第507話 巣立つ者に祝福を(4)

「・・・・・・みんな喜んでくれて良かったな。頑張ってバイトした甲斐があったぜ」

 A、B、C、D、E、Fの6バカと永遠の友情を誓ったGこと影人は賑わっている場所に戻って来ていた。6人とはまた後日に一緒に遊び倒してご飯を食べようと約束した。影人がスマホに視線を落とす。スマホには先ほどA、B、C、D、E、F、と影人が共に映った写真があった。全員で肩を組んだ写真と、カメラに向かって各々が好きなポーズを取った写真はいずれも、影人のスマホのカメラのタイマー機能を使って撮ったものだ。既に、6人にはこの写真を送り共有してある。この写真たちは自分たちの一生の宝になると影人は確信した。

「さて、後は朝宮と月下、イズと暁理、あとは香乃宮か・・・・・・」

 スマホをズボンのポケットに仕舞った影人は、鞄の中にある袋を見つめながら、取り敢えず、今日会わなければならない者たちを改めて確認した。この5人に贈る品は卒業祝いでもあるが、バレンタインデーのお返しでもある。何とはなれば、今日は卒業式と同時にホワイトデーでもあるからだ。冷静に考えて、なぜ男である光司にお返しをしなければならないのか意味が分からないが、それを言うならば海公にもお返しをしなければならないので、影人は考える事をやめた。今は多様性の時代。バレンタインデーに男から男への友チョコもあるだろう。

「春野とか他の奴らへのお返しはまだ決まってないから、また何か買わないとな。ったく、バイト代が一瞬で吹き飛ぶぜ・・・・・・」

 シェルディア、ソレイユ、レイゼロール、シトュウ、白麗、ソニア、アイティレ、ロゼ、キトナ、穂乃影、魅恋。影人はバレンタインデーに自分にチョコをくれた面々を思い浮かべる。この面々に個別にお返しをしなければならないとは、金銭的にも体力的にもヘビーだ。まあ、穂乃影だけは別だが。

『ご主人様、私もいつでも、何でもいいので何か頂きたいです! ご主人様から頂ける物なら、例えゴミでも嬉しいです!』

「あー、そう言えばお前と零無もだったな・・・・・・まあ、分かったよ。でも、あんまり期待するなよ」

 内に響くナナシレの声で影人はナナシレと零無からもチョコを貰っていた事を思い出した。別にナナシレには何か返してもいいが、零無にお返しをしなければならないのは嫌過ぎる。しかし、返さねば返さねばで気持ちが悪い。どっちにしろ最悪だ。何とも零無に関わる選択らしいと影人は思った。

「おや、帰城くんじゃないか。こんにちはボンジュール

 校舎と校舎の間辺りを歩いていると、そう声が掛けられた。影人が声の方向に顔を向けると、そこには見慣れた水色の髪が見えた。

「ピュルセさん。お疲れ様です」

「よしてくれ。堅苦しい挨拶は不要だよ。私と君の仲じゃないか」

 影人はロゼに軽く頭を下げた。ロゼは気さくな様子で影人にそう言ってきた。

「いえ、そういうわけには。今日のピュルセさんは来賓ですから。わざわざあいつら・・・・・・卒業生たちのために、挨拶をありがとうございました。この学校の一生徒として感謝します」

 しかし、変な所で律儀というか、そういうところだけはなぜかしっかりしている前髪は、軽く首を横に振る。そんな影人にロゼは少し驚いていた。

「・・・・・・君はそういうところがあるね。ズルい。ズルいなぁ。いや、本当に」

「? 何がですか?」

 ロゼはジトっとしたような、それでいてなぜか恥ずかしそうな目を影人に向けた。ロゼの言葉の意味が分からなかった影人は不思議そうに首を傾げた。

「何でもないよ。ただ、君はやはり魅力的な人間だと改めて思っただけさ」

「は、はぁ? 急に何ですか。やめてくださいよ。いきなりそういう変なこと言うの・・・・・・」

「君がそれを言うかい?」

「? だから意味が分からないんですけど・・・・・・まあいいです。ピュルセさん、ちょっとお聞きしたいんですけど・・・・・・」

 影人はロゼに陽華、明夜、イズ、暁理、光司がどこにいるか知らないかという事を聞いた。影人の質問にロゼは「ふむ」と小さく頷いた。

「その中で私が居場所を知っているのは暁理くんだけだね。暁理くんだったら、確か体育館の近くで見かけたよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 ロゼから暁理の居場所を聞いた影人は、ロゼに感謝の言葉を述べるとその場から離れようとした。だが、ロゼに言わなければならない事を思い出し立ち止まった。

