第475話 バレンタイン恋騒劇(8)
「・・・・・・なんかいつの間にかけっこう菓子が溜まってるな」
影人は机の上に置かれている戦利品の数々を見てそう呟いた。キトナ、ロゼ、ソニア、イズ、シトュウ、白麗、アイティレ、ソレイユ、レイゼロールから勝ち取ったバレンタインのお菓子。当然ではあるが、影人の人生において、これほどまでにバレンタインに異性からお菓子を貰うのは初めてである。
(冷静に俺はこれを全部食い切らなきゃならないのか? 虫歯胸焼けまっしぐらじゃねえか。というか、まだ増えるし・・・・・・ダメだ。今は考えないようにしよう)
ゾッとする考えを放棄するように影人は軽く首を横に振る。取り敢えず、さっさと全ての勝負を終わらせよう。影人はそう思い、周囲に視線を向けた。
「で、次は誰が俺と勝負するんだ?」
残るはシェルディア、暁理、陽華、明夜の4人だ。一応、零無とナナシレもいま必死に影人への手作り菓子を作っており、勝負に参加する気満々だが、影人は2人の事は数には入れていなかった。
「僕だよ」
影人の声に応えたのは暁理だった。暁理はどこか不機嫌そうに口を尖らせていた。
「お前か。というか、なんでそんなに不機嫌そうなんだよ」
「別に。ただ、君みたいな不義理な奴は誰かに刺されちゃえばいいのにって思ってるだけだよ。何さ、僕も君とのつき合いは長いのに他の女子とイチャイチャして・・・・・・影人のくせに」
「は? 不義理? 俺お前に何かしたか?」
「そういうところだよ。まあ、君に何を言っても無駄だろうし、さっさと勝負を始めようか」
不思議そうに首を傾げる影人に暁理はそう言うと、立ち上がり影人の元へと近づいた。
「影人、君が僕とする勝負は・・・・・・これだ!」
暁理が真剣な顔で懐から何かを取り出す。それは赤いパッケージが特徴のとあるお菓子だった。
「ポ○キー・・・・・・?」
影人は暁理が取り出した有名なチョコ菓子の名を呟く。だが、影人には暁理がこのお菓子を取り出した意味が分からなかった。暁理はポ○キーを使って一体どんな勝負をしようというのか。影人には皆目見当もつかなかった。
「っ、まさか・・・・・・!?」
「なっ・・・・・・!?」
「・・・・・・なるほど。それが君の覚悟か」
多くの者たちは影人と同じようによく分からないといった様子だったが、明夜、ソニア、ロゼは暁理がどんな勝負をしようとしているのか理解しているようだった。明夜は元より、ソニアとロゼは影人とイチャつくための勝負を調べている内に、それを知った。それは古来より伝わりしゲーム。男女がイチャイチャする代名詞的なゲーム。そのゲームの名は――
「影人、君には今から僕とポ○キーゲームをしてもらう!」
暁理が影人に勝負の方法を伝える。暁理の言葉を聞いた影人は信じられないといった様子でスプリガンの金の瞳を大きく見開いた。
「は、はぁ!? お、お前正気か!? 本気で言ってるのか!?」
影人は酷く動揺した。その動揺を示すかのように、影人の声は素っ頓狂だった。影人も一応ポ○キーゲームがどのようなものかは知っていた。だからこそ、影人は暁理にそう確認を取らざるにはいられなかった。
「僕は正気だし本気だよ」
「っ・・・・・・」
しかし、暁理はまるで戦場に赴く戦士のような顔でゆっくり頷いた。暁理の顔を見た影人は理解した。暁理は本当に本気で影人とポッ○ーゲームをするつもりだ。影人の額からツゥと冷や汗が流れる。
「ポ○キーゲーム? いったいどんなゲームなんでしょう。レールは何か知っていますか?」
「いや、我も初耳だ・・・・・・」
「あのお菓子がポ○キーという日本のお菓子だとは知っているけど・・・・・・私もそのゲームは知らないわね。一応、こちらの世界には長いこといるから大体の遊戯は知っているのだけど・・・・・・」
