第445話 文化祭と提督(3)

「・・・・・・さて、今日もやるか」

 文化祭2日目の朝。影人は今日も空き教室で、悪の魔法使いメイジ・オブ・マスクの格好になっていた。今日も昨日のように、勇者たちを迎え撃たなくてはならないからだ。

「しかし・・・・・・思っていた以上に人気だったな。この出し物。昨日もかなり忙しかったし」

 まだ勇者たちも来ない時間なので、影人はイスに座った。昨日、最初の客である陽華と明夜を皮切りに、ほとんど引っ切りなしに勇者という名の客(あるいは客という名の勇者。正直、変わらないのでどちらでもいい)が来た。おかげで、影人は昨日で1日のババ抜きを行った回数を楽々と更新した。

 魔王城である2年7組も大盛況だったらしい。2年7組の生徒たちは大成功だと大いに喜んでいた。クラスメイトたちは、今日も気合い十分で出し物に励むだろう。

「・・・・・・まあ仕事だ。勇者どもはしっかりと蹴散らしてやるよ。だけど、今日は出し物以外がちょっと忙しいんだよな・・・・・・」

 影人は小さくため息を吐いた。影人は今日は昼過ぎから休みだ。影人の代わりにはクラスメイトがメイジ・オブ・マスクを演じてくれる。そのため、本来ならばゆっくり出来る時間なのだ。

 だが、今日は前年と同じでシェルディアが風洛高校を訪れる。影人は今回もシェルディアから案内役を仰せつかったため、休み時間はシェルディアと共に文化祭を回らなくてはならない。

(別に嬢ちゃんと一緒に文化祭を回るのが嫌なわけじゃない。ただ、注目を集めるのが嫌なんだよな。嬢ちゃんの見た目は十二分に人目を引くし)

 影人が内心でそう呟く。とても夏祭りでオリジナル曲を熱唱した人物とは思えない心意気である。こいつにとっての注目を集めるとは、いったいどのような基準なのだろうか。謎である。

「・・・・・・やべえ逃げてえ。でも、逃げたら嬢ちゃんに殺されるしな。はあ、腹括るしかねえのか」

 天井を仰ぎながら影人はそうぼやいた。他の者から見れば贅沢に過ぎる悩みにしか聞こえないが、常人とはかけ離れた前髪野郎からすれば、本気で悩むべき事案であった。

 そして、そうこう考えている内に文化祭の2日目が始まる時刻となった。影人はイスから立ち上がると、教壇に立ち、教室入り口に対し背を向けた。勇者という名の客が来るまで、メイジ・オブ・マスクは基本的にこの体勢で待つ。それが、真性厨二病の前髪の役に対するこだわりであった。ああ、気持ち悪りい。

 すると、約十数分後。ガラッと影人のいる教室のドアが開かれた。同時に影人は勢いよく振り返った。

「くくっ・・・・・・よくぞ来たな。ようこそ、勇者よ。魔王軍四天王最強と謳われるこの我・・・・・・メイジ・オブ・マスクの棲まう『暗闇の図書館』へ。せいぜい、歓迎しようではないか」

 聞こえた足音の数は1人分。そのことを加味しながら、影人は昨日ですっかり口に馴染んだセリフを放った。

「やあ帰城くん。その姿とても似合っているよ」

 影人のいる教室に入って来たのは、とてつもないイケメンだった。爽やかなイケメンスマイルは、特に異性を魅了することだろう。そのイケメン、香乃宮光司は影人に向かって軽く手を振った。

「っ、香乃宮・・・・・・いや、光の勇者か・・・・・・!」

 光司の姿を仮面越しに確認した影人は、ツゥと額から一筋の冷や汗を流した。現れたのは、恐らく最強の勇者だった。

(いつか来るだろうとは思ってたが・・・・・・遂に来やがったな。クソッ、昨日の朝宮と月下といい、朝一からキツい奴ら来すぎなんだよ・・・・・・!)

