第506話 巣立つ者に祝福を(3)
「・・・・・・いい天気だな今日は。嫌なくらいに」
廊下を歩きながら、影人は外の景色に前髪の下の目を向けた。学校内にある桜の木はまだ咲いていないが、空は晴れ渡り心地よい風が吹いている。桜が咲いていればより完璧だったが、十分に門出に相応しい日だ。
「先輩〜! 卒業しても遊びに来てくださいね! 出来れば週5で!」
「それほとんど毎日じゃない!? 流石に無理よ!」
「先輩! 卒業しても頑張ってくださいっス!」
「ああ、ありがとうな!」
影人が3年生の教室がある階に辿り着くと、そこら中からそんな声が聞こえた。廊下には卒業生たちと、影人と同じ事を考えているのか在校生たちの姿が多くあった。はっきり言って廊下はすし詰め状態だ。
「・・・・・・こりゃ無理だな」
この廊下にいる人混みを掻き分けて、陽華や明夜、イズ、暁理、光司、A〜Fのアルファベットズといった者たちに会いに行くのは現実的ではない。校舎の外で待つか、影人はそう考えると背を向け、今登って来た階段を降り始めた。
「――あ、ちょっと待ってくれ!」
「?」
影人が階段の半ばまで降りた時だった。突然、そんな声が後ろから聞こえて来た。影人が振り返り階段の上を見上げると、そこにはどこかで見たような顔の男子生徒がいた。男子生徒の胸元には、卒業生の証である赤い造花があった。
「・・・・・・俺に何かご用ですか?」
影人は自分を呼び止めた男子生徒にそう聞き返す。男子生徒の顔に影人は確かに見覚えがあったが、いつどこで見かけたのかまでは思い出せなかった。
「その感じだとやっぱり俺の事はあんまり覚えてないみたいだな」
「・・・・・・すみません。正直に言うとその通りです」
苦笑いを浮かべる男子生徒に対し、影人は素直に詫びた。男子生徒は「いや、いいよ」と首を横に振る。
「多分、俺は今日初めて君に能動的に話しかけた。だから、覚えてないのも無理ない。まあもったいぶるつもりもないから言うけど、俺は君のかつてのクラスメイトだ。2年の時・・・・・・って言うと、君がまだ2年生だからややこしいか。俺が2年生の時、君の席の前にいたのが俺だよ」
「あ・・・・・・」
そう言われて、影人は男子生徒の事を思い出した。確かに影人が1回目の2年生だった頃、前の席にいた男子生徒だ(メタ的に言えば、1部の頃に前髪の前の席に座らされていた被害者)。そして、いま男子生徒が言ったように、男子生徒と影人がまともに言葉を交わしたのはこれが初めてであった。
「・・・・・・失礼な言い方かもしれませんが、改めて俺に何の用でしょうか。あなたと俺はかつてのクラスメイト、それだけの関わりしかなかったはずです」
「その通りだ。失礼かもしれないけど、俺も君にはクラスメイトという関わり以外持たないようにしてた。こう言っちゃなんだけど・・・・・・君と関わるのは、その色々とヤバいと思ってたからな」
影人の見た目、それに独り言の癖を知っている男子生徒は少し気まずそうな様子になる。元クラスメイトの突然の告白に、しかし影人は何のリアクションも見せずにこう言葉を返した。
「そうですか。それで、そんなヤバいと思っている奴と、わざわざこのタイミングで初めての会話を試みた理由は・・・・・・怖いもの見たさ、みたいなものですか? どうせ、卒業するから最後にあのヤバい奴と話でもしてみるかっていう・・・・・・」
「何か凄え捻くれてるな!? いや、違う違う! いや、でも正直俺も人間だし心のどこかではそう思ってたのか・・・・・・?」
影人の推測を真に受けた男子生徒は、少しの間考えるような様子になった。影人はこの学校の奴らは、何で基本いい奴ばかりなのだろうかと思いながらも、口を開く。
「冗談ですよ。で、くどいかもですが俺に何の用ですか?」
「あんまり冗談には聞こえなかったけどな・・・・・・まあいいや。俺が君に話しかけた理由は単純さ。かつてのクラスメイトである君に最後にお別れを言いたかった。それだけだよ」
再三の影人の質問に、男子生徒は遂にそう答えた。男子生徒は小さく笑うと、こう言葉を続けた。
