第510話 巣立つ者に祝福を(7)

「――という事で、この作戦で行くわよ」

 影人たちが陽華たちをこっそりと連れ出す作戦を協議し、ある程度それが固まると、シェルディアが一連の流れを確認しそう言った。

「ああ」

「うん、了解だよ」

「はい」

「存分に目立ってあげるわ!」

「何だか少しワクワクしてきたね」

「そうですね。何だかイタズラっぽくてワクワクします」

「面倒くさ・・・・・・」

 影人、暁理、光司、真夏、ロゼ、キトナ、キベリアはそれぞれの言葉で了承した。

「じゃあ、早速始めましょう。あなた達、存分に目立ってちょうだいね」

 シェルディアが作戦開始を告げる。影人たちは頷くと、運動場へと向かった。










「イェーイ!」

「はい。どうぞ」

「これでいいですか」

 運動場。卒業生を含めた風洛のほとんど全生徒に囲まれた陽華、明夜、イズはそれぞれ写真を一緒に撮ったり、サインを書いたり、握手をしたりと、生徒たちに対し、まるで有名人のような対応をしていた。もちろん、生徒たちから求められてだ。

「改めてだけど、先輩たち凄い人気よね。私、ここまで好かれてる人初めて見た」

「ね。でも、嫌いになる要素なくない? だって、先輩たち全員優しいし。今だって、嫌な顔1つせずにみんなのしてほしい事に応えてるし」

 その光景を、陽華たちを囲む輪の中から見ていた女子生徒たちがそんな会話をする。実際、女子生徒たちはあの3人、特に陽華と明夜を嫌っていたり陰口を叩いていたりする者たちを見た事がない。人によっては、陽華と明夜のような者たちを偽善者、だという者たちがいてもおかしくはない。高校生は多感な時期だ。むしろ、そういう事を言う者たちが多少はいる方が自然だろう。

 しかし、不思議と陽華と明夜に関してはそう思う者たちが全くといっていい程にいない。なぜだかといった事は女子生徒たちには分からない。分からないが、何となく表現するならば、陽華と明夜の在り方や優しさが偽りのないものであると魂で理解しているから、だろうか。

「ねえねえ見て海公っち! 朝宮先輩と月下先輩とフィズフェール先輩との写真! 超絶よくない!? これもう家宝決定!」

「は、はしゃぎ過ぎですよ霧園さん。でも、よかったですね」

 陽華たちを囲む輪の中には魅恋と海公もいた。スマホを持ちながらはしゃぐ魅恋に、海公は笑顔を返した。

「でも、パッと見ですけど帰城さんの姿はやっぱりないですね。寂しいって仰られていたから、帰城さんもいるかなと思ったんですけど・・・・・・」

「もう帰ったんじゃない? 正直、影人と先輩たちがどんな関係なのかは未だに分からないけど、影人の方はそんなに先輩たちと仲がいいっていう雰囲気なかったし。影人、けっこう冷たいところあるしさー」

 周囲を見渡し影人の姿を探す海公に、魅恋はあまり興味もなさそうにそう答える。魅恋の推理は的を得ていると海公は思った。実際、影人には魅恋が言ったように少々冷たいと思える面がある。影人は既にさっさと帰ってしまったのかもしれない。

(でも、帰城さんのあの時の顔は・・・・・・)

 しかし、海公はどうしてもそうは思えなかった。影人に冷たい面があるのは確かだろう。だが、それ以上に影人は優しい人物であると海公は思っている。海公も魅恋同様、影人と陽華たちとの関係がどのようなものか正確には分からない。

 しかし、体育祭の時の距離感から考えるに、知り合いではあるはずだ。知り合いが卒業するというのに、影人はさっさと帰ってしまうだろうか。海公はどうしてもその事が引っかかった。

「――ちゅうぅぅぅぅぅもぉぉぉぉぉぉく!」

 海公がそんな事を考えていると、突然どこからかそんな声が響いた。海公や魅恋、陽華、明夜、イズを含めた運動場にいた者たちの視線が一斉に声の聞こえた方へと向けられる。

「あんた達! この私が来てあげたわよ! それに、『芸術家』に副会長、早川さん、後は深緑髪のナイスバディのお姉さんと若草髪のほんわか系お姉さんもね! 突然だけど、私たちが即興のパフォーマンスをやってあげるわ! ここにいるあんた達のためにね! だから、目ん玉見開いて、耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい!」

