第496話 過ぎ行く日々(12)

「あ、あれもしかしなくても蓮華さん・・・・・・だよな? なんか、めちゃくちゃ若返ってないか・・・・・・?」

 影人はあまりに衝撃的な光景に半ば呆然としつつも、気づけばそんな言葉を漏らしていた。つい先ほどまでの蓮華は、髪の色が薄いグレーのどう見ても中年くらいの見た目だった。しかし、今の蓮華は艶やかな黒髪のどう見ても二十代半ばくらいの若々しい見た目だった。一瞬別人ではないかと影人は思ってしまったが、服装が蓮華と全く同じだ。つまり、やはりあの美女は蓮華という事になる。

「ほう・・・・・・それが本当のお前の姿か。確かに、見惚れてしまいそうなほどに美しいな」

「だろう? だけど、この見た目だと色々と不便でかつ面倒でね。だから、普段は歳をとっているように見せかけてるのさ」

 煌めくように艶やかな黒髪を揺らしながら、蓮華が小さく微笑む。その笑みは魔性が混じっているのではないかと思うほどに美しかった。

「え・・・・・・え? 何これ、どういう状況・・・・・・?」

「く、九条様・・・・・・?」

 志津鬼に吹き飛ばされた真夏と風音も変化した蓮華の姿に気づく。2人とも能力を解放した志津鬼の攻撃をモロに受けたので、かなりのダメージを受けたが、光導姫形態の打たれ強さもあって、戦闘不能にはなっていなかった。

「説明は後だよ」

 蓮華はそう言うと、真夏と風音に向かって符を投げた。符は暖かな緑のオーラを纏っており、真夏と風音、それぞれに貼りついた。2人に貼りついた符は一瞬にして真夏と風音のダメージを癒やした。

「わっ、痛くない!」

「治癒の術・・・・・・でも、こんな高度な・・・・・・」

 真夏と風音は驚いた様子で立ち上がった。そんな2人に蓮華は何でもないように、こう言葉を述べる。

「あたしの生命力を込めた符だ。ほとんどのダメージは即座に癒やせる。ああ、別に生命力を込めたからって言って寿命を削ってるわけじゃないから安心しな。あたしの生命力は無限ってわけじゃないが、それに近いくらいはあるからね。さて、講釈はこれまでだ。あんたら、あたしを援護しな」

 蓮華の右手の空間に魔法陣が出現する。蓮華はその魔法陣に右手を突っ込んだ。そして、右手を引き抜く。

神浄刀しんじょうとう、『伽祓とぎはら』。こいつを出すのも久しぶりだ」

 蓮華が握っていたのは一振りの日本刀だった。その日本刀を見た風音はその目を大きく見開く。

「『伽祓』・・・・・・それって、かつて悪神を斬ったっていう伝説の神器じゃ・・・・・・」

「退魔の剣か。面白い」

 志津鬼も蓮華が呼び出した刀がどのようなものか見破る。蓮華はヒュンと1度刀を振ると、そのまま志津鬼に向かって駆けた。その速さは疾く風のようであった。蓮華は一瞬にして志津鬼に接近すると、右袈裟に刀を振るった。志津鬼は「ッ・・・・・・」と紙一重でその斬撃を回避した。

「・・・・・・驚いたぞ。明らかに先ほどまでとは違う素早さだ。それがお前の本来の速さか」

「そうと言えばそうだし、違うと言えば違うね。あたしのこの速さは、あたし本来の姿に付随している身体能力じゃない。だが、この速さはあたし本来の姿でしか使えない」

 蓮華は流れるような仕草で刀を振るい続ける。対して、志津鬼は紙一重で刀による連撃を避け続ける。

「? 妙な言い回しだな」

「そうかい? 勘がいい奴なら気づけると思うがね。あんた、探偵には向いてないね」

「ふっ、そうか。確かに俺はあまり鋭くはない。だが・・・・・・」

 蓮華が平突きを放つと同時に、志津鬼はグッと黒腕を引いた。刀は志津鬼の頬を薄く切り裂いた。避けきれなかった、のではない。志津鬼はわざと小さくはあるがダメージを受けたのだ。蓮華が絶対に避けれないタイミングでカウンターを繰り出すために。志津鬼は引いていた黒腕を蓮華の顔面に向かって放った。

