第483話 バレンタイン恋騒劇(16)

「じ、時間に干渉した・・・・・・?」

「・・・・・・帰城くん。それはつまりあれかしら。よく漫画とかである、時を止めた・・・・・・って事?」

 影人の放ったその言葉に、陽華と明夜は目を瞬かせた。驚き戸惑っているのは2人だけではない。他の多くの者たちも2人と同じような反応を示していた。

「いや、流石のスプリガンの力でも世界の時を丸ごと止める事は出来ねえよ。俺がしたのはあくまでお前らの攻撃を遅くしただけだ」

 影人はかぶりを振ると、具体的に自分が何をしたのかを説明し始めた。

「さっきも言ったが俺が使ったのは『停止』の力だ。これは、文字通りモノを停止させる力だ」

 『停止』の力。それはまだイヴが悪意であった頃、キベリアとの戦いの時にイヴが影人の体を乗っ取った時に使用した力だ。今まで影人はこの力の事は知っていたが、戦いではほとんど、いや恐らく1度も使った事がなかった。別に影人はその力を忘れていたわけではない。使わなかった理由にはそれなりの理由がある。

「ただ、この力は生命を持ったモノには効かない。加えて、力の燃費もまあ悪い方だ。便利な様に見えて、それなりにデメリットが大きい。だが、俺は今回お前らの最大浄化技に対してこの『停止』の力を使った。理由は単純。この力を使わないとお前らの最大浄化技を凌げなかったからだ。今言ったように、『停止』の力は生命を持たないモノには有効だ。そして、お前らの最大浄化技は生命の波動こそ感じられるが、生命を持ってはいない。だから、『停止』の力はお前らの最大浄化技に干渉できた」

「君にはその干渉が重要だったわけじゃな」

「ああ。そうだよガザルネメラズさん。弱体化した俺でも抵抗できる。この事実が重要だった」

 ガザルネメラズの言葉に影人が頷く。影人は説明を続けた。

「俺は朝宮と月下の光に飲まれる寸前で『停止』の力を発動した。本来なら、この力は文字通り対象を停止させる力なんだが・・・・・・あの時の俺はかなり弱体化してたし、力の残量も少なかった。しかも、そこから反撃する余力も必要だった。だから、俺は出来るだけ少ない力で『停止』を使わなきゃならなかった」

「よく分からないが・・・・・・それで、陽華と明夜の最大浄化技を凌げるのか?」

 アイティレが影人に疑問をぶつける。光輝天臨した陽華と明夜の最大浄化技は、恐らく光導姫が放つ技の中で最も威力が高く、浄化の力が強い。そんな技を不完全な力でどうにか出来るとは、アイティレにはどうしても思えなかった。

「いや、普通は無理だ。だが、俺はどうにかするしかなかった。そこで、ちょっと力の使い方を工夫した。具体的には対象と『停止』の力の出力を調整したんだ」

「? どういう事ですか?」

「まず、対象を最大浄化技じゃなく、俺の前方の空間に限定した。干渉の対象を最大浄化技じゃなく空間にする事で、更に力を抑えられたからな。要は直接干渉じゃなく間接干渉だ。力の出力については単純で、『停止』の力の出力を弱にした。結果、何が起きるか。俺は最初に言ったぜ」

「攻撃が遅くなる、だね」

 首を傾げるソレイユに影人はそう返答する。レゼルニウスは呟くようにそんな言葉を述べた。

「そうだ。俺の前方の空間には弱い『停止』の力が施されている。朝宮と月下の最大浄化技は必然的にその空間に触れる。弱い『停止』の力が施された空間に触れた最大浄化技は少しだがスローになる。その結果、光の奔流が俺を完全に飲み込むまでに数秒のタイムラグが発生する。俺はそのタイムラグを利用して、闇の腕を創造した。そしてその闇の腕に、動けない体を奔流に飲み込まれない場所に向かって投げるように命令した。同時に自分の体に透明化の力も施した。こうして、俺は朝宮と月下の攻撃を凌いだってわけだ」

