第490話 過ぎ行く日々(6)

「ネクタ〜! もうっ、心配したんだからっ!」

 ネクタを確保した蓮華と影人はネクタを奈緒の元へと届けた。愛猫の姿を見た奈緒はパッと顔を輝かせると、泣き笑うかのような顔でネクタを抱きしめた。奈緒に抱き締められたネクタは特に顔色を変えず、黙って奈緒に抱かれていた。

「ありがとう探偵さん! ネクタを見つけてくれて!」

「気にするな。あたしは探偵。そいつが仕事さね」

 笑顔で感謝の言葉を述べる奈緒に蓮華はフッと笑みを返す。その笑みは前髪野郎の気色の悪い笑みとは違う。本物の大人の女の格好のいい笑みだった。

「じゃあ、早速で悪いが報酬をもらうよ。いいね?」

「っ・・・・・・」

 感動の余韻冷めやらぬ内に蓮華は奈緒にそう言った。影人は流石に今言うのはどうなんだといった顔を――要は非難するような顔を――蓮華に向けた。

「うん。分かった。お金は前に事務所で言ってくれた金額でいいんだよね?」

「ああ」

「分かった。取ってくるね。探偵さん、ネクタをお願い」

 奈緒はネクタを蓮華に渡すと家の中へと走って行った。蓮華は「重い」と言ってネクタを影人に手渡して来た。影人は仕方なく蓮華からネクタを受け取ったが、ネクタは蓮華が言うようにかなり重かった。はっきり言ってモヤシの影人からしてみれば、ネクタを抱き続けるのはかなりキツかった。しかし、ネクタはそんな影人の気持ちなんて知らないかのように無愛想な顔のままだった。

「お待たせ! はい、これ約束のお金」

 戻って来た奈緒が蓮華に報酬の金額を渡す。影人はペット探しの相場は知らないが、最低でも一万円はするだろう。影人は今の小学生の金銭事情を知らないが、小学生が用意できる金額ではないはずだ。恐らくは親が用意していた金だろう。影人はそう考えた。

「あいよ。確かに受け取ったよ」

 蓮華が菜緒から受け取ったのは千円札だった。影人は思わず「えっ・・・・・・」と声を漏らした。いくら何でもそれは安すぎはしないか。

「でも、本当にそれだけでよかったの? 確かに、私の1ヶ月のお小遣いだから、私にとっては大金だけど・・・・・・本当ならもっと高いんでしょ? ネットで見たよ」

「ガキが何言ってんだい。全く、最近のガキは無駄な知識ばっかりつけちまって・・・・・・」

 奈緒の懸念に蓮華は呆れたようにやれやれと首を横に振った。そして、こう言葉を続けた。

「いいかい。あたしがいいって言ってるんだからいいんだよ。あんたも今言っただろ。あんたにとってこの金は大金だ。あんたは自分の大切な物のためにちゃんと代償を支払った。あたしはその代償のために仕事をした。これが契約さね。あたしにはプロとしての矜持がある。頼むからこれ以上つまらない事を言わさないでおくれ」

「・・・・・・うん。分かった」

 蓮華の言葉の意味を理解したのか、奈緒は納得したように頷いた。やはり、奈緒は子供とは思えないほどしっかりしている。いったい、なぜ蓮華は奈緒を子供扱いするのか。影人にはやはり分からない。

「これで仕事は完了だ。また困った事があればあたしを頼りな。しっかりと助けてやるよ。助手、そのデブ猫を渡してやりな」

「いつの間に俺は助手になったんですか・・・・・・はい、どうぞ」

「うん。ありがとう前髪のお兄さん」

 影人はネクタを奈緒に返した。奈緒は影人からネクタを受け取ると、影人にお礼の言葉を述べた。前髪のお兄さんというワードが少し気になったが、そう言えば影人は奈緒に名乗っていなかったので、仕方がない事だと影人は途中で気がついた。

