第504話 巣立つ者に祝福を(1)

『――これより第46回風洛高校卒業式を始めます』

 3月14日水曜日、午前9時過ぎ。風洛高校の体育館内に男性――風洛高校教頭の声がマイク越しに響いた。

『まずは、今日の主役である卒業生の皆さまを迎えたいと思います。卒業生、入場』

 続けて教頭がそう言うと、吹奏楽部の在学生たちが音楽を奏で始めた。卒業生が入場するのに相応しい、軽快で明るい入場曲だ。3年生は1組から続々と体育館内に入場してきた。卒業生は全員胸元に赤い造花を飾っていた。

「きゃー! 香乃宮先輩!」

「おめでたいけど卒業しないでー!」

「先輩がいない風洛高校なんて嫌ー!」

「うぉぉぉぉぉ! 香乃宮先輩!」

「卒業おめでとうございまーすぅぅぅ!」

 1組所属の光司が入場してきた瞬間、在校生の席から黄色い声と悲鳴、男子たちの熱い声が上がった。それだけで光司が性別を問わず後輩たちに好かれている事が分かる。光司はそんな後輩たちに爽やかな笑顔を浮かべながら手を振る。

「・・・・・・けっ、こんな時でも相変わらずのイケメンっ振りだな」

 そんな光司の姿を、在校生の席から見ていた影人は小さくそう呟く。傍から見れば、どう考えてもモテない前髪長過ぎインキャの嫉妬にしか見えない。事実、影人の隣に座り影人の呟きを聞いた男子生徒は「うわぁ・・・・・・」という顔を浮かべていた。

「!」

 影人の姿を見つけた光司は、嬉しそうに影人に向かって手を振った。一瞬にして光司のイケメンスマイルが輝く。先ほどよりもパワーアップした光司のイケメンスマイルは、それはそれは凄まじい破壊力を持っていた。「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」と在校生だけではなく、保護者の席からも黄色い悲鳴が上がる。

「・・・・・・だから、そういう笑顔を俺に向けて来るなよ・・・・・・」

 しかし、笑顔を向けられた本人である影人は呆れた様子になる。あの完璧イケメンは本当にどこで何を間違ったのか。影人はつくづくそう思った。

(え、こいつ香乃宮先輩に笑顔向けられてるの自分だと思ってるのか? 自意識過剰とか言うレベルじゃねえ・・・・・・しかも、こいつ留年してるって噂もあるし・・・・・・止めにこの見た目だし・・・・・・ガチでヤバい奴じゃん・・・・・・)

 しかし、光司の笑顔が自分に向けられた事に気づいた前髪野郎だったが、隣に座っていた男子生徒からドン引きされている事には気がつかなかった。戦闘面やシリアスな時だけ勘が良く、自分に関する事に対しては鈍い。ある意味、いつもの前髪クオリティである。

「ふっ、聞こえるぜ。後輩たちの熱い声がな」

「ならば応えてやろう。俺たちの背中でな」

「ああ。先輩って奴は多くは語らないもんさ」

 続いて2組、3組、4組が入場してくる。2組にはAこと窯木篤人が、3組にはBこと天才が、4組にはEこと梶谷英賢がいた。アホ共は安心のアホクオリティを発揮し、在校生の声援が自分たちに向けられていると錯覚していた。最後の最後までアホな奴らである。

「・・・・・・友よ。祝福するぜ」

 そして、そんなアホどもの一味である影人は3人に対してそう言葉を送る。Gことゴキ◯リ、いや前髪――まあこいつがゴ◯ブリみたいな奴である事は間違いではない――と魂で繋がっているA、B、Eの3人は影人に気がつくとグッとサムズアップした。そして、影人の呟きを聞いていた隣の男子生徒は「え、こんな奴にも友達いるの?」的な驚きを露わにしていた。

「朝宮先輩! 月下先輩! フィズフェール先輩! ご卒業おめでとうございます!」

「朝宮先輩! 卒業だなんて寂しいですよー!」

「月下先輩! 先輩みたいな完璧なクールポンコツもういませんって! 卒業しないでぇぇぇぇ!」

「フィズフェール先輩! ぜひ美術部のデッサンモデルにー!」

「名物コンビが卒業だなんて、そんなの嘘だって言ってくださいよ!」

「フィズフェール先輩ー! 好きでぇぇぇす! どうかお付き合いを! って何だお前ら!? やめろやめろ! 急にへぶっ!?」

「うぉぉぉぉぉぉ! 朝宮! 月下! 卒業おめでとうぉぉぉぉぉぉ! もうお前たちと遅刻を賭けた勝負が出来ないと考えると俺は、俺は・・・・・・! うぅぅぅぅぅ! 寂しいぞー!」

