第481話 バレンタイン恋騒劇(14)
光輝天臨した陽華の拳を受けた影人は何度も地面をバウンドして吹き飛ばされた。先ほど頬を殴られた時よりも遥かに長い距離だ。その事実は、単純に陽華の拳の威力が強まっているという証明であった。
「げほっ、がふっ・・・・・・!?」
強い嘔吐感に襲われた影人は口から血を吐いた。恐らく内臓がやられているのだろう。それと気がどうにかなりそうな痛みが体を巡る。端的に言って最悪の気分だ。
「くそっ・・・・・・朝宮の奴、思いっきり殴りやがって・・・・・・」
影人は闇の力で自分が受けているダメージを全て癒やした。それでも今受けた一撃の衝撃が消えたわけではない。影人の体は小刻みに震えていた。
「畳み掛ける! 次は私の番よ!」
影人に追い討ちをかけるべく明夜は十数体の水の龍と氷の龍を呼び出した。召喚された龍たちは、顎門を開き影人に向かっていく。
「っ・・・・・・」
未だに立ち上がる事が難しかった影人は黒い翼を生やしその場から離れた。龍たちは空中に逃げた影人を追う。
「失せろ!」
影人が右手を振るうと黒い稲妻が奔った。黒い稲妻が龍たちを打ち払う。
「言ったはずよ。次は私の番だって!」
明夜は空中にいる影人に向かって杖を向けていた。明夜の杖の先に小さな魔法陣が5つ重なるように展開する。そして、杖の先からピュンと何かが発射された。
「っ!?」
気づいた時にはそれは影人の右肩を貫いていた。何だ。いったい何を撃たれた。痛む右肩を左手で押さえながら、影人の中に疑問が生じる。
「ナイス明夜!」
「もう一丁!」
明夜が再び杖の先から何かを発射する。影人は今度は見逃すまいと、闇で強化した目を凝らした。
(っ、こいつは・・・・・・超高圧縮した水のレーザーか!)
明夜が発射したモノの正体を見破った影人は、直前でレーザーを回避した。恐らく、光輝天臨で魔法が強化されたのだろう。そのため、水のレーザーは、集中しなければ影人が認識出来ないほどの攻撃となった。
「本当、厄介な奴ら・・・・・・!」
影人は意趣返しとばかりに明夜に闇のレーザーを放った。明夜はハッとした顔を浮かべるとレーザーを避けた。
「ダメね。やっぱり水のレーザーによる狙撃は不意打ちの時しか当たらないわ」
「でも、1回は当たった。これは大きいよ。私と明夜の攻撃でスプリガンはかなり弱体化したはず。明夜、ここから大逆転するよ」
「分かってるわよ」
陽華と明夜は上空に浮かぶスプリガンを見上げた。
「はっ、今から逆転してやるぜって目しやがって・・・・・・ムカつくぜ」
だらりと下がった右腕はピクリとも動かせない。水のレーザーに貫かれた箇所に腕を動かす神経が集中していたためだろう。影人は回復の力を使用し、最低限腕が動かせるくらいに右肩の傷を癒やした。最低限なので、さっきよりかはマシだが、右肩はまだズキズキと痛んだ。
回復の力も多量に力を消費する。いくら負の感情の解放によって闇の力が強化されているとは言っても、ここから先は程度と頻度などを考えて使用しなければいけない。今の陽華と明夜の攻撃のせいで、影人の力は弱体化し、力の総量もかなり削られてしまった。より慎重に考えて行動しなければと影人は冷めた頭で考えた。
『あー、クソッ・・・・・・このバカが。よくも2連続で攻撃を喰らいやがったな。今ので負の感情の強化ぶんが吹き飛んだぜ。ちくしょう、マジで吐きそうだ』
「肉体がないからゲロは吐けねえだろ。それはそうとして、イヴ。正確な力の残量は今どれくらいだ?」
ズキズキと痛む右肩から血の乾いた左手を離した影人はイヴにそう問うた。
『4割ってところだな。さっきまでは6割くらいだったが、あの光導姫どもの攻撃で1割削られて、回復の力やら何やらで1割削られた。弱体化するって事は力の燃費が悪くなるって事でもあるからな』
「マジか。思ってたよりも残量が少ないしヤバいな・・・・・・」
イヴの答えを聞いた影人が思わず厳しい顔になる。特に、力の燃費が悪くなるというのが最悪だ。例えば、今までは1のパワーで使えていたものが、2のパワーを必要とするという事だ。残りの力の残量を考えると無暗に力も使えない。
「デバフってかけるのはいいけどかけられるのは嫌なものの典型だよな・・・・・・」
『嘆いてる場合かタコ。で、どうすんだ。闇の力の強化があるって言っても、今の状況はこっちが不利だぜ。なんせ、こっちは力の残量も半分を切ってるし力の燃費も悪くなってる。対して、向こうは弱点だった時間制限も消えて一方的にお前を弱体化できる。つまり、このまま行けば普通に負けだ。明確に逆転する方法でも無い限りな』
「・・・・・・一応プランは考えてるさ。ただ、そこに行くまでがかなり厳しいと思うがな」
『厳しいことはねえだろ。お前が死に物狂いになればいいだけだ』
「・・・・・・それ、普通にえぐいというか酷くねえか?」
