第477話 バレンタイン恋騒劇(10)
「まずは小手調べだ」
陽華と明夜に向かって駆けながら、影人は右手の拳銃を陽華と明夜に乱射した。
「っ! これくらい!」
「はぁ!」
しかし、陽華はガントレットで自分に向かって来る弾丸を全て弾き、明夜は杖を振るい水のベールで弾丸を受け止めた。
「へえ・・・・・・やるじゃねえか」
平然と音速の弾丸に対応した2人を見た影人が思わずそう呟く。その間に陽華は一気に距離を詰め、右拳を影人に向かって放ってきた。影人は軽く体を動かし陽華の拳を回避した。
「今の弾丸当てる気で撃ったよね!?」
「当たり前だ。これは戦いだぜ。言っただろ。手加減はしても容赦はしないって。お前らが死なない限りは俺は普通にお前らを傷つける。不満かよ?」
「全然! むしろ嬉しいよ! スプリガンが本気で私たちに向き合ってくれてるって事だから!」
陽華は笑顔を浮かべながら、今度は影人に左の蹴りを放った。影人はその蹴りを右腕で受け止める。
「・・・・・・よくもまあそれだけポジティブに受け入れられるもんだぜ。逆にちょっと気持ち悪いぞ」
「酷い!?」
「だが・・・・・・戦士としては合格だッ!」
悲鳴を上げる陽華に対し、影人は左手に闇色の剣を創造し斬撃を放った。だが、影人の剣は陽華に届く前に水に阻まれた。
「私もいる事を忘れてもらっちゃ困るわね!」
影人の剣を阻んだ水はそのまま剣を飲み込むと、形態を変化させ腕になった。水の腕は影人にパンチを繰り出す。同時に陽華も左拳を影人に放って来た。
「別に忘れちゃいねえよ」
影人はバックステップで2つの拳を避けると、右手の拳銃を爆弾に変化させ、陽華に向かって投擲した。陽華は投擲物に反応しサイドステップを刻む。次の瞬間、爆弾が爆ぜる。
「えげつない事するわね! 陽華、大丈夫!?」
「うん! 明夜が水を薄い幕みたいにしてくれたから火傷1つないよ! ありがとう!」
陽華は親友に感謝の言葉を述べた。本来なら、爆風で軽度の火傷を負っていたかもしれない爆発だった。陽華の言葉に明夜は頷いた。
「気にしないで。さあ、陽華。一気に攻勢を仕掛けるわよ! 私が合わせるから好きなように突っ込みなさい!」
「分かった! 援護お願い!」
陽華はガントレットに炎を纏わせると、両手を後方に向けた。陽華は両手から炎を噴射させると、それを推進力にして一気に加速した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
再び影人との距離を詰めることに成功した陽華は、影人にラッシュを仕掛けた。燃える拳によるストレートの連撃、フック、昇拳。エルボーにニーキック、ハイキックにローキック。体全てを使った近接攻撃はさながら嵐のようだった。
(一撃一撃が鋭い。受け止めたら間違いなく重いな)
一目で分かる研鑽された攻撃だ。ただの高校生だった陽華がこれ程までの体術を修めるのにいったいどれだけの修練を重ねたのだろうか。その辺りの事は影人には分からない。だが、相当に努力した事だけは間違いない。
「水の双龍よ! 氷の鳥よ! 行きなさい!」
影人が感心しながら陽華のラッシュを回避していると、明夜が魔法を行使し、2体の水の龍と複数体の氷の鳥を創造した。龍は左右側面から、氷の鳥は上空から影人に襲いかかって来た。同時に陽華も炎纏う拳を影人へと放つ。
(タイミングが完璧だな。このままだと朝宮の拳、両側面の龍、上空の鳥、全部が同じタイミングで俺の体に触れる。避ける場所は後方しかないが・・・・・・それはそれで最終的にジリ貧な状況になるだろうな)
普通ならば軽く詰みか、かなり劣勢な状況だ。何かコンタクトを取る様子はなかったので、恐らくは以心伝心でこの状況を作り出したのだろう。全く恐ろしい。
「・・・・・・上から目線みたいな感想になっちまうが、本当に成長したな」
