第484話 バレンタイン恋騒劇(17)
「こ、香乃宮・・・・・・? な、何でお前が・・・・・・」
光司の姿を見た影人は震えた声でそう呟いた。
「え、香乃宮くん!?」
「意外な人物の登場ね・・・・・・」
まさかの光司の登場に陽華と明夜は驚いた様子を見せた。
「香乃宮くん・・・・・・ここで香乃宮くんかぁ。何だか凄くアレな予感がするけど、気のせいかな・・・・・・」
「いえ、あなたの予感は恐らく正しいですよ早川暁理。今まで観測データから予測を立てましたが、ここから香乃宮光司が帰城影人に何かする確率は99パーセントです」
「ええ・・・・・・やっぱり?」
一方、暁理とイズは光司を見てそんな会話を交わした。
「いらっしゃい」
「やあ」
「ハロー」
「『騎士』か。奇遇だな」
「こんにちは」
「まあ、また顔見知りの方が。こんにちは」
他の者達は光司を見ても特に驚いた様子はない。店主であるシエラはいつものように来店を歓迎する言葉を、ロゼ、ソニア、アイティレ、ソレイユ、キトナは光司に挨拶の言葉を送った。それ以外の者たちはジェスチャーで光司に挨拶をする者もいれば、特に光司に反応を示さない者もいた。
「何だお前。邪魔をするな。吾は今から影人に手作りチョコを渡すべくイチャイチャ勝負をするんだ」
「これは光司様。ご機嫌麗しゅうございます。ですが、今は零無様が言うように取り込み中でして。私もご主人様に手作りチョコを渡すべく、ご主人様と勝負をしなくてはならないのです」
零無は光司を邪魔そうに睨み、ナナシレは光司に自分の状況を伝える。2人の言葉を聞いた光司は「?」と首を傾げた。
(そりゃ首を傾げるわな・・・・・・)
光司の反応は尤もだ。急にそんな訳のわからない事を聞かされて状況を理解できる人物なんていない。影人がそんな事を考えていると、光司は得心した様子で頷いた。
「ああ、なるほど。皆さんはバレンタインのチョコを帰城くんに渡すために勝負をしていたんだね。確かに、帰城くんは素直にお菓子を受け取るような性格じゃないからね。それで、お2人も今からその勝負をするんだね」
「なっ・・・・・・」
だが、なぜか光司はすぐに状況を理解した。影人は思わず驚きの声を漏らす。まさか、今の零無とナナシレな言葉だけで答えに辿り着いたというのか。さすがは香乃宮光司。恐るべしである。
「ほとんど正解よ。でも、勝負は影人が負けたらお菓子を受け取る、という事じゃないわ。影人が勝ったらお菓子を手に入れる事が出来るといった形式よ。だから、そこにあるお菓子は影人が勝ち取って得たものというわけ」
「なるほど。確かに、帰城くんは勝負となると何だかんだ手は抜けない所があるし、そちらの方が作り手も嬉しいし気持ちがいい。みんながより幸せになれる形式だ。素晴らしいです」
シェルディアの補足の言葉に光司は納得した様子で称賛の言葉を述べる。いったい何が素晴らしいのか。全く分からない。影人には光司の感性が理解出来なかった。
「それで香乃宮くんは何でここに? 普通にお茶に来ただけ? それとも・・・・・・」
明夜はチラリと影人の方に目を向けた。明夜はつまり、影人が目当てかと暗に言っているのだ。明夜の言わんとしている事を察した光司は軽く苦笑する。
「半分半分といったところかな。『しえら』でお茶も飲みたかったし帰城くんにも会いたかった」
「サラッとゾッとするような事を言うな! 何でこんな日に俺に会いたいんだよ! もう嫌な予感がしまくりだぞおい! あと、何で俺のいる場所が分かったんだよ!?」
恐怖を感じた影人は半ば叫ぶように光司にそう言葉を放つ。光司は爽やかな笑顔を崩さず答えを述べた。
「今日という日にかけて言うなら・・・・・・愛の力、かな」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
光司の答えを聞いた影人はあまりの恐怖に絶叫し、明夜は興奮から絶叫し、陽華は驚愕したように絶叫した。3人の絶叫が店内に響き渡る。シスは鬱陶しそうにダークレッドの瞳を影人たちに向けた。
「おい、うるさいぞ貴様ら。それ以上喚くようなら殺すぞ」