『どこがだよ。別にいつも通りだろ』
「・・・・・・はっ、それもそうだな」
イヴにそう言われた影人は思わず笑ってしまった。確かに、今まで影人はそうやって戦ってきた。敵を観察して、勝つための道筋を考えて、持てる力を全て使ってその道筋に至り、最後の最後まで決して諦めない。陽華と明夜が相手だろうと、今回もやることは変わらない。まさにいつも通り。イヴの言う通りだ。
『勝てよ。じゃなきゃ殺す』
「あいよ。いつも通り物騒なエールをありがとよ」
影人はやれやれといった様子で頷くと地上に降り立った。もう体の震えも消えた。影人はしっかりと地面を踏みしめると、陽華と明夜にこう言葉をかけた。
「ちょっとは見直したぜ。まあ、光導姫の究極の形態だ。多少は張り合ってくれないと俺もつまらないし、観客も退屈するってもんだ」
「お褒めに預かり光栄だわ。でも、強がりにしか見えないわね。現に、プレッシャーが弱まってるわよ」
「悪いけど、このまま勝たせてもらうね」
明夜と陽華は強気に影人にそう言葉を返してきた。2人の目には自信と共に、今日ここでスプリガンを超えるという強い思いがあった。
「はっ、言ってくれるじゃねえか。言っとくが・・・・・・俺はこっからが強いぜ!」
影人は両手に闇色のナイフを創造すると、それを素早く2人に投擲した。その間、実に1秒。拳銃の
「それはこっちのセリフだよ!」
「勝つのは私たちよ!」
陽華はグッと踏み込み左のストレートを、明夜は数百の輝く氷の
(まずはあの状況を作る。上手くやれよ俺)
影人はバックステップを刻み陽華のストレートと氷の茨を回避する。茨は当然の如く影人を追って来たので、影人は両手に闇色の拳銃を創造し、氷の茨を打ち落としていく。
「逃がさない! 光炎よ!」
影人を追いながら陽華が右手を伸ばす。すると、陽華の周囲の空間に光り輝く火の玉が複数個現れた。火の玉は影人に真っ直ぐに向かって行く。
「ちっ」
どうやら火の玉はホーミングの機能を持っているらしく、影人が避けても何度も何度も襲いかかってきた。影人は仕方なく両手の拳銃に闇の氷の力を付与する。そして、火の玉に向かって闇の氷の力を宿す弾丸を放つ。氷の力を宿した弾丸と火の玉はぶつかると対消滅を起こした。
「追いついた! はぁぁぁぁぁぁっ!」
陽華は目にも止まらぬ速度で肉体を使ったラッシュを繰り出す。
「っ・・・・・・」
弱体化した影人にとって陽華のラッシュははっきり言って脅威だった。間違いなく速度だけで言えば今は陽華のほうが速い。影人は必死に陽華の連撃を躱し続ける。
(嬢ちゃんとの修行がなかったらヤバかったかもな・・・・・・)
影人がいま陽華の攻撃を避け続けられているのは、自分よりも速い相手との格闘戦の経験があり、慣れているからだ。影人は内心でシェルディアに感謝した。全くこの事でシェルディアに感謝するのは何度目だろうか。まあ、感謝と同時にあの地獄の修行に対する苦しみも蘇って来るが、今はそれはどうでもいい事だ。
「ナイス足止めよ陽華! 氷壁よ!」
明夜は陽華と影人を取り囲むように氷壁を展開した。
(っ、こいつは・・・・・・)
影人はほんの刹那意識を氷壁に向けた。氷壁の高さはざっと見ただけでも10メートルはある。影人からすれば余裕でどうにか出来る高さだが、それなりの高さではある。それが影人と陽華を囲むように等間隔に並んでいる。一言で言うなら、閉じ込められたという状態だ。
「そして、満ちなさい。清浄なる空気よ!」
明夜が杖を掲げる。すると明夜の動きに反応するように、氷壁は淡く輝き始めた。淡く輝く氷壁はキラキラと水色の粒子のようなものを放出し始める。
「?」
明夜が何をしたのか、氷壁から出てきた粒子が何なのか影人には皆目見当もつかなかった。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
陽華は体を捻り左のミドルキックを放った。陽華の左足には光炎が纏われている。当然だがモロに喰らうわけにはいかない。これ以上の弱体化は許容外だ。影人は今までと同じように体を反らし回避しようとした。
「っ・・・・・・!?」
だが、どういうわけか影人の体は思ったように動かなかった。一言で言うならば、体の動きが少し緩慢になった。その結果、影人は陽華の攻撃を回避する事が出来ず、咄嗟に右腕で陽華のキックを受け止めなければならなかった。
「ぐっ・・・・・・」
陽華の強化された蹴りは重く、熱かった。浄化の力を宿した炎は容赦なく闇の力を扱う影人の皮膚を焼いた。蹴りを受け止めたばかりなので実感は湧かないが、これでまた影人は弱体化しただろう。
「ふっ!」
陽華は足を引きグッと姿勢を低くした。そして、ショートアッパーを影人の顎めがけて打ち込んでくる。
(これを喰らうわけにはいかない!)
