第487話 過ぎ行く日々(3)

「――会長、俺に短期のバイトを紹介してくれませんか?」

 3月2日金曜日、午後5時過ぎ。とある街中のカフェで影人は対面に座っている真夏にそう話を切り出した。

「帰城くんが珍しく私に話があるから何だと思って来たら・・・・・・何かあれね。凄く普通だわ! 何か逆に驚くわ!」

 一方、影人の話を聞いた真夏はアイスコーヒーを啜っていたストローから口を離しそんな感想を漏らす。今の真夏は大学1年生だが、来月からは2年生になる。そんな真夏の服装は、和風の柄が美しい黒を基調としたパーカーに白のシャツ、黒いジーパンという、可愛いというよりかはカッコいいという格好だった。学校帰りで制服姿の影人とは対照的なイケてる服装だ。少なくとも、影人はそう思った。

 ちなみに、零無はいたらうるさいので離れているように言ってある。なので、零無は少なくとも影人の視界内にはいなかった。

「驚く事・・・・・・ですかね?」

「実家にまで訪ねて来て話す内容がこれだもの。そりゃ逆にってやつよ。でも、何で急にバイトなんかしたいの?」

「ちょっと金が入り用になりまして・・・・・・3月14日までに色々と揃えなきゃならないんです」

「3月14日? って確かホワイトデーだっけ。いや、確か卒業式もその辺りだったわね。あ、まさかそれ関係?」

「まあ、その・・・・・・はい」

 影人は正直に真夏の指摘を認めた。ここで真夏に嘘をつけば色々とややこしくなると思ったからだ。

「なるほどね! ホワイトデーの返しや卒業祝いのためにお金が必要ってわけね。いいじゃない! 帰城くんって何だかんだ義理堅いわよね。うんうん。やっぱり優しい良い子だわ!」

「っ、ち、違いますよ。俺はただ貰いっぱなしは気持ち悪いってだけで。別に卒業祝いもせっかく日が被ってるからってだけで・・・・・・とにかく、俺は別に優しいとかじゃありません」

 影人はカァと顔を赤くさせるとフイと真夏から顔を背ける。キショい、需要がない、もはやホラーと評判の前髪野郎のツンデレである。普通なら前髪野郎のツンデレを見た者は一部の特殊な者たちを除いてドン引きするが、真夏はニヤニヤ顔を浮かべた。

「おー、可愛いわね。後輩の、しかも帰城くんのツンデレだわ。激レアね。後で副会長に自慢しよっと。きっと副会長ハンカチを噛むくらいに悔しがるわよ」

「別にツンデレとかじゃ・・・・・・というか、香乃宮がそんな事で悔しがるわけ・・・・・・ない事もないと言い切れませんね・・・・・・」

 光司は基本非の打ち所がない完璧人間だ。あれだけ人間が出来た人物を影人は他に知らない。だが、なぜか光司は影人の事になると、ちょっとというかかなり残念になる。影人は光司がハンカチを噛んで悔しがる様子は中々想像出来なかったが、光司が真剣な顔で真夏に「榊原先輩。ぜひ詳しく聞かせてください」と言う光景は容易に想像する事が出来た。

「ああ。だから帰城くんわざわざ私の家を訪ねて来たり、待ち合わせ場所を『しえら』以外にしたのね。お返しとか卒業祝いって基本はサプライズだから」

 謎が解けたといった感じで真夏が首を縦に振る。影人は昨日真夏の家を突然訪ねて来た。誰かに連絡先を聞くなり方法はあったはずだが、そうしかなった理由はお返しや卒業祝いをする事を誰にも気取られたくなかったからだろう。「しえら」を避けたのも同様の理由だろう。あそこは影人や真夏の顔馴染みがよくいる場所だ。