「君の事は色々と聞いてる、というか噂になってたから君が今どんな状況かは知ってるよ。大変だったね。正直、未だに信じられないけど・・・・・・宇宙人に攫われて留年したんだろ。実際、なぜか俺たちも君の事を忘れてた時期があって、君もまだ在校生だから信じるしかないけど」
「・・・・・・」
男子生徒の言葉に影人は特に反論しなかった。3年生で、しかも影人の元クラスメイトならば、影人が留年している事を知っているのは自然なことだ。宇宙人に攫われていた、という影人が紫織に対して行った言い訳も、去年の体育祭の時点で噂になっていたので今更否定してもどうにもならない。むしろ、真実なので否定できない。
「そんな大変な、筆舌に尽くしがたい経験をしたのに、真面目に、頑張って、君は学校に通って2回目の2年生をしてるんだろ。そんな事、普通は中々できない。君は凄いよ。本当にそう思う」
「っ・・・・・・」
しかし、更に続けられた男子生徒の言葉に、影人は少し驚いたようにその顔色を変えた。
「君なら絶対に来年は卒業できるよ。俺も君を見習って頑張る。それだけ言いたかったんだ。じゃあ、これからも頑張って。帰城影人くん」
男子生徒は最後にそう言うと、階段を降り影人の隣を横切り、どこかへと消えて行った。影人はしばらくの間、階段の半ばで突っ立っていた。
「・・・・・・こっちは名前なんて知らないのに、よく俺の名前なんて覚えてたもんだぜ」
『いやそりゃ覚えてるだろ。宇宙人に攫われて留年したなんて言われてる奴の名前なんざ、忘れたくても忘れられねえよ。しかも、その見た目だしな』
影人の呟きにイヴが即座にそう突っ込む。イヴの指摘はあまりにも正しいものだった。
「イヴ。時には正論は野暮になる。覚えておいた方がいいぜ」
『何がどう野暮なんだよハゲ』
フッとなぜかいつも通りの気色が悪い前髪スマイルを浮かべた前髪に、イヴは呆れたようにそんな言葉を述べる。前髪はそのあだ名らしく、髪には多少のこだわりがあるのか、「どこがだよ!? どこからどう見てもフッサフッサだろ!?」とハゲという言葉に対し、激しく反論した。
「ひっ・・・・・・!」
突然、虚空に向かって自分の髪をアピールしだした前髪の化け物。不幸にもそんな化け物の姿を階段の上から見てしまった在学生の女子生徒は、短い悲鳴を上げた。卒業式の日にホラー映像を見てしまった女子生徒に心の底から合掌である。
「しかし、まさか卒業式の日に元クラスメイトの奴からエールを送られるとはな・・・・・・つくづくお人好しが多いなここの奴は」
階段を降り昇降口に向かった影人は、先ほどの出来事を思い出す。正面からあんなに真っ直ぐ褒められたのはいつ振りだろうか。
「うおっ・・・・・・」
外に出た影人は思わず驚きの声を漏らした。校舎外は至る所に人がいた。卒業生、在校生、保護者、教員、ザッと見ただけでも様々な者たちの姿があった。
「榊原先生〜! もう先生と中々会えなくなるなんてキツイよ〜! 先生は私の精神安定剤だったのに! 先生ほどやる気がない教師なんていないし、教師がこれだけやる気がないんだったら、私もやる気がなくても大丈夫って思って高校生してきたんだよ! 私はこれからどうやって安心感を得ればいいの!?」
「知るか舞崎。というか、教師をずっと見下して精神安定剤にしてたとは、お前中々にいい性格してるな。お前がずっと赤点ギリギリだった本当の理由が今更分かった気がするよ」
「先生〜! 寂しいよ〜! 先生みたいにヨレて使い物にならなくなったゴムみたいにユルいゆるキャラいないよ〜! 私の癒しが〜!」
「誰がユルユルのゴムだ斎藤。お前よりも歳上の女を勝手に癒しにするな」
「先生〜! 実は好きでした! 付き合ってください!」
「悪いな。お断りだ篠田。違う奴を探せ」
まず目についたのは、卒業生に囲まれている紫織だった。男女関係なく卒業生たちに囲まれていた詩織は、疲れたような顔を浮かべていた。こう言っては何だが、あんな教師でも生徒たちに好かれていたのが意外だ。
「あ、おい帰城。私を助けろ。私はさっさと残りの仕事を片付けて帰りたいのに、このアホどもが私を拘束するんだ」
影人が生徒に囲まれた紫織を見ていると、紫織が影人に気づいた。それだけでも影人からすれば最悪だったが、紫織は更に最悪な事に影人に助けを求めてきた。必然、紫織の周囲にいた生徒たちの視線も影人に向く。
