第509話 巣立つ者に祝福を(6)
「ふぅー・・・・・・何とか1番心配してた奴は終わったな。しかし、俺の予想を上回る奴だぜ。まさか、プレゼントを渡しただけで気絶するとはな・・・・・・」
つい先ほどプレゼントを渡した光司の事を思い浮かべながら、影人はそう言葉を漏らす。光司にとって自分はいったいどういう存在なのか、全く以て謎だ。
『おい化け物。前にも聞いたが、何であいつにあんな物を渡したんだ?』
影人の中にそんな声が響く。影人にそう聞いて来たのはイヴだった。イヴが言ったあんな物とは、影人が光司に渡した手紙の事だ。
「何で、か・・・・・・さあな。正直、俺も何で香乃宮の奴にあれを渡したのかは分からねえよ』
『はあ?』
影人の答えにイヴは意味が分からないといった声を漏らす。遂に元からどうかしていた頭がどうかしたか。イヴは本気でそう思った。
「だが、気づいてたら書いてた。渡してた。イヴ、男っていう生き物は、いや人間っていう生き物は、時にそういう事をしちまう奴なのさ」
『きしょ過ぎだろ。意味が分からん。死ね』
格好をつけてそんな事を言った影人にイヴはドン引きした。あまりにも正しい反応である。前髪は「何でだよ!?」と悲鳴をあげた。
「お前の毒舌は相変わらずキツいぜ・・・・・・まあいいや。取り敢えず、今は朝宮たちだ」
影人は陽華と、ほぼ間違いなく陽華と一緒にいるであろ明夜とイズを探し始めた。運動場、体育館、正門前、裏門前、駐車場に駐輪場、取り敢えず校舎外を粗方回ってみたが、3人の姿はなかった。
「って事は校舎内か。あいつらがもう帰ったとかはないだろうし・・・・・・」
影人は校舎内を探すべく、まずは昇降口に向かった。校舎内を探索するためには、靴を履き替えなければならないからだ。今日は卒業式で賑わっているので、土足で校舎の中に入ってもバレなさそうではあるが、バレた時が面倒だ。影人は無駄な横着はしなかった。
「おい! 朝宮先輩と月下先輩、フィズフェール先輩が出てくるってよ!」
「やっとか!」
「待ちかねたぜ!」
影人が昇降口の近くまで来ると、周囲にいた男子生徒たちの話が耳に入った。男子生徒たちは、ワクワクとした顔で昇降口まで走り始めた。
(やっぱり、校舎内にいたのか。ちょうど出て来るみたいだし、この辺りで待つか)
影人は昇降口から少し離れた木の陰に佇んだ。昇降口付近には、どこから噂を聞きつけたのか、男女問わず非常に多くの生徒たちが集まっていた。恐らく、全員陽華たちの出待ちだろう。まるで芸能人かアイドルのようだと、自分も出待ちをしている影人は思った。
「っ、来たぞ!」
誰かが大きな声でそう言った瞬間だった。突然、凄まじい騒めきが聞こえてきた。騒めきは校舎内、ちょうど昇降口から聞こえて来る。そして数分後、校舎内から大量の生徒たちが外へと出て来た。その光景はまるで雪崩のようだった。
「朝宮先輩! 写真お願いします!」
「月下先輩! サインください!」
「フィズフェール先輩! どうか、どうか握手を!」
「よっ! 待ってました!」
「陽華ー! 校門前で一緒に写真撮ろ!」
「明夜ー! 遅いよー!」
「フィズフェールさん! これプレゼントです!」
大量の生徒たちが流れ出てきた中心に、影人が探していた少女たちの姿が見えた。後輩たちがその少女たち、陽華、明夜、イズの名を呼ぶ。否、後輩だけではない。陽華、明夜、イズと同じ卒業生たちも3人の名を呼んでいる。
「おいおい、あいつらが人気者だとは分かっていたが・・・・・・ここまでかよ」
木陰から盗み見るようにその光景を見ていた影人ふ呆気に取られていた。昇降口前は、まるでお祭りかのように人口密度が高い。昇降口からは、まだまだ大量の生徒たちが流れ出てきている。ざっと見ただけで100、いや200は軽く超えている。まるで人の奔流だ。さらに、生徒たちが陽華たちの名前を呼ぶ声は重なりに重なり合い、凄まじい怒号のようになっていた。
