第463話 忘れられていた力(1)
「――そういえば1つ気になっていたのですが」
1月中旬のとある休日の昼頃。影人がシェルディア宅にお邪魔してお菓子を食べていると、向かいに座っていたイズが突然そう言葉を切り出した。
「ん? なんだよ」
影人はロールケーキの欠片を飲み込むと、イズにそう言葉を返した。
「あなたはアオンゼウが放った4つの災厄・・・・・・すなわち、『地天』のエリレ、『火天』のシイナ、『風天』のセユス、『水天』のレナカを斃したのですよね」
「ああ。それがどうかしたのか?」
イズの確認に影人が頷く。イズは「いえ」と前置きすると、こう言葉を続けた。
「なぜ私や製作者の戦いの時に災厄の力を使わなかったのか疑問に思っただけです。ですが、今更どうでもいい疑問でしたね。忘れてください」
「・・・・・・え?」
イズの言葉を聞いた影人は持っていたフォークをポロっと机に落とした。ガチャンという音が響き、テレビを見ていたぬいぐるみが「!?」と影人の方に振り返る。その仕草は「大丈夫?」と言っているようだった。
ちなみにではあるが、現在この家に居るのはぬいぐるみ、イズ、影人だけである。この家の家主であるシェルディアは、住人であるキトナとキベリアを連れて出掛けている。シェルディアは元々影人とお茶をするつもりだったのだが、限定のアクセサリーの発売日が今日だったのを忘れていたらしく、急遽それを買いに行ったという形だ。キトナはシェルディアに自ら同伴を願い、キベリアはあまりに出不精なので、シェルディアに無理やり連れて行かれた。零無も何だかんだ女性であるためか、ショッピングに興味を示しシェルディアたちに着いて行った。最近肉体を自在に得る事が出来るようになったので、オシャレに興味が出てきたらしい。
「あ、ああ悪い。大丈夫だ。ちょ、それよりどういう事だよ! その災厄の力って・・・・・・初耳だぞ!」
影人はぬいぐるみにそう言うと、イズにそう聞いた。イズは逆に驚いたように少し目を見開いた。
「・・・・・・知らなかったのですか? 災厄を倒した者はその災厄の力を得る事が出来るのです。そもそも、アオンゼウを倒すプロセス、またはシステムですね。それは4つの災厄の力を使う事が正規のルートで、唯一のルートです」
「え、あ、は・・・・・・? う、嘘だろ・・・・・・何だよそれ・・・・・・」
突然、衝撃の事実を告げられた影人は何が何だか分からないといった顔になった。今この場にはいないが、シスや白麗などが今のイズの話を聞いたらぶったまげるのではないだろうか。それほどまでに、イズの話は衝撃的だった。
「そういう話は早く言えよ・・・・・・」
「言うわけがないでしょう。あの時の私とあなたは敵同士だったのですから。わざわざ敵に自分の倒し方を説明する者などいません」
「・・・・・・まあ確かにそうだな」
思わず影人は納得の言葉を吐いた。そもそも、結局影人はイズを倒す道ではなく救う道を選んだのだ。万が一、イズの言う倒し方を知っていたとしてもそれを使ったかどうかは怪しい。まあどちらにせよ、イズが言った通り過ぎた話だ。今更そんな事を考えても意味はない。影人はそう考えると、軽く息を吐いた。
「・・・・・・でも興味はあるな。イズ、お前の言った通り今更の話だが、茶飲み話がてらその方法を詳しく教えろよ」
「別に構いませんが・・・・・・茶飲み話がてらでいいのですか。一応、あなたは私の監視者でしょう。監視者として、アオンゼウの体を滅する方法を知るという真面目な態度があなたには求められるわけですが」
「別にいいだろ。監視者なんて、お前がずっと心変わりしなきゃただの名目だ。朝宮や月下がお前を信じているように、俺もお前の事をある程度は信じてるんだよ」
「・・・・・・急に何ですか。気持ちが悪い」
「気持ち悪くて悪かったな。いいからさっさと話せよ」
影人は残っていたロールケーキをフォークで掬い口に運ぶと、イズにそう促した。
