第457話 クリスマス前髪争奪戦(5)

「――なるほどね。それで僕の家を避難所に選んだわけか」

 とある和風の一軒家。リビングで温かい緑茶を啜りながらそう言ったのは、この家の主である糸目の青年――闇人の響斬だった。

「ああ、響斬さんの家は1回来た事があったしな。その時、ゲームやら漫画やら色々完備してあったのも見たから、正直ネット喫茶みたいで暇しないだろうなって。もちろん、後日何かお礼はさせてもらう。だから、今日だけ匿ってくれないか?」

 響斬に出された温かい緑茶と茶菓子のおかきをつまみながら、影人は響斬に頼んだ。余裕があるのかないのかよく分からない奴である。ちなみに、響斬を混乱させないため、幻惑の力は解除していた。そのため、今の影人はスプリガンの姿だった。

「んー、まあいいよ。でも、本当にレイゼロール様とかシェルディア様とかにはバレないんだろうね? 君を匿ってるのがバレたら、僕間違いなく1回は殺されると思うんだけど」

「ああ、あの2人には絶対バレないから大丈夫だ」

「ならいいよ。適当にくつろいで。ああ、お腹減ってる? ちょうど出前を頼むところだったから、お腹が減ってるなら何か好きな物頼みなよ」 

 響斬はそう言うと自分のスマホを操作して、影人に画面を見せて来た。そこには色々な丼物の写真が表示されていた。

「近くの蕎麦屋のホームページなんだけどね。悲しい事に蕎麦より丼物の方が圧倒的に美味いんだ。まあ、蕎麦も不味いわけじゃないんだけどね。あ、もちろん蕎麦が食べたかったら蕎麦でもいいよ」

「いや、ありがたい話で腹も空いてるんだが・・・・・・いいのか?」

 影人が響斬にそう聞き返す。響斬の口ぶりから察するに、響斬はご飯を奢ってくれるという事だろう。影人の言わんとしている事を察した響斬は軽く笑った。

「ははっ、いいに決まってるだろ。そんな事いちいち気にするなよ少年。ぼかぁ、それほど器が小さいつもりはないぜ」

「・・・・・・じゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます」

 影人は響斬に頭を下げた。そして、影人は響斬にカツ丼が食べたいと伝えた。響斬は「オッケー」と頷くと、蕎麦屋に電話を掛け出前を頼んだ。

「そういえば父さんは?」

「影仁さんなら今は出てるよ。昔の友達に飲みに誘われたとかで。夜には帰ってくるんじゃないかな」

「そうか・・・・・・父さん、金とか持ってるのか?」

「今は週に2回近くの酒屋でアルバイトしてるよ。酒屋のおじいちゃんがいたく影仁さんを気に入ってさ。ある日、お酒を買いに行ったら、面接とか履歴書とかいらないから手伝いをしないかって言われて、影仁さんも社会復帰の一歩目って事で了承したんだ。だから、お金はあるはずだよ」

「相変わらず無駄に人に好かれるな・・・・・・分かった。父さんの近況を教えてくれてありがとう」

 影人と響斬は出前が来るまで一緒にテレビゲームに勤しんだ。そして、頼んだ出前が来ると響斬と一緒に遅めの昼食を食べた。

「ふぅ・・・・・・ご馳走様でした。美味かった」

 カツ丼を食べ終えた影人は満足そうに腹を摩った。

「お口に合ったようなら何よりだよ。それにしても、何かシュールだったね。スプリガン姿の君がカツ丼を食べる姿は」

 親子丼を食べ終えた響斬がそんな感想を漏らす。今の影人は帽子と外套を脇に置いた状態のため、特徴的なのは金の瞳くらいだが、そもそも響斬はスプリガンが帽子と外套を外した姿を初めて見た。

「まあ、そうだな。正直、スプリガンのイメージ的には、イメージ崩壊もいいところだ。でもまあ、ここには俺の正体を知る響斬さんしかいないしな。いいだろって感じだ」

「ははっ、多少は気を許してくれてるって事かな。よし、じゃあゲームの続きでもするかい? ちょうどいいところだったし」

「ああ、そうだな」

 響斬の提案に頷いた影人は立ち上がり、帽子と外套を手に持った。先ほどまでとは違う穏やかな時間。影人が求めていたのはこんな時間だ。地獄から一転まさに天国。影人がそう思った瞬間、

