第511話 巣立つ者に祝福を(8)
「いやー、マジで凄かったな!」
「ああ! 本当凄くて綺麗だったぜ!」
「エクセレント! エクセレントオブエクセレント!」
「本当、最高の卒業式だわ!」
陽華や明夜、イズとシェルディアが運動場に戻ってから約10分ほど。影人も何となく運動場に戻って来た。影人が戻ってみると、やはりというべきか真夏たちのパフォーマンスは既に終わっていた。しかし、生徒たちの興奮はまだ冷めてはおらず、周囲からはそんな声が聞こえてくる。真夏たちのパフォーマンスは陽華たちをこっそりと連れ出すための陽動だったが、生徒たちは全員満足しているようだ。
「香乃宮先輩! ダンス素敵過ぎました! あの、よかったらぜひ私とも踊っていただけませんか!? 正直、私ダンスなんて全然踊れないですけど・・・・・・それでも先輩と踊ってみたいです! ほんの少しだけでもいいんです! どうか私に思い出をください!」
「あ、狡いわよ! 先輩! 私も、私もどうか!」
「み、みんな落ち着いて。僕でよかったらぜひ相手をさせてもらうから」
「榊原先輩! 手品凄かったです! あれ、どうやったんですか!?」
「ふふん! でしょ? でも、残念。タネは企業秘密なのよね」
「早川さん! 私知らなかったわ! 早川さんがあんなにフルートが上手いなんて! 知ってたら吹奏楽部に勧誘してたのに!」
「い、いや僕のはちょっとした趣味みたいなものだから。今日はたまたま上手くいっただけだよ」
「ピュルセさんバイオリンも弾けるんですね! 凄いっす! 出来ない事ないんじゃないですか?」
「いやいや。まだまだ出来ない事だらけだよ。私は人間だからね」
「糸目が素敵なお姉さん! ダンス凄く良かったです! 綺麗で美しくて・・・・・・あ、もちろんお姉さんも綺麗で美しいです!」
「あら、ありがとうございます。ふふっ、嬉しいです」
「深緑髪のナイスバディなお姉さま! 手品大迫力で興奮しました! あの、よろしかったらお茶しませんか!? 俺、もっとお姉さんの事を知りたいです!」
「は? え、なに。私をナンパしてるの? ごめん。あんたタイプじゃないから無理」
そのパフォーマンスを行った光司、真夏、暁理、ロゼ、キトナ、キベリアはというと、生徒たちに囲まれていた。全員大人気といった感じだ。
「あ、帰城さん!」
影人が運動場の端からそんな光景を眺めていると、手を振りながら影人の方に向かって来る海公の姿が見えた。
「春野。お前もいたのか」
「はい。やっぱり帰城さんもいらしたんですね」
影人の側まで駆け寄って来た海公はニコリと笑った。相変わらずの愛くるしい笑顔だ。
「いつからいらしてたんですか?」
「ついさっきだ。ちょうど、会長たちがパフォーマンスをやってる時くらいからだな」
「そうですか。榊原先輩たちのパフォーマンス凄かったですよね。僕、感動しちゃいました」
「だよな。俺も見始めたのは途中からだったが、タダで見ていいのかって思ったぜ」
影人は適当に海公に話を合わせた。正直、影人が真夏たちのパフォーマンスを見たのは最初のほんの少しだけだったが、それでもクオリティの高いパフォーマンスだったであろうという事は、今の海公の言葉や他の生徒たちの様子から容易に想像できた。
「あれ、陽華。そのブローチどうしたの? さっきまではしてなかったよね」
「あ、月下先輩も。朝宮先輩と色違いのブローチしてる。可愛い」
「フィズフェールさんはバッジ? 黒い鎌・・・・・・かな。なんか、クールなフィズフェールさんにピッタリな気がするね!」
影人と海公が話していると、ザワザワとそんな声が聞こえて来た。海公と影人が声がした場所、運動場中央辺りに顔を向けると、そこには多くの者たちに囲まれる陽華、明夜、イズの姿があった。
「えへへ、実はさっき帰城・・・・・・とある人に貰ったんだ! いいでしょ! すっごく可愛いよね!?」
「ふふん、お目が高いわねガールズ。そう。このブローチは私の魂が実体化したもの。私に1番似合うオンリーワンのアクセサリーよ」
「そうですね。このバッジは正直気に入っています。これをプレゼントしてくれた人物には・・・・・・感謝しています」
陽華は輝かんばかりの笑顔を、明夜はドヤ顔を、イズは小さく笑い、周囲の者たちにそう答える。どうやら、3人とも意を汲んで、影人の名前は出さないようにしてくれたようだ。陽華たちが正直に影人の名前を出せば、間違いなく色々と面倒な事になっていた。影人は内心で3人の配慮に感謝した。
「朝宮先輩に月下先輩、それにフィズフェール先輩ですね。あの三方は特に人気ですね」
「はっきり言って異常レベルだと思うぜ。あそこまでの人気は。まあ、俺はどうでもいいがな」
