第480話 バレンタイン恋騒劇(13)

「光炎よ! 我が身に宿れ! 更にスピードモード!」

 影人と激突し1度後退した陽華は、身体能力を強化した。陽華の全身に赤と白が混じったオーラが纏われる。そのオーラはキラキラと輝いていた。そして、陽華は背に生えている純白の翼を光の輪へと変化させた。陽華はギュンと加速すると、再び一瞬で影人との距離を詰めた。身体能力強化の倍率は光臨の時より遥かに向上している。今の陽華は影人と同じくほとんど神速の速度に達していた。

「はぁぁぁぁっ!」

 陽華の両手にあるガントレットの甲の装置が開き、その中にある無色の玉に陽華のオーラの一部が吸収されていく。光炎の宿ったオーラを吸収した玉は赤と白の混じった輝きを放つ。ガントレットも赤と白の混じった輝きをより強めた。陽華は闇を扱う者にとって一撃必殺の威力を持つ拳を影人に向かって連打した。

「ははははははっ!」

 だが、影人は笑う。微笑う。嗤う。一撃でも当たれば確実に負けに直結するというのに。影人は目を闇で強化し、陽華の連打を全て紙一重で避けた。

「おらよ! 仕返しだ!」

 影人は両手両足に打撃を強化する闇を纏わせた。影人は同時に影を操作し鞭のように変化させた。鞭状に変化した影は陽華を叩こうとする。同時に影人も荒々しい連撃を放つ。

「っ!」

 陽華も影人の連撃と影を回避する。だが、完全に全てを回避する事は出来ず、陽華は影人の打撃をいくつかガードした。重い打撃が陽華の内にまで響いてくる。

「ふっ!」

 明夜が陽華を援護するために杖を振るい、幾条もの水のレーザーと氷のレーザーを放つ。レーザーは弧を描き四方八方から影人に襲い掛かる。

「温い!」

 影人は両手に闇色のナイフを創造すると、水と氷のレーザーを切り裂いた。普段ならば超がつく程に強力な浄化の力を宿すこのレーザーを影人は切り裂けなかっただろう。だが、今の影人は負の感情を全開に燃やし闇の力を強化している。今の影人は限界を超えた状態だ。これくらいの事ならば訳はない。

「まだまだまだまだァ!」

 影人は両手を広げ、自身の周囲に闇色のナイフを複数、いや大量に創造した。その数は数百では到底きかない。影人の周囲の空間を埋め尽くすほどのナイフの群れは数千、数万の規模だった。

「「っ・・・・・・」」

「悪いが普通に殺す気で行く! でもまあ、お前らならどうにか出来るだろ! せいぜい・・・・・・死んでくれるなよ!」

 その光景に流石の陽華と明夜も息を呑んだ。影人は狂気の闇を言葉の端に滲ませると、両手を振った。それが合図かのように、ナイフの大軍勢は陽華と明夜に向かって飛んで行った。

「明夜!」

「分かってるわ! 陽華、私の近くに!」

 陽華が明夜の近くに避難すると、明夜は杖を両手で持ち石突を地面に叩きつけた。すると明夜を中心に魔法陣が展開され、明夜と陽華を守るようにドーム状の輝く水の障壁が張られた。ナイフの大軍勢はその障壁に阻まれた。

「結界か。まあ、それが一番現実的に凌げる方法だよな。だが・・・・・・」

 影人は脱力しゆらりと体を揺らした。そして、右手に高密度の『破壊』の闇を纏わせた。影人の右手は『破壊』の闇に侵食され真黒になった。

「その方法は自分の動きを制限する! 的にしてくださいって言ってるようなもんだぜ!」

 瞬く間もないほどの速さで水の結界へと到達した影人は、右の拳を結界へと叩きつけた。結果、光の力と闇の力がぶつかり合い一種の力場が発生した。影人の『破壊』の闇に侵食された右拳と明夜の結界が激しくせめぎ合う。

「っ、まさかこの結界を破るつもり!?」

「それ以外にどう見える!?」

 明夜が影人の狙いに気づく。影人は構わず拳を結界に捩じ込み続けた。影人の強化された闇は『破壊』をも強化する。流石にゼノまでとはいかないが、ほとんどゼノに匹敵するほどにまで影人の『破壊』は強まっていた。その事実がもたらすものは1つだ。影人の右拳は水の結界を砕く事に成功した。

