第505話 巣立つ者に祝福を(2)
「え、榊原先輩!?」
「何で会長、いや先輩が・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・」
突如として現れた真夏に、卒業席の3年生と在校生席の2年生が驚きの声を漏らす。体育館内に騒めきが伝播する。
「え、誰?」
「さあ・・・・・・」
「榊原って、榊原先生と同じ名字だけど・・・・・・」
「榊原真夏・・・・・・それって確か、何か色々凄い人だったって先輩が言ってた人じゃ・・・・・・」
一方、真夏の事を知らない1年生たちの多くは戸惑った反応を見せた。一部、真夏の事を伝聞で知っている者たちもいたが、反応としては多くの者たちと同じように戸惑っていた。
『ふっ、驚いてるわね。まあ、無理もないわ。この私、風洛高校永世名誉生徒会長の私が戻ってきたんだから。しかし、この場所から見る景色も久しぶりだけど・・・・・・やっぱりしっかり馴染むわね。やっぱり、ここはわたしに相応しい場所だわ!』
真夏はなぜかドヤ顔を浮かべる。そんな妹の姿を見た紫織は教員席で軽く頭を抱えた。
「・・・・・・私には未だに分からないんですけど、何で私の妹が閉会の辞の担当なんですか。ウチの妹、アレですよアレ。永世名誉生徒会長なんていう訳のわからないものを自称してるバカですよ・・・・・・」
「はっはっはっ。それは彼女ほど閉会の辞を担当するに相応しい人物はいないからですよ。それに尽きます。真夏くんも快く引き受けてくれましたからね」
「間違いないですね。今の3年生にとって真夏さんは様々な意味で印象深い先輩。今日この学校を巣立つ彼・彼女たちにエールを送るのに相応しい人物です」
「というか、風洛高校の永世名誉生徒会長というのも何だかその通りな気がしますな」
「確かに。歴代の生徒会長には申し訳ないが、真夏くんと言えば生徒会長。生徒会長といえば真夏くんという感じですからね」
嘆く紫織に対し、周囲の教師たちがそんな言葉を返す。真夏がどれだけ風洛高校の教師たちから信頼され、愛されているのか。風洛高校の教師たちの反応からその事がよく分かる。
『とは言っても、1年生と保護者の皆様は私の事をよく知らないでしょうから、自己紹介をさせていただきます。私は去年この風洛高校を卒業して、現在はこの近くの風京大学に通っている榊原真夏と申します。以前はこの学校で生徒会長を務めておりました』
真夏は急に態度を真面目――よそ行き、猫を被ったという方がしっくり来るかもしれないが――なものに切り替える。1年生と保護者は二重人格ばりの真夏の態度の変化に一瞬面食らった。
「うわっ、会長の真面目モードだ。久しぶりに見た」
「相変わらず普段とのギャップの差がエグいw」
「真面目モードの榊原先輩・・・・・・格好よくて素敵!」
だが、真夏の事を知っている3年生や2年生は驚いた様子もなく、それぞれの反応を示す。真夏は気さくで接しやすい、誰からも人望がある人物だった。
しかし、生徒会長の仕事は時に、いや多くは真面目な態度が求められるものだ。いくら人望があっても、能力があっても、態度が壊滅的な者が生徒会長の職を続ける事は出来ない。真夏は普段の態度こそ誰にでも――それこそ、教師に対しても――気さくに接するが、本当に態度を改めなければならない場面では、このように丁寧で大人びた態度を取る事が出来る人間だった。
『本日は、光栄な事に校長先生から閉会の辞のご依頼がありこの場に立たせていただいております。ただの大学生にこのような機会を与えていただいた事、誠に感謝いたします。私から卒業する皆さまにいったい何を、どれだけ伝えられるのか。正直、不安ではありますが、私なりに精一杯に努めさせていただきますので、どうかよろしくお願い致します』
真夏が優雅に一礼する。保護者と1年生は未だに真夏の態度の変化に戸惑っていたが、真夏を受け入れるかのように小さく拍手を行った。
『ありがとうございます。では、これより閉会の辞を述べさていただきます。なお、ここからは卒業する皆さまに真摯に語りかけたいという私の想いを強調するためにも、言葉遣いを砕けたものに変えさせていただきます。きっと、卒業生の皆さんもそちらの方が慣れているでしょうし、伝わりやすいと思いますので。どうかご理解いただけますと幸いです』
真夏が大人びた笑みを浮かべる。真夏といえば明るく元気な笑顔というイメージなので、余裕や優雅さを感じさせる大人びた笑みは、それはそれは凄まじいギャップを有しており、かなりの破壊力を有していた。
「ぐはっ!?」
「か、会長のクールな笑顔ヤバすぎだろ・・・・・・」
「堪らんとです・・・・・・」
「す、素敵過ぎます・・・・・・榊原先輩・・・・・・」
「今日初めて会ったけどファンになりそう・・・・・・」
