第444話 文化祭と提督(2)

「・・・・・・こんなもんでいいだろ」

 姿見で自分の姿を確認した影人はポツリとそう呟いた。鏡に映る影人は黒いローブを纏い、顔は目元を隠す黒いマスクを装着し、手には黒い木の杖を持っていた。その見た目はどう見ても不審者、いや変質者、まあ百歩譲って悪の魔法使いに見えた。

「今の時間が・・・・・・10時15分か。出し物が始まるのが10時半からだから、まだ少し時間はあるな」

 スマホの画面を見た影人はイスに腰掛けた。先ほど、現生徒会長である光司の宣誓を以て文化祭は開幕した。開会式は去年とほとんど変わらない喧騒だったので、今年の文化祭も大いに盛り上がるだろう。

「しかし・・・・・・文化祭でRPGとはな。よく考えついたもんだぜ」

 影人が自分の格好を見下ろす。2年7組の出し物は、名付けて「体験型RPG」だ。題目としては「勇者たちの冒険〜魔王を倒して世界に平和をもたらせ〜」である。その題目の通り、勇者一行(1人参加の場合は勇者のみ)が魔王を倒すというストーリーで、お客側が勇者一行、出し物をする側が魔物の役割を演じる。

 ちなみに、魔王役は魅恋である。そして、影人は魔王軍四天王の悪の魔法使い、「メイジ・オブ・マスク」役だ。正直、この役割に対して、前髪野郎の厨二病は疼きに疼き、役作りはそれはそれはしっかりと出来ている前髪野郎である。恐らくだが、ぶっちぎりで役にのめり込んでいる。

 形式としては、まず2年7組で客が参加の受付をし、そこで魔王軍四天王がいる場所の地図をもらう。勇者一行となった客はその地図を頼りに四天王たちを撃破し、最後に魔王と対決するといったものだ。魔王城である2年7組のドアは、四天王が魔法の障壁を張っているので、四天王を倒さなければ魔王城の扉は開かない、という設定だ。

 ただ、この出し物は、とても教室1つだけでやれる規模ではないので、いくつかの空き教室を使っている。影人がいるのもそんな空き教室の1つだ。文化祭の時にいくつも空き教室を使うのは中々申請が通らないものだが、魅恋を始め2年7組の生徒たちが熱意と共に事前申請を行った結果、教室を借りる事が出来た。文化祭に懸ける学生の思いは凄まじいなと、影人は改めて思った。

「俺のところに勇者一行が来るのは魔王戦の前・・・・・・最低でも最初の勇者が来るのに30分はかかる。ちょっと暇だな。仕方ねえ。大丈夫だとは思うが最終チェックしとくか」

 影人はまず自分の衣装と小道具をチェックした。破損箇所はない。

 次に教室の内装を見渡す。ここは魔王軍四天王が1人「メイジ・オブ・マスク」が棲まう「暗闇の図書館」という設定だ。そのため、ダンボールで作った本棚がたくさん設置されている。そんな本棚を怪しく照らすのは、紫色の暗い照明だ。内装も問題はない。

「失礼します。あ、帰城さん。衣装似合ってますね」

 影人が諸々の最終チェックを行なっていると、海公がやってきた。海公は一般の魔物役で、頭にツノ付きのカチューシャを装着していた。

「ん? ああ、春野か。ありがとな。お前も似合ってるぜ。で、どうしたんだ。お前は確か魔王城の魔物役のはずだろ」

「最初のお客様が先ほど受付をなされたので、お知らせをと思いまして。帰城さん、頑張ってくださいね」

「そうか。分かった。ああ、しっかりやるよ」

「ではお願いします」

 海公はそれだけ言うと帰って行った。影人は適度に気合を入れると、勇者、または勇者一行の到着を待った。

 そして、数十分後。ガラッと「暗闇の図書館」のドアが開かれた。足音は1人ではなく複数人分聞こえた。

「くくっ・・・・・・よくぞ来たな。ようこそ、勇者たちよ。魔王軍四天王最強と謳われるこの我・・・・・・メイジ・オブ・マスクの棲まう『暗闇の図書館』へ。せいぜい、歓迎しようではないか」