「じゃあね、ガキンチョ」

「だからガキンチョじゃないってば。でも、本当にありがとうね探偵さん! この恩は忘れないから!」

 奈緒は輝くような笑顔で蓮華と影人を見送ってくれた。蓮華は振り返らずに軽く手を振り、影人は奈緒に小さく頭を下げその場から去った。

「・・・・・・蓮華さんはいつもこうなんですか?」

「そりゃどういう意味だい?」

「いや、だから・・・・・・報酬だとかそういうのです」

「言いたい事は分かるが・・・・・・はっきりしない言い方だね。だがまあ、そうさ」

 蓮華は軽く頷くと影人の質問に対する答えを返した。

「あたしは人によって報酬や金額を変える。変える基準は色々さ。仕事の内容が気に入ったり気に入らなかったり、依頼人を気に入ったり気に入らなかったり・・・・・・性別、年齢、家庭事情、そんなものも込みさね」

「・・・・・・あの子の依頼に対する報酬も蓮華さんが決めたって事ですか」

「ああ。今は千円しか用意できないって言うからね」

「・・・・・・あの、余計なお世話かもしれませんけどそれで生活できるんですか? あと、もし俺がバイトするとしてバイト代は賄えるんですか? 失礼ですけど、この感じだと不安なんですが・・・・・・」

「本当に余計なお世話だね。別に大丈夫だよ。あたしは取れる所からは取るからね。バイト代も心配はいらない。あんた1人分くらいの給料なら余裕で出せる。それくらいの稼ぎはあるよ。それよりだ。あんた、あたしがあの子をガキ扱いしてる理由は推理出来たのかい?」

 蓮華は影人を試すようにそう聞いて来た。影人は「っ・・・・・・」と言葉に詰まった。正直、その理由は全く分かっていなかった。

「その様子じゃまだ推理は出来てないみたいだね。まあいい。今回だけは特別に答えを教えてやるよ」

 やれやれといった様子で蓮華は首を横に振ると、奈緒を子供扱いしていた理由を話し始めた。

「あの子の親はひとり親でね。母親とあの子だけで暮らしているらしい。母親はあの子を育てるために毎日働き詰めだそうだ。ほら、今日も休日だっていうのに家に母親の姿はなかっただろ」

「あ、確かに・・・・・・」

「そんなこんなで、あの子は1人の時間が多い。そして、子供は大人が思っているよりもずっと鋭いし賢い。あんたに問題だ。そんな状況で育ち、かつ今あたしが言った子供の性質を足すと・・・・・・どんな子供になると思う?」

「どんなって・・・・・・そりゃ、グレるか出来るだけ親に迷惑をかけないような子供になるんじゃないですか」

「そうさね。そして、あの子は後者だ。あの子は疲れてる親に迷惑や心配をかけたくなかった。例えばどんな事か。急にペットが逃げ出したとかね。だから、あの子は1人で私の所に来たのさ」

「っ・・・・・・それって、あの子の親は猫が行方不明になってた事を知らないって事ですか?」

 まさかといった顔で影人は蓮華の顔を見つめた。蓮華は「多分ね」と影人の言葉を肯定した。

「でも、そんな事ありえますか? いくら働き詰めだって言っても親も家には帰るでしょう。その時にペットがいなかったら不審に思うはずですよ」

「別に何日間くらいならいくらでも誤魔化せるさ。隠れてるとか友達の家に預けてるとか色々とね。何よりの証拠は、あの子が1人で、そして自分のお小遣いであたしにペット探しを依頼してきた事さ。親がもし知ってたら親と一緒に来るだろうし、何より親が金を払うはずだ」

「確かに・・・・・・」

 蓮華の言う事は尤もだった。影人は納得の言葉を漏らす。

「いらない気遣いさ。本来なら、あの年頃の子はそんな気遣いをしなくていいんだよ。あの子は家庭環境のせいで無駄に早熟しちまってる。悪い事とは言わないよ。あの子が早熟してるのはあの子が優しいからだろうし、親を慕っているからこそだろうからね。そいつは悪じゃない。絶対にね。だけど・・・・・・悲しくはあるだろ。年相応って言葉は大事な言葉さ。ガキならガキ扱い、大人なら大人扱い。それが正しい扱い方だ。少なくとも、あたしはそう思うね」

