第497話 過ぎ行く日々(13)
「・・・・・・」
光り輝く風に飲まれた志津鬼は宙を待った後、落下し地面に叩きつけられた。志津鬼の体と頭は、まるで刃物に切り裂かれたようにズタズタだった。頭と体が分離し、そのどちらも自身の血で真っ赤に染まった志津鬼の姿は凄惨な殺され方をした死体にしか見えなかった。
「ふぅ、これだけ大技を使ったのは久しぶりだから疲れたね」
一方、志津鬼をそんな姿に変えた当の本人である蓮華は左手で自分の右肩を軽く揉んだ。惨殺死体の如き志津鬼の姿など気にも止める様子はなかった。
「す、凄い・・・・・・」
「何て凄まじい力・・・・・・」
蓮華の極みの技の数々と惨たらしい志津鬼の姿を見た真夏と風音は半ば呆然としていた。
「・・・・・・あれがただの探偵ね。世の中はいったいどうなってんだか・・・・・・」
影人も、もはや呆れた様子で岩陰からそう呟く。目の前に広がっている光景は、蓮華が探偵というよりかは殺人者である事を示しているようにしか見えない。まあ、そもそも蓮華は本当に人であるのかという疑問があるのだが。とにかくとして、影人はそんな事を呟かずにはいられなかった。すると、なぜか即座にイヴが『お前が言うな』と突っ込んできたが、影人はイヴのツッコミの意味がよく分からなかったので無視した。
「っ・・・・・・」
誰がどう見ても惨殺死体にしか見えないが、志津鬼は不死。志津鬼は生きている。志津鬼の体と頭の傷は徐々に――弱体化の影響で再生速度は露骨に落ちていた――回復していく。胴体と離れた頭も、1人でに体の元へと戻ろうとしていた。
「おっと、させないよ」
だが、蓮華が持っていた刀を志津鬼の体に突き刺す。刀は志津鬼の体を容易に貫き、地面に深く突き刺さる。すると、志津鬼の胴体を中心に地面に魔法陣が展開された。志津鬼の胴体はその場に固定され拘束された。
「っ!?」
胴体と頭は離れているが、胴体が志津鬼の一部である事に変わりはない。志津鬼の体と頭は物理的には離れているが、精神で、魂で繋がっている。志津鬼は突き刺される痛みを覚えた。更に、浄化の力を宿した刀を突き刺された影響だろう。体に戻ろうとしていた頭の速度が酷く緩慢になる。
「何のためにあんたの頭と体をお別れさせたと思ってるんだい」
蓮華は志津鬼の頭の元まで歩くと、志津鬼の髪を掴んだ。そして、志津鬼の頭を持ち上げる。
「ぐっ・・・・・・」
「悪いね。あたしたちの勝ちだ」
髪を掴まれ苦悶の表情を浮かべる志津鬼に対し、蓮華は冷たい笑みを浮かべ勝利宣言を行う。その光景は蓮華が下した勝利宣言が事実であるという事を強烈に印象づけるものだった。
「ふん・・・・・・不死の俺を、どう殺すつもりだ?」
どういう原理で言葉を発する事が出来るのか、頭だけになった志津鬼が蓮華にそう問う。蓮華は至近距離から見つめてくる生首に対し、フッと笑った。
「あんたを殺すつもりはないよ。なんせ、殺せないからね。さすがのあたしも不死を殺す
「あ、はい。不死殺しは私もまだ出来ないです」
「私もです・・・・・・」
蓮華は真夏と風音に顔を向けた。蓮華の問いかけに真夏と風音は頷きを返す。蓮華は顔を志津鬼の生首に戻す。
「でもまあ、別に殺す事だけが勝ちって事じゃない。あたしたちの勝利条件はあんたを無力化する事だ。今のあんたは、一時的にだが頭と体がお別れして無力化されてる。あとはそれをより完璧に仕上げてやるだけさね」
「封印、か」
蓮華が言わんとしている事を察した志津鬼がそう呟く。志津鬼の答えを蓮華は肯定した。
「そういう事さ。今回は前の封印とは違って、あんたをより完璧に封印できるように胴体と頭を別々の場所に封印する。もしどっちかの封印が解けても、胴体だけ、頭だけなら容易に封印できるだろうからね。ちょいと残酷な封印方法だが、あんたの場合はこれくらいしないとね」
蓮華が志津鬼に具体的な封印の方法を告げる。確かに、その方法なら、例えまた志津鬼が蘇ったとしても脅威度は低い。岩陰からその話を聞いていた影人は納得した。