 影人の体に緊張が奔る。影人からすれば光司は魔王のような相手だった。

「そうだね。今の僕は魔王を倒す使命を背負った勇者だ。僕は既に3人の四天王を倒した。君との勝負に勝てば、僕は魔王に挑める。でも、正直に言えば、僕にとっての魔王は君だよ」

「・・・・・・ふっ、考える事は同じか。光の勇者よ。貴様を魔王様の元へは行かせん。貴様はここで我が倒す」

「望むところだよ」

 影人と光司は互いに歩き、机を挟み向かい合わせに座った。仮面の下の影人の瞳と光司の瞳が交錯する。両者の視線がぶつかり、目には見えぬ激しい火花を散らす。

「では、光の勇者よ。まずは貴様に我との対決の方法を教えよう」

「それには及ばないよ。朝宮さんと月下さんから既にどんな勝負をしたのか聞いたからね」

「ほう。太陽の勇者と月の勇者から情報はリサーチ済みか。抜け目ない奴だ。では、早速始めるか。『道化に嘲笑あざわれし暗黒遊戯』を」

 影人が懐からトランプを取り出す。影人はトランプを入念にシャッフルすると、自分と光司に札を配った。

「帰城くん」

「我はメイジ・オブ・マスクだ」

「失礼。仮面の魔法使い殿。せっかくだから、少し賭けをしないかい? 勝った方は負けた方に何でも1つ命令できる。どうだろう。失うものがない戦いなんて、緊張感に欠けるとは思わないかい」

 手札を確認しながら光司がそんな提案をしてきた。同じように手札を確認していた影人は「ほう・・・・・・」と声を漏らした。

「くくっ・・・・・・面白い。勇者のくせに賭け事の提案をしてくるとはな」

「勇者だって人だよ」

「確かにな。清濁合わせもつか光の勇者よ。よかろう。貴様の提案に乗ってやる」

 メイジ・オブ・マスクに成り切っている影人は、光司に是の答えを返した。光司は「ありがとう。流石だね」と爽やかに笑った。

 影人と光司は互いに数字の被った札を机の中央に捨てる。そして、残った札を手札としながらゲームが始まった。

「先攻は我が頂こう」

 影人が光司の手札からカードを1枚抜く。数字が被っていたカードだったため、影人はそのカードと自身の手札のカードを1枚捨てた。

「じゃあ次は僕だね」

 今度は光司が影人の手札からカードを1枚取る。光司も引いたカードが手札のカードと数字が被っていたため、合計2枚のカードを捨てた。

「参考までに聞かせてほしいんだけど、仮面の魔法使い殿は文化祭を誰かと回る予定はあるのかな?」

「下世話な質問だな。ない・・・・・・と言いたいところだが、1人だけいる。夜統べる吸血鬼の真祖に文化祭を案内するように言われている」

「真祖・・・・・・シエラさんとシスさんは考えにくいから、シェルディアさんのことかな。なるほど。相変わらず仲がいいね」

「・・・・・・彼の真祖とは色々とあったからな。今では気心の知れた隣人・・・・・・だが、それ以外の関係はない」

 光司と影人はそんな会話をしながら、互いの手札を引き合った。1対1のババ抜きだ。決着がつくまでの時間はそれほど掛からず――

「うん。これで上がりだね。勝負は僕の勝ちだ」

 光司が最後に2枚のカードを捨てる。結果、光司の手札は全てなくなった。

「くっ・・・・・・さすがは光の勇者といったところか。まさか、この我が1回目の戦いで敗れるとはな・・・・・・」

 影人はジョーカーのカードを握りながら悔しげな顔を浮かべた。そして、光司に対しこう言葉を続ける。

「・・・・・・よかろう。素直に我の負けを認めよう。光の勇者、貴様の勝ちだ。よくぞ、魔王軍四天王最強の我を倒した。貴様には我を倒した証を授けよう」

「ありがとう」

 影人は机の上に置いていた、メイジ・オブ・マスクの紋様が描かれたダンボールバッジを1つ手に取ると、それを光司に手渡した。光司はそのバッジを受け取る。

「これで貴様は全ての四天王を倒した事になる。その事実が示すものは、魔王様への挑戦権の獲得だ。魔王様は我よりも遥かに強い。貴様は間違いなく魔王様の力の前に絶望するであろう。・・・・・・だが、我を倒した貴様の事はほんの少し応援してやらんでもない。では、行くがよい勇者よ。せいぜい足掻けよ」

