第456話 クリスマス前髪争奪戦(4)

(遂に来たか・・・・・・最恐にして究極レベルの・・・・・・文字通り鬼が・・・・・・)

 シェルディアを見上げた影人の背にツゥと冷や汗が流れた。いま影人の目の前にいるのは、人ならざるモノ。絶対にして最強の吸血鬼の真祖だ。

「私ね、影人。今日という日を楽しみにしていたのよ。色々と準備もしていたわ。それで、いざあなたの家を訪ねてみたら・・・・・・あなたは逃げたと穂乃影が言ったわ。私、ちゃんと言ったわよね? 逃げたらダメよって」

 シェルディア呆れた様子で影人を見下す。そして、こう言葉を続けた。

「しかも、あなたの母親から聞いたけど・・・・・・あなた、私以外の子とデートの約束をしていたらしいわね。しかもしかも、あなたはその子とのデートもすっぽかしているみたいだし・・・・・・ああ、どうしようかしら。いったい、何から怒ればいいのか・・・・・・分からないわね」

「っ・・・・・・」

 シェルディアが言い終えると同時に、シェルディアから凄まじいプレッシャーが放たれる。まるで、空気が歪むかのようなそのプレッシャーを受けた影人はその顔をより緊張させた。これは本気だ。シェルディアは本気で怒っている。影人はその事を今までの経験から、そして自身の魂で理解した。

「影人、何か申し開きの言葉はあるかしら?」

 シェルディアが最後通牒を突き付けてくる。影人はゴクリと唾を飲み込むと、敢えて不敵に笑った。

「・・・・・・いや、ないね。悪いな嬢ちゃん。俺は今日は1人で漆黒の聖夜ブラックホーリーナイトを過ごすって決めてるんだ。やっぱり、俺には孤独で静寂な夜が似合ってるからな」

「そう・・・・・・あなたに聞いた私がバカだったわね。この場面で、大真面目によくもまあ意味不明な事が言えるものね。逆に感心するわ」

 シェルディアは珍しく影人に呆れと軽蔑が混じった目を向けた。その眼差しを受けた影人は腹を括った。

「影人、覚悟しなさい。女の子を泣かせるあなたを私がお仕置きしてあげるわ」

「はっ、悪いが・・・・・・仕置きを受けるつもりはない!」

 影人はその身に身体強化の闇と『加速』の力を施すと、神速の速度で屋上の床を蹴り空を駆けた。真正面からシェルディアとやり合うつもりはない。逃げられればそれでいいのだ。

「私が逃がすわけないでしょう?」

 しかし、そう簡単にシェルディアを振り切れるはずもない。シェルディアも屋上の床を踏み抜き跳躍した。そして、自身の影を操作し翼の形にすると、当然のように空を駆け影人を追って来た。

「っ、何で普通に飛べるんだよ・・・・・・!?」

「私は真祖よ。空を飛ぶすべくらい心得ているわ」

 文句を言う影人にシェルディアはそう言葉を返す。真祖という生物はどこまで何でもありなのだ。影人は心の内でそう思わずにはいられなかった。

「影人、一応言っておいてあげるけど早めに降参する事ね」

 シェルディアが爪を伸ばし左手首を掻き切る。すると、血が噴き出し、その血が無数の武器へと変化した。血で造られた武器たちはまるで意思を持っているかのように、影人へと襲いかかった。

「なっ・・・・・・!?」

 造血武器に襲われた影人は何とか身を捻り造血武器を避ける。しかし、造血武器は対象を捉えるまで追い続ける武器だ。その事実が示すように、影人が回避した造血武器たちは再び影人を狙って来た。