「・・・・・・まあいいでしょう。元々、4つの災厄はアオンゼウに備わっていた力に、命を滅するという命令システムを組み込んで分離したものです」
「え、マジかよ。じゃあ、元々のアオンゼウはもっと強かったって事か?」
「そうとも言い切れません。4つの災厄は元々分離を想定されていた力ですから。もう少し詳しく言いましょう。確かに、4つの災厄は強力極まりないですが、災厄がアオンゼウと1つとなって、アオンゼウがより強くなるという運用方法はなかったという事です」
「あー、なるほどな」
イズの説明を聞いた影人は納得し首を縦に振った。つまり、災厄にアオンゼウの強化パーツとしての役割はなかったという事か。
「災厄どもはアオンゼウの使い魔的なものだったわけだ。でも、使い魔にしては災厄どもって強過ぎねえか。俺は運良く全員サクッと滅する事が出来たが・・・・・・あいつら全員不死だし、1体で国を崩壊できる力があったぜ。あれが使い魔はいま考えたら色々おかしいレベルだぞ」
「・・・・・・簡単に言いますね。不滅の災厄を全員滅する事など普通は不可能です。例え、不死を殺す方法があったとしても、災厄は概念でもありますからね。まあ、あなたの『世界』と『終焉』は不死を殺す方法としては最上位のものなので、災厄を苦労なく滅する事が出来たのでしょうが。・・・・・・改めて思いますが、あなたは本当に人間ですか?」
「失礼な奴だな。どこからどう見ても人間だろう」
「どこからどう見ても前髪の化け物に見えますが。話を戻します。今あなたが言ったように、災厄は自立分離した力としては強力に過ぎるものです。そして、そこにアオンゼウの隠された弱点があるのです」
「っ、どういう事だ・・・・・・?」
影人が首を傾げる。影人の疑問の言葉を受け、イズは詳しく説明を行なった。
「災厄は災厄を倒した者の力になる。そういうリスクを設定する事で、災厄は使い魔にしては破格の力を持っていたのです。まあ、災厄は一応不滅の存在なので、リスクというリスクにはなっていないのですがね。そして、4つの災厄の力、それを束ねた者がアオンゼウを滅する事が出来る力を得る・・・・・・アオンゼウは自分を討てるルートを1つ作っておく事で、それ以外の方法では倒す事の出来ない存在となっていたというわけです」
「そうだったのか・・・・・・」
話を聞き終えた影人がそう言葉を漏らす。影人は緑茶を飲んで喉を潤すと小さく息を吐いた。
「ふぅ・・・・・・何か意外だな。無敵のアオンゼウにそんな弱点があったなんて。・・・・・・でも、そうだよな。普通に考えれば、完全無欠の無敵な存在なんていないよな。・・・・・・いないよな?」
シェルディア、白麗、シス、シトュウといった超常の存在を思い浮かべた影人の語尾が思わず疑問系になる。いかんせん、自分の知り合いにはチート級というか、完全無欠の無敵に限りなく近い存在が多過ぎる。影人の言葉が疑問系になった理由はそれだった。
「さあ、どうでしょうね。この世の中に絶対はない。探せばいるかもしれませんよ。ただ、アオンゼウは一見そう見えるがそうではなかったというだけです」
「ややこしい言い方だな・・・・・・まあ、話は分かった。なあ、イズ。これも今更なんだがよ・・・・・・」
影人は机に頬杖を突きながらこう言葉を続けた。
「その災厄の力ってどうやって得られるんだ?」
「・・・・・・なぜそんな事を聞くんですか?」
イズが不審な目を影人に向ける。影人は頭を軽く掻きながらイズの質問に答えた。
「いや、せっかくだからその力ってやつを貰っとこうかって思ってな。別に俺はこれ以上の力はいらないんだが・・・・・・何かモヤっとするんだよな。ゲームのボスが報酬を持ってたのに報酬を貰ってない理不尽感があるっていうか・・・・・・貰えるもんなら貰っときたいっていうか・・・・・・とにかく、そういう感じだ」
「・・・・・・よく分かりませんね。力が欲しくないと言いながら力を求める。矛盾しています」
「ああ。お前の言う通りだ。でも、それが偽らざる俺の気持ちなんだよ。まあ、お前が俺に教えたくないって言うなら、全然それでもいいぜ。それだったら、もう諦めるからよ」
