第453話 クリスマス前髪争奪戦(1)

「・・・・・・もう後少しなんだね」

 12月も中旬を過ぎた頃。すっかり寒くなり年の瀬が近づいて来ているとある日。ソニアは自宅でカレンダーを見つめ、真剣な様子でそう呟いた。

(あと少しで聖夜クリスマス・・・・・・私の決戦の時・・・・・・!)

 ソニアは燃えていた。今年のクリスマスは影人と共に過ごし、必ずいい雰囲気になるのだと。そして勝機が見出せれば自分の気持ちを伝えようと。

「大丈夫。お母様と穂乃影ちゃんっていう外堀は着実に埋めて来た。影くんはあの2人には逆らえない。あの2人を経由して今年のクリスマスは私と一緒に過ごそうと言えば、いくら影くんでも断れないはず・・・・・・」

 ソニアは本気だった。前回の夏祭りでの反省を生かし、影人の家族を使って影人の予定を抑えようとしていた。そうでもしなければ、間違いなく影人は断るからだ。正直、断られる事を前提で考えるのは1人の乙女として悲しく、また世界の歌姫として悔しくはある。

 しかし、相手はあの影人である。プライドを捨てなければ、そもそもスタートラインにも立てない相手だ。今更ながら、とんでもない強敵だ。しかも、ライバルの数もかなり多い。最強の相手、と言っても過言ではないだろう。

「でも、私は絶対に諦めないって決めたんだから・・・・・・! 影くんとの聖夜を勝ち取って甘い夜にするよ!」

 ソニアがグッと右手と決意を固める。厳しいスケジュールをこなしているため、何とか25日に休みを確保できた。このチャンスを無駄には出来ない。ソニアは25日に勝利者にならなければならないのだ。

 ちなみに、アメリカ人であるソニアからすればクリスマスは恋人というよりは、家族で過ごす日という認識が強いというか当たり前なのだが、ソニアがクリスマスを影人、つまり意中の人と過ごそうと思い至ったのにはいくつか理由があった。

 1つは、ソニアが過去に日本に住んでいたという事。ソニアはその経験から、日本ではクリスマスは恋人と過ごすものという認識を知っていた。そのため、ソニアはアメリカと日本とのクリスマスのギャップにそれほど違和感を持っていなかった。

 2つ目は、強力なライバルたちとの差を埋めるため。これは少し前に風音から聞いた話だが、なんとあのアイティレも影人に仄かな想いを抱いているらしい。ただでさえ、影人の隣人やら悪友ポジやら女神やらその他とライバルが多いのに(しかも全員美少女や美人)、そこにあの見た目超美人のアイティレまで加わるとなると、ソニアも焦らないわけにはいかない。ソニアは危機感を抱いていた。

「待っててね影くん。私、頑張るから!」

 ソニアは立ち上がり、自宅の壁に貼っていた影人の写真(光司から譲り受けたものを現像したもの)を見つめると、グッと両手を握った。









 ――だが、クリスマスに影人に関する計画を立てていたのはソニアだけではなかった。

「ふふっ、今年のクリスマスはどうしようかしら。影人とどう過ごすか悩むわね」

「よ、よし今年のクリスマスはあの前髪を・・・・・・!」

「ふーむ。地上世界はもう少しで聖夜ですか。今年は異世界からの流入者の問題さえ起こらなければ・・・・・・よし、影人にちょっかいを掛けに行ってみてもいいかもしれませんね!」

「・・・・・・ふん。どうせあいつの事だ。聖人の降誕日も暇を持て余しているだろう」

「確か、日本では聖夜は恋人と過ごすのが定番だったね。ちょうど、今年の聖夜は教会に行く以外に予定はないし・・・・・・彼を誘って過ごしてみるのもいいかもしれないな」

「クリスマス・・・・・・風音が言うには、日本では恋人たちが寄り添う日だったな。こ、ここ恋人云々は関係ないが、帰城影人には世話になっているからな。ディナーでも誘ってみるか・・・・・・」

「12月25日・・・・・・待っていてくれ帰城くん。僕が完璧な夜を君に提供してみせるよ」

 吸血鬼、悪友、光の女神、闇の女神、世界的な芸術家、ロシアからの留学生、爽やかイケメンも前髪野郎とクリスマスを過ごす事を計画していた。

 ――今年の聖夜は間違いなく荒れそうだった。










「寒っ・・・・・・」

 12月24日土曜日、午後1時過ぎ。学校が冬休みという事もあり存分に惰眠を貪っていた影人は、ベッドから出るとブルリと体を震わせた。そして、部屋を出てそのまま洗面所に向かった。顔を洗った影人はリビングを目指した。

「おはよう・・・・・・」

「おはよう、じゃないわよバカ息子。もうお昼よ。いくら休日だからって寝過ぎよ」

 影人がリビングに辿り着くと、ソファーに座りテレビを見ていた日奈美がそんな事を言ってきた。

「あれ、母さん? ああ、そうか。今日土曜日か。冬休みだから曜日感覚なくなってたよ」

 日奈美がいた事に軽く驚きながらも、影人はコップを取り冷蔵庫に入っていた緑茶を入れた。

「全くあんたは・・・・・・だらしないところは影仁そっくりね。穂乃影を見習いなさい。あの子は休みでもしっかり朝に起きてるわよ」

「遺伝なら仕方ないだろ。というか、休みの時間配分をどう使おうと俺の勝手だし。ああ、そういえば穂乃影は? 姿見えないけど」

 テーブルに着いた影人は冷えた緑茶を啜り、日奈美が作り置きしてくれていた朝食(まあ今は昼食だが)のラップを取る。今日のご飯は、白飯にベーコンエッグ、野菜炒め、あおさの味噌汁だった。冷えてはいるがまだ全然食べられる。影人は箸を冷えたご飯に突っ込んだ。

「穂乃影なら友達と買い物に行くってちょっと前に出て行ったわよ」

「へえ・・・・・・意外んぐ、だな。あいつもぐもぐ・・・・・・友達いたんだ」

「いるに決まってるでしょ。あんたじゃないんだから。穂乃影がいたら間違いなく怒ってるわよ」

 日奈美が呆れた顔になる。日奈美は「そういえば」と話題を切り替えた。

「あんた、明日は予定ないわよね? いっつもクリスマスは家にいるし」

「別にないけど・・・・・・なに?」

「実はソニアちゃんから連絡が来てね。クリスマスはぜひあんたと過ごしたいから、私からあんたに伝えてほしいって」

「はあ? 何で金髪が母さんにわざわざそんなこと言うんだよ? というか、母さんいつの間に金髪と連絡先交換したんだ?」

 影人がご飯を食べる手を止める。ソニアは影人の連絡先を知っている。ソニアは直接影人に伝えればいいのに、なぜ日奈美経由で影人に伝えるという回りくどい方法を取ったのか。影人にはよく分からなかった。

「そりゃ、あんたに直接言ったら断られるに決まってるからでしょ。あの子、あんたの事よく分かってるわ。そういう事だから、あんた明日はソニアちゃんと過ごしなさいよ。これ母親命令だから。分かった? しかし、あんた、本当とんでもなくラッキーね。あのソニア・テレフレアと一緒にクリスマスを過ごせるなんて。世のファンたちが聞いたら血の涙を流して悔しがるわよ」

「・・・・・・クリスマスに金髪と、というか女と過ごすのは絶対に嫌だ。何か世の中に染まったみたいじゃん。いくら母さんの命令でもそれは聞けない」

 影人は日奈美の言葉に首を横に振った。影人の答えに日奈美は「はあ!?」と声を上げた。

「何よそのバカみたいな理由! あんた、分かってるの!? 女の子が、しかも超有名人で超可愛い子がクリスマスにデートに誘ってくれてるのよ!? 男なら飛びつくのが普通でしょ! そんな無駄なプライド以下のもの捨てなさい!」

 日奈美はキレた。ウチの息子はどれだけバカなのかと。しかし、前髪野郎のバカさ加減は日奈美の予想を遥かに超えていた。

「嫌だね。これだけは捨てられない。母さんはいま男ならって言ったけど、男には捨てられないものがあるんだよ。というわけで、俺明日は男の友達とクリスマスにイチャつく恋人たちを狩るから無理だ」

「何がどうやってというわけでってなるのよ!? 文脈が全く繋がってないじゃない! 意味が分からないわ!」

 日奈美は混乱した。影人は予定はないと言っていたのに急にそんな予定を錬成するし、その錬成した予定もモテない男子たちの僻みから生まれたような犯罪行為だ。しかし、影人は僻む必要はなく、素直になればソニアとクリスマスを過ごせる。いったいウチの前髪は何がしたいのだろうと日奈美は思った。

「分かってないな母さん。本当に貴重な経験っていうのは泥に塗れた中にあるのさ。ごちそうさまでした。じゃあ、そういうわけだからさ。金髪には俺から断りのメール入れとくよ」

 ご飯を食べ終えた影人は両手を合わせ食器を台所に持って行くと、そう言ってそそくさと部屋に戻って行った。

「あ、ちょっと影人! まだ話は・・・・・・! はあー、もう・・・・・・」

 完全に逃げた息子に日奈美は頭を抱えた。いったい自分はどこで育て方を間違えてしまったのか。

「別に積極的に恋愛しろってわけじゃないけど・・・・・・親としては心配っていうか、楽しみがないっていうか、もったいないっていうか・・・・・・」

 日奈美はため息を吐くと、ソニアを思い浮かべ軽く手を合わせた。日奈美はソニアに向かって頑張れと念を送った。












「ったく、金髪の野郎余計な事を・・・・・・」

 部屋に逃げ帰った影人はそう悪態をつくと、机の上に置いていたスマホに手を伸ばした。そして、連絡先から「金髪」と書かれたソニアのアドレスを呼び出す。影人はメールを作成し、「母さんから聞いたが明日は予定があるから無理。すまん」と打ち込むと送信ボタンをタップした。

「これでよし、と。ん? なんだ。けっこうメールが溜まってるな」

 影人がメールボックスをチェックすると、未読のメールが4件あった。

「げっ、暁理かよ。なになに、『どうせ君は明日予定がないだろうし、優しいこの僕が付き合ってあげるよ。感謝しろよな』・・・・・・だと?」

 1件目は暁理からだった。メールにはいま影人が読み上げた文章と、明日の集合日時が書かれている。

「偉そうに何様だあいつ。余計なお世話だ」

 影人は暁理に拒否の返信をした。よくもまあ何の逡巡もなく拒否できるものである。お前は聖夜に誅殺されろ。

「次は・・・・・・『提督』? 珍しいな。ええと・・・・・・」

 2件目はアイティレからだった。影人がアイティレのメールに目を通すと、主に暁理と同じ事、つまり、明日一緒に過ごさないかといった旨が書かれていた。影人はなぜアイティレが自分を誘っているのか全く分からなかったが、取り敢えず拒否の旨のメールを返信した。

「次は・・・・・・げっ、ピュルセさんか。嫌な予感しかしねえなおい・・・・・・」

 3件目はロゼからだった。ロゼも先の2人とほぼ同じ内容のメールだ。影人は丁寧に断りの返信を行う。

「で、最後は・・・・・・」

 影人が4件目のメールに目を通す。差出人の欄を見ると、そこには香乃宮光司の名前があった。

「・・・・・・」

 影人はそっとメールボックスを閉じた。よりにもよって最も目にしたくなかった名前が目に入ったからである。どうせ今までのメールから考えるに、光司のメール同じような内容だろう。影人は返信するのも面倒になったので、光司のメールを無視した。

 ちなみに、影人のアドレスがアイティレやロゼ、光司に漏れた原因は、暁理経由で陽華と明夜に伝わり、そこから拡散されたからだった。

「はあ、どいつもこいつもどうなってやがるんだ。急に俺とクリスマスを一緒に過ごそうなんざ・・・・・・」

 影人がため息を吐きベッドに腰を下ろす。すると、突然――

「・・・・・・おい影人」

 レイゼロールが影人の部屋の中に現れた。

「・・・・・・」

 あまりにもスッと、まるで最初からそこにいたかのように現れたレイゼロールを見た影人は、色々と感情がオーバーして驚く声も出ず、固まった。

「明日は我に付き合え。明日の昼頃迎えに来る。それまでに準備を整えておけ。分かったな?」

「は・・・・・・? あ、ちょ待てレイゼ・・・・・・」

 レイゼロールはそれだけ言うと、現れた時と同じくフッと掻き消えた。もちろん転移だ。ようやく驚きから多少ではあるが立ち直った影人は、レイゼロールに声を掛けようとしたが、その時にはレイゼロールは消えていた。

「・・・・・・おい嘘だろ」

 影人はガクリと項垂れた。何だこれは。いったいどうなっている。影人が訳のわからない絶望感を抱いていると、頭の中に声が響いた。

『あ、影人。いまお時間大丈夫ですか?』

「ソレイユか・・・・・・なんだ?」

 念話をしてきたのはソレイユだった。影人はそこはかとなく嫌な予感を覚えながらも、そう言葉を返した。

『ええとですね。実は、明日一緒にまた地上世界で遊びたいなと思いまして。ほら、地上世界は明日は聖夜じゃないですか。どうせあなたの事です。聖夜は1人寂しく過ごすつもりでしょう。ですが、私は慈悲深い女神。哀れなあなたを見捨ててはおけません。そういうわけで、明日は私があなたと一緒にいてあげます。ふふん、女神と共に聖夜を過ごす事の出来る人間なんていませんよ。感謝してくださいね』

 影人の嫌な予感は見事に的中した。ソレイユの念話を受けた影人は思わず天を仰いだ。

「本当にどうなってやがるんだよ今日は・・・・・・おい、ソレイユ。よく聞け。明日俺には予定がある。お前の誘いは却下――」

 影人がソレイユの誘いを拒否しようとすると、ピンポーンという音が聞こえてきた。それは、帰城家のインターホンが押された音だった。

「っ、誰だ?」

 影人の気がそちらに取られる。すると、リビングの方から「影人ー! 出てあげなさい!」という日奈美の声が聞こえてきた。

『取り敢えずそういう事です。では、影人。また明日会いましょう。ふふっ、ワクワクしますね』

「は? おいソレイユ俺はオーケーなんて一言も・・・・・・くそ、あいつ念話切りやがった。はあー、もう本当何なんだよ・・・・・・」

 影人はストレスからガシガシと頭を掻くと、部屋を出て玄関に向かった。そして、玄関のドアを開ける。日奈美が出ろという事は知り合いという事なので、影人は覗き穴から誰がインターホンを鳴らしたのかは確認しなかった。

「こんにちは影人」

 ドアを開けた先にいたのはシェルディアだった。シェルディアはニコリと笑うと影人に小さく手を振ってきた。

「嬢ちゃん・・・・・・こんにちは。どうしたんだ?」

「実は明日の事であなたに言いたい事があってね。ねえ、影人。明日は暇よね?」

「え、いや俺は・・・・・・」

「暇よね?」

「は、はい・・・・・・」

 シェルディアの圧に気圧された影人がコクリと頷く。仕方がなかった。だってシェルディアが超怖かったのだ。顔は笑っていたが、目は笑っていなかったのだ。頷かなければどうなるか、影人は想像するのも怖かった。

「そう。よかったわ。なら、明日は私とデートをしましょう。とびきり素敵で楽しい夜にしてあげるわ。ああ、分かってると思うけど逃げちゃダメだからね? じゃあ、明日また来るから。またね影人」

 シェルディアは上機嫌で隣の自宅へと帰って行った。影人は無言のままドアを閉めると、トボトボと自分の部屋に戻った。

「・・・・・・神様、いったい俺が何をしたっていうんだ」

 影人は己の運の悪さを呪った。影人はボロボロだった。すると、そんな影人に追撃を掛けるかの如くスマホが鳴った。影人がスマホを確認すると、メールボックスに未読のメールが数件あった。影人は無感情にメールをチェックした。

『影くん酷いよ! 明日は絶対に迎えに行くから! 逃げたら許さないからね!』

『お前に選択肢なんてない! このバカ前髪!』

『すまないが、私も退けないんだよ。強引になるが、たまには許してほしい。たまには押さないとね』

『ど、どうしてもダメか? どうか、もう1度だけ考え直してくれないだろうか』

『帰城くん。明日は完璧なプランを用意しているよ。ああ、君と楽しく聖夜を過ごせると思うと、本当にワクワクが止まらないよ』

 ソニア、暁理、ロゼ、アイティレ、光司からのメールを確認した影人はソッと机にスマホを置くと、バタンとベッドに倒れ込んだ。

「・・・・・・もう知らん」

 そして、影人は疲れ切った声でベッド向かってそう呟いた。


 ――次回、「血に染まるクリスマス」。もちろん血は前髪の血である。出血、サービスサービスぅ!

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