 声の主は真夏だった。真夏の周囲には、ロゼ、光司、暁理、キベリア、キトナの姿があった。真夏はマイクも使っていないのに、運動場全体に響くような声でそう宣言した。

「即興パフォーマンス・・・・・・?」

「え、なに?」

「榊原先輩とピュルセさんと香乃宮と早川さんは分かるけど・・・・・・あのお姉さんたちは誰だ?」

「さあ・・・・・・? でも、2人ともすっげえ美女だぜ。正直、めっちゃタイプだ。特に、深緑髪のお姉さんの方!」

「俺は若草髪のお姉さんの方がタイプだな。まあ、よく分からないが・・・・・・」

「めっちゃ面白そう! いいぞー榊原せんぱーい!」

「さっすが先輩! 分かってるぅ! 今日という日をもっと盛り上げてー!」

 生徒たちは最初こそ少し戸惑っていたが、次第に面白そうな、ワクワクとした顔になっていった。

 そして遂には、

「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」」

 運動場にいる生徒たちから歓声があがった。その声は真夏の提案を受け入れ、賛同するという意味が込もった一種の答えだった。

「いい返事ね! じゃあ早速やっていくわよ! まずは『芸術家』、早川さん! 頼んだわよ!」

「任されたよ。では、少々皆さまのお耳を汚させていただこうか」

「はい!」

 真夏にそう振られたロゼは右手に持っていた謎のケースを開けた。そして、中に入っていた物を取り出す。中に入っていたのはバイオリンとそれを弾くための弓だった。それは、先ほどシェルディアから借り受けた物だった。

 暁理も持っていたケースから、シェルディアから借り受けたフルートを取り出した。

「いいバイオリンと弓だ。恐らくは、18世紀のイタリアの職人の仕事かな」

 ロゼは自然と笑みを浮かべる。このバイオリンと弓は間違いなく芸術品だ。シェルディアがどういう経緯でこのバイオリンと弓を手に入れたのかは知らないが、シェルディアは確かな審美眼を持っている。ロゼはそう思った。

「今日という素晴らしき日に、この曲を奏でよう。この曲を作った偉大な先人に感謝を。そして、皆に祝福を」

 ロゼはバイオリンを左手で持ち、バイオリンのボディを肩に乗せ、あごで挟んだ。あご当ては19世紀に発明されたものなので、それ以前のこのバイオリンには存在しなかった。ロゼはバイオリンを固定すると、演奏を始めた。暁理もロゼに合わせるようにフルートに口をつける。

「この曲って・・・・・・」

「聞いた事ある!」

 ロゼが演奏したのはベートーヴェン作曲、交響曲第9番第4楽章第1主題、歓喜の歌。いわゆる第9だった。聞く者全てに高揚と勇気を与えるこの曲は、ある意味今日という日にピッタリだろう。バイオリンの演奏も難なく出来るとは。さすがはハイスペック人間のロゼ・ピュルセというべきか。

「〜♫ 〜♬」

 暁理も同じ曲を奏でる。暁理はフルートなんて今日初めて吹いたし、歓喜の歌の楽譜も知らない。だが、暁理はまるでプロのようにフルートを奏でている。なぜか。それは、シェルディアから借り受けたこのフルートがいわゆる魔具、魔笛だからだ。このフルートは誰が吹いてもプロのように演奏できる魔笛で、頭の中で思い描いているリズム、または曲を――この場合は歓喜の歌――を奏でる事が出来るのだ。

「次は副会長とキトナさん!」

「今は副会長でも会長でもないんですが・・・・・・はい」

「承りましたわ」

 真夏のコールに光司は苦笑気味に、キトナは笑顔で応える。光司とキトナは2歩ほど前に出ると、互いに向き合った。

「キトナ・ヴェイザさん。僕と一曲踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで。リードはお願いしても?」

「もちろんです」

 光司が差し出した手をキトナが取る。そして、光司はそっとキトナを抱き寄せると、リズムに乗り舞踏を始めた。キトナも光司に身を任せ優雅なステップを刻む。光司もキトナも育ちが良いので(キトナに至っては王族)、舞踏の心得はあった。あちら側の世界とこちら側の世界でも舞踏の基礎は変わらない。リズムに乗り、相手と出来るだけ息を合わせて踊る。ゆえに、キトナが全てを光司に任せる形ではあるが、一緒に踊る事が出来た。

