第482話 バレンタイン恋騒劇(15)

「っ・・・・・・」

「・・・・・・帰城影人が避けた様子はなかったですね」

「勝負あり、かな」

 影人が陽華と明夜の放った最大浄化技の光に飲まれた。その光景を見ていたソニアは息を呑み、イズはそう呟き、ロゼは軽く両目を閉じた。帰城影人が、スプリガンが負けた。その事実が観戦者たちの中に広がり始める。

「・・・・・・?」

 シトュウもそんな者たちの内の1人だった。だが、シトュウは他の者たちとは少し違う顔色で軽く首を傾げていた。

「どうかされました『空』様? 不思議そうな顔をなさっていますが・・・・・・」

「いえ、一瞬だけ時の揺らぎのようなものを感じた気がしたのですが・・・・・・恐らく気のせいです。何でもありません」

 ガザルネメラズはそんなシトュウに気付き言葉をかける。しかし、シトュウはそう言うとふるふると首を横に振った。

「・・・・・・」

 やがて光が収まると、そこには両膝を地面に突き天を仰いでいる影人の姿があった。極限の光によって浄化された影人はスプリガンの形態を解かれていた。そこにいたのは変身する前の、普段の帰城影人であった。その光景が意味するのものはただ1つ。影人にもう戦う力は残されていないという事。

 つまり――

「勝った・・・・・・スプリガンに・・・・・・勝った。勝ったんだ。本当に私たちが・・・・・・勝ったんだよ明夜!」

「ええ・・・・・・ええ! 私たちの勝ちよ!」

 陽華と明夜は互いに顔を見合わせると、やがて共に破顔した。そして、パンとハイタッチを交わす。

「まさか本当に勝てるとは思わなかったね! でも、嬉しい。すっごく嬉しいよ!」

「ふっ、憧れは超えてこそだものね。これで、帰城くんも私たちの事を認めざるを得ないでしょ」

 陽華と明夜は地上に降りると、興奮した様子で言葉を交わした。当然だ。陽華と明夜にとってスプリガンは憧れの存在。そんな憧れの存在を今2人は真正面から超えたのだ。もちろん、スプリガンが本当の本気でない事は分かっている。だが、それでもあのスプリガンに勝った。

 陽華と明夜の目標は、スプリガンと共に並び立つ存在になる事だった。そして、その目標自体はレイゼロールとの最終決戦やイズとの戦いで既に叶っている。スプリガンを超える事は、正直に言えば陽華と明夜の目標ではなかった。

 しかし、それでも嬉しいものは嬉しい。憧れの存在に自分たちの成長をぶつけて感じてもらえたのだから。陽華と明夜はこれから何が起きても胸を張って言える。背中は任せてほしいと。2人は興奮冷めやらぬといった様子で会話を続けた。

「だよね! あ、でもチョコどうしよっか? せっかく頑張って作ったけど・・・・・・やっぱり、もったいないから帰城くんにあげちゃう?」

「うーん、そうね・・・・・・気持ちは分かるけど、それじゃルール違反になっちゃうから、やっぱりやめておきましょ。チョコは友チョコって事で、私たちで交換して食べればいいわ。まあ、残念だけど、帰城くんには来年またリベンジして――」