 説明を終えた影人は少し疲れたのか、水を口に入れる。そして、「ふぅ」と息を吐いた。

「・・・・・・一応、確認にはなりますが、光が収まった後にいたのは分身ですね? 光導姫たちに勝ったと思わせるための罠といったところでしょうか」

「おう。体が動くまでの時間を稼いで朝宮と月下の背後を取りたかったからな。人間っていうのはある程度予想しちまう生き物だ。で、予想通りの光景があったら疑念なんてほとんど湧いてこない。まあ、分身を仕込むタイミングはちょっと苦労したけどな。光が収まるタイミングジャストで拵えなきゃだったしよ」

 フェリートの質問に影人は何でもないようにへらりと笑った。そんな影人をゼノはジッと見つめた。

「・・・・・・よく土壇場でそんな方法を思いつくよね。例え、俺が君と同じ力を持っていたとしても俺にはそんな方法はきっと思いつかないだろうな」

「そうか? 普通の想像力と発想力、あと少しの経験がありゃ誰でも思いつくと思うが」

 どこか呆れるような顔のゼノに影人は不思議そうに首を傾げる。どうやら、影人は自分の異常性をあまり理解してはいないようだ。

「な、なるほど・・・・・・帰城くんがだいぶ頭がおかしいって事は分かったわ」

「おい月下。今の話のどこをどう聞いたらそんな感想になるんだよ。お前やっぱりバカだな」

「なっ、私はバカじゃないわよ!」

「そうです。明夜はちょっとお間抜けさんな所が多いだけで、バカではありません。明夜への侮辱は許しませんよ帰城影人」

「ちょ、イズちゃん!?」

「それをバカって言うんだよ」

 全くフォローになっていないイズの言葉に明夜が軽く悲鳴を上げる。影人はそんな明夜を見ながら呆れた様子でそう呟いた。

「き、帰城くんが私たちの最大浄化技を凌いだ方法は分かったよ。帰城くんが2人いた事も、私たちが帰城くんに背後を取られた理由も分かった。でも、最後の攻防については分からない。帰城くんは、私たちが最後に反撃してくるって分かってたの?」

 影人が陽華と明夜の背後から不意打ちを仕掛けた時、陽華と明夜は反射的に反撃した。どうしてあの時反撃できたのかは、当の本人である陽華にも分からない。恐らく、明夜も同じだろう。あの反撃は陽華と明夜にとっても予想外の、一種の奇跡の反撃であった。

 それなのに、影人はまるでその反撃を読んでいるかのようだった。影人があの女の子――確かイヴと言ったはずだ――を使って陽華と明夜の意識を奪ったあの方法は、陽華と明夜の反撃を予想していないと出来るものではないはずだ。

「別に完全にお前らが反撃してくるって予想してたわけじゃないぜ? ただ、お前らならもしかしたらと思ったから保険を掛けておいただけだ。で、お前らは見事に反撃してきた。まあ、イヴを仕込んでなかったら間違いなく俺の負けだったな。いやー、マジで危なかったぜ」

「「っ・・・・・・」」

 影人は軽く頭を掻きながらそう答えた。やはり、影人は陽華と明夜の反撃を予想していたのだ。陽華と明夜は、いや2人だけではない。ソレイユ、暁理、ソニア、アイティレ、ロゼ、ガザルネメラズなども驚愕の表情になる。影人は陽華と明夜を過大に評価していたわけではなく、どこまでも正確に2人の実力を把握していたのだ。驚いた者たちは影人の極めて鋭い観察眼に舌を巻いた。