 影人は立ち上がると、フッと笑い光司にそう促した。だが、光司はニコニコ顔を浮かべたままイスに座ったままだった。

「ダメだよ仮面の魔法使い殿。約束を有耶無耶にしようとしては。負けた方は勝った方の言うことを聞く約束だ。君もそれは了承したはずだよ」

「・・・・・・ちっ、覚えてやがったか」

 光司にそう言われた影人は、素の口調でそう呟いた。ワンチャンを狙ったのだが現実は厳しかった。

「・・・・・・いいだろう。貴様の望みを我に告げるがよい」

 言い訳をする事を諦めた影人が光司に対しそう言葉を述べる。光司は「うん。ありがとう」と爽やかに笑った。

「僕が君に要求する事はただ1つだけ。存分に文化祭を楽しんでほしい。そして、ぜひ僕のクラスの出し物にも顔を出してほしい。それだけだよ」

「っ・・・・・・意外だな。貴様の事だ。一緒に文化祭を回れとでも言われると思っていたが・・・・・・」

「正直、それも考えていたんだけどね。僕は欲深い人間だから。でも、僕にとって1番嬉しいのは、君が楽しく日常を享受している事だ。君は今まで、ずっと戦い続けて来た。だからその分、君は日々を楽しんで幸せにならなきゃいけない。お節介で傲慢極まりないかもしれないけど・・・・・・それが僕の望みだよ」

 光司は影人にそう言うと立ち上がりドアへと歩いて行った。

「そういうわけだから絶対に来てね。ちなみに、僕のクラスの出し物は、小さな演奏会だよ。じゃあね」

 光司は影人に手を振るとドアを開けて出て行った。影人はしばらく無言のまま光司が出て行ったドアを見つめていた。

「・・・・・・はっ、余計なお世話だ。てめえに言われなくとも、しっかり楽しんでやるよ」

 そして、影人はポツリとそう呟いた。その口元は少し緩んでいた。












「・・・・・・さて、じゃあ行くか」

 時間が経つのは早いもので時刻はすっかり昼過ぎ。12時を回った。メイジ・オブ・マスクの役をクラスメイトと代わった影人は、制服を纏ったいつもの前髪スタイルで校舎内を歩いていた。自由時間だが、シェルディアと待ち合わせているため、待ち合わせ場所である裏門まで行かなくてはならない。

 ちなみに、去年の待ち合わせの時は正門だったが、今年はなぜ裏門かというと、目立つ可能性を出来るだけ低くしたいからである。裏門は当然ながら、正門よりも人の数が少ない。いや、ほとんど人がいないと言ってもいいだろう。

 案内するという都合上、目立つのは確定だ。しかし、それでも正門で一気に注目を集めるのは、影人からすれば避けたい事だった。まあ、一言で言えば影人の行為は「焼け石に水」以外の何者でもなかった。

 影人は校舎を出て人気のない裏門への道を歩いた。そして、校舎の角を曲がればすぐに裏門という場所に差し掛かった時、

「――それにしても、影人の奴遅いね。女性を待たせるなんて、本当どうしようもない奴だよね」

「そう言うものでもないよ。きっと彼も忙しいんだろう。彼のクラスの出し物はとても人気らしいからね。私もまだ行けてはいないが、文化祭が終わるまでには行くつもりだよ」

 そんな声が影人の耳を打った。どちらも女性の声だ。そして、影人はどちらの声にも聞き覚えがあった。前者は暁理。後者はロゼの声だ。

(っ、何であの2人の声が・・・・・・)

 影人の足がピタリと止まる。なぜ、裏門から暁理とロゼの声が聞こえるのか。影人は校舎の陰に隠れ、少しの間様子を窺う事にした。

「ふふっ、そうね。私も影人がやる出し物には顔を出してみたいわね」

「私もぜひ行ってみたいです!」

 影人がジッと聞き耳を立てていると、新たにそんな声が聞こえてきた。その声の主は、影人が待ち合わせをしているシェルディアと、シェルディアの同居人であるキトナの声だった。どうやら、シェルディアはキトナも文化祭に連れて来たようだ。