 陽華の言葉に明夜がそう返事を返そうとした時だった。


「――いいや、悪いがチョコはもらうぜ」


 突然、そんな声が陽華と明夜の後ろから響いた。

「え?」

「は?」

 陽華と明夜は反射的に背後を振り返った。

 そこにいたのはスプリガン状態の影人だった。影人は陽華と明夜に金の瞳を向けながら、薄い闇を纏った両手で2人に触れようとしていた。

「え、ええ!?」

「え、どういう事!? 影くんはあそこにいるのに!?」

「え、影人が2人?」

「まあ・・・・・・」

「っ、これは・・・・・・」

「ほう!」

「あらあら・・・・・・ふふっ、やっぱりあなたは面白いわね影人」

「おうおうおう。魅せてくれるのう!」

「正直、何が起こったのかは分からないけど・・・・・・凄いや。綺麗な逆転だ」

「腹立たしい・・・・・・腹立たしいですが、さすがと言わざるを得ませんね」

「ふん・・・・・・そうでなくてはな」

「こりゃ・・・・・・たまげたの」

「何というか・・・・・・やっぱり、君が負けるところは中々想像できないね」

「っ、やはり先ほどの揺らぎは・・・・・・」

 ソレイユ、ソニア、暁理、キトナ、アイティレ、ロゼ、シェルディア、白麗、ゼノ、フェリート、レイゼロール、ガザルネメラズ、レゼルニウス、シトュウたち観戦者もその光景にそれぞれの反応を示す。観戦者たちにとっても、影人の逆転は完全に予想外の展開だった。

「っ、はぁ!」

「ふっ!」

 陽華と明夜は何が何だが分からなかった。だが、不意打ちを受けても陽華は拳を、明夜は杖の先に氷の刃を生成し、反射的に影人へと反撃した。

「っ・・・・・・」

 反撃してきた2人を見た影人は金の瞳を軽く見開いた。影人のこの攻撃は陽華と明夜にとって完全に想定外のはずだ。しかし、2人は素晴らしい反応を見せ、あまつさえ影人に反撃してきた。この場面で影人に反撃できる者がいったいどれだけいるか。

(やっぱり、お前らは凄えよ。朝宮、月下。よく頑張ったな。よく成長したな。今のお前らは間違いなく本物だ。お前たちは間違いなく、いつか俺を超える)

 この反撃は陽華と明夜にとっての一種の集大成であり、これからの素晴らしい可能性だ。影人は自然と笑みを浮かべながらそう思った。

「だが・・・・・・今はまだ俺はお前らの上にいさせてもらうぜ」

 影人は逆にピンチになったというのに、いつもの調子でそう呟く。

「ひひっ」

 すると、陽華と明夜の背後に闇が生じた。闇は一瞬で人の形へと変化した。十代前半くらいの見た目の少女で、紫がかった黒の髪の長さはボブくらい。瞳の色は光を通さぬ奈落色。纏う衣服は黒いボロ切れのような服。整った顔は愉悦の笑みに歪んでいた。

「え!?」

「なっ!?」

 突然、背後に生じた気配に陽華と明夜は反射的に振り返った。そして、少女の姿を確認した2人は大きく目を見開いた。

「相棒は俺にもいるんだよ。さあ、頼むぜ。イヴ」

「しゃあねえ・・・・・・な!」

 影人がイヴの名を呼ぶ。イヴは闇を纏わせた両手を伸ばし、陽華と明夜に触れた。

「あ・・・・・・」

「っ・・・・・・」

 イヴの手に纏われた闇は『破壊』の闇。そして、その瞬間、陽華と明夜の意識を暗闇が襲った。『破壊』の闇に一時的に意識を破壊されたのだ。やがて、2人は意識を失った。そして、2人の変身が解除される。その瞬間、この戦いの勝者は自ずから決まった。

「・・・・・・っと」

 影人は意識を失って倒れそうになった陽華と明夜を抱き止めた。同時に、影人の変身も解ける。

「・・・・・・本当、ギリギリだったな。ここまで追い詰められたのは久しぶりだぜ。お前もありがとうな、イヴ」

「けっ、こいつらに負けるのが嫌だっただけだ。てめえの頼みを聞いてやったわけじゃねえ。勘違いするなよ」

 前髪のわずかな隙間から、影人は消えゆくイヴを見つめた。イヴは心底嫌そうな顔のまま粒子となって消えた。

「勝負あったわね」

 その光景を見たシェルディアがふっと笑う。そして、シェルディアは己の『世界』を解除した。










「・・・・・・う、ん・・・・・・?」

「ん・・・・・・」

 暗闇から浮上した陽華と明夜はゆっくりと瞼を開いた。最初に見えたのは白い天井だった。どうやら自分は仰向けに寝転んでいるらしい。陽華と明夜はそう思うと、取り敢えず上体を起こした。2人は寝起きのぼぅとした意識の中、周囲を見渡した。どうやら、ここは「しえら」の店内のようだ。そして、2人はどういうわけか豪奢なベッドの上にいた。