「おめでとうございます!」

「名物コンビと一緒に卒業できて嬉しいよー!」

「お前らのおかげで最高に楽しい学校生活を送れたぜ! ありがとうー!」

 次に入場してきたのは5組だった。そして、5組の入場で今日1番の凄まじい歓声が上がる。5組には風洛高校が誇る名物コンビ陽華と明夜、超絶美人の外国からの転校生イズがいる。在校生、教員、先に席に着いていた卒業生から上がるその歓声は、そのまま陽華と明夜、そしてイズがどれだけ人気であるのかを示していた。

「わぁ・・・・・・! 凄い歓声! みんな、ありがとうー!」

「嬉しくもあり寂しくもあるわね。というか、誰かどさくさに紛れて私の事ポンコツって言わなかった?」

「なぜこのタイミングで美術部のモデルの依頼と告白が・・・・・・? はぁ、未だに人間とはよく分かりませんね」

 陽華、明夜、イズがそれぞれの反応を見せる。影人は前髪の下の目で3人の姿を追う。特に意識しての事ではない。ただ、スプリガンの経験のせいか、影人は視界内に陽華や明夜――最近はイズもだが――の姿があると自然と目で追ってしまうのだ。端的に言えば、職業病のようなものだ。断じて、ストーカーだからとかではない。

「あ! えへへ!」

「あら。ふふっ」

「前髪の化け物がいますね」

 陽華、明夜、イズも影人に気がつく。前髪野郎はは他の者に比べて顔面に黒の割合が多い。なにせ、顔の上半分が前髪に支配されているからだ。そのため、案外に見つけやすいというか人目を引く。陽華や明夜、イズが影人を見つけられたのはそういった理由からだろう。陽華と明夜は光司と同じように笑顔で影人に向かって手を振り、イズは影人を一瞥した。

「だから、やめろってんだよ・・・・・・」

 陽華と明夜に手を振られた影人は嫌そうに、且つ疲れたように言葉を漏らす。誰かに気づかれて後で質問でもされたらどうしてくれるのか。

(こいつ、朝宮先輩と月下先輩からも自分に笑顔を向けられてると思ってるのかよ・・・・・・人間、ここまで可哀想というか哀れになれるのか・・・・・・)

 影人の隣の男子生徒は、生きているのが可哀想という目を影人に向けていた。他人から哀れまれ、笑われ、バカにされる。これぞ正しい前髪への反応である。

「早川先輩! 素敵ぃぃぃぃ!」

「カッコ可愛い!」

「卒業しないで早川先輩ー!」

「僕っ娘が! 貴重な僕っ娘先輩が卒業してしまう! エリ・エリ・レマ・サバクタニ!」

 続いて6組が入場してくる。6組には女性ではあるがズボンを着用している暁理がいる。先ほどの陽華や明夜、イズたちよりかは歓声は少し下がったが、それでも十分に大きな歓声だった。

「うっ、ちょっとというかかなり恥ずかしいな・・・・・・」

 暁理の顔が自然と赤みを帯びる。暁理は恥ずかしさを紛らわせるためにも、自然と見知った顔を探す。すると、視界内に影人の姿が入ってきた。

「ったく、本当なら君はそこにいないというか、いちゃいけないはずなのに・・・・・・バカなんだからさ、本当」

 本来ならば、影人は暁理と同じように卒業生として入場しているはずだった。だが、色々な要因が重なり影人は留年してしまった。影人が卒業するのは早くても来年だ。

 むろん、暁理も分かっている。影人が留年してしまったのは、どうしようもなかった事だと。影人は世界とレイゼロールを救うために、1度その身を犠牲にした。それが原因で影人は留年したのだ。影人が留年したのは本人の責任ではない。少なくとも、暁理はそう思っている。