「げっ・・・・・・」
思わず影人は声を漏らす。人から注目されるのは影人がこの世で1番嫌いな事だ。反射的に影人の体は踵を返し逃げ出そうとした。
「あ、帰城くんじゃん!」
「相変わらずの前髪の長さだな。まっ、そこが帰城くんの特徴だけど」
「ねえねえ! 最後にその前髪の下を見せてよ! 帰城くんは知らないかもだけど、帰城くんの素顔がどんなものなのかはずっと議論されてきたんだよ!」
「やめろよ女子。素顔を見られたくないから、帰城は前髪を伸ばしてるんだろ。断りずらい雰囲気でそういう事を聞くな」
「そうだぜ。悪かったな帰城。こいつらも悪気はないんだ。正直に言えば、俺もお前の素顔には興味あるしな」
だが、意外な事にと言うべきか、紫織の周囲の卒業生たちが影人に声を掛けてきた。
「っ・・・・・・?」
予想外の事態に影人の体は逃げをキャンセルした。影人は戸惑った顔を卒業生に向けた。先ほどと似たような状況だが、もしや先ほどの男子生徒と同じ元クラスメイトか。影人がそんな事を考えていると、紫織が呆れた顔で答えをくれた。
「お前、こいつらが誰だか分かってないな。こいつらはお前の元クラスメイトだ。まあ、つまり昨年度の2年7組の生徒だな」
「ああ、やっぱりですか・・・・・・」
紫織の答えは影人が予想していたものだった。生徒たちの顔に見覚えがなかったため、確信が持てなかったのだ。
「はぁ・・・・・・お前、本当に他人に興味がないんだな。良くも悪くもお前って感じだな帰城」
紫織は呆れ切ったようにため息を吐く。紫織の言葉は別に間違いではないが、ダメ人間の紫織に呆れられるのは、なぜかそこはかとなくムカついた影人だった。
「あはは、まあ仕方ないよね。あの時の私らって最低限しか帰城くんと喋らなかったし」
「まあな。逆に、俺らは帰城のヴィジュアルが強過ぎて忘れられなかったから覚えてたって面もあるしな」
「それはそう! まあ、でも帰城くんも大変だったよね〜。宇宙人に攫われて留年でしょ? ちょっとガチでヤバ過ぎるよね」
「でも、ちゃんと腐らず登校してるんだから凄えよ。帰城、頑張って卒業しろよ」
「だね! 応援してるよ!」
「マジで頑張れよ!」
「は、はい・・・・・・」
元クラスメイトたちからそうコメントされた影人は、ただ頷くしかなかった。何とも不思議な気分だ。何と言っていいのか、どう反応していいのか、影人は全く分からなかった。
「じゃ、じゃあ俺はこれで・・・・・・」
「あ、おい待て帰城。ちゃんと私を助け・・・・・・」
「先生はまだ私たちとお話するの! 逃げるなんて許さないよ!」
取り敢えず、その場を去ろうとした影人に紫織が手を伸ばす。だが、女子生徒がガシッと紫織の肩を掴んだ。紫織は「ふざけるな。私は早く仕事を終わらせて寝たいんだ!」と抗議の声を上げていたが、生徒たちも影人もそれを無視した。
「・・・・・・ったく、何だってんだよ。どいつもこいつも、急に頑張れだなんだって言って来やがって・・・・・・」
紫織たちがいた場所から離れた影人はガシガシと頭を掻く。何というか調子が狂う。その一言に尽きる。元クラスメイトとはいえ、影人にとってはほとんど記憶にも残っていなかったような他人たちだ。そんな他人から次々と応援の言葉を贈られる。普通なら、影人が応援するような言葉を述べねばならない立場なのにだ。恐らくは、そのあべこべも影人が調子が狂うと思っている理由だ。
「あ、帰城くん! 一足先に卒業させてもらうね! 学校生活頑張ってね!」
「お、帰城じゃん。俺誰か分かる? 元クラスメイト。来年はしっかり卒業しろよ!」
「帰城くん!」
「帰城!」
それからも、影人に気がついた元クラスメイトの卒業生たちが影人に声を掛けてきた。皆、言ってくる事は同じだ。心の底からの、善意100パーセントの応援の言葉。その言葉を掛けられるたびに、影人は何とも言えない気持ちになった。
(卒業する余裕からくる無意識的な見下し。それが込もった言葉なら、バカにしやがってって侮蔑の気持ちを抱けるんだがな・・・・・・)
そうでないから困る。そんな事を考えながら歩いていた影人は、とある場所に辿り着いた。
「悪い。待たせちまったな」
