いた海公が驚いた顔になる。影人は心の中で海公に合掌した。許せサ◯ケ。俺はお前を身代わりにする。影人は「では・・・・・・」とそそくさとその場を後にした。
「しかし・・・・・・行城闇奈ね」
1人帰路に着きながら影人は今日自分のクラスにやって来た転校生の名を呟く。明日から、まず間違いなく自分の学校生活に関わって来るであろう少女の名を。
「ああ、ちくしょう・・・・・・明日からまた騒がしい学校生活になりそうだな・・・・・・」
せっかく静かな学校生活を送れていたのに。そして、影人は憂鬱そうに頭を掻いた。
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