「うーむ。ワシも全く分からんの」
「僕もですね」
「フェリートは分かる? 俺はどんな勝負か皆目見当もつかないや」
「執事として情けないですが、私も分かりませんね。ただ、帰城影人の動揺ぶりから察するに相当に危険なゲームなのでしょう」
「まあ、いったいどのようなゲームなのでしょう。楽しみです」
「ようわからんがあの菓子はポ◯キーと言うのか。あれも美味そうじゃの」
ソレイユ、レイゼロール、シェルディア、ガザルネメラズ、レゼルニウス、ゼノ、フェリート、キトナ、白麗といった人外・異世界組はポ○キーゲームを知らない様子だった。
「え!? ポ○キーゲームってあのポ○キーゲーム!?」
「これは・・・・・・なるほど。早川暁理、本当の意味で勝負に出ましたね」
「な、なんと破廉恥な・・・・・・!」
「・・・・・・人はよくこんなゲームを思いつきますね」
「やっぱり・・・・・・」
「・・・・・・凄いね。私も候補には入れてたけど、流石にかなり覚悟がいるから最終的には候補から外しちゃったし・・・・・・」
「乙女の本気、だね」
一方、ポ◯キーゲームを知っていた陽華は驚き、スマホでポ◯キーゲームがどのようなものか検索したイズ、アイティレ、全知の力を使ってポ◯キーゲームを識ったシトュウはそんな反応を、暁理がポ◯キーゲームをする事を予想していた明夜、ソニア、ロゼは暁理に畏怖に似た視線を向けた。
「落ち着け暁理! よく分からないがお前は少し錯乱している! こんな時にふざけるな! いくら何でもそれはライン超えだろ! もっと自分を大切にしろ! 親御さんが泣くぞ! 考え直せ!」
「さっき言ったはずだよ! 僕は正気だって! ふざけてもいないし自分を大切にしてる! だからこそ僕は君にこの勝負を提案したんだ! とにかくやるよ! 他の勝負方法は受け付けないから! 君も男なら覚悟を決めろ!」
影人は必死に暁理を説得しようとしたが、暁理は聞く耳を持たなかった。
「か、覚悟って・・・・・・お前何で俺なんかとこんな勝負をするんだよ。これは特に親密な関係の奴らがやる悪魔のゲームだぞ」
「なんだよ。君と僕は特に親密な関係じゃないって言いたいのかよ」
「そうじゃなくてだ! 要は恋人たちがやるゲームだろって事だ!」
ジトっとした目を向けてくる暁理に影人はそう言葉を返す。いま影人が否定したように、影人にとって暁理は特に親密な関係だとは言える。非常に稀だが、暁理は影人の友人だ。それもある程度付き合いの長い、もしかしたら親友と呼べるかもしれない程の。しかし、恋人ではないのだ。
「確かに、ポ◯キーゲームは恋人たちの定番ゲームだけど、別に恋人たちだけがやっていいゲームってわけじゃないだろ。とにかく、やるよ。君は僕のお菓子が欲しいんだろ」
「いや、正直誰からのお菓子もいらな・・・・・・痛い痛い! 脛を蹴るなよ暁理! ああもう、分かった! 分かったから! ここまで来たらヤケだ! やるよ! やってやるよ! 未だによく分からないけど!」
暁理に連続で脛を蹴られた影人は、スプリガン形態だというのに情けない悲鳴を上げた。そして、言葉通りヤケクソ気味に暁理の勝負方法を受諾した。
「ふ、ふん。最初からそう言えばいいんだよ。じゃ、そこに立って」
暁理は恥ずかしさと嬉しさが混じり合ったような顔でそう言うと、ポ◯キーの箱を開けた。そして袋を開け、1本のポ◯キーを取り出す。
「一応、ルールは知ってると思うけど、知らない人もいるみたいだし念のため説明するよ。今から僕と君はこのポ◯キーの端と端を咥える。そして、2人同時に徐々にポ◯キーを食べて行く。で、最終的には僕と君の唇が・・・・・・その、触れ合う。唇が触れ合ったら君の勇気に免じてお菓子はあげる。言っとくけど、先にビビって口を離した方が負けだから。もし君が口を離したらお菓子はあげないよ」