「あ、ピュルセさん。バレンタインの時のお返しはもう少しだけ待ってください。近いうちに必ず何かお返しするので」

「お返し? ああ、そうか。確か、日本にはホワイトデーなるものがあったんだったね。日本のバレンタインの事を調べた時にホワイトデーの事も知ったが、すっかり忘れていたよ。そうだね。では、楽しみに待たせてもらうよ」

 ロゼは柔らかな笑顔を浮かべた。相変わらず、見てくれはとんでもない美女だなと、ロゼの笑顔を見た影人は思った。そして、影人は今度こそその場を後にした。

「体育館近くって言うとこの辺りだが・・・・・・さて、暁理の奴はどこだ?」

 ロゼの言葉に導かれ体育館付近に来た影人は暁理の姿を探した。

「早川先輩! 一生のお願いです! ワイシャツの第2ボタンを私にください!」

「ちょっとズルいわよ! 早川先輩! 私に! 私にください!」

「早川先輩〜! 私、絶対先輩と同じ大学に行きますから! だから待っててください!」

 影人が暁理を探していると、そんな声が聞こえてきた。影人が声のした方に意識を向けると、そこには主に女子生徒に囲まれている暁理がいた。

「あはは、嬉しいけどどうしようかな。僕のボタンは1個だけしかないし・・・・・・」

 暁理は少し困ったように苦笑いを浮かべていた。暁理は美少女だが、普段からズボンを着用している事もあってか、同性もとい女子たちから人気がある(もちろん、男子からの人気も高い)。

「うーむ、ウチの子は可愛いし格好いいし最強だなぁ・・・・・・」

「何を言ってるのあなた。本当、あなたは暁理の事となると知能が下がるんだから」

 生徒たちに囲まれた暁理を暖かな目で見つめているのは、恐らく暁理の両親だろう。初めて見たが、どこにでもいそうな優しそうな人たちだった。

「あ! ごめんね君たち。ちょっと知り合いがいるからまた後で!」

 影人の姿に気がついた暁理は周囲の後輩たちにそう言うと、影人の方に近づいてきた。生徒たちは「「「えー」」」と一様に残念そうな顔を浮かべていた。

「よう、大人気だな先輩」

「茶化すなよ。で、人気がない後輩くんは僕に何の用かな?」

 暁理はニヤニヤとした顔で影人にそう聞いてきた。茶化すなといったくせに、すぐにそう返してくるのだから、自分の悪友はいい性格をしている。影人はフッと前髪スマイルを浮かべ、こう言った。

「ここじゃ何かと騒がしい。って事で、ちょっと静かな所に行こうぜ」

「ふーん・・・・・・まあいいよ。じゃ、行こっか。ごめん、ちょっと離れるね!」

「なっ!?」

「あらあら」

 暁理は両親に向かってそう言うと、影人と共に体育館近くから離れた。急に男子生徒(しかも前髪に顔の上半分が支配された化け物)とどこかに歩き始めた娘を見た暁理の父親は驚き、暁理の母親は微笑んだ。