「戦闘においてはお前より勘がいいと思うぞ」

「っ・・・・・・」

 蓮華は一瞬目を見開いた。志津鬼の黒腕の威力は凄まじい。今の蓮華でも完全に防御する事は出来ないだろう。かと言って、このタイミングからの回避は間違いなく間に合わない。

「そうかもしれないね。だが、あんたの拳はあたしには届かない」

 しかし、蓮華は笑った。蓮華は刀を持っていない左手を動かし、自分の顔の前へと持って行く。蓮華は左手でボールでもキャッチするかのように、志津鬼の黒い拳を受け止めようとしていた。

 無論、そのままいけば、間違いなく蓮華は志津鬼の拳を受け止められない。そう。そのままならば。

「風よ、吹きな」

 突如として、蓮華の左手を中心に凄まじい風が放出される。それは極めて小規模な指向性を持った、嵐のように凄まじい暴風だった。志津鬼の黒拳はその風に威力を大幅に殺される。結果、志津鬼の拳は蓮華にパシッと受け止められた。それこそ、ボールをキャッチするかのような気安さで。

「っ・・・・・・!?」

「防御できないなら、防御できるようにあんたの攻撃の威力を削げばいい。それだけさね」

 志津鬼の拳を握った蓮華は右手に持っていた刀を志津鬼の胸部に刺した。蓮華に拳を受け止められている志津鬼は動きを制限されている。その状態で、自分と同じ速度で体を操れる蓮華の攻撃を避ける事は、今の志津鬼にも出来なかった。

「ぐっ!?」

「効くだろうこいつは。魔の濃度が高ければ高いほど、こいつはその威力を発揮する」

 苦悶の表情を浮かべる志津鬼に、蓮華はサディスティックに笑った。そして、右足で志津鬼の腹部を蹴り飛ばし刀を引き抜いた。

「飛べ、呪言!」

「第1式札から第10式札、光の矢と化す!」

 そのタイミングで真夏と風音が攻撃を行う。真夏は黒い文字のような紋様を飛ばし志津鬼を縛り、風音は10条の光線で志津鬼の体を貫いた。志津鬼は「っ!?」と痛みからか顔を歪ませる。

「畳み掛けるわよ風音!」

「はい真夏さん!」

 真夏の声かけに風音が頷く。真夏と風音は大技を繰り出す準備を行う。

「骸の手、すみの空、げんの涙。我が呪は泡沫うたかたうつつ。いざや呪いませ!」

「全式札、寄り集いて魔を祓う矛と化す!」

 真夏が手印を結ぶと真夏の周囲の空間から闇が垂れ込めた。闇は真夏の前方の空間へと寄り集まる。風音も式札を全て使用し、白い輝きを放つ矛へと変える。

おうの呪法、黒滅呪天星々撃こくめつじゅてんせいせいげき!」

「はぁッ!」

 真夏の前方に集まっていた闇が流星の如き速度で志津鬼へと放たれる。風音も志津鬼に向かって矛を投擲する。

「ちっ・・・・・・」

 志津鬼はその場から動き、2人の攻撃を避けようとした。傷はまだ完全に治りきっていないが、動けないほどのダメージではない。2人の攻撃は強力なものだが、点の攻撃だ。今の志津鬼ならギリギリだが避けられる。

「ダメだよ。逃げちゃ」

 だが、蓮華は刀に風の力と呪術を込め、それを志津鬼の足に向かって振るった。蓮華が今いる位置は志津鬼から最低でも10メートルは離れている。普通なら、刀を振るってもその斬撃が志津鬼に届く事はない。

「っ・・・・・・!?」

 しかし、不思議な事に蓮華の斬撃は離れている志津鬼に届き、志津鬼の右足を切断した。風の力が斬撃を志津鬼の元にまで飛ばしたのだ。その結果、志津鬼は体勢を崩す。そして、そんな状態で志津鬼が真夏と風音の攻撃を避ける事など出来るはずがない。真夏の闇の流星と風音の白く輝く矛は、志津鬼に直撃した。

