第479話 バレンタイン恋騒劇(12)
「っ・・・・・・」
陽華の一撃を頬に受けた影人は地に倒れた。地面を転がった事で全身が鈍く痛む。そして、陽華の拳を受けた頬は灼熱の如き熱を持ち、激しく痛んだ。影人は闇による回復の力を使い、今受けたダメージを癒やす。そして立ち上がろうとした。
だが、上手く立ち上がれなかった。影人の足はガクガクと震えよろける。影人は自分の体を支えるために地面に右手を突いた。
(何でだ。ダメージはいま全部癒やしたはずだ。だって言うのに、俺は何で・・・・・・)
影人が少しの焦りと共に疑問に思っていると、イヴが影人にその答えを与えた。
『そりゃ、あのうざったい程に強力な光の力をモロに受けたからな。ダメージを癒やしたと言っても、光の力の影響は消えない。要はお前が弱体化してるんだよ。
イヴは酷く不愉快そうな様子だった。イヴはスプリガンの力そのもの。それはつまり闇そのものと言っても過言ではない。そして、闇にとって光の力は毒のようなものだ。イヴの「気分が悪い」という言葉は、闇の力の意思としての最もストレートな表現だった。
「っ、なるほどな・・・・・・」
影人は自分がよろけた理由とイヴが不機嫌な理由、2つの理由について納得した。そして、グッと足に力を入れて立ち上がった。未だに足は少し震えているが、問題は無い。陽華と明夜に勝つまで影人は立ち上がり続けなければならないのだ。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・さすがね親友。あのスプリガンの顔面をあれだけ綺麗に殴るなんて・・・・・・これは快挙よ、快挙・・・・・・」
「明夜のおかげだよ。それより明夜。早く傷を癒さないと!」
激しく出血し脂汗を浮かべる明夜に陽華は心配そうな顔でそう叫ぶ。明夜は「ええ、そうね・・・・・・」と素直に頷くと自分に回復の魔法をかけた。癒しの力を持つ水が明夜の傷に触れ、綺麗に傷を癒やした。
「陽華と明夜を見くびっていたわけではありませんが・・・・・・驚きました。まさか、あの影人とここまで互角に戦えるなんて。いや、むしろ光臨してからは陽華と明夜の方が影人を押しているような気さえします」
「当然です。陽華と明夜はレイゼロールを浄化し、私も救い、更にはこの世界も救った光導姫。つまりは本物の主人公です。いくら帰城影人が化け物じみていると言っても、悪役が主人公に敵うはずがありません」
「ふふっ、随分と感情的な見解ね。まあ、あなたがそういう見解を示すのはいい事だと思うけど。あなたは本当に陽華と明夜が大好きなのね。微笑ましいわ」
「イズちゃんの今のような言葉を、確かこちらの世界では『後方彼氏面』と言うんでしたよね。イズちゃん可愛いです!」
「凄いね彼女たち。あの一瞬で一気に形勢を逆転させた。ああいう引っくり返す力を持った相手って厄介なんだよね」
「・・・・・・そうですね。あの逆転力と以心伝心レベルのコンビネーションは素直に凄まじいと感じます。少なくとも、いま流れは間違いなくあの光導姫たちにある」
「・・・・・・確かに、一見あの2人が優勢に見える。だが、刻一刻と時が進む中で優勢になるのはスプリガンだ」
「だね。既に2人が光臨してから5分、いや6分は経過している。今更光臨を解除してもジリ貧になるのは目に見えているし・・・・・・残りの5分ほどで彼女たちが勝負を決める事が出来なければ、彼女たちの負けだ」
「うーん、確かに光臨の時間制限はあるけど・・・・・・何だかあの2人に関してはあんまり意味がない気がするんだよね。奇跡を起こしてどうにかしちゃいそうっていうか」
「影人が勝つのはムカつくから、頑張ってね朝宮さん月下さん!」