「ふふっ、少し妬けちゃうわねレイゼロール」

「・・・・・・何の事だ」

「分かってるくせに。影人がそれだけ陽華と明夜を見続けて理解している事よ」

 シェルディアはちらりとレイゼロールに視線を向けた。レイゼロールは不機嫌そうに影人を見つめながら、小さな声でこう言った。

「ふん・・・・・・別にあいつが見続け理解している相手はあいつらだけではない。それだけだ」

「あらあら・・・・・・」

 レイゼロールの言葉はシェルディアにとって少し意外だった。シェルディアは思わず微笑んだ。

「はっ!? 僕のレール可愛いセンサーに反応が! レール! どうかしたかい!?」

 レゼルニウスがハッとした顔でレイゼロールに詰め寄る。レイゼロールは心底嫌そうな顔で「何でもない」とレゼルニウスから一歩身を引いた。

「うーむ、あやつ見た目はいいくせにキモいのう」

「レゼルニウス・・・・・・」

「ふふっ、賑やかですねえ」

「流石はレゼルニウス様ですね。私のセンサーでは引っ掛からなかった。執事として見習わなければ」

「見習う必要あるかな?」

 白麗とシトュウはレゼルニウスに残念なものを見るような目を向け、キトナは笑みを浮かべる。フェリートは自省しゼノは首を傾げた。

「種明かしはこんなもんだ。まあ、せいぜい今後に活かせよ」

「う、うーん・・・・・・活かせる、かなぁ・・・・・・」

「帰城くんだから逆転されたって感じよね・・・・・・」

 影人が説明を終える。影人の話を聞いた陽華と明夜は何とも微妙な顔で互いに顔を見合わせた。

「ほら、俺の勝ちだ。さっさと景品寄越せよ」

「「?」」

 影人が陽華と明夜に向かって右手を伸ばす。影人にそう言われた2人は一瞬首を傾げたが、すぐに自分たちがなぜ戦っていたのかを思い出した。

「ああ、そう言えば私たちのチョコを賭けて戦ってたのよね。余りにも濃い戦いだったから忘れてわ」

「途中までは覚えてたんだけどね。でも、嬉しいな。帰城くんが私たちのチョコを欲しがってくれるなんて」

「そうね。悪い気はしないわ。ふふっ、帰城くんもしっかり男の子ね」

「いや、別に欲しくはないぞ。ただ、あんだけ必死に戦ったから貰っとかないと割に合わないってだけだ。まあ、お前らを正面からぶっ倒したトロフィー的な物だな」

「「酷い!?」」

 何を言ってるんだ的な顔の影人にそう言われた陽華と明夜は揃って悲鳴を上げた。ドクズここに極まれり。冗談でも何でもなく前髪野郎は本気でそう言っているのだと、喫茶店の中にいる者たちは理解していた。そのため、多くの者たちはドン引きしたような顔を浮かべていた。

「はぁ・・・・・・ブレないわね帰城くんは。正直、そんな事を言う人にチョコを渡したいとはあんまり思わないけど・・・・・・いいわ。負けは負けだしね」

「だね。じゃあ、はい帰城くん。これ、あげるね」

 陽華は立ち上がり影人の方に向かうと、どこからか取り出したチョコを影人に渡して来た。チョコは可愛らしい赤い箱に入れられ、淡いピンク色のリボンに包まれていた。

「これは私からよ。帰城くん、ハッピーバレンタイン」

 明夜も立ち上がり陽華の横に並ぶと、影人にチョコを渡して来た。明夜のチョコはクールな水色の箱に入れられ、青いリボンでラッピングされていた。

「・・・・・・じゃあ、貰っておくぜ。ありがとうな」

「うん。頑張って作ったからちゃんと食べてくれると嬉しいな!」

「また感想聞かせてちょうだいね。まあ、美味しいとは思うけど」

 影人は素直に2人からのチョコを受け取った。陽華と明夜は明るい顔で影人にそう言葉を送る。

「これで、全ての勝負は終わったわね。おめでとう影人。あなたは見事に全ての勝負に勝った。ふふっ、流石ね」

 シェルディアがパンと手を叩く。シェルディアから称賛の言葉を送られた影人は「あー・・・・・・」と少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

「・・・・・・まあ、一応な。勝負は負けるより勝つ方が気分はいいし。全勝できて取り敢えず良かったよ。でも、その結果がこれなわけだが・・・・・・」

 影人は自分の前に置かれているバレンタインのお菓子の山を見つめる。キトナ、ロゼ、ソニア、イズ、シトュウ、白麗、アイティレ、ソレイユ、レイゼロール、暁理、シェルディア、陽華、明夜。計13個のバレンタインのお菓子は、当然ながら影人の人生史上、最高記録だ。

 普通の男子なら泣いて咽せ、至上の喜びを感じるかもしれないが、感性が小学生で止まっている前髪は、バレンタインに女子からお菓子を貰うのはダサい、恥ずかしいと思わずにはいられなかった。

(まさか、俺の人生においてこんな数の菓子をもらう事になるとはな・・・・・・孤高の一匹狼としては恥以外の何者でもねえ。だが・・・・・・)