「それなんですけど・・・・・・帰城さんは先輩方とお話されなくていいんですか? 僕は帰城さんと先輩方の関係がどういったものなのか、正確には知りませんが・・・・・・お知り合いはお知り合いなんですよね。だったら、せめて一言か二言だけでもお話になった方が・・・・・・」
恐らく、海公は自分がお節介だと思っているのだろう。どこか申し訳なさそうな顔を影人に向けて来た。影人に対する海公の気遣いと優しさが伝わってくる。そんな海公の想いに影人の口元は自然と綻んだ。
「ふっ、お前は本当いい男だぜ春野。気遣いありがとうな。でも大丈夫だ。その辺りは、改めてちゃんとするつもりだからな」
先ほど陽華、明夜、イズにプレゼントを渡した時は少々ハプニングがあったので、結局ある言葉を、言わなければならない言葉を3人に伝える事が出来なかった。ゆえに、影人はまた後で陽華たちに接触しようと考えていた。
「そうですか・・・・・・すみません。余計な事を言いました」
影人の答えを聞いた海公は満足そうに、そしてなぜか嬉しそうに笑った。
「よーし、あんた達! せっかくだからみんなで写真を取るわよ! ここにいる全員、いや今この学校にいる全員で写真を撮るわよ! いい、全員よ!?
生徒も、教師も、保護者も、用務員もとにかく全員! あんた達! 運動場以外に人がいないか確認してきなさい! いたらここに連れて来るのよ! って事で行くわよあんた達!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
運動場にいる生徒たちが談笑していると、突然真夏が大声でそんな事を言い始めた。真夏のリーダーシップもあるだろうが(カリスマとも言うかもしれない)、風洛高校の生徒はなぜかほとんどの者たちがノリがいいので、真夏の突拍子な言葉に賛成するかのように、空に向かって手を突き上げた。
「突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
真夏が校舎に向かって駆け出す。真夏に続き、多くの生徒たちも運動場から去って行った。結果、運動場に残ったのは影人を含めた十数人だけだった。
「・・・・・・やっぱり、何だかんだあの人がウチの会長って感じだよな」
「あはは・・・・・・そうですね。榊原先輩は人間的な魅力が溢れ出る方ですからね。きっと、人を纏めるのが得意なんでしょう」
急に静かになった運動場で影人がそう呟くと、海公が苦笑しながらも同意した。そして、しばらくの間、影人と海公が他愛のない話をしていると、先ほど去って行った生徒たちが運動場に戻ってきた。その中には、先ほど見かけなかった教職員や卒業生の保護者、ツナギ姿の用務員のおじいさんの姿があった。
「よーし、これで全員ね!」
真夏が面々を見渡す。すると、無理やり生徒たちに連れて来られたと思われる紫織が不満そうな顔で真夏を睨んだ。
「おい愚妹。どういう事だこれは。私はようやっとお昼寝・・・・・・仕事が落ち着いて帰れると思ったのに、急にこいつらに写真撮るから来いって言われて・・・・・・しかも、保護者の皆さんまで連れて来て。迷惑だろ」
「固い事はなしよお姉ちゃん。今日くらいはいいじゃない。さて、皆さん! もう既にお聞きかもしれませんが、ここにいる全員で写真を撮りたいと考えています! なので、協力してくださると嬉しいです! 今日という日が忘れられない日になるためにも・・・・・・お願いします!」
真夏が頭を下げる。真夏にそうお願いされた教師や保護者、用務員はそういう事ならとそれぞれ笑顔で頷いた。
「ありがとうございます! そういう事だからお姉ちゃんもお願いね!」
「はぁ、結局こうなるのか・・・・・・みんないい人過ぎるんだよな・・・・・・」
流れ的にこれ以上嫌だとは言えない事を悟った紫織が諦めたようにため息を吐く。真夏はニカッと笑い「じゃあ皆さん運動場中央までお願いします!」と全員を運動場中央まで誘導した。
「榊原先輩。写真を撮るのは素晴らしい事だと思うんですが・・・・・・その、どうやって写真を撮りますか? この人数だと高い所から撮影しないと全員入り切らないと思うんですが・・・・・・それに、誰が写真を撮るのかという問題もありますが・・・・・・」
光司が誘導する真夏にそんな質問をすると、真夏は「あっ!」と今更その事に気づいた顔になった。どうやら、その辺りの事はすっかり失念していたらしい。
「ど、どうしよう。全く考えてなかったわ・・・・・・」
「ふふん。それなら心配には及びませんよ。こんな事もあろうかと、今日はプロのカメラマンの方を雇っておきましたから。先ほど生徒たちが職員室に来た段階で、待合室で待機してもらっていたカメラマンの方には連絡を入れました。屋上の鍵は既に渡してあるので、もう少しすれば合図が来るはずです」