「面白いのう。実に面白い戦いじゃ。肴に一杯やりたいくらいの余興よ」
「うむ。これは確かに名勝負じゃな。柄にもなく疼いて来るわい」
「頼みますから乱入とかだけはしないでくださいよガザルネメラズ様」
「・・・・・・眷属の力で神力にここまで抗いますか」
「・・・・・・ふん。我の前で敗北などという格好の悪い事はするなよ、影人」
ソレイユ、イズ、シェルディア、キトナ、ゼノ、フェリート、アイティレ、ロゼ、ソニア、暁理、白麗、ガザルネメラズ、レゼルニウス、シトュウ、レイゼロールたち観戦者はそれぞれそんな感想を述べる。多少戦いに関係のない言葉も混じってはいたが、陽華と明夜の勢いを優勢と見る者と、実は影人の方が優勢であると考える者、意見は2つに割れていた。
「ふぅ・・・・・・陽華、分かってると思うけど光臨を使える時間が残り半分を切ってるわ。普通に考えると、残り時間でスプリガンを倒さないと私たちの負けは確定よ」
傷を癒やした明夜は影人に向かって油断なく杖を構えながら、陽華にそう言葉をかける。明夜の言葉を受けた陽華は「うん」と頷いた。
「そうだね。普通に考えると、だよね。でも明夜。その言い方だと、このまま普通の考えで行く気はないって事だよね。分かるよ。スプリガンに勝つためには普通の考えを超えなくちゃならない。で、多分その普通を超える方法について、私と明夜は同じ考え・・・・・・だよね?」
「ええ。多分だけど間違いないわ」
「なにそれ。矛盾してるよ」
「うるさいわね。感覚的にはそうなんだからそう言うしかないでしょ」
クスッと笑う陽華に明夜はムッとした顔になった。陽華は「ごめんごめん」と言うと、こう言葉を続けた。
「でも分かるよ。私も同じ感覚だし。よーし、じゃあ出来るだけギリギリでやろっか!」
「オッケー。タイミングは任せる・・・・・・わ!」
明夜は再び水の球体と氷の球体を創造した。水と氷の球体は流星の如き速度で影人に襲い掛かる。
「水だろうが氷だろうが・・・・・・! 獄炎よ我が両手に宿れ! 全てを燃やし尽くせ!」
影人は両手に威力を強化した闇色の炎を纏わせた。そして、炎を纏わせた右手で水の球体を、左手で氷の球体に触れた。力ある言葉によって強化された炎は水を蒸発させ、氷を溶かした。
「シッ・・・・・・!」
明夜の攻撃を無効化した影人は、一気に陽華と明夜へと接近した。そして、虚空から鎖と尾を複数呼び出す。手数で押す。影人はシンプルな作戦で攻撃を仕掛ける。影人自身は明夜に対し回し蹴りを放った。同時に鎖と尾も陽華と明夜へと襲い掛かる。
「やらせない! はぁぁぁぁぁっ!」
陽華は明夜に放たれた影人の蹴りを左腕でガードした。そして、影人の蹴りを弾くと自分に襲いかかって来る鎖を炎で消し炭にし、尾を弾き飛ばした。
「水氷の結界よ! 闇を弾け!」
明夜も魔法を使い自身を守る水と氷の結界を展開した。鎖と尾は明夜の結界に阻まれた。
「光炎よ!」
「水氷よ!」
陽華は右手を、明夜は左手を影人に向かって突き出した。陽華の右手の先からは光炎の渦が、明夜の左手の先からは水氷の渦が放たれる。影人はその攻撃を回避しようとした。
「っ・・・・・・」
身体能力を強化し『加速』の力を全身に施している影人からすれば、光炎と水氷は難なく避けれる攻撃であるはずだった。だが、体が思った以上に重く感じ、結果影人は光炎と水氷をギリギリで回避する事になった。
「隙あり!」
「ふっ!」
影人が顕著な弱体化の影響を感じていると、陽華が蹴りを、明夜が氷の刃を生成した杖を振るってきた。
(っ、これは避けきれねえ・・・・・・)
影人は咄嗟に直感した。弱体化している今の自分はこの攻撃を回避する事は出来ない。しかし、だからといって力を大きく消費する幻影化や回復の力を使いたくはない。避ける事は出来ないがダメージも受けなくて済む方法が今の影人には求められた。