「ええ、まあ。そういう事なんで、是非会長にバイトを紹介していただきたいんです」

「うむ。話は分かったわ。私も可愛い後輩の頼み事は聞いてあげたい。理由も理由だし。という事で、帰城くんには私がやってるバイトを紹介してあげるわ!」

「それはありがたいんですけど・・・・・・会長って何のバイトしてるんですか?」

 影人は真夏が何のバイトをしているのか知らない。真夏はなぜかドヤ顔を浮かべこう答えた。

「ふふん、よくぞ聞いてくれたわね。私のバイトは・・・・・・ずばり、祓い屋よ!」

「・・・・・・え?」

 真夏の答えを聞いた影人は思わずそう声を漏らした。何だ。いったい真夏は今何と言ったのだ。祓い屋とか訳の分からない単語が聞こえた気がしたが。

「えーと・・・・・・あの会長。すみませんが、もう1回言ってもらってもいいですか。その、よく聞こえなくて・・・・・・」

 苦笑いを浮かべながら影人はそう言葉を述べる。そうだ。今の言葉は何かの聞き間違いだ。そうに違いない。

「だから祓い屋よ。私は呪術師だから、本当は呪い屋って名乗りたいんだけど、それだと本当に人を呪う仕事に聞こえるでしょ。私が呪うのは人ならざるモノ。人間に危害を加える奴だけ。だから、祓い屋って名乗ってるの。仕事内容は、悪霊だとか物怪だとか、今言ったみたいに人に危害を加える存在をやっつける感じよ」

「・・・・・・」

 だが、残念ながら影人の聞き間違いではなかった。影人は思わず絶句した。

「私、最初は祓い屋の会社に所属してたんだけど今はフリーだから手数料とか紹介料引かれないの。つまりガッポガッポってわけよ」

「は、はあ・・・・・・」

 祓い屋の会社とは何だと疑問を抱きつつも影人は取り敢えず相槌を打つ。真夏は話を続けた。

「帰城くんなら悪霊も物怪も鼻歌歌いながらぶっ飛ばせるでしょ? だから、祓い屋の仕事も余裕よ。ああ、やり方とか依頼の取り方とかは教えてあげるから安心して。一応、危険な分、報酬はいいからお金もかなり稼げるわ。さあ、やるわよ!」

 真夏がグッと拳を握る。影人は一旦ブドウジュースをストローで啜る。そして、ふぅと息を吐いた。

「・・・・・・会長。ありがたいお話なんですけど・・・・・・すみません。それは辞退させていただきます」

「ええ!? どうしてよ!?」

 真夏はまさか断られるとは思っていなかったのか、驚いた顔で影人にそう聞き返した。影人は疲れ切ったような顔でこう答えを返す。

「逆に何で俺がやると思ったんですか。確かに、会長のバイトは中々に魅力的ですが、ぶっちゃけヤバさ満点じゃないですか。俺は出来れば自分から危ない橋を渡りたくないんですよ」

「自分が1番ヤバさ満点なのに!?」

 真夏が反射的にそう突っ込む。真夏の突っ込みは至極真っ当なものである。前髪野郎の事をよく知っている者なら、間違いなく悪霊や物怪よりも前髪の化け物の方がヤバいと言うだろう。悪霊や物怪も前髪の中身を少しでも見れば逃げ出すに違いない。

 ちなみに、前髪が「祓い屋」を中々に魅力的と言った理由は単純で、前髪が重度の厨二病患者だからである。「祓い屋」だとか「陰陽師」だとかは厨二病にとって大好物なのだ。

「はぁ・・・・・・まあ、嫌という子を無理には働かせられないわよね」

「すいません」

 残念そうにため息を吐いた真夏に影人は軽く頭を下げる。真夏は「大丈夫よ。別に気にしないで」と軽くかぶりを振る。

「でも、それ以外のバイトってなると私には分からないわね。私大学に入ってからずっとこのバイトしかしてないし。取り敢えず、短期のバイトだったら引越しじゃない? 何かサイトとか見てみたら」