「・・・・・・それが、蓮華さんがあの子を子供扱いした理由ですか」

 早熟していても子供は子供。バカにしていたわけではなく、蓮華は大人として奈緒を子供扱いしていたのだ。それが正しい扱い方だから。

「・・・・・・大人なりの優しさですね。凄く分かりにくいですが」

「いいんだよ。何でもかんでも分かりやすかったらつまらないだろ」

 蓮華はフッと格好のいい笑みを浮かべた。その笑みを見た影人は様になるなと心の内で呟いた。

「さて、これで表の仕事は終わりだ。じゃあ、次は裏の仕事と行くかね」

「・・・・・・あんまり聞きたくはないんですけど、それってどういう仕事ですか?」

 影人は言葉通り気が進まないといった顔で蓮華にそう聞いた。すると、蓮華はニヤリと笑いこう言った。

「今日の仕事は・・・・・・幽霊屋敷の調査だよ」












「着いたよ。ここが今日調べる家だ」

 約1時間後。蓮華と影人は町外れの古びた家の前にいた。現在の時刻は午後6時過ぎ。辺りは既に薄暗く、夜がすぐそこまで迫っている事を示していた。

「・・・・・・なんか、いかにもって感じですね」

 影人は古びた家を見上げた。家は2階建てで、明らかに人は住んでいない。窓ガラスもひび割れ破損している。不気味。その一言に尽きる家だ。

「びびってるのかい?」

「・・・・・・どうですかね。完全に怖くないって言えば嘘になると思いますが・・・・・・感覚的にはそんなにです」

 冷やかすように聞いて来た蓮華に影人は小さく首を傾げる。幽霊屋敷とは言うが、影人の隣には既に幽霊がいる。しかも間違いなく最恐の悪霊が。そのため、影人は今更野良の幽霊がいるかもしれない廃墟に入る事に、あまり恐怖心を感じてはいなかった。

「はっ、そうかい。中々頼もしいじゃないか。じゃ、早速行くよ。光は携帯のライトを使いな」

「はい」

 影人はスマホのライトをオンにした。蓮華は特にライトや他の光源を使用せずに、幽霊屋敷の敷地内へと入って行く。

「今更ですけど、勝手に入って大丈夫なんですか?」

「問題ないよ。今回この屋敷の調査を依頼して来たのはこの土地の所有者だ。好きにしてくれと言われてる。というか、一々細かい奴だね。あんた、それでも男かい?」

「それ、今の時代ダメですよ。俺はただ、不法侵入だった場合のリスクを負うのが嫌なだけです。蓮華さん、ライト使わないんですか?」

「あー、本当一々うるさいね。いいんだよ。暗闇くらいならあたしはしっかりと見える」

 辟易とした顔になりながら、蓮華は玄関を開けた。鍵は掛かっていなかった。ギイという音が響き、影人たちは中に入った。

「本当は手分けした方が早いからそうしたいんだが・・・・・・今日のあんたは見学者だ。仕方がないから今日だけあたしと一緒に調べるよ。感謝しな」

「・・・・・・なんかその言い方気になりますね。まるで、俺がバイトするの確定みたいじゃないですか」

「気のせいだろ」

 蓮華はしらっとした顔のままギシギシと音が鳴る廊下を歩き、まずはリビングに向かった。

 リビングは8畳くらいの大きさだった。中は思っていたよりは綺麗だ。家具は壊れた物が少しばかり散乱しているがそれだけだ。少し掃除をすればすぐにでも住めそうだなと影人は思った。

「そう言えば、何でここを調査する事になったんですか?」

 適当に周囲をスマホのライトで照らしながら影人は蓮華に質問した。

「さっきも言ったが今回の依頼主はこの家の所有者だ。3ヶ月前くらいに依頼主はこの家と土地を亡くなった祖父から相続したらしい。それで、依頼主はここに住み始めたらしいんだが・・・・・・住み始めて1か月くらいした頃に徐々に怪奇現象が起きたらしくてね。それで耐え切れなくなって依頼主はここから近くのアパートに引っ越した。うん。ここは問題ないね。次の部屋に行くよ」

 蓮華は話しながら浴室に移動した。浴室もそれほど汚れてはいない。今の話を聞くに、この家は放置されてまだ2ヶ月ほどしか経っていないようなので、家の中はまだ保存状態がいいのだろう。まあ、それにしては、壊れた家具やヒビ割れた窓ガラスなどが気になったが。