「わわっ、みんなちょっと待って! 1人1人言ってくれないと分からないよ〜!」
「ふっ、自分の人気が辛いわ。サインならいくらでもしてあげるからじゃんじゃん持って来てちょうだい。今日は腱鞘炎になっても書くわよ!」
「プレゼントはありがたいのですが、すみません。これ以上は持てないので、返品させてもらいます」
群衆の中心にいる陽華、明夜、イズはそれぞれ人々に対し対応していた。無視すればいいのに、律儀に対応しようとしているところが陽華と明夜らしい。相変わらずのお人好しぶりだ。恐らく、そのお人好しぶりは一生変わらないのだろう。
イズに関して言うならば、恐らく陽華と明夜が律儀に対応しているので自分も対応しているという感じだろう。イズには確かに心があり、その心も成長してはいるだろうが――言い換えれば、感受性も以前より高まっているだろうが――、お人好しという性格までは形成されていないはずだ。
「ああくそっ、香乃宮の奴の時にも思ったが、これじゃあ声もかけられねえぞ」
木陰から陽華たちを覗いているストーカー前髪野郎が困ったように頭を掻く。光司はなぜか影人に気づいてくれたが(本当になぜか)、凄まじい数の群衆に囲まれている陽華たちが、木陰にいる影人に気づくわけがない。今度こそメールを使うか。だが、陽華たちが突然どこかに向かえば、群衆も着いてくるはずだ。光司は群衆を上手く撒いたが、陽華たちはこの数だ。恐らく、撒くのは不可能だ。
影人が悩んでいる間も、陽華たちを中心とした人々の奔流は流れ続ける。人々の奔流は自然と、かは分からないが、運動場の方を目指し流れていた。影人はその流れをジッと見つめ、最後尾に自然と合流した。
「運動会かよ・・・・・・」
運動場の端にやって来た影人は、運動場にいる生徒たちのあまりの多さに静かに驚く。先ほどの光司の時も運動場には凄まじい数の生徒たちがいたが、今運動場にいる生徒の数はその2倍、いやもしかすれば3倍はあるかもしれない。卒業生を含めた全校生徒がいるのではと思ってしまうほどだ。
「・・・・・・やっぱり、しばらくあいつらに接触するのは無理だな」
影人は諦めるようにそう呟く。まあ、プレゼントを渡すのは今でなくてもいい。また後で機を窺うか、最悪後日に連絡でもすればいい話だ。影人はソッとその場から離れようとした。
「何が無理なんだい?」
影人が運動場に背を向けると、正面からそんな声が聞こえて来た。影人が顔を上げると、そこには先ほど別れた光司と暁理の姿があった。
「香乃宮、暁理・・・・・・何か珍しい組み合わせだな」
「なに嫉妬? 君にも案外可愛いところあるんだね」
「いきなり意味の分からん勘違いをするな。何で俺が嫉妬しなきゃならねえんだ」
ニヤニヤ顔でからかってきた暁理に、影人は至極真面目な答えを返す。暁理はつまらなさそうに口をとんがらせた。
「つまんないね君。そんな面白くない答えしか返せないから、君は前髪なんだよ」
「バカの代名詞に俺の身体的特徴を使用するな暁理。で、お前らもこの騒ぎに混ざりに来たのか?」
「端的に言えばそうかな。僕たちも朝宮さん達と話をしたいと思って来たから。でも、この調子だとそれは難しいかもしれないね。流石は朝宮さん達だ。凄い人気だね」
「だよね。これ、全校生徒が集まってるんじゃないの」
光司は運動場の群衆に目を向け、軽く苦笑いを浮かべた。暁理も、3人の人気ぶりにもはや呆れた様子だ。
「――賑やかな声が聞こえるから来てみれば・・・・・・うふふ、凄いわね」
影人、暁理、光司が話をしていると、新たにそんな声が響いた。聞き覚えのあるその声に、影人たちが振り返る。現れたのはシェルディアと、キトナ、キベリアだった。
「嬢ちゃん、それにキトナさんとキベリアさんも・・・・・・何でここに?」
「あら、一応私は、いえ私たちと言うべきかしら。私たちはイズの保護者よ。なら、卒業式に来るのは当たり前だと思うけど」