「とは言っても、今日はまだあんたを完全に封印できる準備は整ってなくてね。取り敢えず、胴体はしばらくあのまま『伽祓』をぶっ刺したまま簡易封印しておくとして、あんたの頭の方はどうしようか」
蓮華は志津鬼の生首を見つめながら、今日の献立に悩む主婦のような様子で軽く首を傾げる。すると、風音が声を上げた。
「あ、なら私の実家の神社はどうでしょうか。一応、社内は清浄な空気が満ちていますし、【あちら側の者】は弱体します。ずっとは難しいですが、何日かくらいならお預かり出来ると思います」
「ふむ、そうだね・・・・・・確かに、清正の神社なら安心か。じゃあ、お言葉に甘えようかね」
風音の提案に蓮華が頷く。一時的に封印するならば神社は最適の場所と言える。正式な封印場所はまた依頼人と決めればいい。どうせ、いくつか候補地のようなものはあるはずだ。
(一時はどうなる事かと思ったが・・・・・・俺の出番はなかったな。よかったぜ)
志津鬼と蓮華たちの戦いの決着がついた事で、影人は内心でホッと息を吐いた。志津鬼は見ているだけでも分かるくらいの強敵だったが、蓮華たちは見事に勝ってみせた。それは、素直に称賛されるべき偉業だ。
「何はともあれ・・・・・・勝ったわ! 正直、8割くらい九条さんのおかげだけど、勝ちは勝ち! 私たちの大勝利よ!」
「そうですね。私たちの勝ちです」
真夏が
「そうさね。あたしたちの勝ちだ。あんたらがいてくれて助かったよ。こいつに勝てたのは、間違いなくあんたらがいたからだ。感謝するよ。ありがとう。あんた達、術者としてはまだまだ半人前だが光導姫としては一流だね」
蓮華は真夏と風音に感謝の言葉を述べた。それは気遣いやおべっかなどではなく、蓮華の心の底からの、本心の言葉だった。事実、2人がいなければ志津鬼を現在の状態にすることは出来なかっただろう。真夏と風音の光導姫としての浄化の力は、確実に志津鬼を弱体化させた。その結果にこの勝利がある。
「これでも一応光導姫としては最上位の実力者なんで! でも、榊原の呪術師としては九条さんのご指摘通りまだまだ半人前です! ってことで私に呪術を教えてください師匠!」
「まだまだ精進いたします。今日は九条様の神域に迫る巫術を間近に見て大いに感服いたしました。あの、もしよろしければ、私にも九条様の巫術をご教授いただけないでしょうか? 術者にとって術を他人に教えるということがどれだけの意味を持つか、そもそも厚かましい願いをしているという事は重々承知しています。ですが、どうか一考してはいただけないでしょうか。私は連華寺の跡を継ぐ者として、また光導姫として、強くなりたいんです」
「誰が師匠だ。あんた、いい意味で気安いね。それに比べて清正の孫は清正譲りの生真面目さだ。まあ、いいよ。あんたらの事は気に入ったからね。またあたしが暇な時に色々と教えてやるよ」
蓮華はやれやれ仕方がないといった様子で真夏と風音にそう言葉を返す。まさか本当に承諾がもらえるとは思っていなかったのだろう。真夏と風音は「え、マジですか!? やったー!」「あ、ありがとうございます!」と喜びを露わにした。
「さて、じゃあそろそろここからおさらばするかね。そういうわけで、あんたの頭も簡易封印させてもらうよ。なに、胴体みたいに何かをぶっ刺すようなやり方はしないよ。良心的に王道的に符であんたの力を縛ってやるよ」
蓮華は志津鬼の頭を持っている手とは反対の手で懐から符を1枚取り出した。蓮華はその符に自分のオリジナルの封印の力を込める。
「くくっ・・・・・・」
「何がおかしいんだい?」
突然笑い始めた志津鬼。そんな志津鬼に蓮華が怪訝な目を向ける。生首が突然笑い始めるのはホラーでしかないが、この場にいる者は既に志津鬼の喋る生首姿に慣れているので、特に恐怖感は感じなかった。
