第465話 零と無(1)
「お前と戦う・・・・・・? 何でまた」
零無の言葉を聞いた影人は不可解そうにそう聞き返した。
「それが1番手っ取り早いからさ。おい、お前ナナシレとか言ったな。影人の力になるんだったら、お前の力を、有用性を吾に見せてみろ。お前が影人の力になるに相応しいか、吾が見極めてやる」
零無がフッと笑いナナシレにそう言葉を送る。零無から挑発と取れる言葉を言われたナナシレは、ムッとした顔になる。
「・・・・・・言ってくれますね零無さん。ご主人様の記憶であなたの事は拝見いたしました。追放された神。そして、ご主人様に憑き纏うストーカーの悪霊だと。それにあなたのご主人様に対する想いの強さは称賛に値しますが・・・・・・ご主人様を想っているなら、ご主人様の負担にならないように努めるべきだと思いますがね」
「ほう。吾が影人の負担だと。ついさっき影人を知ったばかりの存在が言ってくれるな。甚だ不快だ。お前、消してやろうか?」
ナナシレにストーカーの悪霊呼ばわりされた零無が冷たい笑みを浮かべる。零無の透明の瞳とナナシレの透明がかった白い瞳が交錯する。両者の視線の間には、バチバチと目には見えない火花が確かに散っていた。
「お、おい。勝手に一触即発の空気を醸し出すな」
「ふふっ、面白そうね。でも、家の中では暴れないでね」
影人は少し慌てた様子で、シェルディアは笑いながら零無とナナシレにそう言った。キベリアは「面倒事に巻き込まれるのはごめんだわ」とそそくさと自分の部屋に戻って行く。
「いいでしょう。そこまで言うなら、あなたと戦います。ちょうど、私もご主人様に私の力を体験していただきたいと思っていましたから。ご主人様、このストーカー悪霊をけちょんけちょんにしてやりましょう」
「勝手に話を進めるな。俺はまだ戦うとは・・・・・・」
「あら、いいじゃない影人。戦えば。私も新たな力を手にしたあなたと零無との戦いは見てみたいわ。となると、戦いの場が必要ね」
影人がナナシレに対して言葉を紡ごうとすると、シェルディアが口を割り込ませそう言ってきた。すると次の瞬間、シェルディア宅の景色が突然変化した。輝く夜空に鎮座する真紅の満月に、無限に続く荒涼とした大地。その風景はシェルディアの『世界』のものだった。
「ここなら好きに暴れても大丈夫よ。じゃあ、私はあなた達の戦いを観戦させてもらうわ。キトナ、イズ、あなたもこちらにいらっしゃい。いま椅子を出すから」
シェルディアが影の中から複数のイスと小さなテーブル、そしてポットとティーカップ、茶菓子を取り出す。あれよあれよという間に茶会の用意が整い、キトナ、イズ、ぬいぐるみはシェルディアが用意したイスに腰掛けた。
「うふふ、何だか大迫力アクション映画を見る気分です。ワクワクしますね、イズさん」
「別にワクワクはしませんが・・・・・・ですが、ナナシレの力がどれ程のものか確認するにはいい機会ですね」
「!」
キトナ、イズはそう言葉を交わし、ぬいぐるみは「どっちも頑張れ〜!」的にパタパタと手を振る。完全に戦う流れにさせられてしまった。影人は深くため息を吐いた。
「はぁー・・・・・・もうやるしかねえみたいだな。おい、零無。一応先に言っとく。まず、俺はさっき『世界』を展開してたからスプリガンとしての力がほとんど残ってない。だから加減しろ。あと、戦いのどさくさに『無』の力でナナシレの奴を消すなよ。こいつを誕生させる決断をしたのは俺だ。すぐさま存在を消すなんて事、俺が許さねえ。分かったな?」
「ご主人様・・・・・・」
影人の言葉を聞いたナナシレが感動したように影人を見つめる。その光景を見た零無は一瞬、凄まじい殺気の込もった目でナナシレを睨んだ。そして、ニコリと笑みを浮かべた。
「ああ、分かったよ。・・・・・・ちっ」
「おい、今の舌打ちは何だ。お前、やっぱりナナシレの奴を消そうとしてやがったな。ったく、油断も隙もねえ・・・・・・」