「よう、起きたか」

 陽華と明夜が状況を飲み込めずにいると、どこからかそんな声が聞こえてきた。

「帰城、くん・・・・・・?」

 陽華が声の聞こえた方向に顔を向けると、カウンターに影人が腰掛けていた。

「嬢ちゃん、もうベッドは片付けてよさそうだぜ。わざわざこんな物を使わせてくれてありがとうな」

「気にしないでちょうだい。役に立ったのならよかったわ。ああ、おはよう陽華、明夜。よく眠れたかしら。急に動いても危ないでしょうから、しばらくそのままでも大丈夫よ。別にそれを片付けるのを急いではいないから」

「う、うん」

「ありがとう、シェルディアちゃん」

 テーブル席で紅茶を飲んでいたシェルディアが陽華と明夜に向かって微笑む。どうやら、自分たちが寝ていたこのベッドを用意してくれたのはシェルディアのようだ。陽華と明夜は半ば反射的にシェルディアに向かって軽く頭を下げた。

「・・・・・・は! そ、それよりこれどういう状況!? 私たち確か帰城くんと戦って・・・・・・!」

「最後に見たのは見た事がない女の子の顔で、その女の子に触られたら意識が急に遠のいて・・・・・・」

 陽華と明夜は必死に自分たちが意識を失う前の事を思い出そうとした。そんな2人に対して、シェルディアはこう言った。

「結果から言いましょう。陽華、明夜。影人との勝負はあなた達の負けよ」

「「っ・・・・・・」」

 その言葉を聞いた陽華と明夜は一瞬ショックを受けたような顔を浮かべた。そして、やがて苦笑した。

「やっぱりかぁ・・・・・・勝ったと思ったんだけどなぁ・・・・・・」

「まあ、この状況だものね。悔しいけど納得だわ」

 陽華と明夜はただ自然とシェルディアの言葉を受け入れた。明夜が口に出したように、勝負に負けた事は悔しい。それが、後一歩及ばなかったギリギリの勝負ともなれば尚更だ。

 だが、2人の内にあるのは悔しさだけではない。一種の安心感と誇らしさのようなものも確かにあった。やはりスプリガンは陽華と明夜の先にいる。あんな状況からでも勝てるスプリガンは凄い。陽華と明夜にとって、やはりスプリガンは憧れの存在なのだ。

「・・・・・・お前らからすれば慰めや侮辱に聞こえるかもしれねえが、お前らはよくやったよ。俺も本当にギリギリだった。俺が勝てたのは、お前らの戦い方をよく知ってたからだ。もしも、俺がお前らの事を何も知らなくて、あれが初めての戦いだったら、確実に俺が負けてた。お前ら、本当に強くなったな」

 そして、その憧れの存在は陽華と明夜にそんな感想を述べる。影人の言葉を聞いた陽華と明夜は顔を見合わせると、やがて嬉しそうな表情になった。

「・・・・・・えへへ。えへへ。だってさ明夜。私たち強いって」

「やめてほしいわよね。さっきまで感じていた悔しさがどこかに行っちゃったわ。私、そんなにチョロい女じゃないのに」

 デレデレといった様子になる陽華と明夜。2人が今の影人の言葉を噛み締めていると、レイゼロールがつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「ふん。やっと目が覚めたか。おい影人。そろそろ聞かせてもらうぞ。先ほどの戦いでお前が最後にいったい何をしたのかな」

「あ、それ私も聞きたい! 最後何が起きたのか全く分からなかったから!」

「ええ。自分たちがどうやって負けたのかは知っておきたいわね」

 レイゼロールに同意するように陽華と明夜が頷く。他の者たちも興味津々といった様子で影人に目を向ける。ただ、極限の集中力で必死にチョコを作り続けている零無とナナシレ、戦いを観戦していないシエラとシスは例外だった。