「うわぁ、凄え・・・・・・」

「綺麗・・・・・・」

「ダンスまで踊れるなんて、香乃宮先輩素敵すぎます・・・・・・」

「お姉さん美し過ぎだろ・・・・・・」

 ロゼと暁理の弾く曲に合わせて踊る光司とキトナに生徒たちは釘付けになる。

(よしよし、いい感じ! 後は・・・・・・)

 真夏はチラリとキベリアに目を向けた。キベリアは心底嫌そうな顔をしながらも、真夏からのアイコンタクトを受け取る。真夏は頷くと、顔を生徒たちの方に向け直した。

「最後は私とキベリアさんよ! さあ、盛り上げて行くわよ!」

 真夏は懐から数枚の呪符を取り出した。そして、それを自分たちの上空へとばら撒く。真夏が少量の力を込めると、呪符は極めて小規模な爆発を起こした。そして、爆発した受粉からキラキラとした黒い粒子――人体に無害な物――が振り撒かれた。黒い粒子は光司とキトナの舞踏に華やかさを添えた。

「はぁ、何で魔の神秘をこんな奴らに見せなきゃならないのよ・・・・・・」

 キベリアはぼそりとそう呟くと、シェルディアから貰った銀の腕輪を外した。その腕輪はキベリアの「力」を封じる物だ。通常、闇人はレイゼロールからの封印で「力」を封じられるが、キベリアに至っては腕輪があったので、封印の処理は腕輪に依存していた(ちなみに、キベリアだけ他の闇人に比べて封印の処理が甘いので、その代わりとして、一応シェルディアの監視という措置が取られている)。

 そして、その腕輪が外されという事は、『魔女』としてのキベリアの力が解放される事を意味する。キベリアは雷の魔法を使用し、パチパチと周囲に人体に無害なスパークを発生させた。スパークは青白い光を発し、光司とキトナの舞踏を彩った。

「うおっ、凄え!」

「どうなってんだ!?」

「きっと手品よ! 凄く綺麗! まるで映画みたい!」

 真夏とキベリアの派手な演出に生徒たちは瞳を輝かせた。生徒たちの心を掴んだ事を確信した真夏は、ある言葉を言い放った。

「せっかくのスペシャル舞踏会パフォーマンスよ! もっと身近で見なくていいのあんた達!? ほら、まだまだ行くわよ!」

「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」」

 真夏は更に呪符を空に放った。キベリアも同調するように、スパークの数を増やす。青白い光と黒い粒子が舞う中、歓喜の歌が鳴り響き、美男美女がクルクルと踊る。どこか幻想的なその光景に、運動場にいた生徒たちはすっかり心を奪われた。陽華たちを囲んでいた生徒たちは、一斉に真夏たちの方へと近づいて行った。

「わぁ! 凄いね明夜、イズちゃん! すっごく素敵! ねえねえ、私たちも前に行こ!」

「そうね。さすが会長。粋な事をするわ」

「しかし、いいのでしょうか。『魔女』キベリアと榊原真夏のアレは魔法と呪術。一般人の目には極力触れないようにしなければならないものだと思いますが・・・・・・」

 当然、陽華、明夜、イズの3人も真夏たちのパフォーマンスを見ていた。陽華と明夜は、他の生徒たちと同じように、真夏たちのパフォーマンスを間近で見るために一歩を刻む。イズも2人に遅れて一歩を刻もうとした。

「――大丈夫よ。誰も、あれが魔法や呪術だなんて思っていないから」

 だが、そんな3人を呼び止めるかのように、後方からそんな声が聞こえた。陽華、明夜、イズが反射的に振り返る。すると、いつから居たのだろうか。陽華たちから少し離れた場所にシェルディアと影人がいた。

「シェ、シェルディアちゃん? それに帰城くんも・・・・・・」

「どういう事?」

「ふむ・・・・・・何となく分かりました。榊原真夏たちはいわば陽動ですね」

 陽華と明夜はその顔に疑問の色を滲ませるが、イズだけはいつも通り表情を変えなかった。シェルディアはイズの指摘を首肯した。

「ええ、その通りよイズ。相変わらず聡い子ね。陽華、明夜、イズ。あなた達をもっと特別なショーにご招待するわ。舞台に上がるのは影人よ。さあ、こちらにいらっしゃい」

「ショーってほどじゃないけどな・・・・・・まあ、来てくれると助かる」

 シェルディアと影人の言葉を聞いた陽華、明夜、イズは軽く顔を見合わせた。そして、3人はシェルディアと影人にそれぞれの顔を向けた。

「何だかよく分からないけど・・・・・・うん! 分かったよ!」

「特別なショーが何なのか気になるしね。まあ、私たちがシェルディアちゃんと帰城くんの誘いを断る理由はないわ」

「陽華と明夜がオーケーなら私もオーケーです」

「決まりね」

 陽華、明夜、イズの答えにシェルディアが満足げに頷く。陽華、明夜、イズは生徒たちとは反対にシェルディアと影人の元へと向かった。生徒たちの注意は真夏たちに向いていたので、気づかれる事は全くなかった。