相変わらずの零無らしさに影人は呆れた顔を浮かべた。念のため忠告してよかった。影人は心からそう思った。
「で、ナナシレ。俺はお前をどう扱えばいいんだ? さっきお前の力がどんなものなのか説明は受けたが・・・・・・」
「はい。お任せくださいご主人様。既に私はご主人様の一部であり、魂で繋がった存在でもあります。その繋がりを使って、ご主人様に私の扱い方を教授させていただきます」
ナナシレが自身の瞳を影人の金の瞳に向ける。すると、ナナシレの瞳に刻まれた紋様が淡い輝きを放った。ナナシレの瞳の紋様が輝くと同時に、影人の中にナナシレの力の使い方についての知識が流れ込んできた。
「っ・・・・・・なるほどな。理解したぜお前の扱い方」
「流石でございますご主人様。何度も経験がお有りになるとはいえ、知識の流入を混乱なく受け止めるとは。では、ご主人様。私の力を存分にご振いくださいませ。ご主人様ならば、最大限に私の力を使いこなせると信じております」
ナナシレは全幅の信頼を寄せた笑みを浮かべると、スッと影人の中に溶けるように消えた。先ほどナナシレも言っていたが、既にナナシレは影人の一部。影人の魂に刻まれた存在だ。姿を現すも消すも自由というわけだ。
「さて、じゃあ戦るか零無。戦うこと自体は面倒くさくて気は進まねえが・・・・・・お前をボコれること自体は何だかんだ楽しそうだ」
「ふふっ、少し変わった愛情表現だね。でも、吾はお前の愛ならば、どんな形のものだって受け止めてみせるさ」
「愛なんかじゃねえよ。そこは勘違いするな」
影人が零無の言葉にツッコミを入れる。そして、影人はこう言葉を唱えた。
「
それは、スプリガンの変身の文言や『終焉』を解放する言葉と同じ力ある言葉だった。
力ある言葉が影人に与えた変化はたった1つだけ。影人の両の瞳に複雑で美しい紋様が刻まれた事だけだった。その紋様は黒い線で構成されており、スプリガンの金の瞳に美しく映えていた。影人の瞳に刻まれた紋様は、災厄たちや災厄が合した存在であるナナシレの瞳に刻まれていたものと同じものだった。
「へぇ・・・・・・なるほど。こいつは便利な眼だな」
影人が思わずそう呟く。現在、影人の目には視界に映る様々なモノの情報が見えている。
例えばシェルディアの『世界』の情報。この『世界』がどのような効果を持った『世界』かという事だ。『世界』の顕現者であるシェルディアの身体能力を上昇させる効果があるという事、空に輝く星には精神を削る効果があるという事、地中にはシェルディアが殺した者たちの魂が保管されており、シェルディアの命令次第でそれらの魂が蘇る事などだ。当然というべきか、零無の情報も映っている。
『お気に召しましたようなら何よりでございます。アイルラディンの
「買い被り過ぎだ。単純に俺の中に零無の魂の一部があったから、零無の情報が読み取れた。それだけだ。シトュウさん辺りだったら多分無理だぜ」
内に響いたナナシレの言葉に影人はそう返答する。今ナナシレが言った事は既に影人も知識として理解しているので、影人の言葉に間違いはないはずだ。
「嬢ちゃん、出来るだけそっちに被害は出さないよう努めるが万が一もある。その時は悪いが対処の方を頼むぜ」
「ええ、分かったわ」
影人の忠告にシェルディアが頷く。影人は零無の方に向き直ると、スッと右手を虚空に伸ばした。
「お前相手だ。手加減はいらねえだろ」
影人がグッと右手を握ると、零無の周囲の地面が隆起した。そして、隆起した地面から巨大な黒い岩が出現し、その岩が零無に向かって襲いかかった。影人がまず使った力は、地の災厄の力だった。
「ふむ」
だが、零無は慌てる様子もなくジッと自分に襲いかかる岩を見つめた。岩が零無の体を貫く。しかし、岩は零無の体に触れた瞬間フッと消え去った。その光景はまるで冗談かのようだった。
「・・・・・・『無』の力か」