「ちっ!」

 影人は四肢に『破壊』の力を纏わせた。そして、殴打と蹴りで自分を襲って来た造血武器を全て破壊した。

「隙ありよ」

 影人が造血武器を破壊している間に近づいて来たシェルディアが影人に蹴りを放つ。タイミング的に避け切れないと悟った影人は幻影化の力を使用し、その蹴りを回避した。

「・・・・・・嬢ちゃん、普通に俺を殺す気で来てないか」

 実体化した影人はそう言わずにはいられなかった。あの造血武器に貫かれれば、影人は間違いなく重傷だったし、シェルディアの蹴りを受けていても多分半殺し状態だった。影人はシェルディアに恐ろしさを感じた。

「あら心外ね。こんなものただの戯れに過ぎないわ。だって、この程度であなたを殺せるはずないもの」

「いや、普通に死ぬって・・・・・・実際、俺2回死んでるし・・・・・・」

 シェルディアは何を当然の事をといった様子で首を傾げた。影人は首を横に振りシェルディアの言葉を否定した。

「でも、あなたいま生きてるじゃない。知ってる影人。普通、人間って死んだら生き返らないのよ。つまり、あなたは人間じゃないわ。私と同じか、それ以上の化け物よ。だったら、多少乱暴しても大丈夫でしょ」

「いや、その理論はおかしいよ・・・・・・というか、俺はどこからどう見てもただの人間・・・・・・」

「それに殺す気っていうのは・・・・・・こういう事を言うのよ」

 影人の言葉を遮ったシェルディアはゾッとするような笑みを浮かべた。すると次の瞬間、シェルディアの姿が変化した。髪は銀髪に。瞳は真紅の色に。そして、変化した瞳と同じ真紅のオーラを纏った。

「おい、嘘だろ・・・・・・真祖化を使うのかよ・・・・・・!」

 影人の血の気がサッと引いた。まさか、ここまでシェルディアが本気だとは正直思っていなかった。シェルディアの怒りが本物だという事は分かっていたが、何だかんだシェルディアは許してくれると、影人の心のどこかに甘えのようなものがあったのも事実だった。

「まだまだ。これで・・・・・・ダメ押しよ」

 シェルディアがそう言うと、一瞬で周囲の景色が変化した。太陽が照っていた空は、真紅の満月と無数の星が輝く夜空に。地面は無限に続く荒野へと。その景色をよく知っている影人は、スプリガンの金の瞳を大きく見開いた。

「なっ・・・・・・!? 『世界』まで使うのかよ!? 正気か!?」

「もちろん。正気も正気よ」

 影人が信じられないといった様子でシェルディアにそう問う。真祖化したシェルディアは超然とした笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

「さあ、ここからが本格的なお仕置きよ。せいぜい気張ってね、影人」

 瞬間、シェルディアの姿が消える。否、正確には消えたと錯覚するほどの超神速の速度で動いたのだ。影人は即座に目を闇で強化したが、時は既に遅かった。影人は何か凄まじい衝撃を感じたと同時に地面へと叩きつけられた。影人の上を取ったシェルディアが、影人を叩き落としたのだ。

「がっ・・・・・・!?」

 凄まじい痛みが影人の全身を襲う。しかし、影人に痛みを感じている暇などなかった。シェルディアは倒れている影人に向かって、夜空に輝く星を1条降らせた。

「〜っ!?」

 影人は左脇腹に灼熱の痛みを感じたと同時に、精神が大きく削られたような感覚を覚えた。まるで、精神に多大なダメージを受けたかのようだ。その感覚に覚えがあった影人は、自分がどのような攻撃を受けたのか即座に理解した。

「久しぶりに受ける私の星はどうかしら? 少しは己の愚かさと不甲斐なさを自覚できて?」

 影人が歯を食い縛り何とか顔を上げると、地面に降り立ったシェルディアがそう声を掛けてきた。影人は回復の力を使って全ての傷を癒すと、立ち上がり、シェルディアを睨んだ。