「・・・・・・改めて聞くととんでもなく恐ろしいゲームだな。なあ、暁理。500円やるからお前先に口離してくれよ」
「は? 絶対に嫌だけど」
「デスヨネー・・・・・・はぁー、しゃあねえ。自力で勝ちをもぎ取るか」
影人が大きくため息を吐く。やはり、やるしかないようだ。
「な、ななななななななっ!? 暁理あなたなんという勝負を・・・・・・!」
「せ、接吻だと・・・・・・!? いくら何でもそんな勝負認められるか!」
「あらあら・・・・・・うふふ、私自分を制御しきれるかしら。不安ね。本当に不安だわ」
「なんと・・・・・・人間は面白い事を考えるのう。いいなあ。ワシもやりたい」
「ガザルネメラズ様。言いたくはないですけど、その発言はただの色ボケジジイですよ。しかし・・・・・・これはピンチだよレール・・・・・・」
「へえ、何か面白そう」
「嘆かわしい。当世の風俗の乱れがこれ程とは・・・・・・」
「まあ、何て素敵なゲームなのでしょう! 今日という日にピッタリなゲームですね!」
「ほー、菓子のように甘い遊戯じゃの」
一方、暁理の口からポ◯キーゲームがどのようなものか聞いたソレイユ、レイゼロール、シェルディア、ガザルネメラズ、レゼルニウス、ゼノ、フェリート、キトナ、白麗はそれぞれの感想を述べる。
「・・・・・・ん」
「ぐっ・・・・・・」
ポ◯キーの露出したクッキー部分を咥えた暁理が影人に向かって顔を突き出す。影人は仕方なくチョコの部分を咥えた。そして、それがゲーム開始の合図となった。
「はむ・・・・・・」
「もぐ・・・・・・」
暁理と影人が口の中に入っているポ◯キーを噛み切る。両者は徐々に、徐々にポ◯キーを食べ進める。必然的に暁理と影人の顔が近づいて行く。
(うっ、分かっちゃいたが・・・・・・こいつマジで美少女だな)
至近距離から暁理の顔をマジマジと見つめた影人は内心でそう呟いた。この場にいるのはどういうわけか、全員超がつく美少女や美人である。当然、暁理もその中に含まれているわけで。自分はなぜこんな美少女とポ◯キーゲームをしているのかと、影人は改めて疑問に思った。多分だが、学校の男子たちにこの光景を見られたら影人はフルボッコにされるだろう。
(うっ、認めたくはないけど・・・・・・影人って普通に格好いい。何だよ影人のくせに・・・・・・どれだけ僕をドキドキさせれば気が済むんだ)
一方の暁理も影人と似たような事を考えていた。普段から前髪を上げていれば、影人は間違いなく今よりもモテるだろう。光司は明るい誰からもモテるイケメンという感じだが、影人は暗めの綺麗な顔をしている。影人も十分に顔がいいと言えるだろう。
しかも、今の影人はスプリガンに変身している。金の瞳と黒の装束が影人の暗さをいい意味で引き立てている。つまり、普段の影人よりも数倍は格好いい。暁理の顔は熱く熱く熱を持ち、目も熱に浮かされたようにトロンとなっていた。その顔はまさしく恋する乙女のものだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
影人と暁理の顔は今や互いの鼻が触れ合う距離にまで近づいていた。周囲の者たちは一言も発さず、様々な表情で影人と暁理を見つめ続ける。
(ああ、何だろう。ふわふわする。よく分からないけど・・・・・・いま僕は凄く、凄く幸せな気がする)
静寂に包まれ、永遠にまで引き延ばされたかのように錯覚する時間の中で、暁理はゆっくりと瞼を閉じた。恐らくあと一口、あと一口食べ進めれば影人の唇と暁理の唇は触れ合う。それはまごう事なきキスだ。互いの愛を伝え合う行為。暁理も口と口で影人とキスをするのは初めてだ。暁理の心臓の高鳴りはこの時最高潮を迎えていた。