「――ほう、随分と楽しそうだな」

 背後から突然そんな声が響いた。

「っ!?」

 影人がバッと背後に振り返る。聞くはずのない声。影人の耳を打ったのはそんな声だった。

 影人の背後にいたのは先程まではいなかった女だった。長い白髪にアイスブルーの瞳。西洋風の喪服を纏ったその女性は口をへの字にして影人を睨みつけていた。

「影人ぉ・・・・・・」

 そして、もう1人その女の横に影人を睨みつけている女がいた。桜色の長髪が特徴の女神のように美しい女だ。服装は白いセーターに薄赤のロングスカートといったものだった。どちらも、影人に向けて凄まじい殺気を放っていた。

「レ、レイゼロールにソレイユ・・・・・・お、お前ら何でここが・・・・・・」

 2人の名前を呼んだ影人の顔がサッと青ざめた。スプリガン時の影人がここまで狼狽えるのも珍しい事だった。響斬も「え、レイゼロール様・・・・・・?」と驚きと狼狽の混じった顔を浮かべたていた。

「何で? 何でですって? それはあなたが逃げるからよ。私はずっと念話をしたのにあなたは応えないし・・・・・・だから、わざわざ追って来たのよ。いくら念話に応えないからって、スプリガンの気配隠蔽の力を使っているからって、あなたの中には私の力があるのよ。私にはそれが感じ取れる。あなたが私から逃げられるはずないでしょ!」

 素の口調でソレイユは影人にそう言った。ソレイユの言葉を受けた影人はしまったといった顔になる。色々と対策はしてみたが、やはりソレイユとの繋がりを完全に誤魔化す事は出来なかったか。

「っ・・・・・・お前が俺のいる場所を捕捉できた理由は分かった。だが、何でレイゼロールと一緒なんだよ?」

 影人はレイゼロールに視線を移した。レイゼロールは変わらずジッと影人を睨み続けている。地上で神力を使えないソレイユだけならどうとでもなるが、地上でも神力を自在に操れるレイゼロールと一緒となると話が別だ。影人は改めて現在の状況が相当にマズい事を理解した。

「何でってあなたを逃がさないために決まってるじゃない。あなたがスプリガンに変身して私から逃げてるのが分かったから、レールにコンタクトして応援を頼んだの」

「・・・・・・我もずっとお前の事は探していたからな。お前の気配が感じられないと思っていたが・・・・・・まさかスプリガンになってソレイユから逃げているとはな。通りで気配が感じられないはずだ。・・・・・・影人、我はお前に言ったはずだ。今日は我と過ごせと。だが・・・・・・お前はソレイユとも同じ約束をしていたようだな」

 レイゼロールのアイスブルーの瞳にスッと殺気が宿る。マズい。レイゼロールは激怒している。影人の本能が激しい警鐘を鳴らす。

「そうよ! 聖夜に2柱の女神と1日を過ごす約束をして、しかもどっちの約束も破るなんて・・・・・・! 影人! あなたは女神の、いや全女性の敵よ! このクズ前髪! レールと私があなたに天誅を下すわ! 死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 怒り心頭に発したソレイユが影人に向かってドロップキックを放つ。影人は「うおっ!?」と驚きながらも、ソレイユの渾身の蹴りを余裕で回避した。今の影人はスプリガン。ソレイユの蹴りを避ける事など造作もない。

「ちぃ! 避けるなクズバカカス前髪! 乙女の怒りを正面からしっかり受け止めて爆散しろ!」

「するか! というかお前さすがに口悪すぎるぞ! 仮にも女神がそれでいいのか!?」

 蹴りを外したソレイユは着地すると影人に罵声を浴びせた。影人は思わずそうツッコミを返した。

「そんな事は今どうでもいいのよ! オラオラオラオラッ!」

 ソレイユは影人に向かって連続でパンチとキックを放つ。影人は当然ソレイユの攻撃を避けるが、その余波として響斬の家の備品が次々と床に落ちる。

「ぼ、僕の家が・・・・・・ちょっと影人くん! 話が違うじゃないか! 君が絶対に誰も追いかけて来ないって言ったから、僕は君を匿ったんだぜ!」

 その光景を見た響斬は影人にクレームを行う。すると、レイゼロールが響斬の方に顔を向けた。

「・・・・・・響斬。お前には後で話がある」

「ひっ・・・・・・ちくしょう恨むぜ影人くん!」

 何かもう色々とやけになった響斬はそう叫んだ。影人は「悪かったよ響斬さん! 俺が甘かった!」と謝罪の言葉を返した。

(取り敢えず、一旦退散だ!)

 影人は記憶の中から適当にとある場所を想起すると、転移の力を使用した。影人の身を黒い光が包み始める。

「やらせん」

「っ!?」

 しかし、レイゼロールが動き影人に闇色の剣を投擲した。影人は仕方なくその剣を避ける。結果、響斬の家の壁に剣が突き刺さり、影人が動いた事によって転移はキャンセルされてしまった。

「クソッ・・・・・・!」

「そう簡単に逃がすか」

 レイゼロールは周囲から闇色の腕を呼び出すと、それらを影人に向かわせた。影人はスプリガンの身体能力で何とか腕を避ける。しかし、室内という事もあってやがて回避は困難になって来た。

(ちっ、やりにくい。まずは響斬さん家から出ないとな)

 影人は障子をぶち破ると、窓ガラスを蹴り砕き外に出た。後ろから「僕の家がぁぁぁぁぁ!」と響斬の悲鳴が聞こえたが、影人は後で直すから許してと心の中で手を合わせた。

「ちっ、外に出たか。追うぞソレイユ」

「言われなくても分かってるわレール! 待ちなさい影人! あなたが私たちから逃げる事なんて出来ないのよ! 諦めてさっさと私たちに捕まりなさい!」

 影人を追ってレイゼロールとソレイユも外に出た。影人はチラリと2人に目を向ける。

「そう言われて捕まる奴がいるかよ・・・・・・!」

 影人は自身の身に透明化の力を施した。突然影人の姿が消えた事にソレイユは驚いた顔を浮かべる。

「え、消えた・・・・・・?」

「転移の兆候はなかった。となると・・・・・・透明化か。また厄介な力を・・・・・・」

 神力の応用に理解があるレイゼロールは影人が消えた答えに辿り着いた。逃走者にとって透明化の力は何よりも便利だ。

「しかも、恐らく足音も消しているな・・・・・・奴が今どこにいるか我にも分からん」

「そんな!? あのアホ前髪をこのまま逃がすの!? ダメよレール! 私、まだあの前髪を殺してない!」

「落ち着けソレイユ。お前、怒り過ぎて少し錯乱しているぞ。安心しろ。我もこのままあいつを逃がすつもりはない。お前も言っていただろう。あいつが我たちから逃げる事など出来はしないのだ」

 こちらには常に影人の居場所を探知できるソレイユがいる。神力を通して影人と繋がっているソレイユには気配隠蔽の力も意味を持たない。ソレイユは地上では神力を使えないため、スプリガン状態の影人を追う事は出来ないが、そこは地上でも自由に神力を振るえるレイゼロールがいる。ソレイユが影人の居場所を探知しレイゼロールの力で影人を追う。元より、影人は詰んでいるのだ。ソレイユとレイゼロールが協力し合っているのは、その詰みを作り出すためだ。

「っ、そうね。絶対にあの前髪は逃がさないんだから。レール、追いましょう! 前髪狩りよ!」

「ああ。奴には我たちを弄んだ責任を必ず取らせてやる」

 ソレイユがグッと右手を握りレイゼロールも同意する。女神たちは逃げた前髪を捕らえるべく、追跡を開始した。












(・・・・・・誤算だったぜ。まさか、念話の遮断と気配隠蔽の力を使ってもソレイユが俺を捕捉できるとはな)

