第501話 過ぎ行く日々(17)
「さて、それじゃあ帰るとするかね」
蓮華はグッと伸びをした。鬼神の無力化――正確には再封印だったが――という依頼は、志津鬼が白麗の処遇を受け入れた事で既に達成されている(もしも、志津鬼が白麗の決定に背いたとしても、白麗が志津鬼を無力化すると宣言したので、どちらにしろ事実は変わらない)。
むろん、蓮華は白麗をよく知らないし、白麗が嘘を言っている可能性も十二分に考えたが、少なくとも白麗は光導姫である真夏と風音の知り合いだ。人の善性の面が強い光導姫が白麗に不審感を抱いていないのなら、それは一応信じるに足る証拠になり得る。
(それに、これだけ超然とした化け物がつまらない嘘を吐くとも思えないんだよねえ・・・・・・)
蓮華はチラリと白麗に視線を向けた。白麗は自信と気品に満ち溢れている。これは蓮華の経験だが、この手のタイプはつまらない嘘は吐かない。それは、自分を貶める行為だからだ。
「ん? どうした。妾に何か用か?」
「いや・・・・・・何でもないよ」
蓮華の視線に気づいた白麗が小さく首を傾げる。蓮華は首を横に降った。
「ふむ。そうか。しかし、驚いたぞ。お前、恐らく人間と耳長族との・・・・・・」
「悪いね。それ以上はプライバシーってやつさ。言わないでおくれ」
白麗が何か述べようとしたが、蓮華はそう遮った。その会話を聞いていた真夏と風音は「「?」」と不思議そうな顔を浮かべていた。
「ぷらいばしー・・・・・・確か個人情報というやつじゃったか。なるほどの。どうやら、お前も己という存在をそれほど好いてはおらんようじゃのう」
「・・・・・・分かったような口を利いてくれるね。まあ、間違ってはいないけどね。おい助手! 出てきな。帰るよ」
蓮華は岩陰に向かってそう呼びかけた。すると、岩陰から前髪に顔の上半分が支配された化け物、もとい前髪野郎――が姿を現した。
「・・・・・・戦い、終わったみたいですね。すみません。全く力になれなくて・・・・・・」
影人は申し訳なさそうな顔になり、蓮華の謝罪の言葉を述べた。むろん演技だ。影人はほんのついさっきまでスプリガンとして志津鬼と戦っていた。だが、見た目の貧弱さや、いかにも申し訳なさそうな声音、更にスプリガン暗躍時代の経験によって上達した演技。それらが合わさって、影人の言葉は間違いなく真実だろうという説得力を持っていた。
「気にするな。正直、色々あり過ぎてあたしもまだ混乱してるが・・・・・・結果よければ全てよしさ」
スプリガンが影人であると分かっていない蓮華は、影人の言葉を全く嘘だと疑わずに受け入れた。スプリガンの認識阻害の力の影響を受け、また無駄に演技力の高い影人の嘘もあって、蓮華がスプリガン=影人という事実に気づくのはほとんど不可能であった。
「うわぁ・・・・・・」
「あ、あはは・・・・・・」
「ほほっ、相変わらず面白い男じゃのう」
一方、影人がスプリガンであると知っている真夏は引いたような顔を、風音は苦笑いを、白麗は愉快そうに笑った。蓮華と同じで影人の正体に気づいていない志津鬼は3人の反応を見て、「っ?」と訝しげな様子になる。
「そうですね。俺も見てはいましたけど、色々凄かったです。何か謎の男が乱入してきたり、白麗さんが乱入してきたり・・・・・・でも、俺が1番驚いたのは蓮華さんの今の姿ですよ」
改めて影人は蓮華の姿を前髪の下の目で見つめた。蓮華は一言で言えば若返っている。普段の中年くらいの見た目の蓮華も美女ではあったが、今はそれとは比較にならないほどの輝かんばかりの美女だ。どう言えばいいのだろうか。若返る前の蓮華が月のように静かな品のある美しさだったとするならば、今の蓮華は太陽のように華やかさ全開といった美しさ、とでも言えばいいだろうか。