影人はそう言うと緑茶を飲み干した。ぬいぐるみが「おかわりいる?」という感じで顔を向けて来たが、影人は「いやいい。ありがとな」とぬいぐるみに対し笑みを浮かべた。
「・・・・・・はあ。分かりました。何だかんだと、いつまたトラブルが起きるとも限りません。陽華と明夜を守る役割のあなたが強くなる事は、私も望むところです。あなたに災厄の力を得る方法を教えます」
「ありがとよ。でも、教える理由が朝宮と月下のためか。お前、本当にあいつらのこと大好きだな」
影人は思わず苦笑した。影人にそう指摘されたイズは少しムッとした顔を浮かべた。
「私が陽華と明夜を大切に思っている事は事実ですが、あなたにそう言われるのは少々腹立たしいですね」
「何でだよ・・・・・・で、具体的にはどうやったらいいんだ?」
影人は少しの理不尽感を抱きながらも、イズに災厄の力を得る方法を尋ねた。
「あなたの魂には既に4つの災厄を倒したという情報が刻まれています。そして、その情報が力を得る資格となるのです。つまり、己の魂に刻まれた情報を知覚する。それで、災厄の力を得る事が出来ます」
「情報を知覚する・・・・・・つまり、俺には災厄の力があるって思い込めばいいのか?」
影人は自分が倒した4つの災厄、『地天』のエリレ、『火天』のシイナ、『風天』のセユス、『水天』のレナカの事を思い浮かべた。いずれの災厄も凄まじい力を有していた。影人は災厄のあの力が自分の中にあるイメージをした。
「・・・・・・おい、全く力が湧き上がってくる感じがないぞ」
「当たり前です。私が言っている方法は、そんな単純な思い込みではありません。表面ではなく、魂で情報を知覚するのです」
「は? 言ってる意味が分からん。魂で知覚ってどういう意味だ。どうやったら出来るんだよ」
「どうもこうも言葉通りの意味です。そうとしか言いようがありません」
訳が分からないといった顔でそう言った影人に、イズは表情を変える事なくそう答えた。影人はわしゃわしゃと片手で頭を掻いた。
「あー、マジで意味が分からんっ。魂、魂・・・・・・魂を知覚・・・・・・っ、そうか。あの方法なら・・・・・・」
悩んだ末に影人は1つの答えに辿り着いた。そして、影人はズボンのポケットから、スプリガンの変身媒体である黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。
「変身」
影人がそう唱えると、ペンデュラムの黒い宝石が黒い輝きを放った。すると数秒後、影人の姿はスプリガンへと変化した。
「!?」
突如として影人の姿が変わった事に、ぬいぐるみは大層驚いていた。そういえば、ぬいぐるみはスプリガンの姿を見るのは初めてだったか。影人は笑みを浮かべ、ぬいぐるみに小さく手を振った。
「なぜスプリガンに変身したのですか?」
「まあ見てろ。今に分かる」
小さく首を傾げるイズに影人はそう言葉を返すと、自身の意識を集中させた。
「――『世界』顕現、『影闇の城』」
詠唱は省き、影人は自身の『世界』の名を口にした。瞬間、周囲の景色が闇に飲まれた。次の瞬間、周囲の景色はどこかの城内へと変わった。テレビを見ていたぬいぐるみは、今度は世界が変わった事に「!?」と、ギョッと驚き飛び上がった。そして、トテトテと影人の方に歩いて来てガシッと影人の足にしがみついた。
「あ、ごめんな。怖がらせちまって。大丈夫だ。怖くないぞ」
影人はしゃがむとぬいぐるみを抱き抱えた。影人の言葉を受けたぬいぐるみは「本当?」といった様子で小さく首を傾げた。影人は優しい顔で頷いた。
「ああ。そうだ。すぐに元の景色に戻るから、それまではちょっと遊んでてくれ。おい、いるんだろ。出て来てくれ」
影人が虚空に向かってそう呼びかけると、柱の陰から3つの黒い影のようなモノが現れた。
『ニョ?』
『ニョキシ?』
『ニキ?』