「・・・・・・自覚するのは嬢ちゃんの方だと思うけどな。嬢ちゃんも自覚した方がいいぜ。自分の大人気のなさを」

「これくらいしないと伝わらないでしょう。私が、いいえ、私たちが本気で怒っているという事が。あなたが今受けたのは乙女の怒りのほんの一端よ」

「私たち・・・・・・っていうのは金髪とかピュルセさんとか暁理とか『提督』の事か? だとしたら、全くよく分からねえな。何で嬢ちゃんがそいつらの分まで怒るんだ?」

 本気で訳が分からないといった様子で影人は首を傾げた。そんな影人にシェルディアは呆れ果てたようにため息を吐いた。

「はあ・・・・・・あなたって戦闘面だとかの勘は鋭いのに、こういう勘は本当に鈍いわね。というか、私以外にデートの約束をしていた子がそんなにいたの? しかも、今の口ぶりだとその子たちとのデートもすっぽかしている感じね。・・・・・・呆れた。本当に呆れたわ」

 シェルディアはゴミを見るような目を影人に向けた。シェルディアにそんな目を向けられたのは恐らく初めてだったので、影人は少しだけショックを受けた。

「影人、あなたのその不誠実な所を叩き直すわ。あなたを慕う者たちのためにもね」

「俺を慕う者ね・・・・・・そんな酔狂な奴らがいるかどうか・・・・・・甚だ疑問だな!」

 影人は地面を蹴り大きくバックステップすると、闇色の怪物を大量に創造した。怪物たちは一斉にシェルディアへと襲いかかった。

「無駄よ」

 しかし、シェルディアが軽く右手を薙ぎ払うと、影人が創造した怪物たちは全員切断され、虚空へと溶けて行った。

「知ってるよ。俺の狙いはこの一瞬だ!」

 影人がニヤリと笑う。すると、次の瞬間に影人の背後の空間から全てを塗りつぶすような闇が広がった。その闇は一瞬にしてシェルディアの『世界』を侵食した。そして、周囲の景色はどこかの城内のような場所へと変わった。

「っ・・・・・・」

「『世界』顕現、『影闇の城』」

 シェルディアが一瞬驚いた様子になり、影人が自身の『世界』の名を宣言する。『世界』を解除する方法は主に2つ。1つは『世界』を顕現した者が『世界』を解除する事。もう1つは『世界』を『世界』で塗り替える事。影人が今回取った方法は当然後者だ。この瞬間、空間の支配権は影人に移った。

「そして、こいつで終わりだ」

 影人はもう1つの『世界』を解除する方法――『世界』を顕現した者が『世界』を解除する――を選択した。結果、周囲の風景が現実世界へと戻る。それと同時に影人は練っていた転移の力を使用した。影人の姿は黒い粒子となってその場から消えた。それは一瞬の出来事だった。

「・・・・・・逃げられたわね。本当、逃げ足だけは速いんだから」

 再び『世界』を顕現しようとしていたシェルディアは小さく息を吐いた。真祖化し『世界』を顕現したシェルディアから逃げられる者がいったいどれだけいる事か。悔しいが、流石はスプリガンといったところか。

「しかも、ご丁寧に気配まで隠蔽しているし・・・・・・追跡は不可能ね」

 シェルディアは影人の追跡を諦めざるを得なかった。そして、シェルディアは大きくため息を吐いた。

「はあ、あの子にも困ったものだわ。取り敢えず、次にあったら半殺・・・・・・ちょっと痛めつけましょう。さて、この後はどうしようかしら」

 真祖化を解除しながらシェルディアはそう呟いた。影人とデートをする予定だったが一気に暇になってしまった。しかし、このまま家に帰るのも味気ない。

「・・・・・・せっかくだから、少し店を回ってみようかしらね」

 ちょうどこの辺りは大通りの近くだ。気晴らしにショッピングでもしよう。シェルディアはそう考えると、大通りを目指して歩き始めた。












「ふぅ・・・・・・取り敢えず、何とか生きてるな」

 転移の力を使ってシェルディアから逃げた影人は安堵の息を吐いた。同時にどっと疲労が押し寄せる。無理もない。『世界』を顕現し、真祖化したシェルディアを相手にしたのだ。更には、力の消費量が激しい回復の力、『世界』顕現、転移の力も使用した。体感として、1日のスプリガンの力の総量の4割は既に消費してしまった感じだ。しかし、これくらいで本気のシェルディアから逃げられただけラッキーだ。影人はそう考えた。