 人としてはこれらを無碍には出来ない。影人にはこのお菓子にいったいどのような想いが込められているのか分からない。まあ、恐らくは義理チョコだろうし、大した想いは込もっていないかもしれない。

 しかし、それでも贈り物は贈り物だ。そして、影人は贈り物を返却するほどクズではない。影人は照れを隠すように頭を掻いた。

「あー、その・・・・・・なんだ。改めて、一応ありがとう――」

「「出来た!!」」

 影人がお菓子をくれた者たちに対し、素直に感謝の言葉を述べようとすると、零無とナナシレの声が店内に響き渡り影人の言葉を遮った。零無とナナシレはその手に影人への手作りバレンタインチョコを携えると、一瞬で影人の元へと詰め寄った。

「影人! お前のために作った究極のチョコレートだ! 安心してくれ! 『無』の力で時間の概念を無くして556万回の試行の上に辿り着いたチョコだ! 間違いなくお前の口に合う! さあ、吾の愛を受け取ってくれ!」

「ご主人様! 私もご主人様のために至高のチョコレートを作らせていただきました! 私はご主人様と出会ってまだ短い時しか過ごしていませんが、ご主人様に対する気持ちは誰にも負けません! ご主人様への想いは常にバーニングでございます! ご主人様! 私のこの想いをどうか受け取っていただきたく!」

「っ・・・・・・」

 急に愛が激重な零無とナナシレにチョコを突き付けられた影人は、ドン引きしたような顔になった。最悪だ。1番ヤバい奴らの事を忘れていた。このチョコだけは絶対に受け取りたくない。愛が重い奴ヤンデレから贈り物を受け取るな。古事記にも書かれている(書かれていない)。だが、受け取らなければ絶対に面倒な事になる。影人は軽く泣きそうになった。

(ど、どうする。どうする帰城影人。どうすればこの状況を切り抜けられる・・・・・・!?)

 影人は必死に考えた。だが、疲れ切った影人の頭はこの窮地を打破する方法を全く思いつかなかった。

「ダメよ、あなた達」

(じょ、嬢ちゃん・・・・・・!)

 すると、シェルディアが零無とナナシレに向かってそう言った。影人は一縷の希望を宿した目をシェルディアに向ける。流石は自分の師匠だ。やはり頼りになる。影人はシェルディアが自分を助けてくれると信じていた。

「言ったでしょ。あなた達もチョコを渡したいなら、ちゃんと勝負をしなさい。じゃないと不公平だわ」

(ち、違う。そうじゃないんだ・・・・・・!)

 だが、続くシェルディアの言葉は影人の予想を裏切るものだった。影人はガクリと肩を落とした。

「はぁ〜? 何で吾がわざわざそんな事をせねば・・・・・・」

「いえ、これは良い提案ですよ零無様。場合によれば、合法的にご主人様とイチャイチャ出来ます」

「すぐに勝負の方法を考えなくてはな!」

 ナナシレの言葉に一瞬で態度を変えた零無は、勝負という名目で影人とイチャつく方法を必死に考え始めた。ナナシレも零無と同じように勝負について思考し始めた。零無とナナシレは無・零の力で自分の周囲の空間を隔絶していたので、他の者達の勝負を見ていなかった。

(マズい。もうあいつらと勝負する体力なんて残ってねえぞ! 何とか、何とか逃げないと・・・・・・!)

 影人は零無とナナシレが考えている隙に、ゆっくりと立ち上がった。そして、自分は透明人間だと思い込み、出来るだけ影を薄くしようと努めた。影を薄めた(と思い込んでいる)影人は、そろりそろりと入口に向かった。

(よ、よし。奇跡的にバレてない。今なら行ける!)

 影人はドアの取っ手に手を掛けた。影人は力を加えてドアノブを回そうとした。

 だが、その前にドアノブは回されドアが開かれた。

「え・・・・・・」

 外から開けられたドア。外にいた人物を前髪の下の目で確認した影人は、思わずそんな声を漏らした。

「やあ、帰城くん」

 そこにいたのは香乃宮光司であった。光司は影人の姿を見ると、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべた。

 ――どうやら、騒がしき愛の日はまだ終わりそうにはないようだ。

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