ボソリと小さな声で影人はそう呟いた。影人の口元は少しだけ、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。
影人の態度にはどこか余裕があったが、既に後数秒もしない内に全ての攻撃が影人を捉えるという、客観的に見ても窮地の状態だった。この窮地を脱するのは不可能だろう。
――そう普通ならば。
「だが・・・・・・まだまだ俺には届かないぜ」
影人に全ての攻撃が触れようする瞬間、突然影人の背後に闇色の巨大な骸骨が現れた。その巨大な骸骨――真夏が呼び出す妖怪がしゃ髑髏とほとんど同じ――は両腕で水の龍を押さえ付け、頭部で氷の鳥の体当たりを受け止め、明夜の魔法から影人を守った。陽華の拳は、影人も同じく右手に闇の炎を纏わせその手で受け止めた。
「「っ・・・・・・」」
「・・・・・・今度はこっちから行かせてもらうぜ」
影人はまず受け止めた陽華の拳をぐいっと引き、陽華の体勢を無理やり崩した。陽華は反射的に踏ん張ろうとしたが、影人の力が強かったため無理だった。結果、「ぐっ!?」と声を漏らした陽華がよろける。
(・・・・・・許せよ朝宮)
影人は心の中で陽華に謝罪すると、崩れた陽華の腹部に膝蹴りを放った。
「がはっ!?」
綺麗に陽華の腹部に向かって吸い込まれるように放たれた膝蹴りは、陽華に激痛を与えた。影人は浮き上がった陽華の体に今度は横蹴りを放った。横腹を蹴り抜かれた陽華は吹き飛ばされた。
「陽華!?」
「朝宮を心配してる暇はないぜ」
影人はがしゃ髑髏の形態を変化させ、3体の竜に変えた。竜の体はそれぞれ、闇色の炎、闇色の氷、闇色の雷で構成されていた。影人が「
「っ! 水の龍よ! 氷の龍よ!」
明夜は水の龍と氷の龍を召喚した。召喚された水の龍は炎の竜と、氷の龍は氷の竜と激突し対消滅を起こした。
「ギャオオオオオオオッ!」
しかし、雷の竜だけは対消滅を起こさなかったため、真っ直ぐに明夜に向かった。雷の竜は大きく顎門を開け、明夜を喰らわんとする。
「氷壁よ! 私を守って!」
明夜は杖を振るい自身の前方に氷の壁を創った。雷の竜は氷の壁に激突する。その際、バチっと黒雷が弾ける。明夜は1度距離を取ろうと後方に下がる。
「――俺がそう仕向けたが、俺への警戒が下がってるぜ」
だが、後方からそんな声が明夜の耳に入って来た。明夜はハッとした顔で反射的に後方を振り返った。いつの間にか、そこには影人がいた。三態の竜を囮に明夜の背後を取ったのだ。
「しまっ・・・・・・」
「終いだ」
驚く明夜に影人が右手を突き出す。影人の右手には既に『破壊』の力が付与されている。明夜の肉体を壊すのではなく、意識を一時的に破壊するものだ。つまり、影人が右手で明夜に触れた瞬間、明夜は意識を失う。
(後衛から削るのは戦いの基本ってな)
あと2秒もしない内に影人の右手は明夜に触れる。明夜は中・遠距離を得意とする光導姫だ。近距離で即座に影人の攻撃を防ぐ手段はないはずだ。まずは1人。影人は半ば明夜の脱落を確信していた。
「――やらせない!」
だが、影人の確信を切り裂くように陽華の声が奔った。炎の噴射により加速した陽華は一瞬で影人の元に至ると、そのまま回し蹴りを影人に放った。
「っ、ちっ!」
このタイミングで陽華が来るとは考えていなかった影人は急遽明夜への攻撃を中断し、陽華の蹴りを回避した。
「陽華!」
「さっきのお返しだよ、明夜」
「っ、そうね。ありがとう」
ニッと笑う幼馴染に明夜は感謝の言葉を述べた。陽華と明夜は互いの武器を構えスプリガンを見据える。
「陽華、さっきのダメージは大丈夫なの?」
「正直、かなりキツイかな。動くと痛いし。・・・・・・でも、そんな事は言ってられない。でしょ?」