「そんなに驚く事かね。まあ、あたしは色々と特殊な事情、というか体質なんだよ。一応、戦いの時にも言ったがこっちがあたし本来の姿だ。ただ、こっちのあたしは自分で言うのも何だが目立ちすぎるからね。普段は術でこっちのあたしとそれに付随する力を抑えてるのさ」
蓮華は自身の美しい艶やかな黒髪に触れながらそう言った。その仕草が一々格好いいし美しいものだから、影人はほんの刹那の間だが蓮華に見惚れてしまった。
「影人。まさかとは思うがこの人間に見惚れていないだろうね? ダメだよ影人。それはダメだ。お前が吾以外の存在に見惚れるなんて、思いを向けるなんてそんな事は絶対に許されない。ほら影人。見るなら吾だ。こっちを見ておくれ。そして、お互いにずっとずっと、永遠に見つめ続けよう」
だが、影人の隣にいた零無が光のない目を大きくして影人をジッと見つめてきたので、影人はすぐさま我に返る。本当に隣のヤンデレ幽霊が怖すぎる。
「そ、そうなんですか。大変ですね・・・・・・」
隣の零無からの刺すような視線を受けながら、影人は苦笑する。蓮華は「まあね」と軽く頷いた。
「それより、あんたあの白麗って女とも知り合いなのかい? 榊原のと清正の孫といい、あんたいろんな奴と知り合いなんだね」
「たまたま知り合っただけですよ。白麗さん、取り敢えずその志津鬼って奴は任していいんですよね」
影人が白麗にそう聞く。真夏と風音と話していた白麗は影人の方に顔を向けた。
「うん? ああ。しばらくは妾が適当に連れ回すからの」
「・・・・・・え?」
白麗の答えを聞いた志津鬼が固まる。なんだそれは。初耳だ。志津鬼の顔はそう訴えていた。影人はそんな志津鬼に素直に同情した。
「よーし、じゃ打ち上げでもするか。ほら、行くよあんたら。いやー、久しぶりに死にかけたからね。こんな日に呑む酒は上手いんだ。いつもよりも鮮明に生を実感できるからね」
「え!? それって九条さんの奢りですか!?」
真夏が目を輝かせる。蓮華はフッと笑い、真夏に視線を向ける。
「野暮な事を聞くんじゃないよ。当たり前さ」
「やったー! ありがとうございます! ゴチになります! そうと決まれば、こんな所一刻も早く出て行きましょう! どこ行きますどこ行きます!?」
「あたしの知り合いの居酒屋でいいだろう。酒、はあんたらはまだ呑めないが、酒も飯もしっかりと美味い店だよ」
「九条さんがそう言うなら信用できる! ほらほら行くわよ風音、帰城くん! ついでだから、白麗さんと志津鬼、あんたも来なさい!」
「そうですね。では、お言葉に甘えて」
「いや、すみませんが俺は・・・・・・今日見てるだけだったんだから賑やかし役くらいにはなれって、ちょっとそれ酷くないですか蓮華さん!? 俺だってハラハラドキドキと、ほとんど一緒に戦ってるような心持ちでですね・・・・・・え、来なかったらバイト代は払わない? 待ってくださいよそれパワハラ・・・・・・分かりました分かりましたから! だから何か術を使おうとしないでください! 行きますよ! 行けばいいんでしょう!」
「宴会か。いいのう。よいぞ。妾も行こう。志津鬼、お前も来い」
「白麗様がそう仰るならお供いたしますが・・・・・・お前たちは本当にいいのか?」