「おらっ!」

 影人は結界を砕いた勢いのまま明夜に神速の蹴りを放った。光輝天臨し全ての能力が強化されたとは言っても明夜は中・遠距離型の光導姫。身体能力を強化し、『加速』し、更には負の感情でいつもよりも能力が強化されている影人の速度に反応できるものではない。影人の蹴りは既に明夜の側頭部に触れようとしていた。

「やらせない!」

 だが、陽華が凄まじい反応速度を見せる。陽華は影人と明夜の間に割り込むと影人の蹴りを右腕で受け止めた。陽華はそのまま左拳によるカウンターを影人の腹部に穿たんとする。

「だろうな! お前ならそうすると思ったぜ!」

 しかし、影人は陽華の反応を読んでいた。影人は陽華の腕にガードされている足に力を込めると、その足を軸にその場で回転した。影人が回転した事により陽華の左拳は虚しく空を切る。

「っ!?」

 陽華は驚きの感情を露わにした。その回避の仕方は、まさに先ほど陽華が影人の攻撃に対して行ったものと全く同じだ。

「これが本当の意趣返しってな!」

「ぐっ!?」

 影人は先程の陽華と同じく空中で体を捻り回し蹴りを陽華に放った。陽華は回し蹴りを回避しようとしたが、完全に間に合いはしなかった。陽華の肩部に影人の踵が掠る。掠っただけなのに、陽華は激しい痛みを感じた。

「陽華!? このっ!」

 明夜は陽華を助けようと水の女神と氷の女神を創造した。水の女神は輝く水の息を、氷の女神は輝く氷の息を影人に吹きかける。

「しゃらくせえ!」

 影人は『破壊』の闇に染まった右手を一旦霧状に分解した。霧状に分解された右手は高密度の『破壊』を宿した、いわば『破壊』の霧。『破壊』の霧は影人を守るように揺蕩い、輝く水の息吹と輝く氷の息吹を防いだ。『破壊』の霧が水の息吹と氷の息吹を破壊したのだ。

「なっ・・・・・・」

 まさかの防御方法に明夜は驚きの声を漏らした。影人は霧を右手に戻すと、明夜に向かって鉤手を放った。『破壊』の闇に染まった右手が明夜の腕を掴む。瞬間、明夜の腕に黒い亀裂が奔る。今の影人の『破壊』は、普通なら触れられただけでも全身に亀裂が奔り、全身がバラバラに砕けてもおかしくはない程の力があった。

 だが、明夜の光の力によって『破壊』は弱まっていた。そのため、亀裂は腕に広がっただけで、すぐに全身には広がらなかった。

「おらっ!」

「あっ!?」

 明夜の腕を掴んだ影人はそのまま明夜を投げ飛ばした。明夜は声を漏らし宙を舞う。影人は巨大な闇の手裏剣を創造すると、宙を舞っている明夜に向かって投擲した。

「くっ!?」

 明夜は何とか翼で姿勢を制御し、手裏剣を杖の持ち手で食い止める。しかし、威力を殺しきれず明夜は地面に転がった。

「明夜!?」

「よそ見してる場合かよ!」

 明夜に気を取られた陽華に影人は足払いをかける。陽華は「あっ!?」という声を漏らし体勢を崩す。影人は体勢を崩した陽華の腹部に後ろ蹴りを放つ。

「〜っ!?」

 陽華は声にならない声を上げ蹴り飛ばされた。

「な、何というか・・・・・・大丈夫でしょうか、今の影人。あんなにはっちゃけつつも、怖い影人は初めて見た気がしますが・・・・・・」

「・・・・・・今の帰城影人は闇に呑まれていますね。ですが、それが闇の力を強化し光輝天臨した光導姫をも圧倒している・・・・・・凄まじいですね」

「あれが影くん・・・・・・?」

「あれ程までに暴力的な彼を見るのは初めてだね・・・・・・」

「影人さん・・・・・・」

「影人、お前・・・・・・」

「っ、これは戦いを止めるべきではないのか。今のスプリガンは明らかに暴走している。このままでは取り返しのつかない事になるぞ!」

 ソレイユ、シトュウ、ソニア、ロゼ、キトナ、暁理は戸惑いと畏怖の込もった目を影人に向けた。アイティレは危機感を募らせ、戦いの中断を求める。

「ふふっ、確かに今の影人は普段よりもかなり刺激的ね。でも、大丈夫よ。影人は暴走しているわけではないから」

「ああ。正の感情を爆発的に高め己を強化した光導姫たちに対抗して、影人は負の感情を解放して、己を強化しただけだ。多少興奮しているようだが、奴は闇に呑まれているわけではない。例えるなら、闇と戯れているだけだ」