 しかし、分かってはいても、暁理はそう呟いてしまった。出来る事なら影人と一緒に卒業したかったからだ。暁理のどこか不満そうで拗ねたような顔を見た影人は、暁理が何を考えているのか即座に理解した。

「仕方ねえだろ・・・・・・俺がここにいるのは生き返った代価みたいなもんなんだからよ」

(??? は? 怖っ・・・・・・意味不明過ぎだろ・・・・・・)

 前髪のその呟きに隣の男子生徒はあまりの恐怖から顔を凍りつかせる。男子生徒にとって、隣に座っている前髪同級生の言動は今年1番の恐怖現象だった。本当に前髪の化け物の隣に座ってしまった男子生徒が不憫で仕方がない。前髪の隣に座って、前髪の言動を聞き、見る事は一般人にとって普通に拷問である。

「遂にこの日が来てしまったな・・・・・・」

「忘れらない青春を過ごした学舎を去る事は悲しいぜ。だが、俺たちの青春はまだまだ終わってはいない」

「そうさ。青春は永遠に」

 続いて7組、8組、最後のクラスである9組が入場してくる。7組にはDこと宮田大輝、8組にはFこと佐藤富司已、9組にはCこと西村慶がいた。

「ったく、眩し過ぎるぜ。お前らの魂の輝きは・・・・・・」

 前髪は常人には見えない光に目を細める。ご丁寧に、眩しい時によくする仕草である、手を目の前に翳している。いったい、お前の前髪は何のためにあるのかと殴りながら聞きたい所存である。光避けにもならないなら、そんな前髪は断髪してしまえ。前髪の隣の男子生徒は「こいつにはいったい何が見えてるんだろう・・・・・・」的な顔を前髪に向ける。

「「「ふっ」」」

 そして、魂で影人の存在と称賛の言葉を感じ取ったC、D、FはA、B、Eたちと同じように前髪にサムズアップを返した。3年生最後の組である9組が入場し、席に着いた事で卒業生の入場は終わった。同時に音楽も終わった。

『一同、起立。礼』

 教頭のアナウンスが体育館内に響くと、体育館館内にいた全ての者たちが立ち上がる。そして、軽く礼を行う。礼が終わると全員着席した。すると、来賓の席から中年男性が立ち上がり、ステージに設置されていた壇に上がった。男性は開式の辞を述べた。

『続いて、国歌斉唱。卒業生、起立』

 開式の辞が終わると、再び音楽が流れ始めた。卒業生たちが一斉に立ち上がる。卒業生たちは国歌を歌う。

『続けて、校歌斉唱』

 音楽が変わり、卒業生たちは今度は風洛高校の校歌を歌い始めた。

『卒業生、着席。続けて、卒業証書授与。名前を呼ばれた生徒は立ち上がり、ステージ上まで来てください』

 教頭がそう言うと、風洛高校の校長がステージ上の壇へと上がった。そして、壇に備え付けられていたマイクを使って、校長が1組から卒業生の名前を呼び始める。最初に名前を呼ばれた生徒は「はい!」と大きく返事をするとステージの上へと上がっていった。

『3年1組、香乃宮光司』

「はい」

 光司の名前が呼ばれ、光司が立ち上がる。光司はステージに上がり校長に向かって一礼した。校長も一礼し、光司に卒業証書を手渡した。

 そして、卒業証書授与は淡々と続き――

『3年2組、窯木篤人』

「はい!」

『3年3組、天才』

「はい」

『3年4組、梶谷英賢』

「はい!」

『3年5組、朝宮陽華』

「はい!」

『3年5組、月下明夜』

「はい」

『3年5組、イズ・フィズフェール』

「はい」

『3年6組、早川暁理』

「はい」

『3年7組、宮田大輝』

「はい!」

『3年8組、佐藤富司已』

「はい!」

『3年9組、西村慶』

「はい!」

 次々と影人が知っている名前が呼ばれる。名前を呼ばれた者たちは、当然ながら卒業証書を受け取っていく。そして、卒業生の卒業証書の授与は全て終了した。

『続いて、校長・来賓の式辞。まずは、校長先生よろしくお願いします』

 教頭に促された校長が壇から式辞を述べる。校長の式辞が終わると、次に来賓からの式辞に移る。来賓は多くは風洛高校の生徒たちが知らない者であったが、最後の来賓だけは風洛の生徒たちが知っている人物であった。その人物はステージの上の壇に上がると、恭しく一礼した。

