第473話 バレンタイン恋騒劇(6)
「てめえソレイユ! 勝負は俺が勝ったのに何で反撃してくるんだよ! 痛てえじゃねえかこのクソ女神!」
「あなたが本気で叩き過ぎるからです! 女神を本気で叩くバカがありますか!? このバカ前髪! 本当にあなたはバカね! バカバカバカ!」
数分後。影人とソレイユはピコピコハンマーで互いの頭を全力で叩き合っていた。今にも掴み合って互いを殴り合わんばかりの光景である。
「あらあら。ふふっ、あの2人は本当に仲が良いわね。羨ましいくらいだわ」
「あの光景のどこがそう見えるんですか・・・・・・」
シェルディアが笑い、イズが呆れたような顔を浮かべる。他の者たちはイズと同じように呆れた様子の者もいれば、苦笑いを浮かべる者、驚いた様子の者もいた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・と、取り敢えず菓子を寄越せ。別に、お前の菓子なんざ正直あんまりいらねえが、景品は景品だ。貰っておいてやるよ・・・・・・」
「はあ、はあ、はあ・・・・・・何て言い草よ、このクズ前髪。女神の手作りチョコなんて人類にとって至宝レベルよ。泣いてありがたがりなさいよ・・・・・・」
互いをピコピコハンマーで殴り合う体力を失った影人とソレイユは互いを睨み合った。そして、ソレイユは大きく息を吐くと、机の上に置いていたチョコを影人へと渡した。
「まあ、悔しいけど私は負けてあなたが勝った。だから、これはあげるわ」
「お、おう。・・・・・・何だよ。急に素直になりやがって」
ソレイユからバレンタインの菓子を渡された影人は戸惑いながらもそれを受け取った。
「失礼ね。私はいつでも素直よ。ねえ、影人。せっかく私が心を込めて作ったんだから、しっかり味わうのよ。じゃないと許さないんだから」
「っ・・・・・・」
ソレイユは一転、輝くように笑った。その笑顔はまさに女神に相応しいもので、影人の心臓はドキリと跳ねた。
(ああ、ちくしょう。こいつ見た目だけは本当に女神だよな・・・・・・)
認めたくはないが、ソレイユの笑顔は影人が今まで出会って来た中で恐らく1番だ。綺麗で素敵で可愛くて愛らしくて。更には顔も超絶いいと来ている。これほど完璧な笑顔もないだろう。まあ、絶対にその事をソレイユに伝えはしないが。影人は火照る頬とドキドキと鳴る心臓の音を何とかソレイユには知られたくないと思い、フイとソレイユから顔を逸らした。
「ま、まあ食べ物は無駄にしない主義だ。どんなに不味くてもしっかり食ってやるよ」
「なっ!? 何でそんなこと言うのよ! 酷い! あなたデリカシーなさすぎなのよ! バカバカバカバカ!」
影人の言葉は照れ隠しだったのだが、ソレイユがその事を知るはずもない。ソレイユは再びキレた。
「はいはい、それくらいにしなさいソレイユ。後がつかえているんだから。ええと、次は・・・・・・」
「・・・・・・我だ」
シェルディアの言葉に反応しそう言ったのはレイゼロールだった。
「・・・・・・次はお前かレイゼロール。で、勝負の方法は――」
「よっ、待ってました! 真打登場だ! 頑張れレール! ここがチャンスだ! あの手この手で影人くんの心をズッキュンと射止めよう! 大丈夫! 君なら出来る! 何せ君ほど可愛いくて綺麗な女神はいな――」
いつの間にか、レゼルニウスは「レールLOVE」と書かれたハチマキと
「ふん・・・・・・!」
「あらまあ・・・・・・」
「うわー、痛そう・・・・・・でもまあ、100億パーレゼルニウスの奴が悪いな」
「レ、レゼルニウス。お主、そこまでガチのシスコンじゃったのか・・・・・・」
「これが冥界最高位の神の姿だというのですか・・・・・・」
「レ、レゼルニウス様・・・・・・」
「ふふっ、レイゼロールの兄は随分と面白いのね」「レールのお兄さん、レールのこと本当に大好きだよね。いいお兄さんだ」