「案外に緩い思っただけだ。お前は強い。恐らく、俺が今までこの世界で戦った誰よりも。・・・・・・だが、戦いに対する心の持ち様はそれ程だな。一流ではあるのだろうが、真の一流ではない」
「・・・・・・よく分からないね。あんたは結局何が言いたいんだい」
「そのままの意味だ。お前たちは既に勝っていると思っている。首だけになった俺が何も出来ないと思っている。それが・・・・・・お前たちの敗因だ!」
志津鬼が獰猛な笑みを浮かべる。すると、志津鬼の首の切断面から滴っていた血から流血状の刃が出現した。血の刃は蓮華が掴んでいる志津鬼の髪を切断する。結果、志津鬼の首が自由になる。
「っ!?」
「覚えておけ! 最も容易く倒せる者とは! 勝ちを確信した者だ!」
蓮華が驚きからその目を見開く。志津鬼は吸血鬼の権能である血液操作の力を使用し、首の切断面から流れる血を噴射させた。そして、その勢いを使って蓮華の首元めがけて飛び、蓮華の首元に食らいつき、牙を埋めた。
「うっ!?」
それはあまりにも一瞬の出来事だった。志津鬼の反撃は蓮華の予想外の事だった。頭から無意識的に省いていた事であったため、蓮華は反応する事が出来なかった。
「っ!?」
「九条さん!?」
「九条様!?」
まさかの光景に影人、真夏、風音が驚いた顔になる。志津鬼はそのまま蓮華の血を啜った。
「このっ・・・・・・気色悪いんだよ! そろそろ離れな!」
蓮華は左手で志津鬼の頭を掴もうとする。だが、志津鬼はその寸前で蓮華の首元から牙を抜くと、首の切断面から滴る血をスラスターのように噴射し、蓮華の手を避けた。
「ぷはっ・・・・・・お前、凄まじいな。これだけ美味く、力のある血を飲んだのは初めてだ。何よりもこの溢れ出る生命力・・・・・・くくっ、やはりな。驚いたぞ。まさか、俺と同じだったとはな」
「はっ、あたしはあんたみたいに血を啜ったりはしないよ・・・・・・!」
血をバーニアのように噴射させ続け、空中に留まる志津鬼が口元の血をペロリと舐める。蓮華は血に濡れる首元を押さえながら、志津鬼を睨みつけた。
「俺が言っているのは在り様だ。分かっているだろう。お前に礼を言おう。お前の血を啜った事で、俺は更なる力を得た。今の俺になら、アレも出来るだろう」
頭と分離している志津鬼の体が
「鬼言術奥義、『鬼神化』」
志津鬼が言葉を唱える。すると、志津鬼の体から爆発的な力の奔流が放たれた。同時に、一瞬志津鬼の背後に鬼の顔のようなものが見える。志津鬼の顔、その半分に黒い紋様のものが刻まれる。更に、志津鬼の赤髪が元通りの長髪に戻り、銀の紋様なものが混じる。最後に、志津鬼の全身から赤と黒が混じったオーラが噴き出した。
「っ・・・・・・」
「嘘でしょ・・・・・・この圧・・・・・・」
「真祖と同等レベル・・・・・・?」
蓮華、真夏、風音が驚きと緊張、そして少しの恐怖からその目を見開く。どういうわけか、志津鬼が言葉を唱えた瞬間から志津鬼の圧が跳ね上がった。一目で分かる。本能が警告を発する。あれは絶対に戦ってはいけない、絶対に勝てない相手であると。
「あれは・・・・・・ヤバいな。冗談抜きで」
影人も志津鬼の強さが先ほどまでとは別次元になっている事を悟る。あくまで感覚にはなるが、今の志津鬼は真祖化したシェルディアと遜色ない気配だ。影人はこの時、とある決意をした。
「『鬼神化』は鬼が扱う魔法、鬼言術の奥義だ。使用した者の身体能力や魔力、全ての力を爆発的にまで引き上げる。ただし、使っている限り寿命が削れていくという効果があるがな。ゆえに、この術は奥義であると同時に禁術でもある。しかし、俺は半分ではあるが不死の吸血鬼。寿命は無限にある。俺は無限にこの術を扱えるというわけだ」
超然的な笑みを浮かべながら、志津鬼は蓮華たちに対してそう説明する。志津鬼の態度には明らかに余裕があった。それは遥か高みにいる超越者たちがみせる独特の余裕であった。
