第451話 スプリガンと交流会(2)

『――皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます』

 10月下旬のとある日曜日。午前10時過ぎ。扇陣高校の第3体育館。その舞台上でマイクを通してそう言ったのは、光導姫ランキング第4位にして、この扇陣高校の生徒会長でもある風音だった。体育館の中には、ざっと100から200は下らない男女がいた。いずれも若く、全員10代だった。

『本日開催するのは光導姫と守護者の研修兼交流会です。開催目的はソレイユ様やラルバ様を通して届けさせていただいた手紙にも書かれていたと思います。私たち光導姫と守護者の対象が、闇奴・闇人から異世界の流入者に変わった事に対する方法の共有、それと光導姫と守護者の仲を深め、より連携が出来る事を目的としたものです』

 風音は明瞭な声で光導姫と守護者たちにそう告げた。光導姫と守護者たちは風音の言葉を静かに受け止めた。

『詳しいスケジュールは先程皆さんにお渡しした紙に書かれているかと思います。それでは、長ったらしい挨拶は抜きにして、これより光導姫と守護者の研修兼交流会を始めさせていただきます』

 風音が開会を宣言すると、パチパチと体育館の中に拍手の音が響いた。

『ありがとうございます。では、まずは現在判明している異世界からの流入者の情報共有から行いたいと思います。皆さん、係の者が先導いたしますので、申し訳ありませんが、大会議室まで移動の方をお願い致します』

「はい。それでは皆さま、自分の後に続いてほしいであります」

 風音の言葉を受け、芝居が手を挙げる。芝居はそのまま体育館を出た。光導姫と守護者たちも芝居の後に続いた。












 午後12時過ぎ。異世界からの流入者たちの情報共有の研修――具体的には、どの種族が穏便でどの種族が狂暴かといったようなもの――を終えた光導姫と守護者たちは、扇陣高校の大食堂に来ていた。今日は日曜日だが、日本全国から集まった光導姫と守護者たちのために学食が解放されていた。しかも、扇陣高校側から食券が支給されているので、昼食代はタダだ。光導姫と守護者たちは席に着きながら、腹を膨らませていた。

「おー、陽華に明夜! 久しぶりやな! 会いたかったで!」

 陽華と明夜が昼食を乗せたトレーを持って空いている席を探していると、どこからかそんな声が聞こえてきた。陽華と明夜が声のした方に顔を向けると、そこには人懐っこい笑顔を浮かべた少女――御上おがみ火凛かりんがいた。

「火凛! 久しぶり! 元気だった?」

「元気も元気や。そういうあんさんらこそ元気やったみたいやな」

 顔を明るくさせた陽華に火凛はそう答えを返す。すると――

「皆さん、ご機嫌よう」

「ひ、久しぶりみんな・・・・・・」

 新たに2人の少女が現れた。1人は上品な雰囲気を纏うツインテールのいかにもお嬢様といった少女で、もう1人は癖毛のある長い髪の少し暗い見た目の少女だった。双調院そうじょういん典子てんこ四条しじょう暗葉くらは。陽華たちの知り合いだ。

「典子、暗葉。ええ、久しぶりね。SNS上でやり取りはしてたけど、こうしてみんなと会えるのは素直に嬉しいわね。テンション爆上がりだわ」

「爆上がり、といった顔ではないように思いますが・・・・・・ふふっ、そうですわね」

「う、うん。私も嬉しい」

 明夜の表情と言葉が一致していない事をツッコミつつ、典子は最終的に笑みを浮かべた。暗葉も典子に釣られたように口元を緩めた。

「あ、朝宮パイセンに月下パイセン! こんにちは!」

 陽華、明夜、火凛、典子、暗葉が顔を合わせていると、新たに陽華と明夜を呼ぶ声が聞こえた。声を掛けてきたのは魅恋だった。魅恋の隣には海公の姿もあり、海公は「こんにちは」と陽華たちに挨拶をした。

「霧園さん、春野くん! こんにちは! 2人も参加してたんだね!」

「はい。夏休みにここで研修を受けたんですが、かなり為になったので。今回もきっといい経験になると思って参加しました」

「日本中から光導姫と守護者が集まるイベントなんて超アガるんで来ました! ここにいるの全員光導姫と守護者なんてヤバいですね!」

 陽華が2人の名を呼ぶと、海公と魅恋が陽華たちの方に近づいてきた。

「何や何や。陽華と明夜の知り合いかいな」

「ええ。私たちの学校の後輩よ。今年の春くらいに光導姫と守護者になったの」

「あなた方の学校って、確か『呪術師』と『騎士』も在籍していましたわよね。しかも、去年からなぜか『芸術家』もあなた方の学校によく行っているとか・・・・・・あなた方の学校、どうなっていますの?」

「うわっ、ギャ、ギャルと物凄く可愛い・・・・・・男の子・・・・・・?」

 火凛の言葉に明夜が答え、典子と暗葉はそんな反応を示した。正確に言えば、光導姫ランキング10位『呪術師』、榊原真夏は今年卒業しているため風洛高校には在籍していないのだが、真夏もロゼと同じでちょくちょく風洛高校には通っているので、典子の認識はあながち間違いでもなかった。陽華、明夜、火凛、暗葉、典子、魅恋、海公は空いている席に着くと、食事をしながら談笑した。









「向こうは賑やかだね。香乃宮くんはあっちに行かなくてよかったの?」

 そんな7人を少し離れた場所から見ていた暁理は、自分の対面に座っていた光司にそう言葉をかけた。暁理と光司も光導姫と守護者だ。当然というべきか、2人もこの研修兼交流会に参加していた。

「僕が行けばいらない緊張を招く可能性が高いからね。普段から付き合いのある朝宮さんや月下さんだけならともかく、他の人々にとって僕は守護者ランキング10位、『騎士』だ。多くの人にとって肩書きは少し堅苦しい印象を与えてしまう。彼・彼女たちがそうとは限らないけど、僕はあの雰囲気を壊したくはないよ」

 光司はおしぼりで手を拭きながら暁理にそう返答した。魅恋と海公に関して言えば、光司も顔見知りではある。しかし、光司は陽華と明夜ほど魅恋と海公と打ち解けられているとは思っていなかった。

「・・・・・・香乃宮くんは気遣いのしっかり出来る大人だよね。はぁ・・・・・・あの前髪とは大違いだよ」

 光司の言葉を聞いた暁理は感心した様子で頷いた。そして、暁理は前髪に顔の上半分が支配されている少年を思い浮かべると、思わずため息を吐いた。

「いや、帰城くんは僕よりもずっと気遣いが出来る人だよ。真の気遣いとは、相手に気遣いと悟られる事なく気遣う事。僕の気遣いは所詮二流。帰城くんの気遣いこそ一流だよ。うん。やっぱり帰城くんは凄い」

「あいつのどこをどう見ればそんな結論になるの・・・・・・? うーん、香乃宮くんってやっぱり影人には甘いよね・・・・・・」

 影人に対する称賛の言葉を述べる光司に、暁理は不思議そうに呆れたように首を傾げた。








「そ、そう言えば風音。奴・・・・・・帰城影人はまだ来ていないのか?」

 陽華たち、光司と暁理から離れた食堂端でうどんを食べながら、アイティレは対面に座っている風音にそう質問した。アイティレの顔はなぜか少し緊張しているようだった。

「帰城くん? ええ、多分まだ来てないと思うわ。彼は午後の研修から来てもらう形だから。どうして?」

「い、いや別に何でもない。その、少し話がしたいと思っただけだ」

「話? うーん、何か少し怪しいわね。私の乙女レーダーが何かを検知しようとしているわ。・・・・・・はっ!? 陽華ちゃんと明夜ちゃんから聞いた体育祭でのオシャレな格好、それにこの前の『しえら』での帰城くんに対する反応・・・・・・まさか、アイティレ。あなたも・・・・・・」

 風音は何かに気づいたようにアイティレを見つめた。

「ち、ちち違うぞ!? だ、断じて私が帰城影人に好意を抱いたとかではなくてだな! と、とにかく何でもないのだ!」

 アイティレは顔を真っ赤にさせるとパタパタと両手を振った。いつもクールで何事にも動じないアイティレがこんなに慌てふためいている様を初めて見た風音は、自分の勘が合っている事を確信した。

「そう、あなたまで・・・・・・帰城くんって本当に凄いわね。男子生徒から難攻不落と言われているあなたまで攻略するんだから。・・・・・・まあ、気持ちは分からなくないけどね。帰城くんって普段の見た目はちょっと暗いけど、素顔は格好いいし。スプリガン・・・・・・非日常の姿と日常の姿とのギャップも凄いし。あれはやられちゃう子がいるのも分かるわ。それに、言動はちょっと乱暴だけど実は凄く優しいし。それでいて、決めるところはしっかり決めるというか、格好いいところもみせてくれるし。・・・・・・何というか、実は女子が好きになる要素てんこ盛り系男子よね」

 風音は真剣な顔で影人の事を分析しうんうんと頷く。風音は別に影人に対して恋愛感情は抱いていないが、年頃の女性として影人の事を高く評価した。

「それで、アイティレは帰城くんのどこにやられちゃったの? 私、気になるわ」

「な、なっ・・・・・・!?」

 ずいと顔を近づけてきた風音にアイティレは真っ赤な顔でパクパクと口を開ける。混乱、衝撃、羞恥、様々な感情が一気に襲い掛かり、アイティレはパンクした。

「よーっす、お2人さん。こんにちは。隣いいかい?」

 風音がアイティレを問い詰めていると、刀時が風音の隣に天ぷら蕎麦を乗せたトレーを置いた。

「っ、『侍』か・・・・・・! ちょうどいい所に来てくれた・・・・・・!」

「剱原さん・・・・・・はぁ、何でこのタイミングで来るんですか。最悪です。だからモテないんですよ」

「あれ、何で俺に対する反応がこんなにも両極端なわけ? というか、モテないのは関係なくない!?」

 風音にジトっとした目を向けられた刀時は思わずそうツッコミを返す。刀時は「まあ俺がモテないのは事実だけどさちくしょう!」と言いながら席に着いた。

「そういえば、真夏ちゃんやらロゼちゃんやらは一緒じゃないんだな。2人とも今回は不参加?」

「はい。榊原さんは中間レポートがヤバいとの事で、ロゼはいま富士山にいるから参加出来ないとの事です。ソニアも今は日本にいるので参加の確認を取ったんですけど、今日はどうしても都合がつかないらしくて不参加です。あと、最上位ランカーで言うなら『死神』、案山子野さんも不参加だそうです。参加できる面目がないと」

「ふーん、そっか」

 風音から答えを聞いた刀時は手を合わせ蕎麦を啜り始めた。

「ん、そうだ。もう1人聞きたい子がいたんだ。あの子も今日参加してるの? ほら、スプリガン・・・・・・って、あんまり言わない方がいいな。あの前髪の長い彼の妹さん」

 周囲にいるのは全員光導姫と守護者。そして、スプリガンの正体は未だに一部の者たちしか知らない。刀時はその事を考慮し、ぼかす言い方に言い直した。先ほど、風音がスプリガンの事を影人の非日常の姿とぼかしたのも刀時と同じ理由だった。

「帰城さん? はちょっと帰城くんと被っちゃうわね。確か、下の名前は穂乃影さんだったわよね。はい。参加者リストに名前がありましたから、参加していると思います」

「帰城影人の妹か・・・・・・帰城影人は自分の妹には正体を告げているのか?」

「さあ・・・・・・その辺りは分からないわね。でも、帰城くんの性格からして開示はしていないんじゃないかしら」

 アイティレの言葉に風音はそう見解を述べた。それから風音、アイティレ、刀時は適当な会話を交えつつ、食事を続けた。

 そして、賑やかな昼休憩の時間は終わり、午後の研修が始まろうとしていた。










「・・・・・・」

 昼休憩を終えた穂乃影は再び第3体育館に来ていた。現在の時刻は午後1時過ぎ。午後の研修開始時刻は1時15分からなので、もう少しすれば開始の時刻だ。穂乃影の他にも、既にほとんどの光導姫と守護者が体育館に戻っていた。

「あ、穂乃影ちゃん!」

 穂乃影が暇つぶしのためにスマホを操作していると自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。穂乃影はスマホの画面から顔を上げた。

「っ、朝宮さん・・・・・・」

 穂乃影の視線の先にいたのは陽華だった。陽華は穂乃影に向かってパタパタと手を振りながら、穂乃影の方に近づいて来た。

「こんにちは! 久しぶり!」

「こんにちは。はい、お久しぶりです」

 元気いっぱいに挨拶してきた陽華に穂乃影も挨拶の言葉を返す。穂乃影は明る過ぎる人間は正直苦手なのだが、陽華の明るさは相変わらず嫌なものではなかった。

「ん? なんや、去年の研修の時の補助係の人か。あの時はえらいお世話になりましたな。おかげさんで、今も生きてますわ」

「お久しぶりです『影法師』殿。その節はありがとうございました」

「わ、私も・・・・・・ありがとうございました」

 陽華の近くにいた火凛は穂乃影の姿を見るとペコリと頭を下げた。典子、暗葉も同じく穂乃影に頭を下げる。穂乃影は「い、いえ・・・・・・」と自身もお辞儀をした。魅恋と海公も穂乃影に会ったのは初めてだったが――穂乃影は今年の夏の研修には参加していない――雰囲気的に穂乃影にお辞儀を返した。

「っ、陽華。この子が穂乃影ちゃんなのね」

 陽華から穂乃影の話を聞いていた明夜は驚いたようなどこか緊張したような顔を浮かべた。

「うん。そうだよ。帰城くんの妹さん」

「「え!?」」

 陽華の言葉を聞いた魅恋と海公が一転衝撃を受けた顔になる。明夜は陽華の隣に並ぶと穂乃影にこう言った。

「初めまして、穂乃影ちゃん。いや、正確には去年の研修で顔を合わせているから、初めましてではないんだけど・・・・・・月下明夜です。あなたのお兄さん、帰城くんにはそれはそれはお世話になっているわ。よろしく」

「え、あ・・・・・・ど、どうも」

 明夜は手を差し出して来たので、穂乃影は明夜の手を軽く握り返した。

「あの、あの人・・・・・・兄にお世話になってというのは・・・・・・」

 信じられない言葉を聞いた穂乃影が明夜にそう聞き返そうとする。しかし、その前に魅恋と海公が穂乃影に言葉を掛けてきた。

「嘘!? 影人の妹なん!? えー、凄い! これって一種の運命じゃない!? あ、私は霧園魅恋! 影人のクラスメイトです! 穂乃影ちゃん超可愛いね!」

「同じく帰城さんのクラスメイトの春野海公です。僕も帰城さんにはいつもお世話になっています。妹さんがいるとは聞いていましたが・・・・・・まさか、光導姫だったなんて。驚きました」

「ク、クラスメイト・・・・・・」

 先ほどの魅恋と海公とは逆で、2人の自己紹介を聞いた穂乃影が今度は衝撃を受けた顔になった。なぜこんな場所で影人のクラスメイトと会うのだろうか。しかも、ここにいるという事は光導姫と守護者だ。穂乃影は色々と理解が追いつかなかった。

『皆さん、お待たせいたしました。それでは、これより午後の研修を始めます』

 そんなタイミングで、舞台に上がった風音がアナウンスを行った。体育館に集合していた光導姫と守護者たちの注目が舞台上の風音に集まる。当然、陽華、明夜、火凛、暗葉、典子、魅恋、海公、穂乃影も視線を舞台上に向けた。

『午後の研修は実戦形式で行います。闇奴や闇人との戦いは常に死の危険が伴いましたが、【あちら側の者】の中にも凶暴な者はいます。残念ながら、私たちはそんな者たちと戦う事もあります。そして、それには当然死の危険も伴います。午後の研修は皆さんの現在の実力を測るためにも、実力者たちと戦っていただきます。そして、戦いを通して実力者たちの経験も共有していただけたらと思います。皆さんと戦っていただく光導姫、守護者が誰なのか後で紹介いたしますが・・・・・・まずは、特別なゲストの方から紹介いたしましょう。どうぞ』

 風音が舞台袖に顔を向ける。すると、舞台袖から1人の男が現れた。

「・・・・・・」

 男は夜の闇の如き者だった。服装は、鍔が長い黒のハット状の帽子に黒の外套。胸元を飾るは深紅のネクタイ。紺のズボンに黒の編み上げブーツ。

 帽子から覗く髪の色は黒で、顔は整っていた。男の瞳の色は、月の如き金色だ。その男の姿を見た光導姫と守護者たちは騒ついた。

「え、嘘・・・・・・」

「おい、あの容姿ってまさか・・・・・・」

「私、知ってる・・・・・・1度だけ彼に会った事がある・・・・・・」

 光導姫と守護者たちは皆驚き戸惑っていた。男は光導姫と守護者の反応などには目もくれず、風音から少し離れた場所で止まった。

『初めて会う方が圧倒的に多いでしょうが、皆さんはこの方のことをきっと知っていると思います。何せ、彼は私たち光導姫・守護者の中では有名人ですからね。では、ご紹介しましょう。本日の特別ゲスト――スプリガンです』

 そして、風音は光導姫と守護者たちにそう言った。

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