「だけど、家賃の問題とかもあってやっぱりここに住みたいらしくてね。だから、原因を調査して、原因を取り除いてほしいって頼まれたのさ。ここも大丈夫そうだね」

 蓮華と影人は浴室を出てトイレ、1階の部屋を見て回った。だが、蓮華曰く1階に問題は見当たらないらしい。

「となると2階かね」

 階段の前で立ち止まった蓮華が階段の上を見上げる。階段は真っ黒な闇に包まれており、影人はスマホのライトを向けても2階がどうなっているのかは分からなかった。

「・・・・・・そういう依頼ってどういうルートで来るんですか?」

人伝ひとづてだろうね。ウチは広告なんざ一切してないし。さっきのペット探しもそうだろうね」

 影人の質問に答えながら蓮華は躊躇なく階段を上っていく。影人も蓮華に続き階段を上っていく。

 2階はどうやら2部屋あるようだった。蓮華と影人は右手にあった部屋のドアを開け中に入った。中は6畳ほどの大きさで大きな本棚と簡素なベッドのみが置かれていて閑散としている。蓮華は「ここも違うね」と首を横に振り、もう1つの部屋のドアを開けた。もう1つの部屋も大きさは6畳ほどでこちらにはほとんど物がなかった。

「ふむ・・・・・・全部の部屋を見たが特におかしな部屋もなければ気配もない。よっぽど気配を隠すのが上手いか、それとも依頼者の勘違いか・・・・・・」

 蓮華は部屋の中央で顎に手を当てながら思案顔になった。影人には全く分からないが、蓮華は何かの気配を察知することが出来るのだろう。だが、今のところ怪奇現象が起こしたであろう何かの気配は感じられない。そんなところか。影人は適当にそう推理した。

「・・・・・・零無、お前は何か分からないのか?」

 影人は小声で自分の隣にいる零無にそう聞いた。影人に頼られた事が嬉しかったのか、今までつまらなさそうだった零無はパッと顔を明るくした。

「もちろん分かるよ。上手く潜んでいるつもりだろうが、雑魚の気配が上から感じられる。恐らく天井裏だね」

「天井裏・・・・・・」

 影人は自然と顔を上げた。影人の目に映るのは闇色の天井だ。影人の呟きが聞こえたのだろう。蓮華も顔を天井へと向けた。

「ああ、そうか。まだ上があったのか。となると・・・・・・」

 蓮華は部屋の中にあったクローゼットを無造作に開けた。すると「ビンゴ」という声が聞こえ、次の瞬間ガンッという音が響いた。

「天井裏だ。行くよ」

 蓮華は影人にそう告げると上に上がっていった。本当に暗闇でも見えているんだなと、今の一連の流れを見ていた影人はそう思うと、自身もクローゼットの中に入る。影人がクローゼットの中を照らすと天井裏への小さな階段が展開されており、影人はその階段を上った。

「狭っ・・・・・・」

 分かってはいたが、天井裏はかなり狭かった。高さは1メートルあるかないかだろう。しかし、かろうじてしゃがめば進むことが出来る。影人はライトを照らし蓮華がいる位置まで移動した。

「見な。こいつが怪奇現象の原因だよ」

 蓮華は指でを指し示した。

 蓮華が指し示した先には小さな壺のようなものが置かれていた。壺には古い紙のようなものが貼られていたが、それは半ばから千切れていた。

「これは・・・・・・」

「中に何が入ってるか見てみなきゃ分からないが・・・・・・十中八九、呪物だろうね」

「呪物・・・・・・」

 鸚鵡返しに影人はそう呟く。呪物。その言葉を聞いて影人が連想したのは、過去影人が零無を封じる際に使用したあの器だ。あれも呪具と呼ばれる類いのものだった。

「恐らく経年劣化で封印が解けたんだろう。さて、中には何が入ってるかね」

 蓮華は物怖じせずに壺を開けた。蓮華が中を覗き込む。影人もスマホのライトを当て壺の中を見つめる。

「これは・・・・・・」

 壺の中にあったのは真っ黒な何かだった。明らかに硬質感がある物であり、何かの破片のように見える。影人はそれが何なのか分からなかった。だが、蓮華はすぐにピンときたのか、その何かの正体を述べた。

「骨、だね」

「え・・・・・・」

 影人が小さく驚きの声を漏らす。その次の瞬間の出来事だった。


 唐突に壺の中から真っ黒な何かが噴き出した。

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