「そうだね。レールの言う通りだ。彼はちゃんと負の感情を解放しつつ、最低限自制してる。感覚になっちゃうけど、何となく分かるんだ。それにしても、よく出来るよね。感情の解放と自制の両立ってかなり難しいのに」

「荒々しくも奥底では冷静に。且つ、己のポテンシャルを最大に引き出す・・・・・・ああ、嫌ですね。敵としては最悪だ」

「帰城影人の戦闘を見た数はあまり多くはないが・・・・・・間違いなく、妾が見た中で最も調子がいい。なるほど、なるほど。あれが帰城影人の最優の状態か。いいのう。思わず涎が出てきそうじゃ。妾も混ざりたいのう・・・・・・」

「うわー、あれで理性あるって本当かの・・・・・・? というか、戦い方がワシが思ってた数倍えげつないんじゃが・・・・・・あれでは完全に悪役じゃぞ」

「・・・・・・怖いな。あれでも力を制限しているんだから。影人くん。君が本当に人間なのか、時々疑いたくなるよ」

 だが、シェルディア、レイゼロール、ゼノ、フェリートといった闇の力を扱う者たちは特に心配をしている様子はなかった。白麗は舌舐めずりを、ガザルネメラズは引いた顔を浮かべ、レゼルニウスはそんな感想を漏らした。

「帰城影人め・・・・・・」

 ちなみに、イズは陽華と明夜をボコボコにしている影人をジッと睨んでいた。

「おいおい、どうした。光導姫の究極の形態の力はこんなもんか? だとしたら、拍子抜けもいいところだぜ」

 地に伏せる明夜と陽華に対し、影人はつまらなさそうに言葉を送る。明夜と陽華はその言葉にグッと拳を握ると、それぞれ立ち上がった。

「・・・・・・言ってくれるじゃない。たかが1回ダウンを取ったくらいで・・・・・・」

「またまだ、勝負はこれから・・・・・・でしょ?」

 明夜と陽華は不屈の闘志が宿った目を影人に向けた。その目を見た影人は嬉しそうにニッと口を緩めた。

「そうでなくちゃな。じゃあ、そいつを行動で見せてくれよ・・・・・・!」

 影人は両手に小さな細長い筒のような物を複数個創造した。そして、それを陽華と明夜に向かって投げる。

「っ、何あれ?」

「さあ。でもロクな物じゃない事だけは確かよ!」

 明夜は杖を振るい水と氷の矢を複数創造した。水と氷の矢は影人が投げた何かを貫き迎撃する。すると、突然爆発が生じた。

「え!?」

「っ、爆弾・・・・・・!?」

 その光景に陽華が驚き、明夜は影人が投げる物体の正体に気がつく。

「ふっ・・・・・・!」

 2人の意識が一瞬爆発に向いている隙に影人は透明化の力を使用し姿を消した。

「っ、陽華! 帰城くんの姿がないわ!」

「多分また透明になったんだよ! 今の爆発の隙に紛れて! 明夜、背を合わせよう!」

「分かったわ!」

 陽華と明夜は背を合わせどこかに潜んでいるであろう影人を警戒した。先ほどまでとは打って変わり、静寂が場を支配する。

「・・・・・・陽華。どう、視線は感じる?」

「・・・・・・ううん。一応、身体能力が強化されて感覚も鋭敏になってるけど・・・・・・感じない。どういう方法かは分からないけど、視線とか気配とかも消してると思う。普通は出来ないはずなのに・・・・・・さすがはスプリガンだね」

 明夜と陽華は神経を研ぎ澄まし続け、依然周囲を警戒する。だが、近くに潜んでいるであろう影人は、何もアクションを起こさない。ジリジリ、ジリジリと明夜と陽華の集中が削られていく。

(くくっ、いつどこから襲われるか分からない状態っていうのはキツいだろ。本当ならもうちょい焦らした方がいいが・・・・・・そろそろいいだろ)