「この辺りでいいだろ」

 影人と暁理は駐輪場の近くにやって来た。人の姿はそれなりにあるが、まだ静かな方だ。

「暁理、まずは率直に卒業おめでとう。俺より先にお前が卒業するのは、正直ちょっとムカつかないでもないが・・・・・・祝福するぜ」

「ありがとう。なんか、君から素直に祝福されるのはちょっとむず痒いね」

 暁理はポリポリと右の人差し指で軽く頬を掻いた。暁理は気恥ずかしを消すためか、影人にこう言った。

「まあ、流石の君も来年は卒業できるだろうから、来年の卒業式は僕も来てあげるよ。保護者枠でね」

「ふざけろ。何でお前が俺の保護者なんだよ。絶対来るなよ」

「嫌だね。絶対行ってやる」

 嫌がる影人に暁理はニヤリと笑う。2人のやり取りは中学生の時から互いを知っている者どうしの、気安いものだった。

「で、僕に何の用だい?」

「用ってほどでもない。ただ、こいつを渡したかっただけだ」

 影人は鞄の中にある、暁理用のプレゼントが入った袋を取り出すと、袋ごと暁理に手渡した。暁理は不思議そうな顔を浮かべながらも、影人から袋を受け取った。

「なにこれ?」

「俺からの卒業祝い兼バレンタインの時のお返しだ」

「え、本当!? へえ! 君にしては気が利くね! ねえねえ、開けてもいい?」

「ああ」

 暁理が物凄く嬉しそうな様子になる。暁理は早速袋の中に手を入れた。

「これは・・・・・・」

 袋の中に入っていた物を暁理が取り出す。袋の中に入っていたのは、可愛らしいネックレスだった。銀のチェーンに、薄緑の可愛らしいメタルリーフのチャームが特徴的だ。

「大学生になったら多少はアクセサリーを着ける機会もあるだろ。言っとくが、安物だからな。他の奴らにも色々と卒業祝い買わなきゃだったし、バレンタインのお返しもまだ買わなきゃだし・・・・・・」

 影人はどこか気恥ずかしそうに頭を掻く。影人なりに暁理に似合いそうな物を選んだつもりだが、果たして暁理は喜んでくれるか。基本的に女性に、というか誰かに対してあまり贈り物をしない影人は、多少の不安があった。

「わぁ・・・・・・可愛い・・・・・・!」

 だが、その不安は暁理の嬉しそうな、かつキラキラとした顔を見て吹き飛んだ。暁理はしばらくの間ジッとネックレスを見つめると、影人にこう聞いて来た。

「ねえ、着けてみてもいい!?」

「お、おう。もうお前のもんだからな。好きにしろよ」

 明らかに興奮している暁理に影人は少し気圧される。暁理は早速ネックレスを着け始めた。

「ね、どう!? どうどうどう!?」

「お、落ち着けよ。動物を宥める掛け声みたいになってるぞ」

 暁理は鼻息荒い様子で影人に詰め寄り胸元に煌めくネックレスの感想を求めた。暁理のあまりの勢いに、影人は思わずたじろぐ。暁理がここまで興奮しているのは極めて珍しい。もしかすれば、初めて見たかもしれない。

「そんな事は今はどうでもいいの! 僕は似合ってるかって聞いてるの!」

「似合ってる! 十分に、十分以上に似合ってるよ!」

 半ば反射的に影人はそう答える。実際、ネックレスは暁理に抜群に似合っていた。影人がネックレスを選んだからではない。恐らく、100人に聞いても似合っていると答えるはずだ。

「うんうん! そうかそうか! だよね! 僕もそう思う! えへへ! えへへへ!」

 暁理は今まで見た事がないレベルでご機嫌だった。暁理は笑みが堪えきれないといった様子で、軽く跳ねていた。

「影人! ありがとう! 本当に本当にありがとう! 僕、これを一生大切にするよ!」

「いや、喜んでくれるのは嬉しいが、別にそこまで大切にしなくても・・・・・・」

「ううん、絶対絶対大切にする! だって、君が僕のために贈ってくれた物だから! 例え死んでも離さないよ!」

「お、おう。そうか・・・・・・」

 ギュッとチャームを握りしめる暁理の顔は本気だった。影人は再びそんな暁理に気圧されながらも、苦笑いを浮かべた。

「ってわけで、俺の用事は終わりだ。じゃあ・・・・・・」

「まだ待ってよ! せっかくだから、一緒に写真撮ろうよ!」

 暁理にネックレスを渡せた影人はその場を後にしようとした。だが、暁理はガシッと影人の右腕を掴んだ。

「は、はぁ?」

「すみませーん! ちょっと写真撮ってもらってもいいですかー!」

 戸惑う影人をよそに、暁理は近くにいた女子生徒に声を掛ける。胸元に赤い造花がないので、恐らくは在校生だ。

「わっ、早川先輩。はい! 全然オッケーです」

「ありがとう!」

 女子生徒はどうやら暁理の事を知っているらしく、すぐさま暁理にサムズアップを返した。暁理は女子生徒にお礼を述べると、自分のスマホのカメラアプリを起動させ、女子生徒にスマホを手渡した。

