第464話 忘れられていた力(2)
「『全天』・『零天』・・・・・・どういう意味だ。言い方がややこしいが、お前には2つ名が2つあるのか?」
ナナシレからの挨拶を受けた影人は、まず最初にナナシレにそう質問した。
「はい。私は『地天』のエリレ、『火天』のシイナ、『風天』のセユス、『水天』のレナカが合した存在です。ゆえに私は4つの災厄の力を使える『全天』であり、4つの災厄の力を合して生まれる
影人の質問にナナシレが頷く。ナナシレは説明を続けた。
「そして、私の元主人アオンゼウを討つためには、零の力が必須なのです。零の力を使う事によって、初めてアオンゼウの概念無力化の力と超再生の力を無効にする事が出来るのです。零の力とは全てを無効にする力。アオンゼウにも届き得る力です。さあ、ご主人様。私と共にアオンゼウを討ちましょう。私は既に反転し、あなたに仕える存在。私は全力であなたの力となります。彼の魔機神を倒し、あなたが真の勇者となるのです」
ナナシレが影人に向かって手を伸ばす。随分と芝居がかったセリフを吐くなと思いながら、しかし、影人は「あー・・・・・・」と微妙な顔で、右の人差し指を隣にいたイズに向けた。
「その、悪いがその必要はねえんだ。ほら、これ」
「これ呼ばわりは不快です。やめてください。初めまして、と言えばいいでしょうか。私の名はイズ。アオンゼウの器に宿りし武器の自我です」
イズがナナシレに向かって自己紹介の言葉を述べる。イズの方に顔を向けたナナシレは、少しの間ジッとイズを見つめていた。
「・・・・・・え? あの、これはどういう事ですかご主人様。なんかアオンゼウがいるんですが。しかも、アオンゼウの中に違う意識があるのですが・・・・・・いったい、私が誕生するまでに何が・・・・・・ご主人様。状況把握のために、御身の魂の記憶を覗かせていただいてもよろしいでしょうか。私、このままだと混乱して何が何だか・・・・・・」
「お、おう。別にいいぞ」
困り顔で影人にそう言ってきたナナシレに、影人は思わず頷いた。何というか、ナナシレはかなり感情豊かだ。あの無感情な災厄たちが集った存在とは思えないほどに。影人が自分の記憶を覗かせる許可を出したのも、ナナシレの感情が豊かである事が主な理由だった。
「では、失礼させていただきます」
ナナシレは軽く影人に頭を下げると、影人に近づきそっと右手で影人の胸に輝く魂に触れた。瞬間、ナナシレの中に、今までの帰城影人という人間の人生の全ての記憶が流れ込んでくる。普通の人間なら、一気にそれだけの記憶が流れ込んでくれば廃人になってしまうのだが、ナナシレは人間ではない。ナナシレは影人の記憶を全て己の中に正確に受け入れた。
「おお、何という事でしょう・・・・・・既に魔機神の問題が解決されていたとは。これでは私の存在意義が・・・・・・」
ナナシレは悲哀に満ちた声で天を仰いだ。そんなナナシレを見たイズは不審そうに眉を顰めた。
「・・・・・・これが全ての災厄が集った魔機神をも討つ事の出来る力ですか。正直、思っていたものと随分違いますね」
「それはこっちのセリフだ。お前知らなかったのかよ」
「アオンゼウのメモリーにある情報は、あくまで災厄が集った力が自身の弱点であるという事だけです。こんな胡散臭い・・・・・・感情が豊かな存在である事など知りませんでした」
影人とイズがヒソヒソ声でそんな会話をする。すると、ナナシレは一頻り自身の不幸を嘆き、満足したのかスッとその表情を元に戻した。
「まあ、解決してしまったのなら仕方がないですね。というか、普通にアオンゼウを討つよりもハッピーエンドになったようですし。むしろ、それが最上の結果でしょう。私はご主人様たちが選んだ結果を祝福いたします。・・・・・・ですが、しばらくの間は私の存在意義がなくなってしまった事にショックを受け続けるでしょうが。しかし、そこは許していただきたいのです。私からすれば、やっと存在意義を果たせると思い目覚めたら、やっぱいりませんでしたという状態ですから。ええ。どうか暖かく寄り添っていただきたいです」
「あ、ああうん。分かった。その・・・・・・なんかごめんな」
「いえ、いいのです。ご主人様が私の事を知らなかったのは存じていますから。異世界人であるご主人様が私の事を知らないのも無理はありません。お気遣いありがとうございます。私、ご主人様のこと好きです」
「え、あ・・・・・・? え?」
急にナナシレから好意を伝えられた影人は、何が何だか分からず固まった。なぜ、自分は会って数分の存在から好意を告げられているのだろうか。ナナシレは影人の手を自身の両手で掴むと(どうやらナナシレには実体があったらしい)、熱の込もった目を影人に向けた。
「ご主人様の記憶を見させていただき、ご主人様がいったいどのような生を歩んでこられたのかを理解しました。いついかなる時であっても諦めない。どんなに苦しく辛い事があっても挫けずやり遂げる。あなた様こそ、真に勇者、英雄と称えられるべき人物です。私があなたのような方の力となれる事、光栄でございます」
「い、いや俺はそんな奴じゃないぞ・・・・・・?」
「ご謙遜を。自身の偉業を全く誇らないその姿勢、尊敬いたします。しかも、ご主人様はその身に畏怖すべき力をも備えていらっしゃる。しかも複数も。ご主人様は神の力を宿し、全ての存在の死の決定権を持ち、また己の本質を世界に顕す力をも持つという、げに驚嘆すべきお方。まさに神すらも超えた存在。超越者でいらっしゃいます。そんな素晴らしきご主人様に仕え、お力となれる事、この上ない喜びです」
「いや、だから俺はそんな奴じゃ・・・・・・っ」
ナナシレが影人を崇拝するような目を向ける。ここまでストレートに持ち上げられた事がなかった影人は、少し引いた様子になる。だが、影人は次の瞬間には苦しそうに顔色を変えた。
「悪い。そろそろ『世界』の維持が限界だ。解くぞ」
影人の『世界』はその性能が破格な分、燃費がすこぶる悪い。スプリガンの力が満タンの状態でも、最大顕現時間は約10分ほどだ。そして、現在の顕現時間は体感だが8分ほど。影人は『世界』を解除した。結果、周囲の景色がシェルディア宅へと戻った。影人の『世界』の無垢な魂たちと鬼ごっこをしていたぬいぐるみは、突然景色が戻り魂たちが消えた事に「!?」と驚いていた。
「ふぅ・・・・・・やっぱり『世界』は疲れるな」
影人はスプリガン形態のままイスに腰掛けた。ナナシレは「なるほど。ここが真祖シェルディアの現在の邸宅ですか」と周囲を見渡していた。
「大丈夫ですかご主人様? ご気分が優れないようでしたら、お休みされる事をお勧めしますが・・・・・・」
「大丈夫だ。それほどじゃない。ありがとな。心配してくれて」
影人はナナシレに対し感謝の笑みを返した。すると、ナナシレはスッと影人に頭を下げた。
「もったいないお言葉です。私のような存在にそのような優しい笑みを下さるご主人様・・・・・・ああ、やっぱり大好きでございます」
「・・・・・・大丈夫かお前。災厄が融合した存在のくせにチョロすぎだろ」
「よいのです。従僕とは、ご主人様に対してチョロすぎるくらいが丁度いいのです」
呆れる影人にナナシレは顔を上げ、真顔でそう言い切る。もう色々と疲れた影人は「さいですか・・・・・・」と、無理やり話を終わらせた。
「ナナシレ。あなたの言う災厄の集合体としての『全天』の力は大体どのようなものか想像がつきます。あなたもさっき言っていましたが、4つの災厄が司っていた力・・・・・・地、火、風、水の力を自在に扱えるという事でしょう。そして、それは容易に世界を滅ぼす事の出来る力だ」
「はい。その通りでございますイズ様。私の『全天』としての力を存分に使えば、世界は砕かれ、焼かれ、吹き荒れ、沈む。ご主人様の記憶とそれに付随する知識だけでは、この世界の規模がどれほどのものか正確には分かりませんが・・・・・・恐らく十二分に可能だと思われます」
イズの指摘にナナシレが頷く。2人の会話を聞いていた影人は、思わず「え」と声を漏らした。
「・・・・・・そこまでヤバい力なのか? 世界を滅ぼす事の出来る力が一個人が持つって・・・・・・それ、普通にヤバすぎないか?」
「何を今更。あなたが望んだ力でしょう。それに、あなたは既に一個人が持つには余る力を複数所持している。本当に今更ですよ」
「ご安心をご主人様。確かに、私の力は世界を滅ぼす事の出来る力です。しかし、それをどう扱うかは力を振るう者に依存します。そして、ご主人様の記憶から察するに、ご主人様は力を正しく使えるお方。ですから、何も問題はございません」
影人の言葉にイズとナナシレがそれぞれそう言葉を放つ。イズの厳しい意見とナナシレの信頼を受けた影人は「うぐっ・・・・・・」と何とも言えぬ顔を浮かべた。
「話を戻します。ナナシレ、私があなたに聞きたいのはもう1つの力、『零天』の事です。先ほどのあなたの話を聞く限り、『零天』とは概念無力化の力のように全てを無力化する力に聞こえましたが、具体的にはどういった力なのですか?」
イズがナナシレにそう質問する。確かに、『全天』の力とは違い、『零天』の力はどのような力か想像できない。イズの質問を聞いていた影人はそう思った。
「そうですね。ご主人様に零の力がどのようなものか正確に理解していただくためにも、実際に零の力がどのようなものかお見せしましょう。私の力をご主人様にアピールする・・・・・・いわゆるデモンストレーションというやつです」
ナナシレはそう言うと、影人とイズの方に右腕を伸ばし、右手の掌を上に向けた。すると次の瞬間、ナナシレの掌の上にボッと小さな炎が灯った。
「例えばここに炎があります。普通、炎を消すには水の力が必要になります。しかし、零の力があれば・・・・・・」
ナナシレは今度は左腕を伸ばし、右手と同じように掌を上に向けた。すると、左の掌の上に薄い水色と白色、そして透明色が混じったような何かが出現した。ナナシレは、右手の炎と左手の何かを徐々に近づけていく。やがて、炎とその何かが重なった。すると、炎がフッと掻き消えた。
「このように、炎を無に還す事が出来ます。当然、水、風、地も無効する事が出来ます。その他の物質や現象も同様です。これが『零天』としての私の力です」
ナナシレは自身の腰に手を当て、ドヤァとした顔を浮かべた。一方、零の力を見たイズと影人は真剣な顔になった。
「・・・・・・なるほど。全てに対する逆位相のようなものですか。確かに、それならばアオンゼウの概念無力化の力や超再生の力も突破できますね」
「零の力、こいつは実質的に・・・・・・」
イズと影人がそれぞれの感想を抱いていると、玄関の方からガチャリという音が聞こえてきた。
「ああ、よかったわ。何とかアクセサリーが買えて。ただいま。待たせてごめんなさいね影人」
「ふふっ、やはりショッピングは楽しいですね。キベリアさん」
「冗談じゃないわ・・・・・・ただ疲れただけよ」
「影人〜! ただいま!」
買い物から戻って来たシェルディア、キトナ、キベリア、零無(歩いている事から幽霊モードではなく実体モード)がリビングに現れる。そして、4人は影人がスプリガン形態である事、ナナシレの存在に気がついた。
「あら、どうしたの影人。スプリガンに変身して。それに、その子は誰?」
「あら、お客様ですか?」
「っ、ちょ何よそいつ」
「誰だお前」
シェルディア、キトナ、キベリア、零無がナナシレに注目する。ナナシレは全ての情報を見通す目と影人の記憶を照らし合わせ、4人が誰だかすぐさま理解すると、4人に対しお辞儀を行った。
「初めましてシェルディア様、キトナ様、キベリア様、零無様。私は災厄が合した存在。名を『全天』・『零天』のナナシレと申します。以後、お見知り置きを」
「災厄が合した存在・・・・・・? 影人、どういう事なの?」
「ああ、実は・・・・・・」
ナナシレの自己紹介を聞いたシェルディアが影人に質問を飛ばしてくる。影人はシェルディアたちが出かけている間に起こった事を全て話した。
「なるほど・・・・・・全ての災厄を倒した特典のようなものがあったのね。しかも、極めて強力な特典が。ふふっ、白麗やシスが知ったら面白そうね」
「まあ、なんと・・・・・・やっぱり、影人さんは凄いですね」
「帰城影人、あんたまだ強くなるの・・・・・・? ちょっといい加減本当に引くんだけど・・・・・・」
「『零天』、零の力。ふむ。話を聞く限り、恐らくは・・・・・・」
影人の話を聞いたシェルディア、キトナ、キベリア、零無がそれぞれの感想を漏らす。零無だけは感想というよりかは独白に近かったが。
「まあ、そういうわけなんだ。軽い気持ちで貰えるものを貰っとこうと思った結果、何か魔王みてえな激ヤバな力を貰っちまった。多分使う機会はほとんどないと思うが・・・・・・いよいよ危険人物になったかもな」
「なったかもなじゃない。あんたはどう足掻いても危険人物よ。言っとくけど、あんた歩く破滅よ。世界だろうが神だろうが何だろうが、全部1人で殺せるんだから。言ってておかしいけど、あんたフィクションみたいな存在ね。もしくは悪夢ね。まあ、フィクションみたいな存在がフィクションじゃない事が恐ろしいんだけど」
影人の言葉を聞いたキベリアが即座にそう断言する。キベリアの言葉を受けた影人は「歩く破滅は格好いいけど、ちょっと酷くないキベリアさん・・・・・・」と少し悲しそうな顔を浮かべた。
「影人が人の領分を超えているなんて今更よ。でも、影人なら大丈夫だわ。人の領分を超えていても、影人は誰よりも人間だもの」
「そうですよ。影人さんなら絶対大丈夫です」
「影人が力なんかに飲まれるはずがないだろ。お前は分かってないな闇人」
しかし、シェルディア、キトナ、零無は影人を信頼する言葉を述べた。3人からの信頼の言葉を聞いた影人は、今度は逆に恥ずかしそうにスプリガンの帽子を深く被った。
「信頼されているのですねご主人様は。やはり、私のご主人様は素晴らしいお方。私も鼻が高いです」
「何でお前がドヤってるんだよ・・・・・・」
えっへんと言わんばかりのナナシレに影人がツッコミを入れる。まだ出会って1時間も経っていないのに、ナナシレのキャラの濃さが凄い。影人は自分の日常がまた賑やかに、いや騒音レベルにうるさくなる事を確信した。
「影人。すまないが1つ確かめたい事がある。正直、吾もあまり気は進まないが・・・・・・少し協力してくれるかい?」
「確かめたい事? 協力って何だよ」
零無からそう言われた影人が小さく首を傾げる。そして、零無はこう言った。
「ああ。吾と・・・・・・戦ってくれないか?」
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