動揺する真夏にそんな言葉を送ったのは、意外な事に教頭だった。教頭は隠しきれぬドヤ顔を浮かべていた。
「え、本当ですか!? そんな! 教頭先生がそんなに有能だったなんて! 私、誤解してました! 教頭先生は、いつも職員室でお茶を飲んでおかきばかり食べてるちょっとダメな大人だと思ってました!」
「こんな所で有能さを発揮するなら普段から発揮してください!」
「そうですよ! この前だってパソコンにお茶を溢してオシャカにしたくせに!」
「俺のカップ麺勝手に食べたくせに!」
「こいつこの前飲みに行った時に校長の愚痴言ってましたよ!」
「ちょ、ちょっと皆さん!? 急に何ですか!? いくら何でも酷過ぎるでしょう! あと誰ですかどさくさに紛れてチクった奴は! あ、いえ校長。私は何も。無罪なんです。・・・・・・え、後で話がある?そ、そんなぁ・・・・・・」
真夏と他の教師からの言葉に動揺した教頭は、ニコニコ顔の――ただし、額には青筋を立てている――校長に肩を叩かれると、絶望したように肩を落とした。本当にこの学校は、生徒だけでなく教師も個性的な人物が多い。改めて謎である。
「まあ、何はともあれありがとうございます! じゃあ、真ん中に卒業生が来るように並びましょう!」
真夏が教頭にお礼の言葉を述べる。真夏が上空から撮る写真の構図を考え誘導していると、校舎の屋上に中年の女性の姿が見えた。女性は運動場にいる人々に向かって手を振った。恐らくは、あの女性が教頭が言っていたプロのカメラマンだろう。
「・・・・・・よし、逃げるか」
影人はソッと運動場から去ろうとした。自分1人くらい居なくてもバレはしないだろう。基本的に影人はこういうイベントが苦手なのだ。
「ちょっとどこ行く気よ帰城くん。言ったでしょ。全員で撮るって。帰城くんは2年生だけど、まあ卒業生みたいなものだし、卒業生たちと同じ真ん中に入れてあげるわ! ほら、行くわよ!」
「ちょ、会長せめて端の方に・・・・・・ま、真ん中は嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」
だが、ガシリと真夏に首根っこを掴まれた影人はそのまま運動場中央まで引き摺られていった。前髪の情けない悲鳴に海公は「あはは・・・・・・」と苦笑し、真夏と真夏に引き摺られている影人の後に続いた。
「ほら、幻の同級生を連れて来たわよ!」
真夏は円形に並んでいる人々の中央部で影人を解放した。突き出されるように解放された影人は「っ!?」と一瞬こけそうになった。
「あ、帰城くん!」
「よっ、大将」
「不思議ですね。こんな前髪の長い同級生がいたかどうか。疑問です」
「ほら、覚悟決めて大人しく撮られろよ」
「帰城くんと一緒に写真に写る事が出来るなんて・・・・・・感動だよ」
「「「「「「歓迎するぜG!」」」」」」
円陣の中央部には陽華、明夜、イズ、暁理、光司、A、B、C、D、E、Fの6バカの姿があった。影人は知り合いたちに揉みくちゃにされるように、円の中央部に取り込まれる。
「よしよしよし! いい感じね! 後は私と・・・・・・あなた達が並んで終わりよ!」
真夏は運動場端にいたシェルディア、キベリア、キトナに対してそう声を掛ける。まさか自分たちまで声を掛けられると思っていなかったシェルディアとキトナは「あら」「まあ」と意外そうな顔になる。
「では、せっかくだからお言葉に甘えようかしら」
「そうですね」
「私はパス・・・・・・したら殺されるんですよね。分かってます。分かってますから、その笑顔をやめてくださいシェルディア様。はぁー、私って不幸・・・・・・」
シェルディア、キトナ、キベリア、真夏が外縁部分に加わる。そして、真夏は屋上にいるカメラマンに大声でこう言った。
「オッケーでーす! お願いします!」
真夏の声が聞こえた事を了承するようにカメラマンが両手で大きな丸を作る。そして、カメラマンはカメラを構えた。
「みんな! ポーズを取るのよ!」
真夏の声と共に円陣を組んでいる者たちが、カメラに向かってピースをする。当然、影人の周囲にいる知り合いたちもだ。仕方なく、影人も手を挙げ、カメラに向かってピースをした。
「行きますよー! はい、チーズ!」
カメラマンの女性の声が小さくはあるが、風に乗って運動場にまで聞こえてくる。そして次の瞬間、カメラのフラッシュが瞬いた。
――撮られた写真には満面の笑顔の花が咲いていた。
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