「会長、俺が引越しのバイトなんか出来るわけないじゃないですか。一瞬で体が悲鳴を上げますよ」

「あー、まあ確かに通常の帰城くんってモヤシだものね・・・・・・」

 自信満々に情けない事を言った影人に真夏は心底納得した。

「うーん、難しいわね。一応、私の大学の友達にも良さげな短期バイトがないかは聞いてみるけど・・・・・・今すぐには力になれそうにないわ。ごめんね」

「いえ、会長が謝ってくださるような事は何も。どう考えても俺のせいですから。俺の方こそすみません。わざわざ時間を取っていただいたのに・・・・・・」

「何言ってるのよ。後輩の話を聞くのは先輩の義務よ。むしろ、私は今日帰城くんと話せて楽しかったわ」

 屈託のない笑顔で真夏が笑う。真夏は裏表がほとんどない人間なので、その言葉が気遣いや世辞などではなく本心からの言葉であると影人は理解できた。全く頼れる優しい先輩だ。影人は真夏の人柄の良さに思わず小さく笑った。

「じゃあ、悪いけど私はそろそろ行くわね。この後、ちょっとお化け屋敷の悪霊を祓わないといけないから。大学の友達から話を聞いたらまた連絡するわね。バイバイ帰城くん!」

「あ、お気をつけて」

 真夏は立ち上がり影人に手を振るとカフェから出て行った。影人は真夏に手を振り返し、真夏を見送った。

「相変わらず忙しいというか活発というか・・・・・・まあでも、あれでこそ会長だよな」

 影人は残っていたブドウジュースを啜り、飲み干した。そして、立ち上がり伝票を取ろうとした。だが伝票はどこにもなかった。不審に思った影人が店員に尋ねたところ、会計は既に済まされているという。つまり、真夏が影人の分の料金も支払ってくれていたのだ。影人は「何て格好いい先輩だ。さすがは最強の呪術師だ」と都合のいい感想を抱きながらカフェを出た。現金な奴である。

「会長はああ言ってくれてたが、バイトをするならやっぱり早い方がいいよな。やっぱり、俺も出来るだけ自分で探してみるか」

 日数即ちお金だ。ホワイトデーのお返しと卒業祝いにいったいどれだけの金がかかるか――そもそも、何を返したり、贈ったりするかも決めていないが――金は多いに越した事はない。帰ったらネットで調べてみようと影人は考えたが、その前に影人は1つある事を思い出した。

「っ、そうだ。あそこならもしかして・・・・・・」

 こうしてはいられない。影人は早速自分が頭の中に思い描いた場所を目掛けて歩き始めた。













「――なるほどね。それでウチでバイトしたいと」

 約20分後。影人は「タカギ玩具店」にいた。影人の話を聞いたこの店の店主、髙木水錫みすずは納得した様子で頷いた。

「はい。急にこんな事を言ってすみません。失礼は承知の上です。ですが、どうかお願い出来ませんか。短い間ですが必死に働きますので」

 影人は水錫に頭を下げた。影人が思い出した真夏以外のもう1つの伝手、それが水錫だ。水錫とは顔見知りだし、何より水錫は経営者。直接影人を雇う事が出来る。影人が求めているスピーディーさも満たす事が出来るのだ。更にこの場所は「しえら」と違って影人の顔見知りたちが来る事もほとんどない。影人からすれば、絶好のバイト先だった。

「いいよ、って言ってあげたいところなんだけど・・・・・・ごめん。ぶっちゃっけ、このお店バイトを雇わなくても回るんだよね。それに、ウチもそんなに余裕があるわけじゃないし・・・・・・少年の事は気に入ってるし、バイトしてもらいたいのも山々なんだけどね・・・・・・ごめんね」

「っ、そうですか・・・・・・いえ、俺の方こそ突然困らせるような事を言ってしまって申し訳ありません」

 水錫は申し訳なさそうな顔で影人にそう言った。影人はふるふると首を横に振り、水錫に謝罪の言葉を述べる。

「でも、せっかく少年が頼って来てくれたんだから何か力になりたいな。そうだ。私もこの辺りの知り合いに人が足りてないか聞いてみるよ。もちろん、なる早で聞いとくから」

「いや、水錫さんにそこまでしていだたくわけには・・・・・・」

「いいのいいの。少年はお得意様だし、何より私自身が君の力になってあげたいからね。それに、少年の連絡先を合法的にゲットできるチャンス・・・・・・ゴホンゴホン! 何でもないよ。じゃ、取り敢えず連作先を交換しようぜ」

「水錫さん・・・・・・本当にありがとうございます」

 水錫の善意に感動した影人は感謝の言葉を述べると、スマホを取り出し水錫と連絡先を交換した。少し不審な言葉が聞こえた気もしたが、気のせいだろう。水錫は玩具屋の店主だ。夢を売る玩具屋の店主に悪い人物はいない。前髪野郎の謎持論である。

「よし、交換できたね。ぐへへ、やった。現役男子高校生の連絡先ゲット。これでいつでも少年に連絡し放題・・・・・・」

「?」

 一瞬下卑た笑みを浮かべた水錫に影人は首を傾げた。水錫はすぐにいつもの顔に戻ると、自分のスマホをポケットに突っ込んだ。

「よし、じゃあまた連絡するよ! あ、そうだ。少年、実はこの前掘り出し物のプラモを仕入れて――」

 水錫が笑顔で言葉を紡ごうとした時だった。カランという音が響き、誰かが店内に入ってきた。

「よう、水錫。暇だから来てやったよ」

 入って来たのは中年くらいの女性だった。顔は日本人にしては彫りが深い。格好よさを感じさせる美人顔とでも言えばいいか。薄らとしたグレーの髪は長く一本に纏められている。格好は白いシャツに黒のライダースジャケット、ジーパンに黒のブーツというもので、全体的に格好いいという印象を受けるような女性であった。その女性は手にコンビニのビニール袋を持っていた。

「っ、蓮華さん。どうしたんですか?」

 水錫は知り合いだったのだろう。少し驚いた顔で女性の名を呼んだ。影人は玩具屋には少し、いやかなり場違いな客だなと思いつつ(お前が思うな)、前髪の下の目を蓮華と呼ばれた女性に向けた。

「言っただろ。暇だから来たんだよ。今日は仕事が来なさそうだったからね。水錫、酒買って来たから話し相手になっておくれよ」

「え、いや困りますよ。私まだ勤務中なんですから」

「別にいいじゃないか。あんたんとこの先代も、働いてる最中によく私と酒を呑んでたもんさ。それでも客には対応できてたんだから大丈夫だよ」

「ええ・・・・・・もう、じいちゃん何してるの・・・・・・」

 コンビニの袋から酒を取り出した蓮華。蓮華の話を聞いた水錫は呆れた顔になった。

「んん? 水錫。そいつは客かい。随分と前髪が長いねえ。あんた、それでちゃんと見えてるのかい?」

「え、ええ。別に普通に見えてますけど・・・・・・」

 影人に気がついた蓮華は不思議なものを見るような目を影人に向けた。影人は蓮華の馴れ馴れしさに少し戸惑いながらもそう返事を返す。

「ほー、そうかい。にしても、随分と暗い見た目だね。あんた、モテないだろ」

「ちょっと蓮華さん! いきなり失礼でしょ! 全くもう・・・・・・ごめんね少年。この人こんなんだけど悪気はないの。凄いサッパリとしてるっていうか、あんまり嘘つけないタイプっていうか・・・・・・」

「あー、いえ悪気がない事は何となく分かりますから・・・・・・じゃあ、俺はこれで」

「ごめんね。またバイト探してる人いたら連絡するから」

 苦笑いを浮かべながら影人は店を出ようとした。水錫は軽く両手を合わせて影人を見送った。

「何だい。あんた、バイトを探してるのかい。だったら、私のとこで働いてみるかい」

「え?」

 蓮華からの突然申し出に影人は思わず驚いた声を漏らした。影人の反応を見た蓮華はニヤリと笑う。その笑みは、なぜか物語の魔女を連想させた。

「ちょうど昨日デカい仕事を受けてね。人手が欲しかったところなんだよ。ちなみに言っておくと、私の仕事はさぐうかがう者・・・・・・探偵さ」

 そして、蓮華は自身の職業を影人に告げた。

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