影人が辿り着いた場所は校舎裏、裏門前だ。卒業式の日といえども、この場所はいつも通り、人の姿がほとんどなく静かだった。
「いや、全く。気にしないでくれ」
「ああ。俺たちもここに来たのはついさっきだしな」
「そうそう。俺たちの間に謝罪なんて必要ないぜ」
「俺たちは魂で繋がっている。言わずとも気持ちは分かるからな」
「ここに集まる事も魂で共有したからな」
「俺たちの魂の通信速度は5G並、いやそれ以上だぜ」
だが、校舎裏には6人の生徒たちの姿があった。もはやお馴染みのB、A、C、D、E、Fの6バカである。6バカは全員が全員なぜか妙に格好をつけた仕草を取った。
「まずは卒業おめでとう。友よ、心の底から祝福するぜ」
「ありがとうG。と言っても、特に何かが変わるって感じもないんだがな。俺たち全員、というか今年もだけど、風洛の卒業生はほとんど近くの風京大学に進学するからな。有名どころ、朝宮さんも月下さんの名物コンビも、フィズフェールさんも、早川さんと、あと香乃宮くんもだし」
「実質行く学校が変わるだけだよな」
「ああ。しかし、マジで俺たちが合格できたの奇跡だよな」
「まあ死ぬ気で勉強会とかしたからな。そのおかげで何とかって感じだろ。こういった時の努力は裏切らないからな」
「だな。まあぶっちゃけ、入試中にどうしても分からないところは魂で質問しあったりしたが。あれはカンニングじゃねえだろ」
「特質みたいなもんだからな。そうさ、俺たちはア◯ード」
影人が6バカに改めて祝福の言葉を述べる。B、A、C、D、E、Fはそれぞれそんな言葉を述べながらも、影人に感謝の言葉を述べた。
「それで、いったいどうしたんだG。この場所に集まってほしいって召集したのはお前だけど、何かあったのか?」
「何かある、ってわけじゃないんだが、その・・・・・・」
そう聞いて来たCに影人は鞄を開けると、中から袋のようなものを取り出した。そして、更に袋の中から何かを取り出した。
「・・・・・・俺からの卒業祝いだ。もしよかったら受け取ってほしい」
影人が袋の中から取り出したのは、7つのリストバンドだった。リストバンドいずれも黒く同じ物にも見えたが、リストバンドは1つ1つ白い文字でA、B、C、D、E、F、Gと記されていた。
「これは・・・・・・」
Fが驚いた顔になる。いや、Fだけでない。他の5人も驚いた様子だった。
「俺たち1人1人のコードネームが記されたリストバンドだ。俺たちは魂で繋がってる。それは繋がりとしては最上の物だ。だけど、目に見える繋がりがあってもいい。そう思ったんだ。だから、よかったら受け取ってほしい」
「「「「「「G・・・・・・」」」」」」
影人の言葉を聞いた6バカは感動したように影人のバカネームを呼んだ。そして、次の瞬間には全員が大きく頷いた。
「ああ! もちろんだ!」
「ありがとう! ありがとうG!」
「最高の卒業祝いだ!」
「マジで感謝! マジで感謝!」
「感動した! 俺は感動したぞ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「神よ! 俺の人生でこんな素晴らしい友と出会えた事に心より感謝いたします!」
A、B、C、D、E、Fは影人の手からそれぞれ自分の名前が記されたリストバンドを受け取ると、それを右の手首に装着した。影人もGの文字が記されたリストバンドを右手首に装着した。
「力が! 力が湧いてくるぜ!」
「こいつは凄い! まるで俺たちの魂を具現化したみたいだぜ!」
「今なら何だって出来る気がするぜ!」
「こいつは俺たちの一生の宝になる! これは確信だ!」
「この気持ち、まさ◯く愛だ!」
「無敵だ! 俺たちは全員無敵だ!」
一瞬にしてテンションが最高潮に達したA、B、C、D、E、F。そして、7人のバカたちは自然と右手を天に掲げた。
「「「「「「「俺たちの友情は永遠に不滅だ!」」」」」」」
示し合わせたわけでもないのに、7バカは全員同時にそう言葉を放つ。卒業式の校舎裏、喧騒から離れた静かな場所で、7人の少年たちは互いの友情を讃えあったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます