第493話 過ぎ行く日々(9)
「は・・・・・・? き、鬼神の再封印・・・・・・?」
蓮華の口から放たれた仕事内容。それを聞いた影人は自分の耳を疑った。
「ああ。どうやら、長年封印されてた封印が綻び始めたみたいでね。このままだとあと少しで封印が解けるらしい。しかも、封印されてる奴が奴だ。鬼神・・・・・・文字通り、鬼の神だ。神の再封印なんざ、そこらの神官や呪術師に務まるわけがない。だから、あたしにお鉢が回ってきたのさ」
「お鉢が回って来たって・・・・・・蓮華さんって探偵ですよね? 何で探偵にそんな専門職が匙を投げるような仕事が回って来るんですか? というか、そんな依頼誰がしてきたんですか?」
「あたしは凄腕の探偵だからね。知ってる奴はあたしの力量を知ってるのさ。で、今回の依頼主だが、当然そこらの個人じゃないよ。今回の依頼主は国。つまりお上さ」
「く、国・・・・・・」
蓮華の言葉に影人は唖然とする他なかった。蓮華の言葉が本当なら、これは公的な仕事というわけだ。どう考えても、街中の一探偵事務所に依頼されるような仕事ではない。まあ、それを言うなら何日か前の怪奇現象の調査もそうだが、今回は仕事のスケールも大きいし、依頼主も特殊だ。
(国から依頼が来るって・・・・・・マジで蓮華さんって何者なんだよ・・・・・・)
影人は改めてそう思わずにはいられなかった。国から神を再封印できるだけの実力があると認知されている探偵など、恐らく蓮華以外には存在しないだろう。
「幸い、鬼神の封印場所はそれ程遠くない。この東京にある地下だからね。封印も上手い具合に掛け直せば平和に終わる」
「・・・・・・でも、蓮華さんさっき言ってましたよね。戦う可能性が高いって。それって、再封印は上手くいかない可能性が高いって事ですよね?」
影人がそう指摘する。蓮華は影人の指摘を首肯した。
「ああ。お偉いさんが言うにはね。私もその封印をまだ見てないから詳しい事は言えないが・・・・・・恐らく再封印は上手くいかないと思ってる。というのも、最近の状況が関係しててね。最近は魔の者の活動が過去類を見ないほど活発なんだ」
「っ・・・・・・」
影人は何かに気づいたようにその顔色を変えた。だが、蓮華はそんな影人に気づいてか気づかずか説明を続ける。
「約1年ほど前、突然この世界に魔なる者たち・・・・・・私たちは【あちら側の者】と呼んでるがね。そいつらがこっちの世界に今までにない頻度で紛れ込んできた。あんたがどこまで知ってるかは分からないが、この前の怪物も今回の鬼神も元はこの世界のモノじゃない。この世界とは違うもう1つの世界・・・・・・あちら側から流入してきた存在だ。妖怪、怪物、おとぎ話の存在、この世界に伝わる不可思議な伝承は、ほとんどはこの世界に流入してきた【あちら側の者】の事さ。まあ、幽霊だけは別なんだがね。あちら側由来の幽霊もいれば、この世界由来の幽霊もいるからね」
(やっぱりか・・・・・・)
影人は内心でそう呟いた。約1年ほど前。それは忌神フェルフィズがこの世界と、この世界に隣接するあちら側の世界との境界を破壊しようと目論み、実際に行動に移した時期だ。影人たちは何とかフェルフィズの目論みを阻止し、境界の崩壊を防いだが、境界は未だに不安定なままだ。そのため、あちら側からの流入者は未だにこの世界へと迷い込んでいる。現在、その対処をしているのが光導姫と守護者で、影人も必要な時はスプリガンとしてその対処にあたっている。
「そして、この世界に封印されている【あちら側の者】は多数存在する。過去の人間が排斥できず、封じるしか出来なかった奴らさ。封印されてる奴は例外なく強い。なにせ、封じるしか手段がなかった奴らだからね。さて、ここからが本題さね。今言った状況と封印されている【あちら側の者】。この間に何の因果関係があるか。一言で言えば、共鳴してるのさ」
「っ、共鳴・・・・・・ですか?」
「ああ。過去、類を見ないほどこの世界に多く流入してきた【あちら側の者】。そいつらの気配にあてられて、封印されてる【あちら側の者】の力も高まってるのさ。魔なるモノと魔なるモノは引かれ合うってところかね」
「・・・・・・だから封印が解けかけてるって事ですか」
事情を理解した影人がそう呟く。そもそも、影人はこの世界に【あちら側の者】が多数封印されている事も、そんな現象が起きるという事も知らなかった。
(俺はけっこう色んな体験をして、色んなことを知ってる方だと思ってたが、まだまだ知らない事があるんだな)
まあ、当然と言えば当然か。世界は影人が推し量れるほど浅くもなければ狭くもない。影人がそんな事を思っていると、蓮華が軽く目を閉じた。
「まあ、そういう事さ。だから最近はあたしみたいな仕事をしている奴は忙しいのさ」
「事情は分かりましたけど・・・・・・俺が封印の手伝いが出来るとは思えないんですが。俺はただの普通の高校生ですし」
影人は困ったような顔を浮かべながら、ポリポリと頬を掻いた。前髪をよく知っている者がこの言葉を聞けば、嘘つけと即座にツッコミが入るだろう。お前のような高校生がいるかと。それは全く以てその通りである。
だが、影人は本気で自分が封印の手伝いに役に立たないと考えていた。もちろん、スプリガンになれば封印の手伝いをする事は可能だ。スプリガンの力は万能だ。封印の手伝いではなく、影人自身がその鬼神を封印する事も可能だろう。
しかし、スプリガンの力がその効果を発揮するのはあくまで影人がスプリガンに変身している時だけだ。つまり、例え影人がスプリガンとして封印を手伝ったり、封印したとしても影人が変身を解除すればその効果は途切れるのだ。
封印は傷の回復や建物の修復といった事象のように、完結している事象ではない。力が掛かり続ける事象だ。そのため、やはり効果は影人がスプリガンに変身している時だけに限定される。ゆえに影人は本心から自分は封印の役に立たないと思っていた。
「ふーん、そうかい。あんた術者ではないんだね」
「術者? 何ですかそれ?」
聞き馴染みのない単語だ。影人が首を傾げると、蓮華はこう答えを述べた。
「【あちら側の者】に対する
「っ・・・・・・」
聞き覚えのある単語に一瞬影人の顔がピクリと動く。どうやら、蓮華は光導姫と守護者の存在を知っているらしい。やはり、ただ者ではない。
「1つ聞かせておくれ。あんたは自分に憑いてる存在から力を借りる事は出来るかい?」
「えっと、それは・・・・・・」
「当たり前だろ。影人が求めてくれるのなら、吾はいつだって無条件にその求めに応じるさ。影人の敵は吾の敵だ。影人を傷つける者は吾が絶対に許さん」
影人が答える前に影人の隣にいた零無がそう答える。しかし、蓮華に波長を合わせていない零無の声は当然蓮華には届かない。影人は小さく頷き、蓮華にこう言った。
「はい。一応は。ただ、無闇に力を借りない方がいい奴なので、やっぱり出来る事は少ないと思います」
「そうかい。まあ、あんたに憑いてる奴は確かにかなりヤバそうだからね。力の代償に何を要求されるか分かったものじゃないか。了解したよ。じゃあ、出来るだけあんたの事はあてにしないようにしよう。封印の時は誰でも出来るような手伝い、封印の際の小道具の設置とかだね。そういった物しか頼まない。ただ、戦いになった時、本当の本当に手詰まりになりそうだったらあんたに憑いてる奴の力を借りる事になるかもしれない。それは了承してくれるかい?」
「はい。分かりました」
影人が承知の言葉を蓮華に帰す。実際は、影人が零無の力を借りる事には何のリスクもないのだが、その事をバカ正直に伝えるほどには影人はまだ蓮華を信じ切れてはいなかった。ゆえに、影人は蓮華の推測を正さなかった。
「悪いね。じゃあ、そういう事で決まりだ。しかし、あたしはさっきあんたの事を術者じゃないと言ったが、憑いてる奴の力を多少なりとも借りる事が出来るなら、あんたも術者だね。より具体的に呼ぶとすると、憑き物使い、霊使いってところかね」
「憑き物使い、霊使い・・・・・・まあ、そうかもですね」
影人はまんざらでもない顔になる。未だに絶賛厨二病の前髪からすれば、憑き物使いや霊使いといったワードはポイントが高い。また1つ称号が増えちまったかとアホの前髪は気を良くした。
「まあ、取り敢えず今日は特にやる事もないよ。再封印の準備、戦う準備はまだ完全には整ってないからね」
「え、浮気調査とか封印の確認とかあるんじゃないんですか?」
「浮気を疑われてる旦那はいま仕事中だ。封印の確認は・・・・・・そうさね。まあ、確かに1度行っておいてもいいか。面倒だけど。よし、じゃあ今から封印場所に行くよ。助手」
「え、あ、はい。分かりました」
蓮華はそう言うと立ち上がった。自分から言っておいて何だが急だなと影人は心の中でぼやいた。
そして。探偵と助手は鬼神が封印されているという場所に向かった。
「ここだね」
約1時間後。蓮華と影人は東京の地下にある、とある空間の中にいた。
電車に乗り都心まで移動した後、影人たちは駅から少し歩いた場所にある古びた建物の中に入った。建物の鍵は事前に蓮華が依頼主の役人から預かっていたので、影人たちは問題なく建物の中に入る事が出来た。
建物の中には地下へと続く階段があった。蓮華と影人はその階段を降りた。すると、古びたドアがあった。そのドアにも鍵が掛けられていたが、蓮華が依頼主から預かった鍵――正確には蓮華が預かっていたのは鍵束だった――の中に合う物があったので、その鍵でドアを開けた。
ドアの先にあったのはまたしても階段だった。ただ、階段はなぜか木造で周囲の壁には何やらお札のようなものが大量に貼られていた。しかも、階段の先は奈落のように真っ暗で見通す事も出来なかった。明らかにヤバい場所だと影人は思ったが、蓮華は明かりもないままどんどんと階段を降りて行ったので、影人もスマホのライトを起動し後に続いた。
それからどれくらい経っただろうか。蓮華と影人は闇の中を降り続けた。そして、ある空間に出た。それが今蓮華や影人がいる場所だ。
「ここが鬼神の封印場所・・・・・・」
影人はスマホのライトを照らしながら周囲を見渡した。影人たちがいる場所はどうやら円形の空間のようだ。かなり広めで、天井も高めだ。想像したくはないが、もし戦いになってもそれなりには戦える広さだ。
ただ、壁は岩でここは地下だ。派手に戦えば一瞬で崩落する可能性が高い。やはり、ここではあまり戦いたくはない。影人はぼんやりとそう思った。
「ほう。あれが鬼神の封印かい」
蓮華は相変わらず暗闇だというのにしっかりと見えているようで、闇の中を迷いなく進んで行く。影人も「待ってくださいよ」と少し慌てて蓮華に続いた。
「っ、これは・・・・・・」
蓮華と影人はこの空間の中心地と思われる場所で足を止めた。影人は驚きの声と共に、スマホのライトでそれを照らした。
「・・・・・・」
影人がライトで照らした先にあったのは、巨大な縦に置かれた石棺だった。石棺は幾重にも符が貼られており、鎖で雁字搦めにされていた。鎖は周囲の岩壁に続いており、石棺を固定していた。
「蓮華さん、この中に・・・・・・」
「ああ。鬼神が封じられている。しかし・・・・・・こりゃ思った以上にマズいね」
蓮華はそっと石棺に触れながら真剣な顔でそう言葉を漏らした。
「っ、どういう事ですか?」
「封印がもうほとんど解けかけてる。この調子だといつ解けてもおかしくはないよ。多分、封印の準備は間に合わないだろうね。こいつはもう戦うしかないね」
「なっ・・・・・・」
蓮華のその言葉に影人が顔色を変える。蓮華は石棺に触れながらこう言葉を続けた。
「しかも、こいつは私が考えていたよりも遥かに厄介でヤバそうだ。正直、このあたしでさえも1人ではキツイかもしれないね。全く、昔の方々はよくもまあこんなモノを封印できたもんだ。さて、どうするか・・・・・・」
石棺から手を離した蓮華が真剣な様子で顎に手を当てる。影人はチラリと前髪の下の目を零無に向けた。零無はどういうわけか影人の視線に気がつき、影人が何を聞きたいのか理解している様子で笑顔になった。
「まあ、封印されているのはそれなりの存在のようだね。あの吸血鬼レベルとはいかないが、それに近しい存在かな。鬼神と聞いていたから零落した神でも封じられてると思ったが、そうではないみたいだ。まあ、神は一部の例外を除いて地上世界では神力を振るえないから、危険とは見なされないからね。ここに封じられているのは向こう側からの流入者。こちらで言う【あちら側の者】だ。だが、安心するといい影人。当然ながら、封じられている奴は吾やお前の敵ではない。やろうと思えばすぐに倒せるだろうさ」
零無は持ち前のストーカー力を生かしてか、影人の求めていた答えを述べた。影人は「キッショ、何で◯かるんだよ」と内心で零無のキモさに戦慄しながら(お前が戦慄するな)、その情報を元に考えを巡らせる。
(吸血鬼・・・・・・嬢ちゃんには及ばないがそれに近い実力者か。確かに、それはけっこうヤバいな。蓮華さんの力がどれくらいか俺は把握しきれていないが・・・・・・蓮華さんのさっきの言葉的に1人だと厳しい感じだよな)