その破壊力にやられてか、卒業生と在校生の席からはまるでダメージを受けたかのように体を動かす生徒たちの姿が見えた。男子女子問わずにダメージを与える真夏の大人びた笑み。恐ろしいものである。
『じゃ崩すわよ。まずは卒業おめでとうあんた達! 私はあんた達の卒業を心の底から祝福するわ!』
「ありがとうー会長!」
「何とか卒業できました!」
「嬉しいような悲しいような・・・・・・でも最高です!」
「会長から祝福してもらえるなんて・・・・・・ううっ、卒業できてよかった・・・・・・」
「最高の卒業式だぜ!」
いつもの口調に戻った真夏が卒業生たちに祝福の言葉を述べる。卒業生たちは真夏の祝辞に応えるかのように歓声を上げた。
『これからあんた達は未来に向かってそれぞれの道を歩いて行く事になるわ。進学する者、就職する者、その他の道を歩む者もいるでしょう。今までもそうだったでしょうけど、これから先はもっと辛い事や苦しい事、悲しい事があるわ。時には折れてしまう事もあるかもしれない』
真夏は口調こそ砕けたものに変えたが、その顔は至って真剣だった。卒業生たちも真面目な様子で真夏の言葉に耳を傾ける。
『でも、これだけは覚えておきなさい。例え、違う道を歩んだとしても、辛くて苦しくて悲しくても、あんた達は1人じゃない。あんた達の中には、この学校で仲間たちと共に過ごした日々がある。仲間がいる。辛い時や苦しい時はその事を思い出しなさい。これはありきたりな事に聞こえるでしょうけど、大事で実は気づきにくい事よ』
どこまでも真摯に真夏は卒業生たちに向かって語りかける。真夏は1度大きく深呼吸をすると、力強い声で言葉を紡いだ。
『あんた達、前を向きなさい。挫けて立ち止まってもいい。時には後ろを振り返ってもいい。だけど、最後は前を向くのよ。未来に向かって踏み出すの。仲間たちと一緒に。大丈夫。あんた達ならきっと前を向けるわ。なにせ、あんた達は私の後輩だもの。この私が言うんだから間違いないわ!』
真夏は太鼓判を押すと同時に、バンと右手で軽く壇を叩いた。そして、いつも通りの明るい顔でこう言った。
『今日という日はあんた達が未来に向かって踏み出す記念すべき日よ! 胸を張ってこの学校から巣立ちなさい! じゃないと呪うわよ! 以上!』
真夏が閉会の辞を述べ終える。体育館内は一瞬静寂に包まれる。
だが、
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
次の瞬間には体育館内は堰を切ったように大歓声に包まれた。同時に喝采の音も鳴り響いた。
「榊原先輩! 最高の、最高のスピーチでしたぁぁぁぁぁ!」
「感動しました! ありがとう、ありがとう会長! やっぱり会長が会長です! あんたが大将! ナンバーワン!」
「一生ついていきます!」
「榊原先輩イズゴッド! 素敵過ぎますぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「何かよく分からないけど感動した! 凄えぜ先輩!」
「あの人、推せる・・・・・・!」
卒業生の席から続々と真夏を讃える声が上がる。中には感涙を流す者もいた。1年生も今日初めて出会った真夏のスピーチに感動しているようだった。今日初めて出会った1年生の心まで掴むとは。流石は榊原真夏と言ったところか。
「流石は会長オブ会長。会長の王だぜ。まさか、こんなに心を動かすスピーチが聞けるとはな」
「ふっ、やはり榊原真夏が最強か・・・・・・」
「今にも夕日に向かって走り出したいぜ! まだ夕日出てないけど!」
「心が叫ぶ! 魂が吠える!」
「熱すぎるスピーチ、センキュー会長!」
「花火だ! 誰か花火を上げろ!」
「ありがとう真夏先輩! 私たちちゃんと前を向きます!」
「これからも今を、未来を駆け抜けてみせます!」
「前を向いて歩まなければ呪うですか・・・・・・中々に強烈な激励ですね」
「やっぱり、あの人カリスマみたいなものがあるよなぁ・・・・・・」
「全く・・・・・・あなたには敵わないですね。榊原先輩・・・・・・いや、榊原会長」
「はぁ・・・・・・私と一緒に育ったはずなのに、何であんな事を恥ずかしげもなく真っ直ぐに言えるかね・・・・・・」
「素晴らしい。実に真夏くんらしいスピーチだった。真夏くんの後輩を想う気持ち・・・・・・これもまた美しい」
卒業生の席からはA、B、C、D、E、F、陽華、明夜、イズ、暁理、光司、教員席からは真夏の姉である紫織、来賓席からはロゼが、それぞれ真夏の閉会の辞を聞いた感想を漏らした。
「・・・・・・時には立ち止まってもいいか。ふっ、そうだよな。人生は長い。時には立ち止まる事も、ゆっくり歩む事も大事だよな。流石は会長。いい事を言うぜ」
真夏の閉会の辞は、留年して絶賛人生立ち止まり中の影人にも響いた。