「・・・・・・やっぱり、それは頂けねえな」
だが、暁理の唇と影人の唇は触れ合わなかった。影人の声が静寂を引き裂くと同時に、影人はぐいっと口で残りのポ◯キーを引いた。結果、暁理の口の中のポ◯キーの欠片が引き抜かれる。
「え・・・・・・?」
暁理は何が何だか分からない様子で目を開いた。影人はポ◯キーの欠片を手に持つと、放心している暁理にこう告げた。
「先に口を離した方が負け、だろ。俺の勝ちだぜ暁理」
「っ・・・・・・」
影人の言葉を聞いた暁理がハッとした顔になる。暁理は今ようやく気がついた。影人は最初からこれを狙っていたのだ。口と口が触れ合う寸前の1番暁理が油断するタイミングを見計らって。暁理は勝負が始まる前の影人の言葉を思い出した。影人はこう言っていた。「しゃあねえ。自分で勝ちをもぎ取るか」と。やられた。もっと警戒すべきだった。暁理は自分の甘さを後悔した。そして、影人の小賢しさに怒りが湧き上がってきた。
「〜っ! このヘタレ野郎! バカ! 前髪! 死ね! 僕の覚悟を返せ!」
「うおっ!? な、何だよ。急にキレるなよ。俺は誰も傷つかない方法を取っただけだ! 今日のお前はよく分からんがちょっとおかしかった。いいか、暁理。自分をあんまり安売りするな。せっかくお前は――」
「うるさい! 乙女の純情を弄びやがって! このっ、このっ!」
「ちょ、おい! やめろよ! 体の強度いじってないから普通に痛てえ!」
怒りのパンチを連続して繰り出す暁理に影人が軽く悲鳴を上げた。
「ほっ・・・・・・」
「・・・・・・ふん。どうせこんな事になると思っていた」
「この店を壊す事にならなくてよかったわ」
「影人くん、罪な男じゃのう・・・・・・」
「よかったねレール。まだまだ何とかなりそうだ」
「うーん、彼ってやっぱり搦手上手いよね」
「搦手、というよりかは小狡いという表現の方が合うと思いますがね」
「正直、よかったって思っちゃったけど、あれは可哀想だよね。まあ、影くんクオリティって言っちゃえばそれまでだけど」
「全く同じ意見だよ」
「・・・・・・よく分かりませんが、帰城影人が悪いですね」
「異議なしね」
「そ、そうかな? でも・・・・・・私も早川さんの立場だったら怒っちゃうかも」
「影人さん、それはちょっと酷いです・・・・・・」
「ヘタレじゃのうあやつは。男ならぐいっといかんか」
「ふ、ふぅ・・・・・・よかった・・・・・・」
「・・・・・・」
ソレイユ、レイゼロール、シェルディア、ガザルネメラズ、レゼルニウス、ゼノ、フェリート、ソニア、ロゼ、イズ、明夜、陽華、キトナ、白麗、アイティレは影人と暁理を見てそれぞれの感想を、シトュウはジトっとした目を影人に向けた。
「ええい! じゃあ取り敢えずその残りのポ◯キーを食べろ! そして、もう1回僕とポ◯キーゲームをしろ! 僕はこんな負け認めないぞ!」
「やだよ! 普通にこのポ◯キーの欠片お前のヨダレついてて汚いし! とにかく俺の勝ちだ! お菓子寄越せ!」
「女の子が咥えてた物を汚いって言うな! バカバカバカバカ! 死ね死ね死ね死ね!」
「だから痛いって! 分かった! 分かったから! 欠片は食うから! だから、もう勘弁してくれーーーー!」
喫茶店の中にスプリガンの情けない悲鳴が響き渡る。結局、影人はポ◯キーの欠片を食べて暁理と間接キスをする事でどうにか許してもらい、暁理からのバレンタインのお菓子を手に入れたのだった。
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