 陽華、明夜、イズがシェルディアの元に至ると、シェルディアの影が広がり、陽華、明夜、イズ、影人を飲み込む。シェルディア自身も己の影に沈む。そして、影人たちはその場から忽然と消えたのだった。










 シェルディアの影を使って影人たちが転移した場所は、変わらず風洛高校の敷地内。場所は風洛正門前の広場だった。運動場にほとんどの生徒たちが集まっているためか、影人たち以外の人の姿はなかった。

「それで、特別で素敵なショーって何なのかしら?」

 明夜がどこかワクワクとしたような様子で、影人にそう聞いて来た。陽華もワクワクとしたような顔を、イズは無表情な顔を影人へと向けた。

「だからそんな大層なものじゃねえよ。ただ、お前らに渡したい物があっただけだ」

 影人は鞄の中から3つの小さな袋を取り出した。そして、赤いリボンがついている袋を陽華に、青いリボンがついている袋を明夜に、白いリボンがついている袋をイズに渡した。

「? 帰城くん、これは?」

「・・・・・・俺からお前らへの卒業祝い兼バレンタインのお返しだ」

 不思議そうに首を傾げる陽華に、影人は今日何度も口にした言葉を述べる。影人の言葉を聞いた陽華、明夜は大きく目を見開いた。

「え!? き、帰城くんが私たちにプレゼント!?」

「何事!? もしかして、今日が地球最後の日なの!?」

「あの帰城影人が陽華と明夜のみならず、私にまでプレゼントですか。気味が悪いですね」

 陽華、明夜、イズはそれぞれそんな反応を示した。いくら何でも驚き過ぎだし大げさだと影人は思ったが、一々反論するのも面倒なので、影人は軽く息を吐きこう言った。

「はぁー、何でもいいが取り敢えず開けてみろ。そうすりゃ、ドッキリでも何でもなく俺が本気だって分かる」

「う、うん」

「わ、分かったわ」

「了解しました」

 陽華、明夜、イズがそれぞれ袋を開ける。そして、3人は中に入っていた物を取り出した。

「っ・・・・・・」

 陽華の袋の中に入っていたのは、キラキラと輝く赤い宝石がついたブローチだった。そのブローチは不思議と自分にピッタリな物だと陽華は思った。

「まぁ・・・・・・」

 明夜の袋の中に入っていたのは、キラキラと輝く青い宝石がついたブローチだった。明夜は一目見てそのブローチを気に入った。

「ふむ・・・・・・」

 イズの袋の中に入っていたのは、黒色の小さな鎌のバッジだった。そのバッジはイズの本体である「フェルフィズの大鎌」を想起させた。

「・・・・・・一応、選んだのは俺だからセンスは俺依存だ。返品は面倒だから受け付けんが・・・・・・もしも、気に入らなかったから適当に売るなり捨てるなりしてくれ」

「そんな! そんな事は絶対にしないよ!」

「こんな素敵なプレゼント、頼まれても売ったり捨てたりしないわ」

「その発言はある意味私たちに対する侮辱ですよ」

 陽華、明夜、イズは影人の言葉にかぶりを振る。影人は「そうか・・・・・・」とほんの少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。

「ねえ帰城くんこれ着けていい!? っていうか着けるね!」

「バチくそに似合うこと間違いなしね」

「着けるならこの辺りでしょうか」

 陽華、明夜は胸元の造花を取ると、造花のあった位置――胸ポケットにブローチを装着し、イズはブレザーのラベルの部分にバッジを装着した。

「うわぁ・・・・・・! うわぁ! 可愛い! すっごく可愛いくて綺麗!」

「この感触、この色合い、この美しさ・・・・・・馴染む。馴染むわ! まるで最初から私のために拵えられたようね!」

「言ってしまえば、ただのアクセサリーですが・・・・・・なぜでしょうね。ほんの少しいい気分になった気がします」

 陽華は本当に嬉しそうに大はしゃぎし、明夜も興奮した様子になる。イズは珍しい事に影人の前で口元を緩めた。どうやら、全員気に入ってくれたようだ。影人は半ば無意識に内心でホッと息を吐いた。