志津鬼は戸惑いを隠さない顔で蓮華たちにそう問うた。志津鬼はほんのつい先ほどまで蓮華たちの敵だった。本気で戦っていた。少なくとも、志津鬼は本気で蓮華たちを殺そうとしていた。そんな相手と一緒に宴会など出来るのか。志津鬼の問いかけは、ある意味当然のものだった。
「過ぎた事さ。一々そんな事を気にするほど、あたしの器は小さくはないよ」
「いいのよいいのよ! 例え本気で戦って殺し合ったとしても、お互いに生きてたらノーサイドよ! あたしは榊原真夏。大らかな女よ!」
「こう言ってしまうと少しアレかもですが・・・・・・志津鬼さんみたいに敵だった、という方は慣れているんです。私たちにも長年敵対してきた者たちがいました。本気で戦い、互いに命のやり取りもしましたが・・・・・・今ではごく普通に言葉を交わせるくらいの関係を築けているんです。だから、全く問題ありません」
「俺も別に気にしないぜ」
蓮華、真夏、風音、影人が志津鬼にそれぞれの答えを返す。それぞれの答えを聞いた志津鬼は、目を見開き不思議なものを見るような顔を浮かべ、やがてフッと口元を緩めた。
「そうか・・・・・・では、俺も行かせてもらおう。酒の味が変わったのかどうか、気にもなるからな」
「はっ、変わっちゃいないさ。いつの時代も酒は美味いもんだよ」
蓮華が妙に実感の込もった言葉を述べる。そして、蓮華たちはかつて鬼神が封印されていた場所を後にした。
「よし、あんたら飲み物は持ったね。じゃあ行くよ。乾杯!」
蓮華たちが地下の封印場所から去って約1時間後。一同は蓮華の知り合いの居酒屋にいた。術で本来の姿を封印し、中年くらいの見た目に戻った蓮華はビールのジョッキを突き出し、そう音頭を取った。
「乾杯!」
「はい!」
「おう!」
「ああ」
「うぃーす・・・・・・」
真夏、風音、白麗、志津鬼、影人もそれぞれ飲み物が入ったグラスを手に持ち前方に突き出す。次の瞬間、カンという軽快な音が響く。そして、各自はジョッキやグラスに口をつけた。
「かぁー・・・・・・美味いねえ。やっぱ一仕事終えた後の酒は格別だよ。生きてるって感じだ」
「ああ。酒は美味い。どの世界でもな。妾はこちらの世界じゃと、この日本酒というやつが特に好きじゃのう。お前はどうじゃ志津鬼。そのハイボールというやつは美味いか?」
「ええ。あまり強くはないですがスッキリとしていて飲みやすいです。気に入りました」
蓮華はビールを、白麗は日本酒を、志津鬼はハイボールを味わう。真夏はそんな3人を見て羨ましそうな顔になる。
「アダルトたちがアダルトな会話をしてるわ! いいわよね! 私だって後もう少しすれば・・・・・・今はコーラで我慢するけどいつか私もアダルティーな女になってみせるわ! 取り敢えず、今日はその分食う!」
「ふふっ、そうですね。私たちは学生らしく食べましょう。陽華ちゃんほどじゃないけど、こう見えて私もそれなりに食べるんです。今日はよく動いたから唐揚げ頼んじゃお♪」
「あ、明るい・・・・・・この場所は明る過ぎる・・・・・・ああ、夜の公園で1人月を見上げながらお茶を飲んだ日が恋しいぜ・・・・・・」
一方、未成年組の真夏はコーラを、風音は烏龍茶を、影人はカルピスを喉に流した。6人は座敷タイプの席に座っており、蓮華、白麗、志津鬼、テーブルを挟んで影人、真夏、風音という順で座っていた。
「お待たせしましたー! 刺身の盛り合わせ、枝豆、唐揚げ、ポテトフライになります!」
少しして、アルバイトの青年が注文した品々を持ってきた。
「おっ、来たね。ああ、悪いがビールをもう1杯頼むよ。あとたこわさと冷奴も。あんたらもまだまだじゃんじゃん頼みな」
「あ、じゃあ焼き鳥盛り合わせと串揚げ盛り合わせもお願いします!」