「でも、まさか裏門でシェルディアちゃん達と会うとは思ってなかったよ。僕とロゼさんは、たまたま小休憩でこっちに来ただけだったし」

「しかも、帰城くんとの逢瀬ときたものだ。本来ならば、私たちは邪魔者になるわけだが・・・・・・本当によかったのかい? 私たちも一緒に文化祭を回っても」

「もちろんよ。だって、大勢で回った方が楽しいでしょう。私、それほど器は小さくないつもりよ。今日はみんなで影人を共有しましょう」

「そうですよ。影人さんほどの面白くて魅力的な方、独占なんてしたらもったいないです」

 ロゼの言葉にシェルディアとキトナはそう返事をした。大体の事の顛末を理解した影人は、ダラダラと嫌な汗を流していた。

「あんな奴が魅力的ね・・・・・・面白いっていうのは同意だけど、僕はそこは分からないかな」

「あら、そう? あなたも十分に分かっていると思っていたけど。あなたはもう少し自分に素直になった方がいいわね。でないと、後悔するかもしれないわよ」

「そうだね。慕情の花は大切に愛でたいものだ。しかし、時には素直さや勇気といった水も注がなくてはならない」

「うふふ、暁理さんは可愛いですね〜」

 暁理の呟きに、シェルディア、ロゼ、キトナが意味深な答えを送る。3人からそう言われた暁理は「なっ・・・・・・!?」と一瞬で顔を真っ赤にさせた。

「まあいいわ。この話はまたいつか、時が来ればしましょう。それより・・・・・・影人、そこにいるんでしょう。そろそろ出て来たらどうかしら?」

 シェルディアが校舎の方に顔を向ける。その事に気づいていたのはシェルディアだけだったので、暁理、ロゼ、キトナは驚いた様子になった。

「・・・・・・?」

 しかし、いつまで経っても影人は出てこなかった。不審に思ったシェルディアが校舎の陰まで歩く。そして、影人がいるはずの場所を確認した。

 だが、その場所に影人の姿はなかった。

「・・・・・・はあ。全く、あの子の癖にも困ったものね」

 影人は逃げ出したのだ。その事を悟ったシェルディアは大きくため息を吐いた。












「嬢ちゃんだけじゃなく、キトナさんにピュルセさんに暁理の奴と文化祭を回らなきゃならないなんて・・・・・・無理だ無理。注目集めすぎてこれからの学校生活に支障をきたすぜ。女子4人と文化祭回るとかどこのラノベ主人公だよ。俺はそんなキャラじゃねえ・・・・・・」

 一方、逃げ去ったヘタレ前髪野郎は、木の葉を隠すならなんとやらの考えの元、校舎の中に入っていた。

(後で絶対嬢ちゃんとか暁理には怒られるがそれはもう仕方ねえ。えげつない注目を集めるよりかは、嬢ちゃん達に怒られた方がマシだ)

 そそくさと出来るだけ裏門から離れた場所に向かって歩きながら、影人は内心でそう呟く。最悪の最悪、シェルディアと暁理などと戦い半殺しにされる可能性もなくはない。しかし、それでもあの4人と文化祭を回るよりかはいいと、影人は本気で考えていた。

「休憩時間はまだまだたっぷりありやがるな・・・・・・適当にかくれんぼしながら時間潰すか」

 スマホで時間を確認した影人は自由時間のプランを急遽変更した。出し物を回ればシェルディア達と鉢合わせる可能性が高い。よって、影人に出来るのはコソコソとどこかに身を隠す事だけだ。

「さて、どこに隠れるか・・・・・・ん?」

 影人が悩みながら階段の踊り場に出る。すると、影人の前を歩いていた女性がポケットからコロリと何かを落とした。

 それは、赤い宝石だった。いや、正確には宝石を模したオモチャのような贋作だった。

「あの、すみません。これ落としましたよ」 

 影人は偽物の宝石を拾い、前を歩く女性に声をかけた。

「む? 何か落としたか。ああ、すまない」

 女性が振り返り、影人の方に顔を向ける。影人も今まで下を見ていたので、前髪の下の目を女性の顔に合わせる。その結果、両者はそこで初めて互いの顔を認識するに至った。

「「っ!?」」

 互いの顔を見た女性と影人は軽く驚いた顔になった。なぜなら、2人は互いに顔見知りだったからだ。

「『提督』・・・・・・」

「帰城影人・・・・・・」

 そして、影人とその女性――アイティレは互いの存在を示す名を呼び合った。

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