「ああ。吾の体に触れた瞬間、『無』の力で消し去った。まあ、実はもっと簡単に攻撃を受けない方法もあるんだが・・・・・・今はまだよそう」
「はっ、余裕だな。いいぜ。お前の『無』の力ってやつも・・・・・・1回体験してみたかったんだ!」
影人は次に火の災厄の力を使うと、零無に向かって全てを焼き尽くす黒炎の奔流を放った。影人の本質である闇。それに染まった炎が零無を喰らい尽くさんとする。直接触れなくとも、骨すらも焼き尽くす熱風が零無を舐めようとするが、零無は涼しい顔を崩さない。
「『無』の力よ、炎と熱風を無くせ」
零無がそう唱えると、再び冗談のように炎が消えた。風も零無を焼き尽くさず、ただ零無の髪を揺らしただけだった。
「ふふっ、災厄の力とやらも大した事がない。名ばかりだね」
「・・・・・・お前の力がチート過ぎるだけだろ」
さらりと髪をかき上げる零無に影人がそうコメントを返す。すると、影人の中にナナシレの声が響いた。
『むっ・・・・・・ご主人様。ムカつくのでもう「零天」の力を使いましょう。あの生意気な女に吠え面をかかせてやるのです』
「・・・・・・お前はちょっと落ち着け。まだ試してない力があるんだ。零の力を使うのはその後だ」
苛立ちの閾値が低いナナシレを宥めた影人は次に風の災厄の力を使用した。影人の周囲に黒い暴風が吹き荒れる。影人は黒い風を手の中に集めた。風は球体状に集まっていく。やがて、巨大な球体となった風の塊を影人は圧縮した。圧縮された空気はビー玉ほどの大きさになった。影人は超圧縮されたその風の塊を零無の方に向かって弾いた。
「加速しろ」
影人は圧縮された風の塊を弾いたと同時に、その風の塊を黒風で押した。結果、風の塊は一瞬にして零無の懐まで到達した。
「弾けろ」
影人がそう命令すると同時に圧縮されていた風の塊が解放された。途端、尋常ならざる爆発音のようなものが響き、黒風の嵐が吹き荒れた。全てを薙ぎ払い微塵にする嵐の威力は凄まじく、影人やシェルディアたちの元へも及んだ。だが、影人は地の災厄の力で岩の壁を作り、シェルディアは爪で向かって来る風を切り裂き無効化した。
やがて風が収まる。風の爆発の中心部にいた零無は跡形もなく木っ端微塵に散っているはず。しかし――
「そよ風だね」
零無は変わらず涼しい顔を浮かべそこに在った。影人は間髪入れずに水の災厄の力を使い、自身の周囲に水を圧縮したカッターを複数創造し、水のカッターを零無に向かって飛ばしたが、水のカッターは零無の体をスッと貫通した。その光景を見た影人はすぐさま零無が何をしたのか理解した。
「・・・・・・霊体か」
「うん。すぐに見破るとは流石だね影人。そうさ。今の吾は霊体、幽霊になっている。霊体に物理的な攻撃は意味を為さない。災厄の力は自然の力を操る強大な力なんだろうが、所詮は物理さ。最初から吾が幽霊になっていれば全て無駄だったんだよ」
影人の答えを零無は首肯した。先ほど、零無が言っていたもっと簡単に攻撃を受けない方法というのはこれだった。
「うーん、まあ本来は天変地異を起こし世界も破滅させられる力なんだろうが・・・・・・吾に傷をつける事すら叶わないとは、やはりあまり使えない力だね」
零無がフッと嘲笑する。その嘲笑は影人に向けられたものではなく、影人の中にいるナナシレに向けられたものだった。そして、ナナシレもその事は充分に理解していた。
『ムカッムカッ・・・・・・! ご主人様! 私もう我慢の限界でございます! 今こそ「零天」の力を! あの腐れストーカー悪霊に目に物を見せてやりましょう!』
「お前マジで煽り耐性ゼロだな・・・・・・『零天』だけに。いや、今のは忘れろ。口が滑った。まあいい。俺もそろそろ使おうと思ってたところだ」
影人は内に響いたナナシレにそう言うと、『全天』の力を解除した。そして、新たに力ある言葉を放った。
「