「黒騎士!」
影人が咄嗟にそう叫ぶと、影人の全身に禍々しい闇色の甲冑が纏われた。正式名称、「黒騎士、闇の衣」である。余りにもダサい名前だが、その防御力は本物だ。障壁を鎧のように展開させているので、熱を遮断するしそう易々とは砕かれない。例え、強力な攻撃だとしても必ず一撃は耐えられる。
光臨した陽華と明夜の攻撃は強力なものだった。弱体化している影人の力で作られた黒騎士の装甲は光炎と水氷を防ぐと限界を迎え砕け散った。だが、影人からすればそれで十分だった。影人は両手に闇色の拳銃を創造すると、バックステップで後方に引きながら陽華と明夜に銃を乱射し弾幕を形成した。普通ならばそれは十分な反撃だが、陽華と明夜は当然の如く銃弾の嵐を肉体や魔法で防いだ。
「・・・・・・『聖女』の光で弱体化は体験済みだが、やっぱり慣れねえな」
陽華と明夜を警戒しながら影人がぼやく。陽華の一撃をもらった直後から露骨に動きが悪くなっている。このままの状態が続けば、いつか影人は押し切られる可能性が高いだろう。
『だから時間稼ぎしろって言ってんだろバカ。まあ、もう時間を稼ぐ必要はねえがな。あいつらの光臨が解除されるまでもう後1分か2分だ。お前がいくら弱体化してるって言っても、残りの僅かな時間であいつらがお前を倒すのは絶対に無理だ。光臨を解除したところでお前に勝つのも絶対に無理。つまり詰みだ。よかったな。お前の勝ちは確定してるぜ』
イヴは余裕たっぷりに実質的な勝利宣言を行った。影人は少し呆れたように内心でこう言葉を返した。
(・・・・・・あのなあイヴ。お前、あいつらのこと完全に格下だって見下してるだろ。慢心が酷いぜ)
『ああ? それが何だよ。実際あいつらは格下だろ。光導姫の力は所詮俺の力の下位互換に過ぎない。それが事実だ』
(だが、その格下の存在がこれまでどれだけの奇跡を起こして来た? イヴ。お前も俺と長い間あいつらの事を見て来ただろ。あいつらがこれくらいで終わるわけがねえよ。それに、そういうの負けフラグって言うんだぜ)
影人がイヴにそう諭す。影人の言葉を受けたイヴは影人の言葉を認めるのが癪なのか『けっ、考え過ぎだろ』と吐き捨てた。
「明夜、そろそろ」
「そうね。あと数十秒くらいで光臨も解除されるし・・・・・・ここらがタイミングね」
陽華と明夜が互いに視線を交わす。すると、陽華と明夜の胸に輝かんばかりの光が宿った。
「スプリガンには私たちの成長を、私たちの全力を、私たちの全てを見せてぶつけなきゃ!」
「時間切れで私たちの負けだなんてそんな盛り下がる負け方だけは絶対に認めないわ! 私たちのスプリガンに対する想いの光よ! 全てを暖かく照らすほどに輝け!」
陽華と明夜が自身の想いを叫ぶ。すると、胸の光も共鳴するように更に輝きを増した。
『はぁ!? おい嘘だろ! 何であれが来るんだよ!? 別に世界の危機を救うための戦いでも何でもないんだぞ!』
影人の内からその光景を見ていたイヴが悲鳴にも近い声を上げる。観戦者たちも多くは驚いたような顔を浮かべていた。イヴも観戦者たちも陽華と明夜の胸に灯る光が何であるのか知っていた。知っているからこそ驚き戸惑っているのだ。いくら真剣な戦いであるとはいえ、そこまでするのかと。いや、正確にはイヴが叫んだように、こんな戦いでそれを使う事が出来るのかと。
「・・・・・・だろうな。やっぱりそうだよな。お前らがこれくらいで終わるわけがねえ」
だが、影人は違った。影人も陽華と明夜の胸に灯る光の意味は知っているのに、驚きも戸惑いも見せなかった。なぜか。影人は分かっていたからだ。最終的にはこうなるだろうという事が。