「言ってる場合ですか! ああ、レゼルニウス様なんとお労しい・・・・・・」
「よく分からんが、こやつはアホじゃのう」
「・・・・・・何でしょう。そこはかとなく帰城影人と同じように感じますね」
「うっ、そう言えば影くんも妹さんが大好きだったような・・・・・・」
「あはは、いいお兄さんだとは思うんだけどなぁ・・・・・・」
「私は一人っ子だけど、あれだけシスコンのお兄さんがいたら・・・・・・ちょっと嫌かもしれないわね」
「確かにな・・・・・・」
「うーむ、美しき兄妹愛だ・・・・・・」
「ちょっとレイゼロール。やめて。店が壊れる」
レイゼロールは不機嫌そうに顔を背け、キトナ、影人、ガザルネメラズ、シトュウ、ソレイユ、シェルディア、ゼノ、フェリート、白麗、イズ、ソニア、陽華、明夜、アイティレ、ロゼが倒れているレゼルニウスに対してそんな言葉を述べる。シエラだけは倒れているレゼルニウスではなく、レイゼロールにクレームをつけていた。
「で、気を取り直して聞くが・・・・・・俺はお前とどんな勝負をすればいいんだ?」
「ああ。我とお前の勝負は・・・・・・これだ」
レイゼロールは右手に5枚の黒いカードを創造すると、それをテーブルに置いた。カードにはそれぞれ、「相手を驚かせる」「相手をドキドキさせる」「相手に懐かしい思いをさせる」「相手を笑わせる」「相手を怒らせる」という文字が書かれていた。
「何だこのカード?」
「このカードは指令書だ。今からこれを裏向きにしてランダムに設置する。我とお前は順番に1枚ずつカードをめくり、そこに書かれている指令を実行しなければならない。基本的に、指令を達成できるなら何をしてもいい。そして、最終的に3勝した方が勝ちというルールだ」
影人の質問に対してレイゼロールはそう説明した。説明を聞いた影人は納得したように頷く。
「へえ、なるほどな。面白そうじゃねえか。要は、喜怒哀楽・・・・・・まあ哀はねえが、それを相手に感じさせるようなゲームって感じか」
「そういった理解でいい。質問はあるか?」
「じゃあ2つだけ。まず、どうやって驚いてるとかドキドキさせるとか懐かしい思いを判定するんだ? 笑うのは顔を見りゃ分かるが、いま言ったような感情が表情に出ない可能性もあるだろ。要は俺もお前もズル出来る可能性がある。2つ目、指令を達成出来なかった場合、カードはどうなる?」
「お前にしてはまともな質問だな。では、カードの質問から答えてやろう。カードを引いた者が指令を達成出来なかった場合、カードは再び裏向きで配置される。シャッフルはなしだ。カードは書かれた指令が達成されるまで場に残り続ける。逆に達成されれば、カードは場から消える。そして、判定の方法だが・・・・・・これを使う」
レイゼロールがそう言うと、机の上に見慣れぬ黒い機械のような物が2つ出現した。それはパッと見、腕時計のように見えた。
「何だそれ?」
「装着した者の感情を計測する機械だ。これを腕に巻け」
「なるほどな。お前は地上でも神力が使えるもんな。確かに、こんな便利な物を作れるはずだぜ」
レイゼロールはその機械を右手首に装着すると、影人に機械を渡した。影人もレイゼロールに倣い、自分の右手首に感情を計測する機械を巻く。
「先攻と後攻を決める。手を出せ」
レイゼロールの言葉に従い影人が手を出す。レイゼロールも手を出し、2人はジャンケンを行った。その結果、先攻は影人になった。
「よし」
「ちっ」
影人が軽くガッツポーズをし、レイゼロールが舌打ちする。この勝負は先に3勝しなければいけないという都合上、明らかに先攻が有利だ。
「じゃ、早速行かせてもらうぜ」
レイゼロールの対面に座った影人は、裏面に並べられた真っ黒な5枚のカードの中から左端にあったカードを選んだ。既に5枚のカードは第三者であるソレイユによってシャッフルされている。影人が選んだカードをめくる。そこには「相手を怒らせる」と書かれていた。