「ふふっ、よかったわね影人」

「・・・・・・まあ、微妙な顔をされるよりかはな」

「あらあら、素直じゃないわね。それにしても、あの子たち本当に嬉しそう。羨ましいわ。私もプレゼントを貰えれば、あの子たちのように嬉しがれるのだけれど」

「うっ・・・・・・さっきも言ったけど、ちゃんとプレゼントは渡すから。近いうちに、必ず」

「ええ、しっかりと期待しておくわ」

 影人の答えに満足したシェルディアはニッコリと微笑んだ。しかし、そこはかとなく、まだプレッシャーが感じられる。これは相当根に持っている、とシェルディアとそれなりに付き合いが長い影人は思った。

「おい、お前ら。もう運動場に戻っていいぞ。そろそろ、会長たちのパフォーマンスも終わってる頃だろうしな。ああ、そうだ。最後に1つ言う事が――」

「ありがとう! 本当にありがとう帰城くん! 私、一生の宝物にするね!」

 影人が陽華たちの方に顔を向けると、ガシッと陽華が抱きついて来た。

「っ!?」

 まさか、陽華に抱きつかれるなどとは考えてもいなかった影人は、あまりの驚きから声を失った。

「あらあら・・・・・・」

「ヒュー!」

「っ、陽華・・・・・・」

 その光景にシェルディアは意味深な笑みを浮かべ、明夜は興奮したように口笛を鳴らし、イズは驚いた様子になる。陽華は恐らく反射的に影人に抱きついたのだろう。ハッとした顔になると、恐る恐る至近距離にある影人の顔を見上げた。そして、みるみるうちにその顔を赤くさせた。

「ご、ごごごめん! あまりに嬉し過ぎてつい・・・・・・」

「お、おう・・・・・・そ、そうか・・・・・・ま、まあそういう時もあるよな・・・・・・」

 陽華はすぐさま影人から離れた。影人は未だに戸惑っていたため、そんな言葉しか返せなかった。

「じゃ、じゃあ私運動場に戻るね! 多分また後で! バイバイ!」

 陽華は赤面したまま、この場から去って行った。

「運がよかったですね、帰城影人。あなたのような男が陽華のような美少女に抱きつかれる事など金輪際ないでしょうから。せいぜい、その幸運を噛み締めなさい」

「今日は本当、色々最高な日だわ。プレゼント、本当にありがとう帰城くん。じゃあ、私からも感謝の気持ちやら何やらを込めて・・・・・・」

 イズの発言に続いた明夜が影人の方へと近づいて来る。そして、明夜は自然な動作で影人に顔を近づけると、影人の頬に軽くキスをした。

「なっ・・・・・・」

「ふふっ、どう受け取るかは帰城くんの自由よ。じゃあ」

 あまりの驚きから呆然とする影人に、明夜はイタズラっぽく笑う。そして、明夜はイズと共に運動場へと歩いて行った。その際、「サービスのしすぎなのでは?」「いいのよ。私がしたかったから」とイズと明夜の会話が聞こえた。

「・・・・・・な、何だったんだいったい・・・・・・」

 つい先ほどまで明夜の唇が触れていた頬を押さえながら、影人はそう呟く。影人の呟きは明夜だけでなく、先ほど影人に抱きついてきた陽華にも向けられたものだった。

「ふふっ・・・・・・えい」

 そんな影人に、シェルディアは微笑みながら軽く蹴りを入れた。当然ながら、吸血鬼であるシェルディアの蹴りは見た目以上の威力を有しており、影人はふくらはぎに鋭い痛みを覚えた。

「痛っ!? な、何だよ嬢ちゃん急に・・・・・・」

「別に。ただ、そういう気分だったから。やっぱり、あなたは人気者だと再認識したわ。じゃあ、私も運動場に戻るわ。色々と楽しそうだし。また後で会いましょう」

 シェルディアはそれだけ言うと、己の影へと沈みその場から姿を消した。

「・・・・・・本当、何だってんだよ・・・・・・」

 1人残された影人は、ただただ分からずにそう言葉を漏らすしかなかった。

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