「今の俺なら『破絶の天狐』や、彼の吸血鬼の真祖たちにも届き得るだろう。俺は今までこの術を扱えなかった。単純にこの術を扱えるだけの魔力がなかったからな。この術を使えるようになったのは、お前の血を啜り力を得たからだ。改めて礼を言おう、女」
「・・・・・・はっ、上から目線で気に入らないね。あたしは見下されるのが1番嫌いなんだよ!」
蓮華は両手を志津鬼へと向けた。すると、両手の先に巨大な魔法陣が出現する。
「消し飛びな!」
魔法陣の先から凄まじい光の奔流が放たれる。その光は巫術、呪術、魔術、そして他の力が込められた蓮華にしか放てない光だ。それは対象を完全に滅する消滅の光。今の志津鬼といえども、そう簡単には防げないはず。
「ふん」
だが、志津鬼はまるで蠅でも払うかのように右手で光を弾いた。弾かれた光は岩壁に激突し、岩壁を抉った。
「凄まじい攻撃だが・・・・・・まあ、これが現実だ」
ただ事実を伝えるような口調で志津鬼がそう言葉を述べる。その瞬間、蓮華はある事を決めた。そして、合流していた真夏と風音の元に移動する。
「榊原の、清正の孫。あんた達、助手と一緒に逃げな」
「「え・・・・・・」」
蓮華の言葉の意味が分からず、真夏と風音は呆然となる。蓮華は静かに死への覚悟を決めながら、こう言葉を続ける。
「あれは規格外が過ぎる。こんな事を言うの嫌だし、諦めるのは性に合わないが・・・・・・あれには絶対に勝てない。あれはそういうレベルの奴だ。助手に憑いてる奴がどれくらいの奴かはあたしにも分からないが、そいつでもキツいだろう。あんた達はまだ若い。ここで死ぬには早過ぎる。だから、逃げな」
「ちょ、そんなの出来るわけないじゃないですか!?」
「そうです! 私たちは命懸けの仕事だと分かってここに来ました! ここで逃げるなんてそんな事、私たちには出来ません!」
蓮華の言葉に真夏と風音は反論の言葉を返す。だが、蓮華は2人の方を振り返らずに小さな声で、
「・・・・・・頼むよ」
ただ一言そう言った。
「「っ・・・・・・」」
その言葉が、真夏と風音に蓮華の覚悟がどれ程のものであるかを伝える。蓮華は本気だ。本気で真夏や風音、影人を死なせたくないのだ。そのために、例え自分が死ぬ事になっても構わないと本気で思っている。蓮華の想いが分かったからこそ、2人は言葉に詰まった。
「ふむ、そろそろ決着をつけるか。楽しませてくれた礼だ。せめて苦しまず一瞬で殺してやろう」
志津鬼が腰を落とし右手を引く。蓮華は本能で、或いは魂で理解した。あの拳が突き出された瞬間、自分は死ぬと。
「何とか時間を稼ぐ。そういう事で、頼んだよ」
蓮華は最後に真夏と風音にそう告げると、自分から志津鬼に向かって駆けた。後方から「九条さん!」「九条様!」と2人の声が聞こえたが、蓮華は無視した。
「さらばだ。お前は間違いなく強かった」
志津鬼が地を蹴る。次の瞬間には志津鬼は蓮華の前にいた。そして、蓮華の胸部めがけて必殺の威力を有した右拳を放った。
(ああ・・・・・・ここであたしも終いか)
蓮華にはゆっくりと志津鬼の拳が映って見えた。だが、体は反応出来ていない。本来ならば、こうして知覚すら出来ていないだろう。蓮華が志津鬼の拳を知覚出来ているのは、体が死へと向かう準備を始めているからか。はたまた、生きようとする本能が足掻いた一種の奇跡か。しかし、蓮華にはどちらでもよかった。
(まあ、なんだ。色々な事があったが・・・・・・総じて、悪くない人生だったかね)
蓮華の中にこれまでの人生の記憶が蘇る。いわゆる走馬灯というやつだ。見るのは久しぶりだった。そして、蓮華は真夏や風音、影人たちの無事を祈りながら目を閉じた。自分の死を受け入れるかのように。
志津鬼の拳が蓮華の胸部に触れる。しかし、その前に、
「・・・・・・」
物言わぬ黒い影が奔り、蓮華を連れ去った。
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