我々はここで1つの疑問に直面する。すなわち、なぜ人の心がない前髪に真夏の閉会の辞が響いたのかという疑問である。そして、その答えは容易に予想する事が可能だ。その答えは、真夏のスピーチが前髪にとって都合がいいものだったから、というものだ。都合のいい事だから響く。それはある意味、人間にとっては当然の事かもしれない。多くの人間は、仕事や付き合いでも無い限り、自分の聞きたい事しか聞かないものだ。
それは人間の反省すべき欠点でもあり、また愛するべき欠点でもある。別の言い方をすれば、それは人の弱さだ。ゆえに、都合がいい事しか聞かないという欠点は、批判の対象になり得るものではある。だが、情状酌量の余地があると言えるだろう。何となれば、その欠点を批判するのもまた人間であるからだ。
しかし、それはあくまで人間の欠点であり、情状酌量の余地が適応されるのも人間である。だが、前髪野郎は人間ではないので、情状酌量の余地はない(もちろん前髪以外の人外たちは別)。ゆえに、前髪はドクズ野郎である。
『榊原さん、ありがとうございました。以上をもちまして、第46回風洛高校卒業式を終了いたします。ご出席していただいた皆さま、本日は誠にありがとうございました』
教頭が卒業式終了の言葉を告げると、拍手の嵐が巻き起こった。その拍手の大きさが今年の卒業式がいかに成功したかを物語っていた。
『卒業生退場。卒業生、起立』
拍手が収まると、卒業生たちは一斉に起立した。吹奏楽部が退場用の音楽が流し始める。そして、入場とは逆に3年生は9組から順に退場していった。卒業生が全員退場すると、今度は保護者たちが、そして最後に影人たち在校生も体育館から退場した。
「って事で、今日は卒業式だったから午後の授業はなしだ。今日は部活動はないから、各自適当に帰れよー。ふぁ〜、眠・・・・・・」
教室に戻った影人たちは紫織からホームルームを受けた。紫織は相変わらずやる気が皆無な様子でそう言うと、教室から出て行った。
「・・・・・・何というか、ブレないなあの人は」
あくびをしながら去って行った紫織に、影人は思わずそう言葉を漏らす。仮にもかつての教え子の卒業式だというのに、あの様子である。教師だからと言って人情を持たなければならないという事はないが、少々どうかと思ってしまう。
「今日の卒業式凄かったねー! 特に榊原先輩が!」
「ねー! でも、今日で先輩たちがいなくなるって思うと正直言って悲しいよね」
「本当それ! もう朝宮先輩と月下先輩の名物コンビの朝ダッシュとか活動が見れないとか寂しい!」
「私は香乃宮先輩のお姿を見れない事が悲しくて仕方がないわ! 絶望! 私は今絶望の底にいるわ!」
「うぉぉぉぉん! フィズフェール先輩! もう女神に会えないだなんて! そんな事、嘘だと誰か言ってくれー!」
「早川先輩・・・・・・おお、完璧な僕っ子美少女がいなくなるなんて・・・・・・この世に慈悲はないのか・・・・・・」
ホームルームが終わると、クラスメイトたちのそんな会話が聞こえて来た。誰も彼も、3年生が卒業した事に悲しんだりショックを受けている。特に、クラスメイトたちは陽華、明夜、光司、イズ、暁理が卒業してしまった事にショックを受けているようだった。
「こうしてみんなの声を聞いていると、いかに先輩たちが人気だったのかがよく分かりますね」
「・・・・・・まあ、そうだな。ここまで卒業が惜しまれるっていうのは、多分珍しい事だと思うぜ」
隣の席の海公が影人の方に顔を向けて来たので、影人も海公にそう言葉を返す。影人の言葉は海公に話を合わせるための嘘ではなく、本心からのものだった。
「当然でしょ! ウチらの先輩はそれだけ凄い人たちなんだから! 私も先輩卒業おめ! って気持ちももちろんあるけど、先輩たちいなくなっちゃう悲し過ぎ! って気持ちの方が強いし。影人も本当は寂しいんじゃないの〜? 噂だけど、影人って留年してるんでしょ。だったら、先輩たちとは同級生だったわけだし」
突然影人と海公の席にやって来た魅恋が、どこかイジワルな顔を浮かべ、影人にそう問うてきた。
「霧園さん。それは・・・・・・」
海公が微妙な顔持ちになる。恐らく、魅恋は冗談で聞いているのだろうが、その問いかけは影人にとってはデリケートな部分に触れるものだ。海公が魅恋を窘める言葉を吐くか迷っていると、
「・・・・・・そうですね。人並みには寂しいかもしれません」
影人はフッと笑いそう答えた。
「え・・・・・・」
「あえ・・・・・・?」
影人の答えは海公と魅恋にとって予想外のものだった。2人が半ば呆然としている隙に、影人は立ち上がり鞄を手に取った。
「じゃあ、俺はお先に失礼します。霧園さんも春野も、もし卒業生の皆さんに伝えたい事があるなら伝えておいた方がいいですよ」
影人はそう言って教室を出た。残された海公と魅恋は互いに教室を出ていく影人の背を見つめ続け、やがて「・・・・・・」「・・・・・・」と互いに顔を見合わせた。
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