「イズさんの晴れ舞台ですからね。絶対に見ないとです!」
「私は別に来たくなかったのに・・・・・・こんなキラキラしたところ・・・・・・」
影人の質問にシェルディアがそう答え、キトナ、キベリアがそれぞれの反応を示す。キベリアは恐らく、無理やりシェルディアに連れてこられたのだろうという事が容易に想像できた。
「おっ、何か知り合いが集まってるわね!」
「帰城くんはさっきぶりだね。他のみんなはこんにちはだ」
更に新たな者たちが2人、まるで影人たちと合流するかのように現れた。真夏とロゼである。
「会長、ピュルセさん・・・・・・」
「これ何の集まり? うおっ、というか凄い数の人ね。ウチの全校生徒いるんじゃない?」
「ふむ。声から察するに、中心にいるのは陽華くんに明夜くん、イズくんだね。相変わらずの人気ぶりだ」
真夏とロゼが運動場にいる群衆に顔を向ける。いつの間にか、影人、暁理、光司、シェルディア、キトナ、キベリア、真夏、ロゼと見知った面々が自然と集まっていた。
「・・・・・・1ついいか。今はまだ生徒たちの注意が朝宮たちに向かってるから、こっちには気づかれてない。だが、いつ気づかれるかは分からない。俺は別としても、この面子は目立つ。生徒の奴らがこっちに群がって来たら面倒だ。って事で、移動を提案する」
「あー、そうだね。僕も影人に賛成かな」
「僕も異論はないよ」
「仕方ないわね。私は魅力的だし」
「あらあら、随分と自分に自信があるのね。いい事だわ」
「ふっ、確かに真夏くんは魅力的だね。まあ、もちろん真夏くん以外の諸氏も魅力的だが」
「早く移動するわよ。私、目立つの絶対嫌だし」
「あらあら、色々な方とお話したかったのですが・・・・・・では、また後でという事で」
影人の提案に、暁理、光司、真夏、シェルディア、ロゼ、キベリア、キトナがそうコメントする(正確には、シェルディアとロゼは真夏の言葉に対してのコメントだが)。取り敢えず、全員特に異論はないようだ。影人たちは運動場から1番近い校舎裏に移動した。
「気になっていたけど、そのネックレス可愛いわね。暁理」
影人たちが校舎裏に移動すると、シェルディアが暁理の胸元を見てそう声を掛けた。暁理はパッと明るく、かつ嬉しそうな顔になる。
「でしょ! さすがシェルディアちゃん分かってる! これ、さっき影人から貰ったんだ! 卒業祝い兼バレンタインのお返しで! 影人にしてはセンスいいよね!」
「へえ・・・・・・そう」
暁理の話を聞いたシェルディアはスッと目を細めると、影人に顔を向けた。
「ねえ、影人。私、ちょっとあなたと話があるのだけど」
「嬢ちゃん。待ってくれ。言いたい事は何となく分かるから。ピュルセさんには言ったが、嬢ちゃんとかキトナさんにもちゃんと後日にお返しするから。だから、そんなに怒らないでくれ!」
ニコニコ顔――しかし、目は全く笑っていない――を向けてくるシェルディアに、影人は全力でそう言った。シェルディアは影人の言葉に納得したのか、ゆっくりと頷いた。
「ならいいわ。お返し、楽しみにしてるから」
「私は別にお気になさらずに」
シェルディアとキトナは影人にそれぞれの答えを返した。ロゼは先ほど影人から事情を聞いていたので、特に何もコメントしなかった。
「ちなみに、僕は帰城くんからボールペンを貰いました。間違いなく、今日は人生最良の日の1つです」
「え、ポールペン貰っただけで?」
心の底からの笑顔を浮かべる光司に、真夏がそうツッコむ。ロゼは影人の方に顔を向けると、影人にこう聞いてきた。
「取り敢えず、移動してきたわけだが・・・・・・帰城くん、君は陽華くんや明夜くん、イズくんに何か用があったんじゃないかい? でなければ、君があんな群衆の近くに好んで居るとは思えないからね」
「そうだね。帰城くんは朝宮さん達を探していた。だからこそ、僕も途中でたまたま出会った早川さんと運動場に向かったわけだけど・・・・・・」
光司がロゼの推理を裏打ちする。この場にいる者たちの視線は自然と影人に集まった。
「鋭いですねピュルセさん・・・・・・ええ、その通りです。実は・・・・・・」
影人は自分が陽華たちにプレゼントを渡したい件を伝えた。真夏は既にバイトの相談をした時にその事は知っていたし、光司と暁理、ロゼも何となく予想はしていたようなので、その面々は特に驚いた様子もなく影人の話を聞いていた。
「なるほど。だから暁理や光司を優先してプレゼントを渡したのね」
「影人さん素敵です!」
「えー、あんたがプレゼントって・・・・・・何かキモ」
「何でですか!? ちょっと酷くないですかキベリアさん!?」
引いたような顔を浮かべるキベリアに影人が悲鳴を上げる。キベリアの感性は間違いなく正しい。こんな前髪の化け物がプレゼントを渡そうとして来たら、引いてしまうのが多くの人に共通する感性というものだろう。
「じゃあ、普通にあの子たちに話し・・・・・・はあの数に囲まれてるから無理か。スマホ使って呼び出せばいいじゃない。何なら私がここにあの子たちを呼び出してあげよっか?」
「いや、それだと群衆が着いてきます。関係ない奴に、俺があいつらに対してプレゼントを渡してるところは出来るだけ見られたくないんです。変な噂になったら嫌ですから。だから、後日にしようかなと思っていたんですが・・・・・・」
「それじゃあ意味がない、とは言わないけど感動が半減してしまうわ。やっぱり、あの子たちへのプレゼントは今日渡した方がいいと思うわ」
「そうだね。日にちというのは大事だ。やむを得ない事情があるならまだしも、渡せるならその日に渡すのがベストだね」
「でも、だったら陽華さん達を囲んでいる皆さまはどうするのでしょうか? あの方々に気づかれずに陽華さん達を連れ出すのは難しいと思われますが・・・・・・」
「そんなの帰城影人がスプリガンに変身すればどうとでもなるでしょ」
「嫌ですよ。こんな事でスプリガンに変身するのは・・・・・・」
真夏の言葉に影人が反応し、シェルディア、ロゼ、キトナ、キベリアがそれぞれの意見を述べる。影人はキベリアの意見に対し、消極的な姿勢を取る。
「じゃあさ、みんなで協力して朝宮さん達をこっそり連れ出そうよ。幸いにもここにいるのは目立つ人が多いし。案外何とかなると思うよ」
「そうだね。だったら、僕も微力ながらお手伝いさせてもらうよ」
「仕方ないわね。後輩のために人肌脱ぐとするわ!」
「私も協力しよう」
「もちろん私も」
「ふふっ、少し戯れましょうか。キベリア、何を逃げようとしているの。もちろん、あなたも手伝うのよ」
「うっ、やっぱり・・・・・・はぁー、分かりました。分かりましたよ。やりますよ! 何で帰城影人のためになんか・・・・・・」
暁理の提案に、光司、真夏、ロゼ、キトナ、シェルディア、キベリアが頷く。その光景を見た影人は思わず前髪の下の目を見開いた。
「・・・・・・いいのか? みんなには関係ないのに・・・・・・」
「いいに決まってるでしょう」
「愚問だね」
「もちろんです!」
「これくらいの事で確認なんて取らなくていいわ!」
「あたしは嫌よ。でも、断ったらどうなるか分からないし。私は私のためにやるだけだから」
「やろう帰城くん。朝宮さん達に最高のプレゼントを届けるために」
「そうそう。君のためって言うよりかは、あの3人のためにね。ちゃんとやろうぜ、影人」
影人の確認の言葉に、シェルディア、ロゼ、キトナ、真夏、キベリア、光司、暁理がそれぞれの答えを返す。いずれも、是の答えであった。
「・・・・・・ありがとう。なら、頼む。力を貸してくれ」
影人は素直に皆に対して感謝の言葉を述べる。影人たちは早速、陽華、明夜、イズを群衆にバレずに連れ出す作戦を協議し始めた。
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