「仕方ねえだろ! 叫びたくもなるわ! 俺はいま恐怖のどん底にいるんだよ! 香乃宮ァ! 冗談でもそんな事言うなぁ!」
「これは熱いわ! 激アツよ! 何がとは言わないけど! ああ、男子の友情はかくも美しいわ!」
「あ、愛・・・・・・愛ってあの愛だよね。え、香乃宮くんって帰城くんの事・・・・・・」
影人、明夜、陽華は三者三様の反応を示す。そんな3人を見た光司は楽しそうに口元を緩める。
「あはは、ごめんごめん。ついイタズラ心がね」
「何がイタズラ心だ! お茶目で済まされるライン超えてるわ!」
光司は冗談である事を暗に認めた。影人は内心でホッとしながらもキレ気味に吠えた。
「・・・・・・香乃宮くんってさ、影人が絡むとなんかこうアレだよね」
「先ほどから指示語が多いですよ早川暁理。アレでは具体的に何が言いたいのか分かりません。・・・・・・まあ、言いたい事は分かりますが」
「ふふっ、分からないのか分かるのかどっちなのかしら。でも、彼が来た事で更に面白く・・・・・・いえ、賑やかになりそうだわ」
「・・・・・・実は彼がダークホースだと私は思ってるんだよね」
「僕も同意見だね。レール、守護者の彼には気をつけるんだよ。これ、割と真面目な話だからね」
「? な、何を言っているんだ兄さん・・・・・・?」
「ま、まさかそんな可能性が・・・・・・」
「ふむ。これもまた・・・・・・だね」
「影人さんと光司さんは本当に仲良しさんですね」
その光景を見ていた暁理、イズ、シェルディア、ソニア、レゼルニウス、レイゼロール、アイティレ、ロゼ、キトナがそんな会話を交わす。会話は光司の耳にも入って来たが、光司は全く気にした様子はなかった。
「ん、お待たせ。悪いけど、席がないからこれに座って」
「ありがとうございます。あと、すみませんがカフェオレを頂けますか」
シエラがバックヤードから新たなイスを持って来て、カウンターの前に置く。光司はそのイスに腰掛けると、今日の気分のままにシエラに注文を伝えた。光司からオーダーを受けたシエラは「分かった」と頷くとカウンター内に戻った。
(くそっ、マジで最悪だ。最悪中の最悪の展開になりやがやった・・・・・・)
冷や汗をだらだらと垂らしながら影人は己の運の無さを呪った。もうこっそり逃げ出す事も出来ない。零無とナナシレと勝負をする事は確定したようなものだ。更に、もしも、もしも光司もバレンタインのお菓子を持っていて、影人と勝負をしたいなどと言い出したら――
「あ、そうだ。実は僕も、友チョコというものに憧れて、一応バレンタインのお菓子を用意していたんだ。という事で、僕もその勝負というものに参加してもいいかな?」
(終わった・・・・・・)
光司の言葉を耳にした瞬間、影人は絶望の底に突き落とされた。もはや叫び声すら出なかった。影人はその場に崩れ落ちた。半開きになった口からは魂のようなものが抜け出していた。
「別に構わないわよ。でも、その前にそっちの2人の勝負が先だからあなたはその後ね」
「了解したよ」
当然のようにシェルディアが許可を出す。光司は笑顔で頷いた。
「そうだ勝負だ! 影人! 早く吾と勝負をしよう!」
「私も早くご主人様にこのチョコをお渡ししたいです!」
「あーもう! 分かった! 分かったよクソ! やりゃあいいんだろ! やってやるよ!」
シェルディアの言葉に触発されたように、零無とナナシレが再び影人にそう言ってくる。やけくそになった影人は勝負を受け入れた。
「ただし1人1人はめんどくさいから纏めてだ! こっちはマジで体力がもうないんだよ! お前もだ香乃宮! 3人纏めて相手してやる! それ以外は受け付けん! 分かったか!?」
零無、ナナシレ、光司を指差しながら影人はそう条件を突きつけた。影人の条件を聞いた零無は「なっ!?」と予想外だという反応になる。
「なぜだ!? なぜこいつらと2人と一緒に!? それでは存分にイチャイチャできないじゃないか!」
「んなもんはどうでもいいししなくていいんだよ! で、どうするんだ!? やるか、やらないか! それ以外の答えはねえぞ!」