『まずは来賓として招いていただいた事に心からの感謝を。私はロゼ・ピュルセ。しがない芸術家です』

「え、ロゼ・ピュルセって・・・・・・」

「あのロゼ・ピュルセ・・・・・・?」

 ロゼが自己紹介を行うと、保護者席が軽く騒めいた。在校生はロゼの事をほとんど知っているので、今更特に驚きはないが、保護者たちは世界的に有名な芸術家が一公立高校の卒業式に来ている事実に驚きを隠せなかった。

『私がこの風洛高校と関わりを持つ事になったきっかけは前、いや前々か。2代前の生徒会長に文化祭のアドバイザーを依頼された時です。それ以来、この高校には時々、いやしょっちゅうですね。お邪魔させていただいています。そのため卒業生、在校生の皆さまは私の事を知っている方が多いでしょう』

 ロゼは落ち着き払った丁寧な様子で言葉を述べた。ロゼにとってスピーチは慣れたものだ。公的な場でコメントを求められた事など、それこそ数えきれないほどにある。

(・・・・・・いつも思うが、あの人まともな時はまともだよな)

 ロゼの式辞を聞いていた影人は自然とそう思った。砕けた表現にはなるが、普通の時と暴走した時のギャップが凄まじい。まるで詐欺だ。

『時間も限られているので、私からは手短に。私は卒業生諸君の卒業を心より祝福します。君たちの未来は光り輝く無限の可能性。未来に希望を持って踏み出してほしい。以上です』

 ロゼが式辞を述べ終わると、盛大な拍手が起こった。影人も拍手を行う。ロゼは一礼して壇を降り、ステージ上から去る。そして、来賓の席に戻った。

『ピュルセさん、ありがとうございました。続いて、在校生送辞。在校生を代表して、2年3組、木野純香きのすみかさん、お願いします』

「はい!」

 在校生の席から女子生徒が立ち上がる。セミロングの黒髪が特徴の少女だ。確か、その少女は光司の後を継いだ元生徒会長だったはずだ。少女はステージの上の壇に上がると、式辞を述べ始めた。

『――私たち在校生は、本日この風洛高校を巣立つ卒業生の皆さまの明るい未来を願っております。以上で在校生からの式辞を終えさせていただきます』

 純香が式辞を終える。当たり障りのない、いい式辞だった。パチパチと拍手が起こる。

『続けて、卒業生答辞。卒業生を代表して、3年1組、香乃宮光司くん、お願いします』

「はい」

 今度は卒業生の席から光司が立ち上がる。光司が卒業生の代表であるのは納得だ。前生徒会長、成績優秀、容姿端麗、それに性格も聖人レベル。恐らく、この体育館内で光司が卒業生を代表する事に文句がある者は誰1人としていないだろう。

『僭越ながら、卒業生を代表させていただきます。3年1組、香乃宮光司と申します。まず、本日は私たち風洛高校第46期生のためにご臨席してくださいました皆さまに感謝申し上げます』

 滔々と光司が語り出す。それから、光司は風洛高校に入学してから今日に至るまでの自身の経験、自分たちが在籍している間に風洛高校で起こった出来事を上手く纏め、語った。

『私たちは本日を以て3年間お世話になった風洛高校を卒業します。私たちはこの風洛高校で学んだ事を、仲間と共に過ごした青春を忘れません。私たちが風洛高校で過ごした日々は、間違いなくこれからの長い人生において有意義な経験になるでしょう。・・・・・・最後なので、少し砕けた言い方をさせていただきます。この学校は最高に楽しかった。以上を答辞とさせていただきます』