「・・・・・・あー、次に嬢ちゃん会いたくねえな。絶対半殺し以上は確定だ。また死ぬのは嫌だぜ」

 想像するだけで憂鬱だ。影人はいま想像した事を振り払うように首を左右に振った。

「さて、咄嗟にここに転移しちまったが・・・・・・どうするかな」

 影人が転移してやって来た場所は風洛高校の裏門だった。ここを転移先に選んだ事に特に意味はない。強いて言えば、人が居なさそうと思ったくらいだ。

「嬢ちゃんやレイゼロールから逃げる都合上、スプリガンのままじゃないといけないし・・・・・・まあ変身を解除は出来ないな。でも、スプリガンの格好のまま歩いてたら変に目立つかもしれねえし・・・・・・仕方ない。幻惑の力でもかけとくか」

 変身を解除すれば気配隠蔽の力が使えず、すぐにシェルディアが追ってくるだろう。レイゼロールもどのタイミングかは読めないが、影人の気配を捕捉し現れるはずだ。それは避けなければならない。思考の末、影人は幻惑の力で自身の見た目をどこにでもいそうな青年の姿へと変えた。

「ふむ・・・・・・これなら誰も俺って分からねえな。最初からこうして変装しておけばよかったぜ」

 手鏡を創造し自分の姿を確認した影人は満足そうに頷いた。

「気配も隠蔽したし姿も変えた。これで究極また俺を追う奴に会っても誤魔化せるだろ。まあ、会わないに越した事はねえが」

 影人は適当に頭を掻きながら裏門を軽く飛び越えた。今の影人は見た目こそ凡人だが中身はスプリガンだ。門を飛び越える事など訳なかった。

「あいつらに絶対に会わなくて、絶妙にこの辺りで、且つ暇が潰せる場所・・・・・・そんな場所がどこかに・・・・・・あ」

 影人は1つだけそんな場所に心当たりがあった。しかし、そんな時に影人の内側に声が響いた。

『影人! すみません。ようやく準備が整いました。現在、流入者の存在は確認されていないので私が地上世界に降りても問題はありません。ふふっ、お待たせしました。では地上世界でデートと――』

「あー、悪いな。そいつは無理だ。今日という日を俺と過ごすのは諦めろ。どうしても誰かと過ごしたいならレイゼロールとかとでも過ごしてろ。じゃあな」

『え? あ、ちょ影人!?』

 影人の内に響いた声はソレイユのものだった。影人は念話してきたソレイユにそれだけ答えを返すと、ソレイユとの念話を打ち切った。ソレイユは訳が分からないといった感じだったが、影人は無視した。

「イヴ。面倒いからしばらくの間、ソレイユとの繋がりを遮断するフィルターみたいなやつを俺の中に張っといてくれないか。念話は俺が意識してりゃ遮断出来るが、それ以外は遮断できないからな。どうせ、あいつずっと俺に鬼電してくるだろうし。お前なら出来るだろ?」

『は? 何で俺がそんな――』

「明日パフェ食べさせてやるから。前食いたいって言ってただろ」

『・・・・・・ちっ! 絶対だからな。嘘だったら殺す』

 甘い物に釣られたイヴは影人の言う通り、目には見えないフィルターを展開した。自分の中に何かが展開される感覚を覚えた影人はイヴに「サンキュー」と感謝の言葉を述べた。

「よし、これでソレイユの奴も大丈夫だな。くくっ、これで俺に怖いモノは何もなくなった。俺は無敵だぜ。ははははははっ」

 影人は上機嫌に笑った。そして、先程思いついた場所を思い浮かべ転移の力を使用した。


 ――前髪と前髪を追う者たちのクリスマスの逃走劇は後半戦へと至る。

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