第442話 前髪野郎と光の女神(4)
「ちょっと帰城くん! 決められたのは仕方ないとしても、アレはどうなの!? やりたい事は分からないでもないけど、一応これ勝負なのよ! もうちょっと真面目にやりなさい!」
「す、すんません・・・・・・」
休憩時間。赤チームのミーティング。真夏は少し怒った口調で影人にそう言った。影人は返す言葉もないといった様子でしょんぼりとしていた。
「まあまあ、真夏くん。帰城くんも決してふざけていたわけではないと思うよ。きっと真剣そのものでアレだったんだよ」
「だったら尚更タチが悪いわよ! とにかく、次からは気をつけてよね帰城くん!」
「は、はい」
ロゼの擁護(?)の言葉に真夏が思わずそうツッコむ。全く以て真夏の言う通りである。前髪野郎は深く頷いた。
「取り敢えず、後半は攻めなければなりませんね。私たちもラルバかロゼを攻撃陣に移しますか?」
「そうしましょう! 守ってたら勝てないわ。まずは点を取らなきゃ! リスクは必要経費よ!」
「確かに、そうした方がゴールを狙う機会は増えるだろうね。だが、向こうのチームはリードしているからといって守備を固めるような気質ではない。更に得点を狙ってくるはずだ。その場合、有効なのは・・・・・・」
「カウンターだね。うん。向こうの編成ならカウンターは十分に狙える。俺は布陣は今のままでいいと思うな」
ソレイユ、真夏、ロゼ、ラルバがそれぞれの意見を述べる。話し合いの結果、布陣は変えず、基本はカウンターを狙い、カウンター時に全員で攻めるという作戦になった。
「いい感じだよ! この調子で後半も頑張ろう!」
「大丈夫。私たちなら勝てるわ」
「当たり前だ。もっと点を入れて圧勝してやる」
「うん。みんなで勝とう」
「頑張ってくださーい・・・・・・」
一方、陽華、明夜、レイゼロール、光司、キベリア、青チームのミーティングはそんな調子で終わった。そして、ピッとホイッスルが鳴る。
「10分が経過しました。後半戦を開始します。コートを入れ替えます。両チーム、配置についてください」
「ふふっ、現在2対1で青チームがリード中ね。ここからどうなるか楽しみだわ」
主審であるイズの言葉で、赤チームと青チームがコートの中に入る。観戦者であるシェルディアは優雅にそんな感想を述べた。
「後半は青チームからです。では、後半戦開始」
「ふん」
イズの宣言により後半戦が開始される。最初にボールに触ったのはレイゼロールだった。レイゼロールは明夜にボールをパスした。
「今度は私が点を決めてみせるわ!」
ボールを受け取った明夜がドリブルで赤チームの陣地へと攻め入る。そんな明夜に対処したのはソレイユだった。
「これ以上点はあげないわよ! 逆に私がハットトリックを決めてやるわ!」
「それは欲張り過ぎですよ会長!」
真夏が明夜からボールを奪おうとし、明夜はそうはさせまいとボールをキープする。明夜は一旦レイゼロールにパスを戻した。
「レイゼロール!」
「我に催促するか。気に食わんな。だが・・・・・・いいだろう」
陽華が手を挙げパスを促す。レイゼロールは自分で少しだけボールを運ぶと、陽華にパスを出した。
「やらせませんよ!」
しかし、ソレイユが急にパスコースに現れ、レイゼロールから陽華へのパスをカットした。
「あ!?」
「っ、ソレイユ貴様!」
「さあ、みんな攻めますよ!」
陽華とレイゼロールがしまったという顔を浮かべる。ソレイユは一気に敵陣へと進んで行く。同時に、真夏、ロゼ、ラルバも防御を捨て敵陣に走った。カウンター時には防御を捨てて全員で攻撃に参加する。先ほどミーティングで話し合った作戦通りだ。
「ああもう、何でこっちにくるのよ!」
ディフェンダーであるキベリアがボールを持っているソレイユとの距離を詰める。キベリアはソレイユからボールを奪おうとしたが、ソレイユは走っていたロゼにパスを出した。
「ロゼ!」
「託されたよ!」
ソレイユからパスを受け取ったロゼは正面からゴールに切り込んだ。ロゼを追う明夜はまだ追い付いてはいない。ロゼはギリギリまでゴールに近づいていく。
「『芸術家』!」
「こっちだ!」
上がって来ていた真夏とラルバがパスを促してくる。カウンターなので、まだ陽華やレイゼロールもディフェンスには戻って来れない。どちらにパスを出しても成功するだろう。
「くっ・・・・・・!」
青チームのキーパーである光司の顔に緊張の色が奔る。これは実質的に3択だ。先ほど、敵チームのキーパーである影人も迫られていた。この状況はキーパーにとってかなり不利だった。実際、影人は止めきれなかった。
「だけど、必ず止めてみせる。みんなが頑張って作ったリードを奪わせるわけにはいかない!」
光司は逆にボールを持っているロゼに向かって飛び出した。光司は直接的にゴールを守るよりも、ボールを奪って間接的にゴールを守る事を選択した。光司はロゼの持つボールに飛び込み、両手でボールを奪おうとした。
「っ!?」
まさか、飛び出してくるとは考えていなかったロゼは軽く目を見開いた。
「全く勇気があるね・・・・・・! 君のその勇気に喝采を。だが・・・・・・勝つのは私だ!」
ロゼは強気な笑みを浮かべた。そして、トンとボールを軽く上に蹴った。ボールは飛び込んできた光司の上を綺麗に飛んだ。
「なっ!?」
「華麗だろう? そして、これで同点だ!」
光司の手が空しく空を切る。ロゼは光司を避けると、地面に落ち跳ねたボールをそのままゴールに押し込んだ。ボールは綺麗にゴール中央のネットに吸い込まれた。
「ゴール。赤チームに1点追加。これで2対2の同点です」
「ディフェンダーがゴールを決める。珍しい事ではあるが、これもまたサッカーの醍醐味だよ」
イズが笛を鳴らし、シュートを決めたロゼはファサっと軽く髪を掻き上げる。その仕草は傍目から見てもモデルのように決まっていた。
「やるわね『芸術家』! 悔しいけど格好よかったわ!」
「ナイスシュートでしたロゼ! 流石ですね!」
「おめでとう。テクニカルなシュートだったね」
真夏、ソレイユ、ラルバがロゼに称賛の言葉を贈る。ロゼは3人に対して「ありがとう」と言葉を返し、自身のポジションであるディフェンスに戻った。
「得点ありがとうございます。これで、少しだけ気が楽になりました。運動も出来るなんて、天はピュルセさんに二物を与えたみたいですね」
自陣に戻って来たロゼに影人もそんな言葉を贈る。影人にそう言われたロゼはフッと笑った。
「分かりやすい世辞だ。だが、ありがとう。嬉しいよ。ついでに、そのまま惚れてくれても構わないよ」
「っ・・・・・・」
パチリとロゼは影人にウインクをした。突然そんな事を言われた影人は、一瞬ドキリと心臓が跳ねた。
「・・・・・・さあ、試合が再開しますよ。集中しましょう」
「ふふっ、そうだね」
影人は露骨にはぐらかした。何でもない様子を装っているが、影人の顔は少し赤くなっていた。影人の顔色に気がついたロゼは、満足そうにその顔を綻ばせた。
「大丈夫大丈夫! まだ同点! 次は私たちがゴールを決めればいいだけだよ!」
「速攻で点を取り返しましょう」
陽華と明夜は明るくそう言うと、コート中央に移動した。イズが試合再開の笛を鳴らし、明夜が陽華にパスを出す。
「絶対に勝つ!」
陽華が素早いドリブルを行う。その速さはまさに疾風だ。陽華は矢の如く真っ直ぐに敵陣を突っ切らんとした。
「それはこちらのセリフですよ、陽華!」
だが、陽華の前にソレイユが立ち塞がる。ソレイユは陽華のボールを奪おうと激しくプレスをかけた。
「くっ、やりますねソレイユ様!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ陽華!」
陽華はソレイユを抜こうと、ソレイユは陽華からボールを奪おうと激しくせめぎ合う。陽華もソレイユも互いに運動は得意なタイプだ。結果、両者のせめぎ合いは一進一退の攻防となった。
「陽華!」
「ソレイユ!」
陽華を助けようと明夜が、ソレイユを助けようとラルバが駆ける。陽華は明夜にパスを出したかったが、ラルバがいるためパスが通る可能性は低い。
「っ、キベリアさん!」
やむを得ず、陽華は後方のキベリアに一旦ボールを戻した。
「ちょ、私に渡すんじゃないわよ! レイゼロール様!」
キベリアは来たボールをすぐさまレイゼロールにパスした。キベリアからパスを受けたレイゼロールは、ドリブルで敵陣へと駆け上がる。
「ふっ!」
「ちっ」
しかし、ロゼがレイゼロールを阻む。レイゼロールはボールをキープすると、素早く周囲に目を奔らせた。
「レイゼロール!」
陽華がレイゼロールの名を呼ぶ。陽華はソレイユにマークされていたが、パスを促して来た。ソレイユにマークされている状態で陽華にパスを出すのは得策ではない。ソレイユにボールを取られる可能性が高いからだ。
だが、陽華の目には自信の色が確かにあった。ソレイユにボールは取られない。だから、パスを出して欲しい。陽華の目はレイゼロールにそう訴えかけていた。
「・・・・・・いいだろう。やれるものならやってみろ」
レイゼロールは陽華に向かってパスを出した。別に陽華を信じたわけではない。このパスはあくまで先ほどのアシストの礼だ。レイゼロールは内心でそう考えた。
「っ、ありがとう!」
「舐めないでください!」
陽華とソレイユがボールに向かって同時に動く。陽華とソレイユは、互いに先にボールに触れようと足を伸ばした。
「よし! 明夜!」
「くっ!?」
結果、僅差でボールに触れたのは陽華だった。陽華はそのままボールを左サイドに向かって蹴った。
「ナイスパス!」
すると、陽華が駆けたと同時に走り出していた明夜がそのボールをトラップした。
陽華は明夜ならば走ってくれると信じていた。明夜は陽華ならば自分にパスを出してくれると信じていた。小さな頃から培ってきた幼馴染としての信頼。その結果が、このパスだった。以心伝心のコンビネーションがチャンスを作る。
「っ、しまった!」
明夜をマークしていたラルバが一瞬出遅れる。しかし、既に明夜はシュート圏内にいた。
「もう遅いわ! これで・・・・・・終わりよ!」
明夜が渾身のシュートを放つ。明夜の放ったシュートは綺麗にゴールの斜め右に向かって軌道を描く。シュートコースとしてはほとんど完璧だ。
「舐めるなよ! 今度は決めさせねえぞ!」
だが、影人にもパチモンの円◯守としての意地があるのか、手を伸ばし奇跡的に明夜のシュートを受け止める事に成功した。
「っ、私たちの友情シュートが!?」
「カウンターだ! 会長!」
まさか、ヘボキーパーである前髪野郎にシュートを止められると思っていなかった明夜が驚いた様子になる。影人はすぐさま前線にいる真夏に向かってボールを投げた。
「よくやったわ帰城くん! いや、円◯守! 後はこの豪◯寺修也に任せなさい!」
ボールを受け取った真夏が一気に攻勢をかける。青チームのディフェンスは、今のところ活躍なしのへっぽこディフェンダーであるキベリアだけだ。勝てる。真夏はそう確信した。
「小娘が・・・・・・舐めんるんじゃないわよ!」
だが、キベリアは自分の全ての力を振り絞り、真夏に向かってスライディングをした。
「なっ!?」
キベリアの必死のスライディングは成功し、ボールが真夏の足元を離れる。まさか、キベリアがスライディングをしてくると思わなかった真夏が驚いた声を漏らす。ボールはそのままラインの外に出る――
「まだです!」
――かに思われたが、ソレイユが脅威的なスピードで駆け、そのボールを拾った。ソレイユはそのままドリブルを行うと、シュート圏内へと至った。
「やらせるか!」
レイゼロールがソレイユに追いつき、ボールを奪おうと足を伸ばす。
「はぁっ!」
だが、その前にソレイユはシュートを放った。ソレイユのシュートはゴール左斜め上に吸い込まれるように進んでいった。ソレイユのシュートは威力も申し分なく、ほとんど決まると思われた。
「絶対に守り切る!」
しかし、流石は青チームのゴールキーパー、完璧イケメン香乃宮光司だ。光司は脅威的な反応速度を見せ、ジャンプして手を伸ばした。
「くっ!?」
片手だけ、更にはソレイユのシュートの威力もあり、光司はボールをキャッチする事が出来なかった。ボールは光司の手に弾かれた。
だが、ゴールを守る事は出来た。ここからカウンターを仕掛け、得点する。青チームのメンバーがそう考えた時、
「――はっ、別にサッカーはキーパーがゴールしてもいいんだぜ!」
そんな声と共に、いつの間にか敵陣へと駆け上がっていた影人が、光司が弾いたボールをキープしていた。
「「「「「っ!?」」」」」
その光景に青チーム全員が驚愕した顔を浮かべる。影人がいる位置は既にシュート圏内だ。
「決まりだッ!」
影人は右足を振り抜きシュートを放った。影人のシュートはソレイユのシュートほどの威力はなかった。だが、十分にシュートとしての威力は持っていた。加えて、光司はボールを弾いた直後で身動きが取れない。
結果、影人の放ったシュートは青チームのゴールを穿った。
「はっ・・・・・・信頼がお前たちだけの武器だと思うなよ。名物コンビ」
「・・・・・・ゴール。赤チームに1点追加です」
シュートを決めた影人がドヤ顔を浮かべそう呟く。イズは露骨につまらなさそうな顔になりながらも、そうアナウンスを行った。
「影人!」
ソレイユが影人の元に駆けつける。ソレイユは弾けるような笑顔でスッと手を掲げた。
「おう」
影人も笑みを浮かべると、自身の手でソレイユの手を叩く。パンというハイタッチの音が軽快に響いた。
「――うーん! やっぱり勝つのは気分がいいですね! レールのあの悔しそうな顔ときたら・・・・・・ふふっ傑作でしたね」
「お前中々いい性格してるよな。でも・・・・・・くくっ、同意するぜ」
夕暮れに染まった道を歩きながら、ソレイユと影人がそんな言葉を交わす。ソレイユは満足したような、スッキリとしたような顔で笑い、影人も口元を緩めていた。
結局というべきか、サッカー対決は、最終的に3対2で影人たちの赤チームが勝利した。影人が得点を決めた後、赤チームと青チームの必死の攻防があったが、何とか赤チームが最後までリードする事が出来たのだ。勝った赤チームは当然喜び、負けた青チームは悔しがった。何だかんだ、再び再戦の約束をしつつ、皆は解散した。そのため、今は影人とソレイユの2人だけしかいなかった。
「シェルディアと出会った時はどうなる事かと思いましたが・・・・・・とても楽しかったです。こんなに楽しいと思えた日は本当に久しぶりです。影人、今日はありがとうございました。私はこの日の事を忘れません」
「礼なら俺じゃなく嬢ちゃんとか他の奴らに言えよ。別に俺は何にもしてねえよ」
礼の言葉を述べてくるソレイユに、影人はかぶりを振った。確かに、シェルディアに言われて暁理やイズ経由で、仕方なく光司、陽華や明夜を集めはした。真夏やロゼも、陽華と明夜経由で集まってもらった。ソレイユが礼を述べる対象は、影人などではなく集まってくれた者たちだ。
「いいえ。それは違いますよ。あなたが今日まで絆を紡いできてくれたからこそ、今日という素晴らしい日になったんです。だから、あなたは何もしていなくありませんよ」
しかし、ソレイユは首を横に振った。ソレイユは暖かで優しい表情でそう言った。
「・・・・・・お前バカか? 俺が、この俺が絆を紡いできたわけねえだろ。あり得ん。的外れもいいところだ」
「バカではありませんよ。失礼ですね。全く、あなたは本当に素直じゃありませんね。こういう時くらい捻くれる事をやめればいいのに」
「俺はいつだって素直だ。捻くれた事なんざ1度もねえよ」
呆れ切った顔のソレイユに影人は早速捻くれた言葉を返した。
「この世で1番分かりやすい嘘ですね。ふふっ」
「何笑ってんだよ」
思わず笑うソレイユに影人がムッとした顔になッた。
「ふふっ、ねえ影人」
「・・・・・・何だよ」
「本当に今日はありがとうね。私、嬉しかったわ。あなたと、みんなと一緒に遊べた事が。・・・・・・ねえ、影人。また遊びましょうね。約束よ」
「勝手に約束を結ぶなよ。・・・・・・ったく、仕方ねえな。ああ、いいぜ。約束だ」
素の口調でそう言いながら、ソレイユが右の拳を軽く突き出してくる。影人はフッと笑うと、コツンと自身の右の拳をソレイユの拳にぶつけた。
「でも、次は体を動かさない方法で遊びてえな。絶対明日筋肉痛コースだぜ、こりゃ」
「情けないですね。それでもスプリガンですか。でも、そうですね。じゃあ、次は――」
影人が不安そうにそう呟き、ソレイユがそう言葉を返す。もう一組の名物コンビは会話を交わしながら、夕暮れの街の中へと消えていった。
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