抗議の声を上げる零無を影人はキッパリと跳ね除けた。影人の意志が固い事を悟った零無は「ぐっ・・・・・・」と困った顔を浮かべた。
「零無様。ここはご主人様の提案を受け入れるしかありません。私たちの第1の目的は、ご主人様にチョコをお渡しする事です」
「そうだね。ここは駆け引きをする場面じゃない。選択を間違えば、全てが水泡に帰す」
「うるさい! 貴様らに言われなくとも分かっている! 分かった。影人、お前の条件を飲もう!」
ナナシレと光司の言葉にそう返しながら、零無は影人にそう言った。零無も影人の事はよく分かっているため、ナナシレと光司の指摘が真実であると理解していた。
「じゃあさっさと勝負の方法を考えろ! 5分やる! それまでに勝負方法を考えられなきゃ、勝負はしないからな!」
前髪はそう言ってスマホのタイマーを起動させた。そして、きっちり5分、時間を計り始めた。
「おいどうする? 吾が考えていた勝負方法は1人用のものだ。複数人を想定してはいない」
「私もでございます。複数人でご主人様に勝負を挑み、かつ確実にご主人様に勝っていただく方法となると・・・・・・中々思いつきませんね」
「帰城くんに確実にお菓子を渡せる勝負方法なら1つだけ考えたよ。こういう方法なんだけど・・・・・・」
光司は零無とナナシレに小さな声でその勝負方法の内容を伝えた。
「・・・・・・確かに、その方法なら確実にご主人様に勝っていただく事が出来ますね。些か、というかかなり卑怯な方法ではございますが」
「だが、それだと全く影人とイチャイチャ出来ないぞ。チョコを渡すのも大事だが、吾は影人とイチャイチャしたいんだ!」
「それは私もでございます。ですが・・・・・・」
「僕たちの第1の目的はさっきナナシレさんが言ったように、帰城くんにお菓子を渡す事です。何を優先すべきか、聡明な零無さんになら分かりますよね?」
「・・・・・・おい人間。お前、先程から吾を諭しているつもりか」
零無は不快さを隠さぬ顔を光司に向ける。零無は常人なら震えて泣き出してしまうほどの中々にえげつないプレッシャーを放っていたが、しかし光司は涼しい顔でかぶりを振った。
「まさか。僕はあなたよりも上だとは無意識にも思っていませんし、そこまで驕ってもいませんよ。零無さん、僕たちは帰城くんにお菓子を渡したい同志です。僕の言葉は真心から出たもの。どうか、その事を分かっていただきたいです」
光司は物怖じせず、真摯に零無に自分の想いを伝える。光司の言葉を受けた零無は少しの間ジッと光司を見つめた。
「・・・・・・ふん。いいだろう。今回は貴様の意見に耳を貸してやる。吾は寛大だからな」
「ありがとうございます」
零無はつまらなそうな様子で光司の言葉を聞き入れた。光司は零無に感謝の言葉を述べると、影人の方に顔を向けた。
「帰城くん、勝負の方法が決まったよ」
「ちっ・・・・・・で、どんな方法だ」
影人は舌打ちをするとタイマーを消した。影人に促された光司は影人に勝負の方法を告げた。
「簡単ですぐに済む方法だよ。今から僕たちは帰城くんにある質問をする。その質問に帰城くんがはいと答えれば帰城くんの負け。いいえと答えれば帰城くんの勝ちだ。どうだい、シンプルだろう?」
「・・・・・・確かにバカみてえにシンプルだな。いいぜ、それならすぐに終わりそうだ」
影人は光司の提案した勝負方法を了承した。
「ありがとう。じゃあ、僕から。ああ、帰城くんに投げかける質問は僕たち全員同じだから安心してほしい。もう1度だけ言っておくけど、帰城くんがはいと言えば僕たちの勝ち。帰城くんがいいえと言えば僕たちの負けだ」
「くどい。早くその質問とやらをしろよ」
影人が光司に促しをかける。光司は「ごめん。でも大事な事だから」と苦笑した。
「質問を始めるね。帰城くん、これを受け取ってくれませんか?」
光司は懐から綺麗に包装された小さな白い箱を取り出した。箱の表面には、見知った高級チョコの店の名前が英語で書かれていた。
「っ・・・・・・」
光司が受け取れと言っているのは、どう見てもバレンタインチョコだった。そこで、ようやく影人は気づいた。
(くそっ、ハメられた・・・・・・!)