 光司が明るく爽やかな笑顔でそう締め括る。瞬間、卒業生の席から歓声が上がった。

「うぉぉぉぉぉ! そうだ! この高校は最高の学校だったぜ!」

「結局、なんでこんな普通の公立高校に変人奇人、超可愛い子に超イケメンとかがめちゃくちゃいるのか分からなかったが、楽しかったからヨシ!」

「青春とはまさにこの学校で過ごした日々だぜ!」

「私この学校大好き!」

「男子も女子も! 先輩も同級生も後輩も! 教師もその他も全員最高よ!」

「風洛高校よ永遠なれ!」

 男子、女子関係なく湧き上がる歓声。その中には当然――

「ふっ、全く熱い魂を持った者たちが俺たち意外にもこんなにいたとはな。灯台下暗しとはこの事だな」

「今になって気づくとはな。だが、それもまた青春だな」

「いやでも女子もこんなに熱い子多かったなら、ワンチャン誰か1人くらいとは付き合えたんじゃ・・・・・・」

「バカやめろ! そんなifは考えるな! 女子と付き合う事だけが青春じゃない!」

「そうだ! 俺たちには俺たちの青春があっただろ!? 正直考えちゃう気持ちは分かるけど!」

「未来を見るんだお前たち! そうさ! 俺たちにはまだ大学生活がある! ピュルセさんも言ってだろ! 未来には光り輝く無限の可能性がある! 俺たちの未来を信じろ! ぶっちゃけ異性関係については信じきれないけど!」

「イェーイ! 私も最高に楽しかった!」

「イェーイ! そうね! 最高にクールでハッピーな日々だったわ!」

「イェーイ。私は陽華と明夜と一緒ならいつでもハッピーです」

「忘れたくても忘れられないよね。こんなに賑やかな学校は・・・・・・イェーイ! 最後くらいはね」

 A、B、C、D、E、F、陽華、明夜、イズ、暁理の姿もあった。皆、それぞれの反応を示していた。影人はそんな卒業生を黙って見守った。

『香乃宮くん実にグゥレ◯トな答辞でした。こんなに熱い気持ちになったのは、つい2日前に行ったガ◯ダムSE◯DFREED◯Mの15回目の鑑賞以来です。では続いて卒業記念品贈呈です。こちらは私から読み上げさせていただきます』

 どんな理由からか教頭が一瞬バグる。教頭は次の瞬間には元の様子に戻ると、そのまま来賓から卒業生に贈られた品々を読み上げた。そうだった。この学校は教職員もアレな人物が多かった。その事を思い出した影人は軽く頭を抱え、他の者たちは「え?」という感じで軽く戸惑っていた。ちなみに、教頭の気持ちというか、言わんとしている事自体はよく分かる影人だった。

『続いて、在校生から卒業生への歌。在校生一同、起立』

 その言葉と共に在校生たちが一斉に立ち上がる。もちろん影人も。吹奏楽部が楽器を鳴らす。影人たち在学生は練習した歌を歌い始めた。影人たちが歌う曲は定番の卒業式ソングだ。

(・・・・・・本当なら俺は歌われる側のはずだったのにな)

 歌いながら影人は内心でそう呟く。人生とは全く以て何が起こるか分からないものだ。かつての同級生を見送る側に回る事になるなんて、2年前は思わなかった。

(だが、現実として俺は歌を贈る側だ。なら、せいぜい歌ってやるさ。多少の想いも込めてな)

 来年は絶対に自分が歌を贈られる側になる。影人はそう誓いながらも、かつての同級生たちに向けて歌を歌い切った。体育館内に拍手が起こる。

『続けて、卒業生から出席者に贈る歌。卒業生一同、起立』

 在校生が着席すると、今度は卒業生が立ち上がった。再び吹奏楽部が音楽を弾き始める。そして、卒業生たちは歌を歌い始めた。

(旅◯ちの日に、か・・・・・・)

 卒業生たちが歌ったのは卒業式のド定番中のド定番ソングだ。影人も小学校の卒業式で歌った記憶がある。

「・・・・・・何だかんだ、卒業する奴らが歌うには1番ピッタリな曲だよな」

 影人がそんな感想を漏らしている内に、歌が終わる。数瞬間の後、盛大な拍手が体育館内に響いた。

『卒業生、着席。これにて第46回風洛高校卒業式を終了いたします。つきましては、から閉会の辞を賜りたいと思います。では、よろしくお願い致します』

 教頭はフッと意味深に笑うと、ステージ袖に顔を向けた。すると、そこからとある人物が現れた。そして、その人物は壇の上に登ると、その明るい声をマイクに響せた。

『お久しぶりねあんた達! この私、榊原真夏があんた達を祝福しに来てあげたわよ!』

 閉会の辞の担当は、去年にこの学校を卒業した女性。かつての風洛高校名物生徒会長、榊原真夏であった。

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