「私は焼きおにぎりとシーザーサラダを。後、烏龍茶のおかわりも」
「妾も日本酒をおかわりじゃ。後はこのほっけの塩焼きというやつを頼む」
「俺は白飯を」
「軟骨の唐揚げとガーリックライスをお願いします」
蓮華、真夏、風音、白麗、志津鬼、影人が追加の注文を頼む。青年は素早く注文をメモすると、「ありがとうございます! 了解致しました!」と笑顔を浮かべ戻って行った。
「いやー、みんな白麗さんとか志津鬼とかに全然興味抱かないんだから、認識阻害の力ってやっぱり凄いわよねー。覚えておいたら色々便利そう。ねえねえ、今度教えてよ白麗さん」
「別によいぞ。認識阻害の術はそれほど難しくはないからの」
「騙されるんじゃないよ榊原の。認識阻害の術はいわば世界を欺く術だ。1番程度が低い術でも、習得には最低10年はかかる。あたしとそいつじゃ感覚が違うよ」
「え、マジですか!? 覚えれたら色々悪用・・・・・・便利だと思ったのに・・・・・・」
「会長、本音が漏れてますよ・・・・・・」
「あ、あはは・・・・・・」
「ふっ・・・・・・」
飲み物が減り食事が進むごとに、宴会は賑やかになっていく。宴会が始まり、大体1時間ほど過ぎた頃だろうか。盛り上がりは最高潮に達した。
「わはははは! いいぞもっと呑みな化けギツネ! あんたイケる口だねえ!」
「お前もやるのよう九条蓮華! 応とも! 今宵は飲み明かそうぞ! ほらどうした志津鬼! 手が止まっておるぞ! お前もどんどん呑め!」
「か、勘弁してください白麗様・・・・・・もう30杯目です・・・・・・流石の俺も・・・・・・」
「何言ってんだい! それでも鬼か! ほら吞め吞め!」
「そうじゃぞ志津鬼! テアメエルの男児ならばこれくらいで弱音を吐くな! そーれもう1杯!」
大人組の白麗、蓮華は酔いが回りそれはそれは陽気になり、志津鬼は軽くダウンしていた。志津鬼は隣の白麗に角を持たれ、口に酒を流し込まれる。不死の志津鬼が死ぬ事はないが、志津鬼は「ご、ごぼぼ・・・・・・」と死にそうな顔だった。
「でね! そのクズ男女の子に玉を蹴り上げられた衝撃で川に落ちたのよ! いやー、あの時は爆笑したわね!」
「いい気味ですね! クズ男なんて全員球を蹴られればいいんです! あー、唐揚げ美味しい!」
「なんか飯食ったら元気出てきたな。しかも、何か歌いたくなってきたし・・・・・・仕方ねえ。ここは一丁、俺の美声を披露するか。W◯w wo!! 釘パ◯チ! Wo◯ wo!! 連◯で!」
「なぜにト◯コ!? でも、いいわね! よーし、あたしたちも歌うわよ風音! ガッツ◯ッツリガ◯ツ! どんな夢も◯える! W◯w wo!! 俺だ◯の! Wo◯ wo!! フル◯ース!」
「え、ええ!? それ何の歌ですか!? よ、よく分からないけど・・・・・・Wo◯ wo!!」
「きゃー影人! 素敵ー!」
『ご主人様の美声・・・・・・ああ私の心に沁みます!』
『おいゴミ! 騒音を撒き散らすんじゃねえ! 今すぐ歌うのやめろ! 気色悪いんだよ!』
一方、未成年組は若者特有のテンションで素面でも大いに盛り上がる。急に歌い始めた影人に追従するように真夏、風音も歌い始める。幽霊状態の零無と影人の内にいるナナシレは感動の言葉を漏らし、イヴは突然不協和音を聞かされた事に激怒の声を上げる。
それからもワイワイガヤガヤと宴会は続き、宴会は賑やかなまま終わりを迎えたのだった。
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