「えー・・・・・・話さなきゃダメか? 面倒いし、あんまり手の内は晒したくないんだが」

 だが、影人はあまり乗り気ではない様子だった。

「例え味方でも、いつ何が起きるか分からない。もしかしたら、また敵対する事もあるかもしれない。そうなった時、手の内を知られているのは不利。・・・・・・影人、あなたのその心意気は素晴らしいわ。戦う者としては間違いなくあなたは正しい。でも、知りたいものは知りたいの。だから、教えてちょうだい」

 シェルディアは影人の言葉に込められた思いを正確に理解しながらも、軽く手を合わせパチリとウインクしてお願いをした。その仕草は甘えているようでもあり、可憐でもあった。

「うっ・・・・・・はぁー、分かったよ。嬢ちゃんの頼みなら仕方ねえな」

「おい。どういう事だ。なぜシェルディアの頼みでならいいのだ」

 一瞬ドキリとしながらも、影人は頭を掻く。影人の言葉を聞いたレイゼロールは不満そうにそう言って来たが影人はそれを無視した。

「順序立てて説明していくぜ。まず、俺はお前らが光輝天臨した後、途中からずっとある状況を狙ってた。その状況を作る事が、弱体化した俺が唯一逆転できる方法への第1歩だった」

「ある状況?」

「ああ。お前らが最大浄化技を放つ瞬間だ」

 首を傾げる明夜に影人はもったいぶらずにそう答えた。

「え? な、何で?」

 訳が分からないといった様子で陽華が影人にその理由を尋ねる。影人は前髪の下の目を陽華に向けた。

「必殺技を繰り出す瞬間、敵に止めを刺す瞬間、要は勝負を決めようとする瞬間が1番隙が生じるからだ。お前らは勝負を決める時、ほとんどの確率で最大浄化技を放つ。しかも、お前らの最大浄化技は『提督』とかと同じで視界性が悪い。仕込み事をするにはもってこいだ」

「「っ・・・・・・」」

 影人の指摘に陽華と明夜は言われてみればといった顔になる。2人は今初めて影人が指摘した事が正確な事実であると気付いた。

「正直、お前らが最大浄化技を放った時は助かった。あれ以上あの浄化の気が満ちたフィールドで戦闘を続けてれば間違いなく俺は負けてたからな。あのタイミングでお前らが勝負を決めに来た時、あそこがギリギリで俺が勝てる最後の転換点だった」

 影人はテーブルの上に置かれていた水を一口飲んで喉を潤すと、こう言葉を続けた。

「一応、言っとくがあの状況はちゃんと俺もヤバかった。何せ、あの時俺はマジで動けなかったからな。かと言って、あのタイミングで幻影化を使えばその時点で反撃する力がなくなって詰みだった。当然ながら、お前らの最大浄化技を受け止められるわけもない」

「じゃ、じゃあ帰城くんはどうやって私たちの最大浄化技を凌いだの?」

 陽華が思わずそう口を挟む。陽華の疑問は、先ほど戦いを観戦していた者たちの多くが抱いている疑問でもあった。動けない、攻撃を受け止める事も出来ない。そんな状況で、いったい影人はどのようにして逆転への一歩を刻む事が出来たのだろうか。

「安心しろ。ちゃんと今から種明かしをしてやる。俺は出来るだけ少ない力でお前らの攻撃を凌ぐ必要があった。そこで、俺が取った方法が・・・・・・」

「時間、ですね」

 影人の言葉の先を取るようにそう言ったのはシトュウだった。シトュウの言葉を聞いた影人は驚いたようにシトュウの方に顔を向けた。

「気づいてたのか・・・・・・流石だな、シトュウさん」

「私が気づけたのは、私が時の力と親和性があるからです。私は一瞬、時の揺らぎのようなものを感じました。だから、分かったのです。あなたが光導姫の攻撃を凌ぐために、限定的に時の力を使用したのだと」

「正確には時の力じゃなくて、停止の力なんだけどな。まあ、結局時間に干渉してるから間違っちゃいないんだが」

 シトュウの指摘に影人は苦笑いを浮かべる。そして、影人はこう言葉を続けた。

「そうだ。俺は時間に干渉して朝宮と月下の攻撃を凌いだ」

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