 透明化の力を使いソレイユとレイゼロールから逃亡した影人は最悪といった顔を浮かべた。まあ今の影人は透明なので、その顔が見える事はないのだが。

(しかも、レイゼロールと組んでるとはな。ソレイユがレーダーの役割、レイゼロールが足の役割ってとこなんだろうが・・・・・・見事に役割がハマってやがる。今のところ、俺はあいつらから完全には逃げきれない)

 何か手を打たなければ。しかし、影人にはソレイユの探知を完全に振り切れる方法が分からなかった。

「・・・・・・イヴ。お前何かソレイユの探知を誤魔化せる方法思いつかないか?」

 困った影人は相棒に助けを求めた。

『あ? 何で俺がわざわざそんな事を考えなきゃならねえんだよ。知るか。調子に乗るな。バカ前髪』

「そこを何とか頼む。何でも要望聞いてやるから。マジでヤバいんだよ・・・・・・!」

『・・・・・・その言葉、嘘じゃねえだろうな。嘘だったらマジで殺すぞ』

 イヴは影人に釘を刺すとこう言葉を続けた。

『・・・・・・一応、1つだけ可能性のある方法はある。ただ、成功するかどうかは分からねえぞ』

「十分だ。可能性があるなら俺はそれに賭ける。教えてくれイヴ。その方法を!」

 影人が心の底からの言葉を述べる。影人は本気だった。本気で逃げなければ自分の命はないと理解していた。

『・・・・・・仕方ねえな。まずは――』

 そして、イヴは影人にその方法を教えた。











「――っ!? ま、待ってレール!」

 レイゼロールと共に影人を追っていたソレイユは突然待ったの声を掛けた。ちなみに、ソレイユは地上では神力を使えないので、スプリガンである影人を追う事は物理的に不可能なため、レイゼロールに抱えられ(いわゆるお姫様抱っこ。レイゼロールは嫌がったが他に方法がなかったため仕方なく)ていた。

「? 何だ?」

 レイゼロールはソレイユを抱えたまま立ち止まった。周囲には人の姿があったが、誰もレイゼロールとソレイユには注目していない。女神級の美女が同じく女神級の美女をお姫様抱っこしているのになぜ注目が集まらないかというと、それはレイゼロールが自身とソレイユに、目立たないように認識阻害の力を施しているからだった。そのため、周囲の者たちはレイゼロールとソレイユに気が向かないのだ。

「影人の気配が急に・・・・・・急に分からなった・・・・・・」

「・・・・・・なに? どういう事だ。お前は気配隠蔽の力を貫通して影人の気配が分かるのではなかったのか?」

「うん。そのはずなんだけど・・・・・・その、正確には影人の気配が大きくなりすぎて、正確な居場所が分からなくなったの。こんなこと初めてだわ・・・・・・」

「気配が大きく? どういう・・・・・・っ、これは・・・・・・」

 レイゼロールも突然先ほどまでは感じ取れなかった影人の気配を察知した。しかし、ソレイユが言うように、影人の気配はいつもの何倍、いや何十倍にも膨張しているように思えた。

 事実、影人は気配隠蔽の力を解除し、自身の気配を何倍にも拡張させる力を使用していた。その気配の膨張範囲は、少なくとも街1つ分ほどは大きいように思えた。しかも、気配は満遍に感じられ、特定の場所が濃い――つまり、中心地のような場所――といったような事も分からなかった。気配を隠すよりも、むしろ大きく解放し、正確な場所を分からなくする。これが、イヴの考えたソレイユの追跡を撒く方法だった。

「・・・・・・確かにお前の言う通りだな。どういうわけか、影人の気配が肥大している。これでは逆に奴がどこにいるのか分からん」

「くっ、あの前髪。やらしい手を思いついて・・・・・・本当、無駄にしぶといんだから・・・・・・」

 ソレイユがギリっと奥歯を噛む。これでは影人がどこにいるか分からず追う事が出来ない。正直、詰みの状況だ。レイゼロールがソレイユを下ろし、2人してどうするべきか悩んでいると、