 一瞬で役に成り切った前髪、もといメイジ・オブ・マスクはバッと勢いよく振り返った。格好をつけるため、ずっと背中を向けて立っていたマスクである。影人はマスクの下から、記念すべき初めての勇者たちを見つめた。

「わあ! 格好いいね帰城くん!」

「ちょっとダメよ陽華。ここにいるのは帰城くんじゃなくて、魔王軍四天王最強のメイジ・オブ・マスクなんだから。私たちは勇者。設定は大事よ」

 影人の視線の先にいたのは、それはそれは見知った顔だった。現れた最初の勇者たちは、風洛高校が誇る名物コンビ。朝宮陽華と月下明夜だった。

「・・・・・・帰れ」

 陽華と明夜の姿を見た影人は、疲れ切った様子でただ一言2人にそう告げた。

「え!? な、何で!?」

「何でもクソもあるか。RPGにガチモンの勇者が来てるんじゃねえ。ほら、俺を倒した証はやるからさっさと魔王城に行ってこい」

 驚く陽華に素に戻った前髪野郎がしっしっと手で追い払う仕草をする。そして、影人は机の上に置いていた、メイジ・オブ・マスクの紋様が描かれた段ボールバッジを2つ手に取った。

「ちょっと帰城くん。それはないんじゃない。私たちは友達だけど、れっきとしたお客よ。帰城くんなら私の言いたい事、分かるわよね?」

 だが、明夜はムッとした顔で影人にそう反論する。明夜にそう言われた影人は、最初苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていたが、やがて大きくため息を吐いた。

「・・・・・・まず1つ訂正するが、俺とお前らは友達じゃない。そこだけは絶対だ。・・・・・・ああ、ちくしょう。分かったよ。お前の言う通りだ。お前らは客で俺はキャスト。なら、どんな奴が相手だって仕事はしねえとな」

 影人はそう言うと気持ちを切り替えた。そして、その口元に不敵な笑みを浮かべた。

「では、改めて名乗ろうぞ。我の名はメイジ・オブ・マスク。魔王軍四天王の1人である。勇者たちよ。まずは称賛しよう。他の3人の四天王を倒し、この我の元に辿り着いたその実力を。しかし、貴様らの快進撃もここまでだ。我は四天王最強。貴様たちに死という敗北をプレゼントしてやろう!」

「いや、私たちは負けないよ! だって勇者だから!」

「四天王最強、望むところよ。メイジ・オブ・マスク。あなたを倒して、私たちは魔王の元へと進むわ! いざ勝負!」

 悪の魔法使いの役に成り切った影人の言葉に、陽華と明夜も勇者として応える。影人は「その意気やよし」と笑うと、机に懐から取り出したカードの束を置いた。

「我との勝負ではこの52の紋様が刻まれた札を使う。さあ、席につけ勇者たちよ。貴様らにルールを教えよう」

 影人は陽華と明夜に、机の前に設置されていたイスに座るように促した。机は影人が座る用に1つ。客である勇者たちが座る用に1つ用意されていたが、今回は勇者が2人でイスが足りなかったため、影人は教室の隅からイスを1席取り、そのイスを客側の席に追加した。

「52の紋様が刻まれた札・・・・・・あ、トランプだね。なるほど。帰城くん、いやメイジ・オブ・マスクとの戦いはトランプ勝負なんだね!」

「魔法使いとだけあって頭脳戦なのね。面白い。腕が鳴るわ」

 陽華と明夜が席に着く。2人が席に着いたのを確認した影人は、自身も着席した。陽華と明夜、影人は机を間に挟み向かい合った。

「では、ルールを説明する。今からこの52の紋様が刻まれた札に1枚の札を追加する。その札とは・・・・・・これだ」

 影人は懐から1枚のカードを取り出した。そのカードには道化師が描かれていた。

「この札の名はジョーカー。道化の名を持ち、同時に切り札の名を持つカードだ。我が最も好むカードでもある」

「ああ、確かに帰城くんはジョーカー好きそうよね」

「イメージ通りだね!」

「おい、それはどういう・・・・・・まあいい」

 妙に納得する明夜と陽華に疑問を抱いた影人だったが、今の影人は悪の魔法使いメイジ・オブ・マスクである。影人は役に徹した。

「このジョーカーを加えたカードの束をシャッフルし、その束を我と貴様らの3等分にする。各々の束で数字が被っているカード、例えばダイヤの10とスペードの10があれば、それを真ん中に置いて行け。最終的に残った束を手札とし、3人で札を引き合う。その際、数字が被ったカードがあれば、最初と同じく真ん中に捨て置け。そして、最後までジョーカーを持っている者が負け。・・・・・・これが、我との戦いのルールだ。智と智の駆け引き戦・・・・・・名付けて・・・・・・!」

「ババ抜きだね!」

「ババ抜きね」

 満を持して影人がその遊戯の名を宣言しようとする。だが、その前に陽華と明夜が遊戯の名を言葉に出した。

「・・・・・・貴様らに人の心はないのか?」

 2人に先に遊戯の名前を言われた影人は、酷く落ち込んだ様子になった。先ほどまで高揚していた気分は一気に萎んでしまった。

「・・・・・・まあいい。理解はそれで合っている。だが、それは人間たちの俗称だ。魔族の間では、遊戯の名は『道化に嘲笑あざわれし暗黒遊戯』という。では、カードを配るぞ」

 影人はそう言うと、トランプの束をシャッフルし始めた。シャッフルの方法は、多くの人がよくするシャッフル――正式名称はヒンドゥーシャッフルというらしい――を入念に行った。そして、影人は自分、陽華、明夜の順番にカードを配った。トランプの枚数は53枚。対して、人数は3なので割り切れない。そのため、配り順的に影人が18枚、陽華が18枚、明夜が17枚という配り札となった。

「ああ、そうだ。聞きたかったんだけど、このゲームの勝利条件って帰城くんよりも早くゲームを抜けることよね? でも、3人でゲームをやる以上、陽華か私がババになる事もあるわけでしょ。その場合はどうなるの?」

「ほう。愚鈍と名高い月の勇者にしてはよく気付いたな」

「誰が愚鈍よ!?」

「よかろう。この我がしかと教えてやる。その場合は勇者たちの負けでやり直しだ。ちなみに、1日に挑戦できる回数は3回までだ。規定回数以内に我に勝つ事が出来ない場合は、また後日に挑戦してくるがよい」

「え、それってちょっと厳しくない!? 場合によったら、文化祭期間中に魔王に挑めない可能性もあるってことでしょ!?」

 影人の説明を聞いた陽華が納得がいかないといった顔を浮かべる。影人はそんな陽華に対し、「落ち着け。太陽の勇者よ」と言葉を返した。

「魔王様にそう簡単に挑めてはつまらんだろう。そして、これはチームで挑んできたお前たちに対する負債のようなものだ。今までの四天王・・・・・・例えば、獣王ダークビースト戦などでは、チームで戦う事が有利であったろう。このメイジ・オブ・マスクとの戦いでは、それが不利に変わる。それだけの事よ。出なければ、ソロの勇者たちとのバランスが取れんからな」

「た、確かに。うん、なら仕方ないね」

「しっかり1人と複数人でバランスが取れたゲームなのね。感心だわ」

 影人の説明に陽華と明夜は納得した。2人の様子を見た影人は頷いた。

「納得したか。では、これより『道化に嘲笑れし暗黒遊戯』を始める。各自、各々手札を確認しろ」

 影人がそう言うと、陽華と明夜が伏された札の束を手に取った。影人も自分の札を手に取り、目で確認する。影人、陽華、明夜はそれぞれ数字が被っている札を机の中央に置いて行った。

「くくっ、さあ勝負といこう。魔王軍四天王が1人、メイジ・オブ・マスク、参るぞ・・・・・・! 全力で来い、勇者たちよ!」

「うん! 行くよ!」

「本気のババ抜き・・・・・・燃えるわね!」

 影人が不敵な笑みを浮かべ、陽華と明夜もノリ良く応える。こうして、影人対陽華と明夜による対戦が始まった。

「では、まず我が太陽の勇者の札を取ろう。太陽の勇者は月の勇者から札を、月の勇者は我から札を取るがよい」

「太陽の勇者は私で月の勇者は明夜だよね。うん、わかったよ! じゃあ、はい。どうぞ!」

 陽華は影人にトランプの裏面を向けた。陽華の手札の数は10枚。そして、いま影人の手札にジョーカーはない。つまり、陽華か明夜のどちらかがジョーカーを握っている。影人は少しの緊張を伴いながら、適当に陽華の手札から札を1枚引いた。