影人の瞳に再び紋様が刻まれる。紋様の形は先程の『全天』状態の時と同じだったが、紋様の色が違っていた。先ほど影人の瞳に刻まれていた紋様の色は黒だったが、今回は白だった。そして、変化はもう1つ。影人の前髪の一部分が無色に染まっていた。ゼノやロゼと同じメッシュのような髪になった、と言えばいいだろうか。影人はトンと地を蹴り、零無に接近した。
「零の力よ。無くせ」
影人は右手で霊体の零無に触れようとした。普通ならば、いかに零無の魂の一部を宿した影人といえども今の零無に触れる事は出来ない。だが、影人の右手には影人が言葉を唱えたと同時に、薄い水色、白色、透明色の混じったようなモヤが纏われていた。そのモヤを纏った右手が零無の霊体と重なった瞬間、影人は零無の左腕に触れていた。
「っ・・・・・・」
それは零無に肉体が戻ったという事実を示していた。その事実に気づいた零無が驚いたように少し目を見開く。
「隙ありだ」
影人が零無に向かって右の蹴りを放つ。零無は影人の蹴りが横腹に触れた瞬間に『無』の力で、蹴りの威力を無くした。結果、影人の蹴りは零無にダメージを与える事はなく、零無に触れただけだった。零無は影人が自分に近づいているという事実を『無』の力で無くし、影人との間に無理やり距離を作り、距離を取った。
「ふむ・・・・・・やはり、その『零』の力というやつは吾の『無』の力とほとんど同義の力のようだね」
零無が顎に手を当てそう呟く。零無の呟きが耳に入った影人は「ああ」と頷いた。
「俺も零の力を見た時そう感じた。話に聞いてたお前の無の力と同じだってな。で、実際この力の知識とお前の力を見て、それは確信に変わった。零と無、この力は実質的に同じだってな」
影人は続けて零無にそう言った。その言葉を聞いていたシェルディアとイズが顔色を変える。
「零無と同じ全てを虚無へと還す力・・・・・・ふふっ、影人、あなたは本当にどこまでも強くなるわね。誇らしいと同時に少しワクワクしてくるわね。今のあなたの強さがどれくらいか・・・・・・ああ、ダメね。試してみたいと思ってしまっているわ」
「・・・・・・恐ろしいですね。あれで人だというのですから」
シェルディアはゾクリとする笑みを浮かべ、イズは影人に対する恐れの言葉を口にする。キトナは「あまりよくは分かりませんが、影人さんすごいです!」と声援を送っていた。
「驚いたよ。まさか、お前が吾と同じ力を得るとはね。くくっ、本当にまさか、まさかだよ。思いもしなかった。吾と同じ無を操れる存在が現れるなんて。しかも、それが人間で、お前なのだからね。ああ、運命を感じぜずにはいられない! 影人! やはり吾とお前は結ばれるべくして結ばれる存在だ! その事実が証明されて吾は嬉しいよ!」
『うわぁ・・・・・・ご主人様、あの方本気でヤバいですよ。私、ちょっと本気で怖いです。ご主人様ガチ勢でもあそこまで行けば犯罪レベルですよ』
カッと目を見開く零無。そんな零無に、影人の内にいるナナシレがドン引きした様子になる。どうでもいいが、ご主人様(つまり影人)ガチ勢とは何だろうか。あまりにも意味が分からない単語である。影人はその言葉に軽く恐怖を覚えた。
「だが、その零の力とやらは吾の無よりも純度が低いようだね。さっき触れられた事で分かったよ。その純度では、いま吾がやったように無の力で世界の理を改変するのは難しいだろう」
いつもの様子に戻った零無がそんな指摘の言葉を述べる。しかし、影人はニヤリと笑った。
「はっ、そう思うか。・・・・・・だったら見せてやるよ。『
『ええ、ご主人様。今こそ私の全てを解き放ちましょう。魔機神すらも滅ぼす事の出来る力を!』
力の化身たるナナシレも影人の言葉を肯定しそう促す。そして、影人は放った。ナナシレの真の力を解放する言葉を。
「
次の瞬間、影人の全身からあの薄い水色と白色と透明色の混じったモヤのようなものが噴き出した。
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