「ええ、そうね。分かってはいたけど・・・・・・スプリガンは超がつく格上よ。いつ瞬殺されてもおかしくないわ。気合いを入れ直さないと」
「うん。でも、切り札はまだ切らない方がいいと思う。だから今は・・・・・・何とか隙を作る!」
陽華は大地を踏み締め、炎による加速を行った。陽華は近接戦闘型の光導姫。とにかく接近する事には何も出来ない。接近戦で影人を崩すのが陽華の役割だ。
「・・・・・・作れるものなら作ってみろよ」
影人は虚空から闇色の鋲付きの鎖を複数呼び出した。鎖はまるで意思を持っているかのように陽華へと向かって行った。
「氷の蔓よ! 陽華を守って!」
だが、闇色の鎖は明夜の氷の蔓に阻まれ陽華を捕える事はなかった。陽華は明夜が鎖をどうにかしてくれる事が分かっていたのか、真っ直ぐに影人へと近付いて来た。
「・・・・・・信頼が為せる業ってところか」
「はぁっ!」
影人に接近した陽華はまず影人に向かって右手を突き出した。陽華の右手に纏われていた炎が奔流となって影人に向かって来る。影人は闇色の氷の腕を創造し、その腕に炎の奔流を受け止めさせた。その結果、白い水蒸気が発生する。影人と陽華の視界は一瞬にして白い煙に包まれた。
「っ!?」
(さあ、どうする朝宮)
突然視界が不自由になった事に陽華は戸惑いを隠せなかった。一方、影人は狙ってこの状況を引き起こしたので、戸惑いも何もない。
(ヤバい! 早くこの煙を晴らさないと!)
陽華の本能が警鐘を鳴らす。視界が不自由なのは影人も同じはずだが、恐らくそんな事は影人からすればどうとでもなる事だ。陽華は光導姫の身体能力をフルに活用しその場で回転した。結果、局所的に風が巻き起こり水蒸気の煙が晴れる。
「スプリガンは・・・・・・!?」
陽華は急いで周囲に目を配った。だが、近くにスプリガンの姿は見えない。
「明夜!」
「スプリガンが煙の外に逃げた様子はないわ! 陽華! スプリガンは間違いなく陽華の近くに潜んでる! 油断しないで!」
陽華の意図を察した明夜が陽華に忠告の言葉を送る。依然として周囲にスプリガンの姿はない。だが、陽華は明夜の言葉を信じた。陽華は敢えて目を閉じ意識を集中させる。
「っ、そこ!」
陽華は目を見開くと自分から見て左斜め後方に向かって炎の球を放った。一見すると、その攻撃は無意味に思えた。
「っ・・・・・・」
だが、炎の球が放たれた瞬間、確かに何かが、目には見えない何かが動いた。そして、スッと突然スプリガンが虚空から現れた。
「・・・・・・何で俺の場所がわかった?」
影人は不可解そうな顔で陽華にそう尋ねた。影人は水蒸気を発生させた後、透明化の力を使い陽華の隙を窺っていた。音も消していた。陽華に影人の位置がバレる要素はなかったはずだ。
「視線を感じたから。離れすぎたら分からないけど、近くからだったから何となく分かったよ」
「お前は野生動物か何かかよ・・・・・・」
大真面目な顔でそう言い切る陽華に影人は思わず呆れた顔になる。透明化をそんな理由で見破られたのは初めてだ。
「氷の礫よ!」
明夜が魔法を使い影人に大量の氷の礫を飛ばして来る。影人は9本の闇色の尾を創造し、その尾で礫を全て砕き落とした。
「ほう。妾の尾を模倣したか」
その光景を見た白麗がそんな感想を述べる。白麗の言った通り、闇色の尾は影人が白麗の尾を参考にしたものだった。
「九尾の狐、ってな」
影人は9本の尾を操り陽華を攻撃した。四方八方から襲い掛かる尻尾を陽華は必死に回避する。
「くっ・・・・・・!」
「まだまだ行くぜ」
影人は自身の両手に闇色の炎を纏わせると陽華の方へと踏み込んだ。そして、陽華に肉体を使った近接戦を仕掛けた。影人はまず右のストレートを陽華に放ち、続いて体を回転させ左の裏拳を、最後に振り下ろすように蹴りを行った。
「ぐっ!?」