「ほら影人! もっと寄って! 分かってると思うけど、恥ずかしがらずにちゃんとピースしろよ!」

「は!? ちょお前くっつき過ぎだろ! 離れろよ!」

 暁理は突然影人の左腕に抱きついた。まさか、暁理が抱きついてくるなど考えてもいなかった前髪は、あたふたとした。くっついた暁理と影人を見た女子生徒は「キャー!」と黄色い声を漏らす。

「嫌だね! 絶対離れてやるもんか! ほら、そんな事より写真が撮られるよ! ちゃんと決めてよね!」

「ああもう・・・・・・! 何なんだよ・・・・・・! 分かったよ!」

 悪友の暁理といえども、女性とのツーショットを撮る事になるなんて、孤独で孤高の一匹狼の自分からすれば最悪以外の何者でもない。だが、この調子だと暁理は何を言っても聞かないだろうという事は、影人は暁理とのそれなりに長い付き合いから知っていた。ゆえに、影人は半ばヤケ気味に承諾の言葉を吐いた。

「それじゃあ撮りますよ! 3、2、1・・・・・・はい、チーズ!」

 暁理はウインクしながら、影人に抱きついているのとは反対の手でカメラに向かってピースを、影人はいつも通りの顔で、少し格好をつけて斜めにピースをした。次の瞬間、カシャという音が響いた。

「わぁ〜! すっごくいい感じです先輩!」

「どれどれ! わぁ本当だ! ありがとう!」

 女子生徒からスマホを返された暁理が写真を確認する。影人もチラリと前髪の下の目を暁理のスマホの画面に向けた。そこには、影人と暁理のツーショットがバッチリと綺麗に写っていた。

「影人! 後で君にも送っておくね!」

「俺は別にいらないんだがな・・・・・・まあ、分かった」

 笑顔の暁理に影人は取り敢えず頷きを返した。ここでいらないとごねて不機嫌になられたら面倒だからだ。送られて来た写真は後で消去しようと、人の心がない前髪は思った。

「じゃあ、今度こそさよならだ。・・・・・・あ、そうだ」

 影人は暁理の元から去る前に、陽華、明夜、イズ、光司がどこにいるか知らないか聞いた。

「香乃宮くんなら、運動場辺りで後輩たちに捕まってるって聞いたよ。朝宮さんと月下さん、イズちゃんはちょっと知らないかな。でも、あの3人は一緒にいると思うよ」

「それは多分そうだろうな。分かった。教えてくれてありがとうな。取り敢えず、運動場近くに行ってみるぜ。じゃあな」

 影人は暁理に背を向け、運動場目指して歩き始めた。暁理はそんな影人を呼び止めた。

「あ、影人!」

「ん?」

「ネックレス本当にありがとう! 僕、本当に嬉しいよ! 絶対大切にするから!」

「はっ、そいつは何回も聞いたよ。ああ、どういたしましてだ」

 改めて感謝の言葉を述べた暁理に、影人は軽く片手を上げる。そして、影人は暁理の元から去った。

「・・・・・・何回でも言うよ。だって、君は僕にとって特別な人なんだから」

 影人の背が見えなくなるまで見つめていた暁理は、胸元のチャームに触れ、そう呟いた。

「ああ・・・・・・今日は凄くいい日で、改めて悲しい日だな。大好きな人から心の込もった贈り物を貰って、大好きな人からほんの少しだけ遠くなる・・・・・・」

 暁理はこれから影人とは違う学校に通う。それは、日常における影人との距離が今までよりも離れてしまう事を意味する。もちろん、暁理は今まで通り出来るだけ影人と関わり合いたいとは思っているが、それでもだ。暁理は正直、その事が少し悲しかった。

「でも・・・・・・やっぱりいい日だ」

 暁理は自然と笑った。そう思える。それがどれだけ幸せな事か。暁理はしばらくの間、太陽の光に反射し、キラリと輝く薄緑のメタルリーフのチャームを、暖かな目で見つめ続けた。

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