「――ねえ、レイゼロール。少しいいかしら?」

 2人の前に突然見覚えのある少女が現れた。シェルディアだ。レイゼロールの気配を辿り転移して来たシェルディアはソレイユの顔を見ると、少し意外そうな顔を浮かべた。

「あら、あなたもいたのソレイユ」

「シェルディア・・・・・・そういうあなたこそどうした・・・・・・んですか? すみませんが、いま私たちは影人の事で忙しいのですが・・・・・・」

 口調を戻したソレイユは少し困ったような顔でシェルディアを見つめた。

「あら・・・・・・あなた達も? なるほど。あの子、あなた達とも約束をしていたのね。全く・・・・・・奇遇ね。実は、私も影人に用があるのよ。ねえ、少し話さない? きっと、お互い影人に対する用件は同じはずだから」

 シェルディアは何かを察した様子で、レイゼロールとソレイユにそんな提案をしてきた。シェルディアの含みのある提案を聞いたレイゼロールとソレイユは互いに顔を見合わせた。

「・・・・・・いいだろう」

「・・・・・・ええ、分かりました」

 そして、レイゼロールとソレイユはシェルディアに頷きを返した。











「・・・・・・これだけしても追って来ないって事は、誤魔化しが成功したって事だよな。ふぅ・・・・・・今日はよく危なくなる日だな」

 数十分後。影人はファストフード店で一息ついていた。影人のトレーには、暖かなチョコのパイが2置かれていた。

「これもお前のおかげだ。ありがとうな、イヴ」

 影人は隣に座っている少女――イヴに向かって感謝の言葉を述べた。

「けっ、せいぜい感謝しろ。後、俺は慈善でお前を助けたわけじゃない。その事を忘れるなよ」

 スプリガンの力で擬人化したイヴは、影人に――影人はまだスプリガン状態で、今は幻影の力でどこにでもいそうな青年に姿を変えている――向かってギロリと奈落色の瞳を向ける。イヴの服装は黒のコートに紺のジーンズという、どこかスプリガンの服装に似た格好いい系だった。

「ああ、分かってる。パフェも奢ってやるし、デ◯ズニーランドにも連れて行ってやるよ。でも、お前がデ◯ズニーランドに行きたいとはな。くくっ、可愛いところあるじゃねえか」

「は? 何を勘違いしてやがるんだ。俺はあくまで経験がしたいだけだ。遊園地ってやつがどれだけくだらないのか、それを経験しに行くんだ。凄え楽しそうだからとかじゃないぞ。本当違うからな。マジで勘違いするんじゃねえぞ」

「はいはい」

 念押しをするイヴの可愛らしいさに思わず笑みが溢れる。思わぬ出費だが、幸い年明けには金の当てがある。それに、娘と遊園地デートが出来ると考えれば楽しみでしかない。まあ、この事を言えばイズは激怒するであろうから、口には出さないが。

「――すみません。お隣いいですか?」

 影人がイヴと一緒にチョコパイを食べているとそんな声が掛けられた。今更だが、影人たちが座っているのはテーブル席ではなくカウンター席だった。

「ああ、どうぞ」

 イヴがはむはむとチョコパイを美味しそうに食べている光景に気を取られていた影人は、特に深く考える事もなくそう返事をした。

「ありがとうございます。では、失礼して」

 影人の承諾を受けた男――声から察するに――が影人の隣の席に腰を下ろす。そして、その男はこう言葉を続けた。

「今日は冷えますね。天気予報では、夜には雪が降るみたいですよ。まあ、聖夜にピッタリといえばピッタリですが」

「? はあ・・・・・・」

 何だやけに絡んでくるな。正直、迷惑だなと思いながらも影人は相槌を返した。そして、影人は何とはなしに前髪の下の目をその男に向けた。

「・・・・・・・・・・・・あ?」

 影人は気付けばそんな声を漏らしていた。それほどまでに自分の隣に座った男の姿が信じられなかったからだ。なぜだ。どうして。意味が分からない。そんな思いが影人の中に一気に溢れ出す。影人はしばらくの間、固まっていた。

「ところで、ちょっとした興味から伺いますが・・・・・・あなたは聖夜きょうをどう過ごされる予定ですか?」

 そして、その男――香乃宮光司は爽やかな笑みを浮かべ、影人にそんな事を聞いて来たのだった。

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