「ふむ・・・・・・そう言えば、今日は魔なる機神の器に宿りし意思と一緒ではないのだな。最近は大体貴様らと一緒にいるイメージだが」 

 影人は数字が被ったカードを捨てながら、2人にそう聞いた。今度は陽華が明夜の手札からカードを引く。

「イズちゃんのこと? イズちゃんなら今はウチのクラスの出し物当番よ。ウチのクラスの出し物は、王道のメイド・執事喫茶なの。イズちゃんは給仕役よ。イズちゃんのメイド服姿はそれはそれは可愛いわよ。少なくとも、ウチのクラスは男子も女子も全員メロメロよ。もちろん、私と陽華もね」

「そうそう。イズちゃんのメイド姿、本当に可愛いんだよ。今年は絶対イズちゃん目当てで繁盛するよ! あ、帰城くんも暇な時は来てね! 私と明夜がおもてなしするから!」

「我はメイジ・オブ・マスクだ。間違えるな。ふん。闇纏う暗黒の魔法使いである我が、わざわざ自分から光の場所に行くと思うか。絶対に行かんぞ」

「本当、帰城くんってブレないわね・・・・・・何か、逆に感心するわ。それはそうと、帰城くんの一人称の我ってどうしてもレイゼロールを想起しちゃうわよね」

「あ、分かる! 明夜の言うみたいに、我って言ったらレイゼロールだよね!」

「・・・・・・言いたい事は分からんでもないが、別に我の一人称は終わりを司る闇の女神を意識しての事ではない。勘違いはするな」

 明夜、陽華、影人は勝負とは裏腹に、緊張感のない会話を交わす。無論、会話の最中にも勝負は進んでいる。現在、影人の手札が5枚、陽華の手札が6枚、明夜の手札が4枚だ。

 そして、それから勝負は続き――

「ふっ、我の1抜けだ。この時点で貴様らの敗北は確定だ」

 手札を全て捨てた影人がドヤ顔を浮かべる。初戦は影人の勝ちに終わった。

「悔しいー! よし、もう1回勝負だよ!」

「次こそ勝つわ」

「ふっ、いいだろう。また蹴散らしてやろう。一応言っておくが、今日の挑戦回数は残り2回だ」

 陽華と明夜がすぐさま影人にリベンジの意思を表明する。影人は2人にそう言葉を返すと、トランプを集め入念にシャッフルを行った。

 その後、再びババ抜き対決が行われたが、今度は陽華が最後まで残ってしまい、また影人の勝ちとなった。陽華と明夜は影人に3度目の勝負を挑んだが、また影人が1抜けしたため、陽華と明夜は負けてしまった。

「ふはは、見たか。これが、魔王軍四天王最強たる我の力よ。今までの四天王とは格が違うのだ。貴様らの今日の挑戦権は尽きた。また明日来るがよい」

「ううっ・・・・・・絶対また明日来るからね! 明日こそ勝つから!」

「覚えてなさいよメイジ・オブ・マスク!」

 全勝した影人は気分が良さそうに高らかに笑った。そんな影人とは裏腹に、陽華と明夜は悔しげな顔になっていた。陽華と明夜はそんな捨て台詞と共に、教室から出て行った。

「・・・・・・朝宮のセリフは分からんでもないが、月下の奴のセリフは勇者じゃなくて完全に悪役のそれだったな。まあ、今の時代は色んな勇者像があるからいいっちゃいいのか」

 1人になった影人は素に戻りそう呟くと、トランプを回収し懐に仕舞った。

「だが、どんな勇者だろうがこの俺が返り討ちにしてやるぜ。俺は孤高の悪の魔法使い、メイジ・オブ・マスクだ。ふはは、ははははははははははは!」

 最高潮にまで昂まった厨二病野郎が高らかに笑う。そして、仮面の魔法使いは次の勇者が来るまで、背を向けながら立っていたのだった。


 ――文化祭初日はこうして終了した。

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