陽華は最後の蹴りを回避する事が出来ず、左肩に蹴りを喰らってしまった。鈍痛が陽華の体を駆け巡る。更に影人の蹴りを喰らってしまった事により、一瞬立ち止まった陽華に尾が殺到した。尾は陽華を叩き飛ばした。
「がっ・・・・・・」
「陽華! くぅっ!」
陽華が叩き飛ばされた直線上にはちょうど明夜がいた。明夜は自分に向かって飛ばされて来る陽華を何とか受け止めた。
「まあ、お前ならそうするよな。読んでたぜ」
陽華を受け止めた明夜を見た影人は両手に闇色の拳銃を創造し、ついでに虚空から鋲付きの鎖を呼び出した。影人は地を蹴り、陽華と明夜に対し拳銃を乱射する。影人に追従するように鎖も影人に続く。鎖は先行し、四方八方から明夜と陽華を攻撃する。
「っ、水壁よ!」
明夜は何とか弾丸から自分と陽華を守ろうと、ドーム状の水壁を展開した。影人が放った弾丸と鎖は全て水の壁に吸収され、阻まれる。
(朝宮を抱えたままの状態だ。まあ、そうするよな)
明夜の行動は影人の予想通りだった。今の影人の攻撃は明夜と陽華を一箇所に固定する事を狙ってのものだ。
「闇よ、影よ。我が右手に纏え」
影人は右手の拳銃を消滅させた。代わりに右手に闇と自身の影を纏わせた。水壁の前まで到達した影人は、グッと地面を踏み締め右手を引いた。そして、闇と影によって強化された拳を水壁へと突き出した。影人の右拳は水壁をいとも容易く貫き、そのまま明夜の頬へと至った。
「ぶっ・・・・・・!?」
拳が明夜の頬にめり込む。影人は容赦なく拳を振り抜いた。明夜は陽華を抱えたまま、自身が展開した水の障壁に叩きつけられ、障壁を貫通し殴り飛ばされた。
「「・・・・・・」」
影人に殴り飛ばされた明夜と、尾による攻撃を受けた陽華は沈黙していた。
「・・・・・・どうした。変身が解けてないって事はまだ意識があるんだろ。立たないのか? それとも、もう俺の勝ちって事でいいのか。意外だな。お前らはもうちょっと打たれ強くて諦めが悪いと思ってたんだが」
影人は倒れている2人を遠目から眺める。すると、ピクッと陽華と明夜の手が動いた。
「そんな・・・・・・そんな、わけないよ・・・・・・!」
「え、ええ・・・・・・あなたの思う通り、私たちはこれくらいで諦めたりしないわ・・・・・・!」
陽華と明夜はその目に不屈の闘志を燃やしていた。立ち上がった2人を見た影人は小さく笑みを浮かべる。
「はっ・・・・・・だろうな。だが、今のままだとお前らは逆立ちしたって俺には勝てないぜ」
「それは・・・・・・分かってる」
「私たちは甘かったわ。隙がどうこうなんて言う前に、最初から切り札を切るべきだった」
明夜が陽華に目を向け、陽華も明夜の目を見つめ返し頷く。すると、明夜に青いオーラが、陽華に赤いオーラが纏われた。
「・・・・・・そうか。なら、早めの第2ラウンドと行くか」
2人が何をしようとしているのかを悟った影人は軽く帽子を押さえた。そして、陽華と明夜は力ある言葉を放った。
「「我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を! ――光臨!」」
次の瞬間、陽華と明夜の姿は光り輝いた。影人はその光に眩しそうに金の瞳を細める。
「全開の全力で・・・・・・行くよ!」
「反撃開始だわ!」
光が収まり光臨した陽華と明夜の姿が現れる。光導姫としての全ての力を解放した2人に対抗するように、影人も自身の肉体に身体能力を強化する闇を纏わせた。
「
影人は酷薄にも見える笑みを浮かべた。そして、左手の拳銃をナイフに変換させ、右手に日本刀を創造した。影人が日本刀とナイフを構える。
――陽華と明夜の光の輝き。影人の闇の深さ。これからの戦いは、より鮮明にそれらが露わになる事は間違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます