第476話 バレンタイン恋騒劇(9)

「な、何で俺がこんな目に・・・・・・」

 暁理との勝負を終えた影人は疲れ切ったように机に突っ伏していた。対照的に暁理は「ふん」とまだ納得していなさそうにポ◯キーを食べていた。

「僕の寛容さに感謝しろよ。バカ前髪」

「食いかけのポ◯キーを無理やり俺に食わせた奴のどこが寛容だ・・・・・・俺が潔癖症だったら吐いてるぞ」

 影人は暁理には聞こえない声でボソリと恨み言を吐いた。人によってはご褒美だという者もいるかもしれないが、少なくとも影人にとっては罰ゲームのようなものだった。

「影人、疲れている暇はないわよ。まだあなたには勝負する相手が残っているのだから」

 優雅に紅茶を飲んでいたシェルディアがカップをソーサラーに置く。影人はのそりと上半身を起こした。

「・・・・・・次の対戦相手ってもしかして嬢ちゃん?」

「よく分かったわね。そうよ」

「やっぱりかぁ・・・・・・」

 影人はガクリと項垂れた。正直、口には出さないが影人はシェルディアとの勝負を最も恐れていた。シェルディアは気分屋だ。どんな勝負を仕掛けてくるか分からない。影人は嫌々ながらもシェルディアに勝負の方法を聞いた。

「で、俺と嬢ちゃんの勝負方法は?」

「そう難しいものではないわ。単純にあなたの記憶をなぞるだけでいいから。影人、今から私はあなたにある言葉を言うわ。その言葉に対する正当な答えをあなたが返せればあなたの勝ち。返せなければあなたの負けよ。出来れば勝ってちょうだいね。じゃないと、私少し悲しくなっちゃうから」

「っ?」

 シェルディアの言葉はどこか意味深だった。影人はシェルディアの言葉の意味が分からず首を傾げた。

「じゃあ始めるわよ。――さて・・・・・・さっきからそこにいるあなたは誰かしら?」

「「「「「???」」」」」

 シェルディアが放った言葉は、何の脈絡もないはっきり言って意味不明なものだった。喫茶店の中にいた者たちは一様に頭に疑問符を浮かべていた。

「っ・・・・・・?」

 そして、それは解答者たる影人も同じだった。影人もシェルディアが何を言っているのか理解出来なかった。

「ふふっ、さあ答えてちょうだい影人。解答時間は無制限・・・・・・と言いたいところだけど、それだとあなたが有利になるかもしれないから5分としておくわ」

 シェルディアは影から懐中時計を取り出し時間を計り始めた。影人は必死にシェルディアの言葉の意味を考え始める。

(ヤバい。全く分からん。だけど、多分正解しなきゃ殺される。死ぬ気で考えろ帰城影人!)

 まず、情報を整理しよう。シェルディアが問題として出した言葉は「さて・・・・・・さっきからそこにいるあなたは誰かしら?」だ。影人はこの言葉に対する正しい答えを返さなければならない。

(ダメだ。やっぱり意味が分からん。だが、どこかにヒントはあるはずだ。もう1度、最初から嬢ちゃんの言葉の全てを思い出せ)

 ゆっくりと影人は先ほどシェルディアが述べた言葉を思い出した。そして、何かヒントがないかを吟味していく。

(そう難しいものではない。あなたの記憶をなぞるだけでいい・・・・・・嬢ちゃんはそう言ってた。つまり、答えは俺の記憶の中にあるって事か? 後、気になるのは嬢ちゃんが時間制限を設ける時に言った言葉だ。嬢ちゃんは時間が無制限だと俺に有利になるって言ってた。答えが俺の記憶の中にあるって事が正しいとして、この言葉の意味を考えると・・・・・・時間をかければかけるほど、俺が答えを思い出す可能性があるって事だ)

 ヒントとヒントがちゃんと連動して、互いの言葉を裏打ちし合っている。となると、影人の考えは正しいという事だ。

(多分嬢ちゃんが問題として出した言葉は、過去に嬢ちゃんが俺に言った言葉だ。ならやる事は1つ。嬢ちゃんとの記憶を掘り返す。必ずそこに答えがある)

 影人は必死にシェルディアとの思い出を振り返った。

「後1分よ」

 シェルディアが残りの時間を告げてくる。しかし、影人は焦らず確実にシェルディアとの思い出を振り返り続ける。

(っ、分かったぞ。俺が言うべき言葉が何なのか)

 そして、影人は答えに辿り着いた。

「5分経過。さあ、影人答えを聞かせてもらおうかしら」

 シェルディアが懐中時計を影に仕舞う。答えを求められた影人は口を開きこう言った。

「ああ。答えはこうだ。――いや、怪しい者じゃないんだが・・・・・・」

「「「「「?」」」」」

 影人の答えを聞いた者たちは再び頭に疑問符を浮かべた。だが、シェルディアだけが満足そうに笑っていた。

「ふふっ。――怪しい人はみんなそう言うのよ」

「――何度も言うが俺は怪しい者じゃない。ただのしがない高校生だ。俺が隠れて見ていたのは、あんたの身を心配してたからだ」

「合格よ影人。勝負はあなたの勝ち。では、少し会話は飛ぶけれど、これでおしまいにしましょう。――自己紹介がまだだったわね。私はシェルディアと言うわ」

「――・・・・・・帰城影人だ」

 影人はフッと笑った。釣られて、シェルディアも笑う。そして、シェルディアはバレンタインのお菓子を影人に渡した。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。しかし、嬢ちゃんも粋な事するよな。何か大人の女って感じっていうか」

「あら、私は大人の女だけど? 私の見た目とは合わないって言いたいのかしら」

「いや違うって!」

 シェルディアにジトっとした目を向けられた影人がぶんぶんと首を横に振る。シェルディアは「ふふっ、冗談よ」と悪戯っぽく微笑んだ。

「あの、よく分からないんですが・・・・・・結局、今のやり取りはなんだったんですか?」

 ソレイユがシェルディアに質問する。ソレイユの質問は、影人とシェルディア以外の全ての者たちの胸中の代弁だった。

「ああ。俺と嬢ちゃんが初めて会った時の会話だ。中々思い出すのに時間が掛かっちまったがな」

「本当よね。正直、もう少し早く思い出してほしかったわ。あなたにとって、私との出会いはあれだけ時間をかけなければ思い出せないものなのね」

「言い方! 悪かったって嬢ちゃん! 急だったから思い出すのにちょっと手間取っただけだって! だから拗ねないでくれよ!」

「あら失礼ね。私は大人の女よ。それくらいで拗ねないわ。影人、取り敢えずまた荷物持ちに付き合ってね」

「やっぱ拗ねてるじゃん!?」

 影人がたまらずそう叫ぶ。結局、影人はシェルディアの機嫌を直すため、後日荷物持ちをする事になった。

「・・・・・・何だろう。なんか負けた感が凄い」

「て、手強い・・・・・・」

「上手い、の一言だよね。勝負の方法も凄くオシャレで品があるし・・・・・・しかもさりげなく荷物持ちという名のデートも取り付けてるし。さすがシェルディアちゃん・・・・・・」

「ああ。あの女としての振る舞いの上手さ。ぜひ、見習いたいものだね」

「ちっ、相変わらず厄介な奴だ・・・・・・」

「むー・・・・・・」

「やはりシェルディアちゃんが最強か・・・・・・」

「なんかいいなぁ。シェルディアちゃん・・・・・・」

「帰城影人の前でだけじゃな。あのシェルディアがあんな顔をするのは」

「影人さんとシェルディアさんの会話は何だか安心感がありますね」

「ふむ・・・・・・」

「はぁ・・・・・・情けない男ですね」

 暁理は遠い目を浮かべ、アイティレはそう言葉を漏らし、ソニアとロゼはある意味感心し、レイゼロールは舌打ちを、ソレイユは不満そうな顔を浮かべ、明夜は相変わらずよく分からない感想を述べ、陽華は羨ましそうな目をシェルディアに向け、白麗は古くからシェルディアと付き合いがある者としての見解を述べ、キトナは微笑み、シトュウはジッと影人とシェルディアを見つめ、イズは影人にため息を漏らした。何だかんだ、流石はシェルディアである。

「ふぅ・・・・・・で、残るはお前らだけか」

 シェルディアとの勝負を終えた影人は、スプリガンの金の瞳を残る対戦者たちに向けた。

「うん!」

「ふっ、真打ち登場よ」

 影人の視線の先にいたのは陽華と明夜だった。影人は出来れば面倒な勝負にならないでくれという無駄な祈りをしつつ、2人にこう聞いた。

「どっちが先だ? いい加減に疲れて来てるんでな。悪いがさっさと終わらせるぜ」

「それなら大丈夫だよ!」

「ええ。なにせ次の帰城くんの対戦相手は・・・・・・私と陽華の2人だからよ」

 陽華はビシッとサムズアップをし、明夜はなぜかドヤ顔を浮かべた。

「は? ・・・・・・いやそうか。最初に嬢ちゃんが言ってたもんな。場合によっては2対1の状況もあるって。それがお前らか」

 影人は一瞬わけが分からないといった顔になったが、すぐに納得した顔へと変わった。

「・・・・・・まあいい。お前らなら2対1でも余裕だろ。というか、それくらいしないと俺と勝負にならないだろうしな」

「え!? ちょ、ちょっと帰城くんそれどういう意味!?」

「陽華、私たちは舐められてるのよ。全く随分と舐められたものね。1発ギャフンと言わせてやるわ」

「やれるものならやってみろ。で、俺とお前らはどうやって戦う?」

 影人が陽華と明夜にそう問う。陽華と明夜の事だ。どうせ、パーティー系のゲームのような勝負方法だろう。影人は適当にそう考えていた。だが、2人の口から出て来た言葉は影人の予想とは大きく違っていた。

「聞いて驚く事ね」

「私たちの本気を帰城くんには受け止めてもらうね」

 明夜と陽華が不敵に笑う。そして、2人は互いに顔を合わせ、呼吸を整え、影人の方に顔を向け直した。

「私たちと帰城くんの勝負方法は・・・・・・実戦だよ」

「実際の戦闘、つまり本気の、本当の戦いよ」











「・・・・・・改めて聞くぜ。本気なんだな?」

 数分後。影人はシェルディアの『世界』にいた。影人以外にも、シエラ、シス、零無、ナナシレ以外の者たちは全員喫茶店からシェルディアの『世界』に移動していた。

「うん。本気も本気だよ」

「冗談でこんな事は言わないわ」

 影人の対面にいた陽華と明夜は影人の言葉に頷いた。陽華と明夜は光導姫に変身していた。

「・・・・・・そうか。分かった」

 2人の返事を聞いた影人も覚悟を決める。陽華と明夜の勝負方法は実際の戦闘。影人は今からスプリガンとして陽華と明夜と戦わなければならない。そして、見事2人に勝てば陽華と明夜からお菓子を貰えるという感じだ。

(まさか、こんな形でこいつらと戦う事になるなんてな・・・・・・)

 暗躍時代も影人は結局正面から陽華と明夜と戦う事はなかった。影人にとって陽華と明夜は守り助ける対象だった。だからこそ、影人は陽華と明夜と戦う事だけは極力避けていた。

 だが、陽華と明夜は今や自分たちから影人に戦いを挑んできた。暗躍時代ならまだしも、まさかこのタイミングで――しかもバレンタインに戦う事になるとは思わなかった。何度も何度も思うが、人生とは本当にいつ何が起きるか分からない。特に自分の場合は。影人はやれやれといった様子で軽く首を横に振った。しかし、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。

「言っとくが手加減はしても容赦はしねえぞ。瞬殺されても文句は言うなよ」

 戦うにあたって、影人はシェルディアから『終焉』や『世界』、『零』の力は使わないように注意を受けた。当然と言えば当然だろう。それらの力を使えば影人は容易に陽華と明夜を倒せる。いや、殺す事が出来る。だが、それは影人や陽華や明夜が望む勝負ではない。ゆえに、影人は2人に向かってそう言ったのだった。

「ええ。上等よ。そうでなくちゃ意味ないもの」

「うん。本当の意味での本気の帰城くんと戦えない事は残念だけど・・・・・・負けないよ!」

 明夜と陽華も影人の手加減を侮辱や侮りの意味ではないと分かっていた。2人ともやる気十分といった感じで影人に挑戦的な目を向けてくる。

「ふふっ、面白い事になったわね。陽華と明夜から2人で影人と勝負をしたいとは事前に聞いていたけれど・・・・・・まさか、影人と実際に戦う方法を取るとは思わなかったわ」

「・・・・・・よく分からんな。なぜ、奴らはわざわざ影人と戦いたがる?」

「うーん、私も確信を持って言えるわけではないのですが・・・・・・多分、陽華と明夜は影人に自分たちの成長を見てもらいたいと思っているんじゃないでしょうか。戦いを通して、影人に自分たちの様々な想いを伝えたいのかもしれません。何せ、今日はバレンタイン。想いを伝えるにはピッタリな日ですから」

「普通に感動的なイベント・・・・・・なんだろうけど、ちょっと不安だな。影くん、戦いのスイッチが入っちゃうと本当に容赦ないから。私、1回影くんと戦った時に腕を銃で撃たれんだよね」

「私は結果的に1度右腕を消し炭にされたな」

「え!? あ、あいつそんな事してたの・・・・・・?」

「帰城くんには間違いなく冷めた面がある。人によっては冷酷だと思えるほどの。まあ、そこも彼の魅力だと私は思うが」

「・・・・・・もし帰城影人が陽華と明夜を酷く傷つける事があれば、私が帰城影人をボコボコにします」

「随分と生臭い事を言うのう。じゃが、封印されたお主では帰城影人には勝てんじゃろ」

「・・・・・・本気を出せないといっても、帰城影人は神力を振るえます。対して、あの2人が振るえるのは光導姫としての、女神の眷属としての力だけ。正直、勝負の結果は見えていますね」

「どうかな。勝負はやってみないと分からないよ。特に、あの2人はレールを浄化してイズも救ったとびきりの不確定要素の塊だし」

「ええ。影人さんの実力を信用していないわけではありませんが、勝負とは結果が分からないからこそワクワクするものです」

「ですが、やはり帰城影人の方が圧倒的に優位だと思いますがね。認めるのは癪ですが・・・・・・帰城影人は、スプリガンはそれ程までに強い」

「影人くんの本当の強さというか恐ろしさは、彼が振るう力じゃなくて精神の強さだからね。しかも、修羅場を潜って潜って、今は更にそれが研ぎ澄まされている。・・・・・・正直、例え影人くんが『世界』や『終焉』を使えなくても僕は戦いたくない」

「お主がそこまで言うほどか・・・・・・何にせよ。ワシも影人くんの戦いを見るのは初めてじゃ。しっかりこの目に焼き付けるとするかのう」

 シェルディア、レイゼロール、ソレイユ、ソニア、アイティレ、暁理、ロゼ、イズ、白麗、シトュウ、ゼノ、キトナ、フェリート、レゼルニウス、ガザルネメラズがそんな会話を交わす。外野たちが見守る中、陽華はガントレットを纏った拳を、明夜は杖を構え、臨戦態勢を取る。影人も右手に闇色の拳銃を創造し、戦いの姿勢を取る。

「じゃあ・・・・・・行くよ帰城くん。ううん、スプリガン!」

「私たちのお菓子が欲しければ、私たちを倒して見せなさい!」

「別に菓子はいらないんだがな・・・・・・まあいい。来いよ朝宮、月下。いや、光導姫レッドシャイン、光導姫ブルーシャイン。お前らの光と俺の闇、どっちが強いか確かめてやる」

 陽華、明夜、影人は最後にそう言葉を交わすと、次の瞬間、地面を蹴った。


 ――バレンタイン最終勝負。光導姫レッドシャイン、光導姫ブルーシャイン対スプリガン。開幕。

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