影人がはいと答えれば、光司は普通にこのチョコを影人に渡すだろう。仮に影人がいいえと答えても、勝負は影人の勝ちで結局このチョコを受け取る事になる。つまり、どっちにしても影人はチョコを受け取る事になるのだ。
「・・・・・・香乃宮、お前それは卑怯が過ぎねえか」
「それは重々承知だよ。でも、勝負は勝負だ。そして、君はそれを受けた。そろそろ、答えを頂戴してもいいかな?」
「・・・・・・ちっ! いいえだ」
どちらにせよチョコを受け取らなければならない事に変わりはなかったが、素直にはいと言いたくなかった影人はそう返答した。光司はそんな影人の答えを――正確には性格を読んでいたのだろう――やっぱりといった感じで笑った。
「残念。僕の負けだ。じゃあ、君の勝ちだからこれを渡させてもらうよ」
光司は全く残念ではなさそうに影人にチョコを渡して来た。影人はそれを受け取るしかなかった。
「マジで納得いかねえ・・・・・・」
「世の中はそういう事もあるよ」
「理不尽を押し付けて来た奴が理不尽を語るんじゃねえよ。・・・・・・ちっ、言いたくねえが一応言っとく。ありがとな」
渋々といった様子で影人は光司に感謝の言葉を述べる。例え、不本意だったとしても贈り物をもらったのだ。感謝の言葉を述べなければ、人としてあまりにもアレだろうと影人は思った。
「どういたしまして。帰城くんって律儀だよね。やはり君は素晴らしいよ」
「意味不明な事を言うな! おい零無、ナナシレ! どうせお前らも同じだろ! さっさとしろ!」
「そんな!? それはあまりに雑過ぎるぞ影人!」
「そうですよご主人様!」
「うるせえ!」
ショックを受ける零無とナナシレを影人は乱暴に怒鳴りつける。そして、影人は零無とナナシレから先程の光司と同じ質問を受け、2人からチョコを受け取った。
「ううっ、酷いよ影人。あんなのは流れ作業だ・・・・・・」
「私も零無様に同意です・・・・・・」
零無とナナシレは意気消沈していたが、影人は2人を無視する。そして、大きく息を吐いた。
「ふぅ・・・・・・今度こそ、本当に終わりだな。じゃあ、悪いが俺は先に失礼させてもらうぜ。今日はちょっとマジで疲れてるからな」
影人は自分が勝ち取った全てのチョコを袋――シェルディアが用意してくれていた――に詰め込むと立ち上がった。
「そうね。今日はよく頑張ったわ影人。お疲れ様」
「バイバイ!」
「アディオスよ」
「ちゃんと食べろよな」
「さっさと帰ってください」
「感想、絶対聞かせてね♪」
「よい夜を」
「ゆっくりと休むといい。また会おう」
「また明日。影人さん」
「さよならです影人」
「ふん。またな」
「じゃあね」
「いいですか。ちゃんとレイゼロール様のチョコを食べるんですよ」
「またの」
「では」
「また神界に茶でも飲みに来ておくれ〜」
「バイバイ影人くん」
「今日はありがとう。気をつけて帰ってね帰城くん」
「また来てね」
「おい影人。今度はコーヒーを頼めよ。俺様が直々に淹れてやる」
シェルディア、陽華、明夜、暁理、イズ、ソニア、ロゼ、アイティレ、キトナ、ソレイユ、レイゼロール、ゼノ、フェリート、白麗、シトュウ、ガザルネメラズ、レゼルニウス、光司、シエラ、シスが影人に別れの挨拶を述べる。影人は「ああ」と片手を上げると、「しえら」を後にした。影人に憑いている零無と、影人に宿っているナナシレも影人と共に外に出たのだった。
「や、やっと家に着いた・・・・・・」
自宅に帰って来た影人は玄関にバレンタインのお菓子が入った袋を置いた。この袋が重かった。入っているお菓子の数的に重くなるのは仕方ない事だが、疲れ切った体で学校の鞄と一緒に持つ事で、袋は実際の重さよりも重く感じられた。
「た、ただいまー・・・・・・」
バレンタインのお菓子の入った袋を自分の部屋に置いた影人はリビングに向かった。ついでに零無も部屋で待機するように置いて来た。理由は単純でうるさいからである。
「おかえり。どうしたのあんた。凄い疲れてるみたいだけど」
「・・・・・・遅」
リビングでは既に夕食を終えたのか寛いでる日奈美と穂乃影の姿があった。日奈美は雑誌を、穂乃影はスマホを手にしていた。
「ちょっと予想外のハプニングに巻き込まれてさ・・・・・・実際凄い疲れてるんだよ」
「なにそれ。まあどうでもいいわ。ご飯できてるから、さっさと食べちゃいなさい。今日は豚生よ」
「ありがと」
影人は日奈美に感謝の言葉を伝えると、キッチンで手を洗い、コップにお茶を入れ、食卓に着いた。ちなみに、日奈美が言った豚生は豚の生姜焼きの略だ。影人は手を合わせると白飯に箸を入れた。
(ようやっとゆっくり出来るぜ・・・・・・)
白飯の美味さを噛み締めながら影人は内心でそう言葉を漏らす。現在の時刻は午後7時過ぎ。影人が陽華たちと共に「しえら」を訪れたのは午後4時くらいだったので、約3時間の時が経過していた。結構な時間といえば時間だが、影人には「しえら」にいた時間がそれよりも長く、凄く長く感じられた。具体的には17話分、2ヶ月ほど。よく分からないが、唐突に影人の中にそんな数字が浮かんできた。
「ごちそうさまでした」
夕食を食べ終えた影人は手を合わせると、食器をシンクまで運んで洗った。そして、影人は部屋に戻ろうとした。影人は今から食後のデザートにバレンタインのお菓子をいくつか片付けなければならない。全て食べ終えるのに何日かかる事か、虫歯にならなきゃいいけどと思いながら影人が部屋へ向かおうとすると、穂乃影が声を掛けてきた。
「・・・・・・ちょっと待って」
「ん? どうした穂乃影?」
影人が穂乃影にそう聞き返す。日奈美はコンビニに出かけているので、リビングにいるのは影人と穂乃影の2人だけだった。
「・・・・・・ん」
穂乃影はポケットから何かを取り出すと、影人の方に向かってそれを投げて来た。影人は反射的にそれをキャッチした。
「おっと・・・・・・」
影人は穂乃影が投げて来た物に視線を向けた。そこにあったのは見覚えのある四角い小さなチョコだった。コンビニになどでよく見かける安価なチョコ、チ◯ルチョコである。
「これ・・・・・・」
「・・・・・・朝うるさかったから一応買って来ただけ。言っとくけど、ホワイトデーの返しとかは別にいらないから」
驚く影人に穂乃影はふいと顔を背けながらそう言った。影人はプルプルと感動から震えた。
「ほ、穂乃影ぁぁぁ! ありがとう! 本当ありがとうな! 正直今日1番嬉しいぜ! ホワイトデーは絶対何かいい物返してやるからな!」
「いや、だからいらないって・・・・・・というか、泣いてるの? チ◯ルチョコで? キモっ・・・・・・」
その場で感涙を流したシスコンキモキモ前髪野郎に穂乃影はドン引きした。
――長く騒がしいバレンタイン劇はこうして幕を下ろした。
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