現れたのは人間の形をした不思議なモノたちだった。大きさは人間の5歳児くらいで体は真っ黒。顔に当たる部分には3つの白い穴が空いている。その穴は目と口のようであった。そのモノたち――影人の『世界』に住まう無垢な魂たちは不思議そうに首を傾げていた。
「少しの間こいつと遊んでやってくれないか? 頼むよ」
『ニョキ!』
『キシシ!』
『ニキシ!』
影人にそう頼まれた魂たちは「いいよ!」といった様子で頷いた。影人はぬいぐるみに「ほら、こいつらが遊んでくれるってよ」と言って地面に下ろした。ぬいぐるみは「分かった!」と頷くと、魂たちに自己紹介するように軽く頭を下げた。魂たちもぺこりと頭を下げ返すと、ぬいぐるみと魂たちは鬼ごっこを始めた。
「・・・・・・なんかいいな。基本的に『世界』を展開する時はシリアスな時だけだったし・・・・・・和むぜ」
「勝手に和まないでください。しかし・・・・・・あなたの『世界』は記憶としては知っていますが、体験するのは初めてですね」
大鎌時代の記憶としてはこの場所の事は知っている。しかし、アオンゼウの体を得て実際に影人の『世界』に来てみると、何とも言い難い雰囲気がある。無理やりそれを形容するならば、死の静謐が満ちているとでも言えばいいだろうか。
「お前やフェルフィズ、というかお前の本体か。あれはなぜか俺の『世界』を無効にする事が出来たからな。使うだけ無駄だった。というか、マジであれは未だに意味が分からん。俺の『世界』は俺が解除しない限り、どうやろうと解除されないのによ。お前本当ズルいよな」
「あなたがそれを言いますか。それは、あなたと敵対した者が間違いなくあなたに抱く意見ですよ」
イズが影人にジトっとした目を向けてくる。影人は表情を変えずこう言った。
「理不尽には理不尽をが俺のモットーだからな。・・・・・・さて、『世界』を顕現できる時間も限られてるし、そろそろやるか」
影人は右手で自分の胸元に触れた。すると、影人の胸に白い炎のようなものが灯った。
「っ、それは・・・・・・魂ですか?」
「ああ。『影闇の城』は全ての魂の終着点。つまり、魂が表面化され剥き出しになる場所だ。それは俺も例外じゃない。ここでなら、お前が言ってた魂で知覚するって事も出来るはずだ」
イズの指摘を首肯した影人は、改めて4つの災厄の事、災厄が振るっていた力を意識した。すると、影人の魂が白い輝きを放った。次の瞬間、茶、赤、緑、青の4つの紋章が影人の前に展開された。
「「「「・・・・・・」」」」
茶の紋章からは『地天』のエリレ、赤の紋章からは『火天』のシイナ、緑の紋章からは『風天』のセユス、青の紋章からは『水天』のレナカがその姿を現した。4つの災厄は閉じていた瞳を見開くと、ジッと影人を見つめて来た。
「全ての災厄を倒した者、帰城影人」
「あなたには全ての災厄の力を得る資格があります」
「汝に問います」
「あなたは力を求めますか?」
エリレ、シイナ、セユス、レナカが言葉を分け、機械的に影人にそう問うてくる。影人はその問いかけに頷いた。
「ああ。寄越せよ。お前らの力を」
影人が諾の返事をすると、4つの紋章と4つの災厄が重なった。すると、白い輝きが放たれ――
「・・・・・・」
大きな白い紋章を背にした、人形のように美しいモノが現れた。燃えるように美しい白髪はボブほどの長さで、顔は中性的。災厄には肉体がなかったが、新たに現れたこの存在は一見すると肉体があるように見えた。年齢という概念はないのだろうが、見た目は15歳くらいだろうか。華奢な体に簡素な白い服と半ズボンを纏っており、そこから覗く肌は雪のように白い。そして、その存在は瞳を見開いた。その瞳の色は透明がかった白で、災厄たちと同じく複雑で美しい紋様が刻まれていた。
「・・・・・・初めましてご主人様。私は全ての災厄が集った形、名を『全天』・『
そして、目を覚ましたその存在――ナナシレは地に足を着けると、優雅に影人に向かって頭を下げた。
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