「怒らせろか・・・・・・」
影人は前髪の下の目をレイゼロールに向けた。レイゼロールはいつも通りの仏頂面だ。取り敢えず、影人は今からこの無愛想な顔に怒りの色を反映させなければならない。
「バカ。アホ。間抜け。髪の毛おばあちゃん」
「・・・・・・ほう」
前髪は小学生のような悪口でレイゼロールを罵った。影人に罵られたレイゼロールはそのアイスブルーの瞳でギロリと影人を睨んだ。その目には控えめに言って、怒気と殺意と冷たさが混じっているように見えた。
『ピピー! 怒りの感情を検知。怒りの感情を検知』
レイゼロールの腕に巻かれていた機械からそんな音声が響いた。その音声を聞いたレイゼロールは「ちっ・・・・・・」と少し悔しそうになる。
「え、マジかよ。もう終わり? もう俺の勝ち? 嘘だろ。お前さすがに怒りの沸点低すぎない?」
煽りでも何でもなく影人はそう言って少し引いた顔になる。レイゼロールはそんな影人に対しこう言葉を述べる。
「黙れ。お前のようなバカの中のバカに侮辱されれば、誰だろうと即座に殺意を抱くに決まっている。バカに尊厳を傷つけられる事ほど不快な事はないからな。・・・・・・取り敢えず、1度殴らせろ」
「嫌だよ!?」
グッと拳を握るレイゼロールに影人が悲鳴を上げる。その後、何とかレイゼロールの怒りを抑えさせ、影人は事なきを得た。何はともあれ、影人の1勝である。
「次は我の番だな。ふむ・・・・・・では、これにするか」
レイゼロールは残り4枚のカードの内、右端にあるカードを選びそれを表向きにした。そこには「相手を驚かせる」と書かれていた。
「驚かせろか。なるほどね。言っとくが、俺を驚かせるのは相当難しいぜ。何せ、ここ2年くらい驚きっぱなしだった――」
レイゼロールの指令を見た影人がドヤ顔で腕を組む。スプリガンになってからいったいどれだけ自分が驚いて来たと思っているのだ。自分はレイゼロールのようにチョロくはない。この勝負勝ったな。影人が自信満々で内心そう思っていると、ちょんちょんと肩が叩かれた。
「? 何だ?」
影人が何とはなしに振り返る。すると、そこには顔が真っ黒なのっぺらぼうがいた。のっぺらぼうは至近距離からジッと影人の顔を覗き込んで――のっぺらぼうなので目はないが――いた。
「・・・・・・へ?」
「・・・・・・」
影人が素っ頓狂な声を漏らす。謎の真っ黒なのっぺらぼうは無言で影人を顔のない顔で見つめ続ける。
「う・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ば、化け物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ピピー! 恐怖と驚愕の感情を検知。恐怖と驚愕の感情を検知』
先ほどまでの余裕はどこへやら、影人は気づけば絶叫していた。そして、イスからずり落ちた。同時に、影人の右手首からそんな音声が聞こえて来た。真っ黒なのっぺらぼうはそのままジッと影人を見下ろすと、やがてフッと虚空に溶けるように消えた。
「き、消えた!? おいヤバいって! マジもんの幽霊だ! 逃げるしかねえ!」
影人が立ち上がり店内にいる者たちにそう呼びかける。前髪野郎は完全にパニック状態だった。
「ふっ、存外に肝が小さいなお前は。ここまで上手く行くとは思わなかったぞ」
「は、はぁ? どういう事だよ?」
そんな影人を見たレイゼロールが小さく笑う。影人は訳が分からずレイゼロールにそう聞き返した。
「こういう事だ」
レイゼロールが軽く指を弾くと、レイゼロールの傍らに先程の真っ黒なのっぺらぼうが現れた。
「・・・・・・」
「こいつは我が神力で創造したモノだ。お前を驚かせるためにな」
「な、何だよ。そういう事か・・・・・・」