かと言って、影人は無闇に自分の力を蓮華には見せたくなかった。影人は無意識にも力を誇示したいと思っている人間ではない。影人は出来るだけ自分が力を持っている事を隠したいと思っている人間だ。バレて仕方がない状況なら仕方がない。だが、それ以外の状況なら、影人は極力自分の正体や力を隠すという考え方を持っていた。
それは、例え蓮華が影人を普通の人間ではないと見破ったとしても、零無の存在を朧げに感じ取っている現在の状況でも同じだ。蓮華が影人の力の全容に気づいていないなら出来るだけ隠す。影人のこの考え――もしくは習性と言ってもいいかもしれないが――は、暗躍時代の絶対に正体がバレてはならないという考えの名残りであり、帰城影人という人間の性質が合わさったものだった。
(しゃあねえ。零無の事はバレてるんだ。蓮華さんがヤバそうだったら、言われた通り零無の力を借りるか。でも、零無に頼るのはやっぱりなんかムカつくんだよな。何か他にいい方法は・・・・・・あ)
影人はとある顔を思い浮かべた。蓮華が1人だと厳しいなら助っ人を呼べばいい。影人が今思い浮かべている人物ならば、こういった非日常に耐性があるし力も十分にある。恐らく、話せば力になってくれてるはずだ。
「蓮華さん、俺1人力になれそうな人を知ってるんですけど、この事を話して手伝ってもらいましょうか? こういう事に詳しい実力者です。まあ、その分金はかかるかもですけど」
「へえ・・・・・・そいつは正直魅力的な話だね。いいよ。話してみな。金は役人から経費って言って捲り上げりゃいいだけだしね。ただ、時間もないし危険だよ。この分だと、明日か明後日にはこいつの封印を解いて戦わなきゃならない。もちろん、戦いには死の危険が付き纏う」
「それくらいの条件なら多分喜んで来てくれます。じゃあ、連絡入れますね」
「ああ。あたしも多少は信頼できる奴に声を掛けてみるよ」
話は纏った。蓮華は封印が解けた場合にすぐに察知できるように自分の懐から符を取り出すと石棺に貼った。そして、影人と蓮華は封印場所から去った。
翌日。3月7日水曜日、午後4時過ぎ。影人はあの封印場所の最寄りの駅前にいた。昼過ぎに蓮華から連絡があったのだ。やはり今日でないとマズそうだと。そのため、影人は学校が終わって急いで集合場所であるここまでやって来た。
「おう、助手。来たね」
「蓮華さん。こんにちは」
数分も待っていない内に蓮華が現れた。影人は蓮華にぺこりと軽く頭を下げ挨拶した。
「封印、そんなにヤバいんですか?」
「多分あと数時間もしない内に解けるよ。それより、あんたが言ってた協力者はどうなったんだい?」
「許諾自体は昨日の内に取りました。二つ返事でしたよ。で、さっき事情を伝えたところすぐにここに来るって言ってました」
「そうかい。フットワークが軽くて助かるよ」
「蓮華さんはどうだったんですか? 信頼できる人に声を掛けるって言ってましたけど」
「ああ。1人だけだが捕まえられたよ。最初は知り合いに声を掛けたんだが、孫を行かせると言って来てね。あたしはあんたが来いってクレームしたんだが・・・・・・まあ、実力はあるって言ってきてね。あいつは身内贔屓や色メガネで実力を測る奴じゃない。だからまあ使えはするだろうがね。さっき電話してここに来るように言ったからもう少ししたら来るだろう」
「そうですか」
影人と蓮華はしばらくの間、協力者が来るのを待った。
「――待たせたわね帰城くん!」
「――すみません。遅れました」
30分も経たない内くらいだろうか。影人と蓮華が世間話をして時間を潰しているとそんな声が聞こえて来た。影人と蓮華は声がした方向に顔を向けた。
「っ・・・・・・」
そこにいた者たちを見た影人は思わず前髪の下の目を見開いた。なぜなら、そこにいたのは影人がよく知っていた者たちだったからだ。もちろん、片方は影人が呼んだ人物なのでよく知っている者で当然なのだ。影人が驚いたのは、もう片方の人物もよく知っていた者だからだ。
「この私、榊原真夏が来たからにはもう安心よ! 鬼神だろうが何だろうがかかってきなさい! 呪ってやるわ!」
「祖父の連華寺
影人の視線の先にいたのは――真夏と風音だった。
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