「がっ・・・・・・」

 黒と白に体を貫かれた志津鬼。そして、突如として志津鬼を中心に爆発が起こった。

「よし!」

「これなら・・・・・・!」

 その光景に真夏はガッツポーズを行い、風音も頷いた。光導十姫2人の大技をモロに受けたのだ。再生する暇もなく志津鬼を滅する事が出来たはず。真夏と風音はそう考えていた。

「やるね。どっちの攻撃も中々に凄まじい攻撃だ。それが重なった攻撃。ほとんどの奴は一瞬で消滅するだろうね。そして、それは鬼神も例外じゃない。だが・・・・・・」

 蓮華は感心したようにそう呟く。しかし、蓮華は一切の油断のない目で爆発の中心地、つまりは志津鬼がいた場所を見つめ続ける。

 やがて、爆発が収まる。真夏と風音の同時攻撃は、蓮華の言葉通り、対象を塵へと変え消滅させる威力を有している。志津鬼はその攻撃をモロに受けた。その結果が示すものは明確だ。つまり、志津鬼は木っ端微塵となって死んだ――

「く、くくっ・・・・・・」

 ――はずだった。だが、爆発の中心地には志津鬼の姿があった。志津鬼の半身はえぐれた赤い肉の塊のようになっており、顔の半分も欠損していた。生きているのが不思議なくらいのグロテスクな姿だ。しかし、確かに志津鬼は両足で立ち、その場に存在していた。

「なっ・・・・・・!?」

「嘘でしょ!?」

 風音と真夏は信じられないといった様子で志津鬼を見つめる。だが、蓮華だけは予想していたのか特に驚いた様子もなかった。

「やっぱりね。あんた、1度は塵になったはずだね。だけど、塵の状態から既にそこまで再生した。そいつはもはや単なる超再生なんて力じゃない。あんたは親から受け継いでいるんだね。・・・・・・不死の権能を」

「ああ、そうだ。俺は不完全・・・・・・再生能力の遅さなどの欠点を抱えているが、決して死なない、いや死ねない存在だ。だからこそ、俺は討伐ではなく封印されたのだ」

 蓮華の指摘に、もはやすっかり元通りの姿にまで再生した志津鬼がそう答える。志津鬼の片親は吸血鬼。吸血鬼の特徴は様々だ。卓越した身体能力、血と影の操作、再生能力、そして不老不死。鬼と吸血鬼のハーフである志津鬼が、最も吸血鬼を吸血鬼たらしめている特徴を持っているのは、当たり前と言えば当たり前だった。

「不死・・・・・・つまり、私たちがいくら攻撃しても・・・・・・」

「ああ、無意味だ。お前らがいくら強力な攻撃を行ったところで俺は再生し、絶対に死なない」

 風音が漏らした言葉の続きを引き継ぐように志津鬼がそう答える。志津鬼の答えは戦う相手に絶望を与えるものだ。絶対に死なない相手とは、絶対に倒せない者とほとんど同義だ。そして、戦いにおいてその事実は絶対に勝てない者というイメージを強く想起させる。誰しも、そんな相手と戦いたくはない。

「クソゲーね! でも攻略不可能なクソゲーなんてこの世には存在しないのよ!」

「確かに、あなたのその強さに不死は脅威以外の何ものでもないわ。でも、私たちは諦めない。先人たちがあなたを封じたように、私たちは必ずあなたに勝ってみせる!」

 だが、真夏と風音は絶望しなかった。不死がなんだ。それくらいで絶望するほど、諦めるほどヤワな経験はしていない。真夏と風音は志津鬼を倒す事をこれっぽっちも諦めてはいなかった。

「へえ・・・・・・」

「ほう・・・・・・」

 2人の言葉を聞いた蓮華と志津鬼はそれぞれ感心した様子になる。今の事実を聞いて、本気でそう言える者がいったいどれだけいる事か。どんな状況でも絶対に諦めない心。それは戦う者が持つ最弱の武器であり、また最強の武器であった。

(とは言っても、不死をどうこうしない限り私たちが勝てないのは事実。不死なんて私の呪いでどうにかしてみせる! って言いたいところだけど、流石に無理ね。となると、現実的に勝つ手段は封印しかない。そのためには・・・・・・)

(封印するためには彼を浄化の力で弱体化させ続けるしかない。つまり・・・・・・)

「「攻撃あるのみ!」」

 真夏と風音の言葉が重なる。真夏は袖から大量の呪符を出し志津鬼に向かってばらまいた。風音も式札から光線を放つ。

「血影術、『影操えいそうじん』」

 志津鬼はまずは光線を避けると、右手に纏わせていた影を刀へと変えた。闇色の日本刀を右手に持った志津鬼は、目にも止まらぬ速さで大量の呪符を切り裂いていく。

「中々の腕前だね」

 蓮華は一瞬で志津鬼との距離を詰めると刀を横薙ぎに振るった。全ての呪符を切り裂いた志津鬼は影の刀で蓮華の刀を受け止める。

「俺のこれは所詮付け焼き刃だ。真に達人のお前になら分かるだろう」

「あたしはちょっと心得があるだけさ。達人じゃないよ」

 蓮華はバッと左手を志津鬼の顔に向けた。すると、蓮華の左手の先に魔法陣が出現し、そこから破魔の光が放たれた。志津鬼は首を動かしその光を回避する。だが、完全には避け切れず、志津鬼の頬を光が焼いた。

「っ・・・・・・」

「反応速度が落ちてるね。いくら不死で再生能力があると言っても、あんたが闇の本質を持つ魔のモノである限り、浄化の力は有効だ。浄化の力は闇を薄め弱らせる。あまり自覚はないかもしれないが、あんた随分と弱くなってるよ」

 蓮華は足払いをかけ志津鬼の体勢を崩そうとした。だが、志津鬼はしっかり踏ん張り体勢を崩さなかった。志津鬼が大きく息を吸い込む。そして、志津鬼は内心でこう呟きながら息を吐いた。

(鬼言術、「獄炎の息吹」!)

 志津鬼が吐き出した息は黒炎の息吹となり蓮華を焼き尽くさんとした。その光景に真夏と風音の顔に「「っ!?」」と緊張の色が奔る。

「火吹き芸かい。あんた、大道芸人に向いてるよ」

 しかし、蓮華の全身から凄まじい風が吹き荒れ、志津鬼が逆に黒炎に飲み込まれる。

「〜っ!?」

「自分の炎の味はどうだい。だが、それだけじゃ味気ないだろう。フルコースをくれてやる」

 黒い火だるまと化した志津鬼に対し、蓮華は刀を持っていない左手を引いた。蓮華は左手に正の力である清めの力を一点集中させた。

「絶技、神祓かんばらい」

 蓮華は左の掌底を志津鬼の胸部へと穿った。瞬間、志津鬼を焼いていた炎が消え去る。蓮華の強すぎる浄化の力が魔の力を宿す炎を消し去ったのだ。

「がっ・・・・・・」

「絶技、神呪かむのろい」

 続けて、蓮華は右手の刀を上空に放り投げ、右の拳に負の力である呪いの力を一点集中させた。そして、その拳で志津鬼の腹部に穿つ。強すぎる呪いの力は志津鬼の身を内側から破壊する。

深奥の魔技スキルオブアビス王の断絶デスザクラウン

 放り投げておいた刀を右手でキャッチした蓮華は、刀に正と負の中間に位置する最もナチュラルな力――魔術の力を集中的に込める。刀身が紫色の輝きを放つ。蓮華は紫色に輝く刀を真一文字に振るい、志津鬼の首を落とした。

「メインディッシュだ。風よ、光り輝き打ち払え」

 蓮華の背後の空間に魔法陣が浮かび上がる。すると、そこから光り輝く風が吹き荒れた。風は蓮華の艶やかな黒髪を揺らす。その際に、胴体から飛ばされた志津鬼の頭――正確には頭のパーツである目――が、蓮華の耳を捉える。

「っ、お前まさか・・・・・・」

 志津鬼は何かに気づいたように、その深い赤の目を見開いた。

 だが、次の瞬間には志津鬼の胴体と頭は光り輝く風に飲まれた。

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