 姿を消した影人は獲物を狙う蛇の目で陽華と明夜を見つめていた。そしてニタリと微笑むと2人に向かって右手を振り下ろした。

「警戒する場所は地上だけとは限らないんだぜ」

 ボソリと影人がそう呟くと、闇の雨が降った。闇の雨は1条1条が闇のレーザーだった。当たれば間違いなく人間は穴開きチーズのようになるだろう。

「っ、明夜! 上!」

「っ!?」

 上空に違和感を覚えた陽華が明夜に注意を促す。明夜も上空から降り注ぐ闇の雨に気がつく。明夜は反射的に身を守ろうと魔法を行使しようとした。

「ダメ! それじゃさっきと同じで固められる!」

 だが、陽華は明夜の手を掴みその場から離脱した。陽華の言葉に明夜はハッとなり「そうね!」と頷いた。

 陽華と陽華に掴まれた明夜は闇の雨が降るエリアから離脱した。今の陽華の陽華の速度なら、明夜を連れて闇の雨を避ける事は難しい事ではない。

 ――そして、その事を予期していた人物がフッと虚空から現れ、陽華と明夜の前に立ち塞がった。

「「っ!?」」

「読んでたぜ。お前はバカじゃないからな朝宮。同じ過ちは繰り返さないよな」

 突然目の前に現れた影人を見た陽華と明夜がその顔を驚きの色に染める。影人は巨大なハンマーを創造すると、両手でハンマーを握り横に薙ぐようにそれを振るった。

「ぐっ!?」

「うっ!?」

 陽華と陽華に抱えられた明夜はハンマーの一撃をモロに喰らった。2人は全身がバラバラになるような感覚を味わいながら、派手に吹き飛ばされた。

「ははっ、考え通りに事が運ぶと気持ちがいいな!」

 影人はハンマーを分解すると、闇を流星へと変えた。流星は陽華と明夜を追撃せんと2人に向かって奔った。

「っ、はぁ!」

 だが、明夜が力を振り絞り、水の盾を創造する。2人を追撃せんとしていた流星は水の盾に阻まれる。明夜はついでに陽華の手から離れると、翼をはためかせ陽華の後ろに回り、陽華を受け止めた。

「流石はスプリガンね。光輝天臨してもまるで関係ないと言わんばかり・・・・・・普通に理不尽過ぎるくらいに強いわ。というか、本当何であの流れで私たちがボコされるのか意味が分からないわ。あの流れはどう見ても私たちの逆転が始まるところでしょ」

「そんな事は一切関係ないのがスプリガン、って事だよ。流れで勝てる相手じゃない」

「まあ、そうよね。確かに、スプリガンっていうか帰城くんは空気読まなそうだわ。でも・・・・・・そろそろ私たちのターンよね」

「うん。反撃の狼煙を上げよう。明夜」

「分かってるわよ」

 陽華の呼びかけに頷いた明夜は、まず自身と陽華の傷を魔法で全て回復させた。

「陽華、一言だけ。私を信じなさい。信じて真っ直ぐに行きなさい」

「当たり前だよ。明夜の事、信じなかった事なんてないよ」

「いい返事よ。よし、じゃあ・・・・・・行ってきなさい!」

 明夜はバッと陽華を前方に放り投げた。そして、杖を陽華の両の靴裏にくっつけると、圧縮した水を放つ魔法を放った。結果、圧縮された水が陽華の靴裏を押し出す。押し出された陽華は凄まじい勢いで影人の方へと飛んで行った。

「っ、面白い事するじゃねえか。だが、飛んで火にいる何とやらってな!」

 影人は真っ直ぐ向かって来る陽華に向かって右手を向けた。すると、影人の右手の先から闇の奔流が放たれた。このままいけば、間違いなく陽華は闇の奔流に飲み込まれその身を焼かれる。陽華はこの攻撃を回避するしかない。

「そんなもので!」

 だが、陽華は回避する素振りを見せなかった。陽華は一才の恐れを見せずに真っ直ぐに奔流へと向かう。そして、陽華は闇の奔流に飲み込まれた。

「なっ・・・・・・」

 まさかの事態に影人は唖然とした。いくら光輝天臨した陽華でも、闇の奔流に飲まれてタダで済むはずがない。よくて重傷、最悪は死――

「――はぁっ!」

「っ!?」

 だが、影人にとって再び予想外の事が起こった。なんと、闇の奔流を突っ切って陽華が影人の前にまで現れたのだ。しかも無傷で。影人はいったい何が起きたのか訳が分からなかった。

「これが幼馴染の信頼の力ってね」

 影人の驚く顔を見た明夜がニヤリと笑う。陽華が無傷だった理由は、明夜が陽華に防御の魔法をかけたからだった。攻撃を無力化する水のベールを纏った陽華は無傷で闇の奔流を凌ぐ事に成功したのだ。陽華が明夜の言葉を信じた結果がこの状況を作った。

「さあ、デカいのを1発かましてやりなさい。陽華!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 陽華が大きく右腕を引き、渾身の力を込めたストレートを放つ。ストレートは真っ直ぐに影人の腹部へと吸い込まれる。

「がっ・・・・・・」

 そして、今度は影人が吹き飛ばされた。

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