「ああ、最悪だ。こっからは本当に面倒になる。本当・・・・・・最悪だぜ」
2人の胸に宿る輝きに目を細めながら影人はぼやく。しかし、言葉とは裏腹に影人の顔はどこか緩んでいるように見えた。
「「我らは光の臨みを越える。全てを照らし、全てを優しく包む光。その光に、我らはなる!!」」
陽華は右手を明夜は左手をそれぞれ重ねた。2人の胸の光が最高にまで輝く。そして、陽華と明夜は自分たちが至った最終ステージを開く言葉を宣言した。
「「光輝天臨!」」
瞬間、極大の光がシェルディアの『世界』を白く染め上げた。それは闇の中に突如として現れた太陽。夜明けのようであった。
「――さあ、最終ラウンドよ!」
「――限界を超えた私たちの全開! 余す所なくぶつけるよ、スプリガン!」
光が収まると、そこには光導姫の最終形態へと変身した明夜と陽華の姿があった。陽華は赤と白を基調とした神々しい衣装を身に纏い、武器であるガントレットは赤と白が混じったような輝きを放っていた。明夜も青と白を基調とした神々しい衣装を身に纏い、武器である杖は青と白が混じったような輝きを放つ。そして、2人ともその背には純白の大きな翼があった。
「はっ、いいぜ。俺は心のどこかで、1回その状態のお前らと
影人はどこか狂気と暗さを宿した目を2人に向け、突然笑い始めた。今の陽華と明夜は究極の光だ。影人は思った。あの究極の光を自分の闇で染めたいと。究極の光すらも塗り潰す奈落の闇に落としてやりたいと。
影人の内から爆発的に湧き上がって来たのは、例えるなら、大切な大切な宝物をぶち壊してやりたいというような一種の破滅願望、または破壊の衝動だ。影人は善人ではない。人間だ。当然昏い感情も持っている。むしろ、普通の人間よりもそういった感情とは付き合いがある。影人の内から湧き上がってきた昏い感情は、元々影人の心のどこかに小さく、小さくではあるがあったものだ。それが2人の光にあてられ増長した。強い光が生じると共に、必ず影も、闇も生じるのだ。
(そうさ。昏い感情は必ずしも唾棄すべき感情じゃない。恥ずべき感情じゃない。昏い感情が、闇がない人間なんていない。むしろない方がおかしい。善い感情も昏い感情もどっちもあるのが人間だ。あいつらが善い感情を極限まで高めて力にするなら、俺は昏い感情を極限まで高めて力にする! そいつもまた人間の強さだ!)
影人は自身の闇を肯定した。昏い感情は闇の力を増幅させる。突然これまでにない極上の負の感情を喰らったイヴは驚いた様子になった。
『っ、この闇は・・・・・・はははははははははははははははははははははははははは! そうか! そうかそうかそうか! 遂にキレたか影人! 認めたか! てめえの闇を! ああ、いいぜ。いい! 力が溢れて来やがる! 最高だ! 影人ォ! あいつらをぶっ殺してやろうぜ! あははははははははははははははははは!』
影人の闇に影響されてハイになったイヴの哄笑が影人の中にこだまする。同じく自身の心から溢れ出る闇に影響され興奮していた影人は、「応!」とイヴの言葉に頷いた。
「俺は俺の全てを使って朝宮! 月下! お前らに勝つ! てめえらはまだまだ俺より下だって事を思い知らせてやる!」
「いいや! 勝つのは私たちだよ!」
「強キャラはいずれ倒され超えられるものよ! そろそろ黙って私たちに超えられなさい! 帰城くん!」
影人、陽華、明夜はそんな言葉を交わすと、3人同時に地を蹴った。陽華はガントレット纏う拳を、明夜は両手で握った杖を、影人はもはや闇と化した両手を互いに突き出した。
そして、究極の光と奈落の闇は激突した。
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