ガードすることも弱体化に繋がる今、ガードも出来ない。かといって、弱体化した影人が陽華のアッパーを避けられる可能性は低いとは言わないが高くもない。影人は仕方なく残り少ない力を使用し、影を操作した。影は影人と陽華の拳の間に挟まるように滑り込み、盾へと変化した。取り敢えず、これで陽華の昇拳を喰らう事はない。
盾に変化した影が陽華の拳を防ぐ。影人は影が陽華の拳を受け止めている隙に左手の拳銃を陽華に向け発砲しようとした。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
だが、予想外の事態が起こった。陽華の拳が影の盾を打ち砕いたのだ。陽華の拳は影人が銃の引き金を引くより先に、影人の顎を打ち抜いた。
「~っ!?」
ガンッという音と共に影人の世界が激しく揺れた。ヤバいと思った時にはもう遅かった。影人は立っていられずに地面に倒れた。意識も白濁としてくる。
(嘘・・・・・・だろ・・・・・・何で・・・・・・)
朦朧とする意識の中、影人が考えたのは自分がそこまで弱体化していたのか、という疑問だった。影の盾はごく普通に陽華の拳を防ぎ切る。影人はそう思っていた。だが、結果はこれだ。自分の状態を見極められなかった。影人は己の甘さを恥じた。
『いやそいつは違う! ようやくわかったぜ! 影人、周りの氷の壁から出てるあれは浄化の力を宿した粒子だ! 氷の壁に囲まれたこの場所には浄化の力が満ちてやがる! だから気づかないうちに弱体化してたんだ! クソが! やってくれるぜあのバカ光導姫!』
しかし、イヴは影人の自分が甘かったという自省の思いを否定した。そして、影人の疑問に対する答えを提示した。
『影人! そんな事より早く起きろ! 今は目の強化の影響で思考が引き延ばされてるから、現実の時間はそれほど経ってない! このまま倒れたままだと詰むぞ!』
続けてイヴは影人にそう叫ぶ。一方、影人をダウンさせた陽華は後方の明夜にこう呼びかけた。
「っ、チャンス! 明夜!」
「ええ、分かってるわ陽華!」
明夜が翼をはためかせ空へと昇る。陽華も背部の光の輪を純白の翼に戻し空へと羽ばたく。
「っ・・・・・・」
影人は何とか地面に片膝を突くと、空に上がった陽華と明夜を見上げた。今のダメージと周囲に満ちる浄化の力のせいで、影人は全くといっていいほど動けなかった。
「これで決める!」
「これで終わりよ!」
陽華と明夜は氷壁に囲まれている影人を見下ろすと、こう言葉を唱えた。
「「汝の闇を我らが光に導く」」
陽華は右手を、明夜は左手を遥かに離れた地上にいる影人に向かって突き出す。
「私たちの想いを光に乗せて――」
陽華の言葉と連動するように、陽華の両手に装着されていたガントレットが光に変わる。そして、その光が陽華の右手に宿る。
「私たちの力を光に変えて――」
明夜の言葉と連動するように、明夜が持っていた杖が光に変わる。そして、その光が明夜の左手に宿る。
「っ、あれは・・・・・・!」
「決めるきね。陽華、明夜」
「あれを喰らえば彼の負けだね」
陽華と明夜が何をしようとしているのかを察したソレイユ、シェルディア、ゼノがそう言葉を漏らす。他の者たちも緊張した様子で陽華と明夜を見上げていた。
「影人・・・・・・」
レイゼロールもそんな者たちの内の1人だった。これで終わりなのか。レイゼロールの中でそんな考えが渦巻き始める。レイゼロールはなぜか若干の悔しさと悲しさを抱きながら、いまだに立ち上がれない影人を見つめた。
「くそ、が・・・・・・こいつは、マジでヤバいな・・・・・・」
陽華と明夜を見上げた影人は弱々しくそう言葉を漏らした。今から自分にいったい何が放たれるのか、影人はよく知っていた。
「行くよ、明夜!」
「ええ、陽華!」
陽華と明夜が最後に互いの名を呼び合う。そして、陽華は右手を、明夜は左手を互いに重ねた。
「「闇を照らせ! 私たちの浄化の光よ! 行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」
次の瞬間、陽華と明夜の手の先から全てを浄化する極限の光の奔流が放たれた。極限の光の奔流は真っ直ぐに地上にいる影人へと向かって行った。
「っ・・・・・・」
自分に迫って来る極限の光の奔流を見た影人は一瞬その金の瞳を大きく見開いた。やがて、影人は全てを諦めたのか、笑みを浮かべた。
そして、影人は光に飲まれた。
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