レイゼロールの説明を受けた影人は大きく安堵の息を吐いた。よかった。取り敢えず本物の幽霊や怪物の類ではなかったようだ。影人以外の者たちは予想がついていたのか、特に驚いた顔を浮かべている者はいなかった。むしろ、先程の影人の驚き様を笑っていたり、呆れていたりしていた。
「という事で、我も1勝だ。これで1対1。次はお前の番だ」
「分かったよ。くそっ、まさかあんな手を使って来るとはな。もう油断はしないぜ」
影人は悔しそうに顔を歪めた。そして、カードを見る。残るカードは後3枚。影人は左端のカードを引いた。そのカードを表向きにすると、「相手を笑わせる」という文字が見えた。
「・・・・・・ふーん。さて、どうしたもんかね」
影人はどうすればレイゼロールを笑わせる事が出来るかを考えた。レイゼロールが笑ったところなど見た事がないとは言わないが、かなりレアだ。
(笑わせる定番と言えば1発ギャグだよな。でも、1発ギャグは世代やら知識やらが関わってくるからな。数千年生きるレイゼロールに通じる1発ギャグがどんなものか全く分からん。となると・・・・・・)
「よし・・・・・・」
影人はレイゼロールを笑わせる方法を決めた。そして、席から立ち上がる。
「見てろよレイゼロール。お前に爆笑をお届けしてやるぜ。はぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」
「っ・・・・・・」
影人がゆっくりと両腕を回し始める。影人から発せられるただならない雰囲気に、レイゼロールの顔も自然と引き締まる。
「行くぞ! ニワトリ! コケーッ、コココ、コケーッ、コココ!」
影人は体の向きを横にすると、右手を曲げて前方に突き出し、左手を曲げて後方に突き出した。右手は嘴を、左手は尻尾を表しているつもりなのだろう。影人はしばらくの間ニワトリのモノマネをし続けた。
「からの・・・・・・白鳥!」
影人は両手を後方に真っ直ぐ伸ばし顔を上げた。ニワトリからの白鳥のモノマネ。まさかの2連続鳥類である。
「ぷっ」
「くすくす」
影人の渾身のモノマネを見た陽華とシェルディアが笑い声を漏らす。その他の者たちも、笑っている者や苦笑いを浮かべている者もいれば、全く笑っていない者もいた。
「・・・・・・ふん。そんな幼稚なモノマネで我が笑うとでも思ったのか。舐められたものだな」
そして、肝心のレイゼロールはと言えば、冷めた声で影人にそんな感想を述べた。
「いや、お前めっちゃプルプルしてるやん。口元めちゃくちゃニヤけてるぞ。それで笑ってないって言う方が無理だろ」
『ピピー! 楽しみの感情を検知。楽しみの感情を検知』
「ほら、お前の機械もそう言ってるぞ」
影人は右手の指をレイゼロールの右手首に向けた。結局、確かな証拠を示されたレイゼロールは負けを認める他なかった。これで、影人の2勝。王手である。
「・・・・・・納得いかん。我があんな程度の低いモノマネで笑ったなどと・・・・・・」
レイゼロールは文句を言いながらも残り2枚の内からカードを引いた。書かれていたのは、「相手に懐かしい思いをさせる」だった。
「・・・・・・中々に難しいな」
「出た。実は1番難しいやつじゃねえか。レイゼロール、お前ハズレ引いたな」
レイゼロールは少し悩むように顎に手を当てる。レイゼロールの指令を見た影人は自分がその指令を引かなくてよかったと軽く安心した。
「・・・・・・ハズレかどうかは分からんぞ。少なくとも、手を試してみなければな」
レイゼロールはそう言ってしばらく思案した。そして、やがて1つの方法を思いついた。
「・・・・・・あまり気は進まんが仕方ない」
レイゼロールが神力を使用する。すると、レイゼロールの全身が淡く輝いた。
そして数秒後、光が収まると――
「――これならばどうだ」
そこには幼体時代の、影人と共にあの森で過ごしていた時のレイゼロールの姿があった。
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