第440話 前髪野郎と光の女神(2)
「よう嬢ちゃん。こんにちはだ。嬢ちゃんも散歩してたんだな」
「こんにちは。シェルディア」
散歩中にバッタリとシェルディアと出会った影人とソレイユは、シェルディアに挨拶の言葉を返した。
「ええ。ここは私のお気に入りの散歩コースだから。それにしても・・・・・・あなたたち2人だけで地上にいるというのは、中々に珍しいわね」
シェルディアが言葉通り珍しそうな表情になる。影人とソレイユの関係はシェルディアもよく知るところだが、ソレイユは基本的には地上に降りてこない。ソレイユには光の女神としての役割があるからだ。シェルディアの言葉の意味を理解したソレイユは、「実は・・・・・・」とシェルディアに自分が地上にいる理由を話した。
「へえ、影人がね。ふーん、そう。あなたをデートに誘ったの。やるじゃない影人。女神をデートに誘うなんて」
「いや、デートとかじゃなくてただ遊びに誘っただけなんだが・・・・・・というか、嬢ちゃん何を怒ってるんだ? その、めちゃくちゃ恐いんだが・・・・・・」
シェルディアはニコニコと笑っているが、纏う雰囲気は表情とは全く別のものだった。影人はシェルディアから凄まじい圧のようなものを感じた。
「別に何も怒っていないわ。ただ、後日荷物持ちに付き合ってね影人」
「絶対怒ってるじゃん・・・・・・」
しかし、影人にはシェルディアが怒っている理由が全く分からない。影人がこの世の不思議を感じていると、ソレイユがシェルディアにこう言葉をかけた。
「まあまあ、シェルディア。羨ましい気持ちは分かりますが、落ち着いてください」
「あら心外ね。別に羨ましいだなんて思っていないわ。だって、私は影人の隣に住んでいるんですもの。いつでも、影人とデート出来るわ。勘違いがちょっと見苦しいわよソレイユ」
「っ・・・・・・そ、そうですか。それは失礼しました。でも、私と影人は心で繋がっていますから。あなたが影人の隣に住んでいたとしても、私の方が近しい存在ですよ」
「正確には、あなたの神力を通じて繋がっているんでしょう。果たして、それが心で繋がっているという事になるのかしら。本当に大事なものは、積み重ねた絆よ。長く生きているくせにそんな事も分からないなんて・・・・・・可哀想に。経験が足りないのね」
「私には光の女神としての役目がありましたからね。享楽的に生きてきたあなたとは違うんですよ。ふふふふふふふっ」
「言ってくれるわね。ふふふふふふふっ」
(こ、恐え・・・・・・)
ソレイユとシェルディアの間に、目には見えない火花がバチバチと散る。影人はソレイユとシェルディアの背後に修羅の姿を幻視し、心の中でそう言葉を漏らした。
「まあいいわ。この話はこのくらいにしておきましょう。それより、外で遊ぶ方法を探しているのよね?」
「あ、ああまあ・・・・・・」
「だったら、いい方法があるわ。あと、外で遊ぶなら人数がいた方が楽しいわ。そうね。影人、あなたもいくらか人数を集めてちょうだい。せっかくなら存分に楽しみましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ嬢ちゃん。人数を集めろって・・・・・・いったい何をするつもりなんだ?」
話が見えないといった様子で影人がシェルディアにそう尋ねる。シェルディアはイタズラっぽく笑うとこう答えた。
「楽しい事よ。たまにはみんなでスポーツでもしましょう」
「・・・・・・何がどうしてこうなった」
約1時間後。影人は天に真紅の満月輝く無限に思える荒野にいた。つまるところ、シェルディアの『世界』にだ。影人は黒の半袖に紺の半パンを纏い、赤いビブスを着ていた。
「ここがシェルディアの『世界』ですか。美しも、どこか少し悲しい『世界』ですね・・・・・・」
影人と同じく赤いビブスを着たソレイユがシェルディアの世界を見渡した。
「あはは! いやー、まさかソレイユ様とサッカーやる事になるとは思わなかったわ! 人生って本当不思議ね!」
上下黒のジャージ姿で笑い声を上げたのは真夏だった。真夏も、影人やソレイユと同じく赤いビブスを身に纏っていた。
「うーん、ソレイユにお願いがあるって言われて、張り切って地上に降りてみたら・・・・・・まさかスポーツの数合わせ要員だったなんて。いや、今は仕事がないから別にいいんだけどさ・・・・・・」
何とも微妙そうな様子でそう呟いたのはラルバだ。ラルバは青いシャツに動きやすい長ズボンという格好で、赤いビブスを装着していた。
「ふむ。何とも美しい景色だ。サッカーが終わったらぜひ1枚描きたいね」
白いシャツにストレッチの聞いたジーパンという、ラルバと同じような服装でロゼがそう呟く。ロゼのビブスの色も、影人、ソレイユ、真夏、ラルバと同じく赤であった。
「ワクワクするね明夜! 絶対勝とうね!」
「ええ。私たちのコンビっぷりを見せつけてやりましょう」
影人と同じように半袖半パン姿でそう言ったのは、陽華と明夜だ。2人は青いビブスを着ていた。
「・・・・・・なぜ我がこんな事を」
呪うように嘆くようにそう声を漏らしたのはレイゼロールだ。レイゼロールはいつもの服装に、不似合いな青いビブスを装着していた。
「まさか帰城くんとサッカーが出来るなんてね。敵なのが残念だけど、存分に楽しませてもらうよ」
「何で私がサッカーなんか・・・・・・スポーツなんかこの世から消えればいいのよ・・・・・・」
爽やかな笑みを浮かべたのは光司で、絶望しきった顔になっているのはキベリアだ。光司はスポーティーなジャージを、キベリアは野暮ったい臙脂色のジャージを纏い、上半身に陽華、明夜、レイゼロールと同じ青色のビブスを着ていた。
「さて、準備は出来たわね。じゃあ、これから5対5のサッカー戦を始めるわ。赤チームは影人、ソレイユ、ラルバ、真夏、ロゼ。青チームは陽華、明夜、レイゼロール、光司、キベリア。私は観戦で、審判はイズが務めるわ」
シェルディアがコート内にいる赤チームと青チームに対してそう説明する。シェルディアの言うように、影人たちはサッカーのコート内にいた。コートは普通のサッカーのコートよりも小さく、フットサルのコートよりは大きいというもので、地面には黒いラインが走っており、そのラインがコートを形成していた。ゴールも闇色のゴールがコートの端に2つ、コートの中央に闇色のボールが鎮座していた。コートやサッカーに必要な道具を創ったのは、いずれもレイゼロールだった。
ちなみに、シェルディアが真夏やロゼ、光司の名前を呼んだのは、この前の祭りで一緒だったこと、結構な頻度で顔を合わすことなどがあり、珍しく名前を覚えたからだった。
「サッカーのルールは先ほど学びました。完全に公平なジャッジをお約束します。ただし、帰城影人に限ってはその限りではありませんが」
「何で俺だけなんだよ! どこが完全に公平なジャッジだ!」
影人がイズに抗議の声を上げる。イズは「冗談です。そんな事も分からないんですか。相変わらず愚かですね」と無表情に言って退けた。
「最後にルールの確認よ。基本的には現行のサッカーのルールと同じ。オフサイドに関しては、人数が少ないからなし。ここはフットサルと同じね。キーパーはつけてもつけなくてもどちらでもいいわ。あと、当然だけどレイゼロールは神力の使用は禁止。光導姫、守護者、影人も変身は禁止よ。フェアに戦わないと面白くないから。前半20分。休憩10分。後半20分の時間配分よ。分かったわね?」
シェルディアが両チームの選手たちに確認を取る。両チームとも特に反対意見は出なかった。
「よろしい。では、第1回サッカー大会を始めるわ。両チーム整列」
シェルディアがそう呼びかけると、赤チームと青チームがコートのハーフウェーラインに向かい合うように整列した。
「イズ。後はお願いね」
「はい」
主審であるイズが首から闇色のホイッスルを下げながら(ホイッスルもレイゼロールが創造した)、両チームの元へと向かう。イズは1度両チームの面々を確認すると、こう言葉を放った。
「これより赤チーム、帰城影人、女神ソレイユ、男神ラルバ、榊原真夏、ロゼ・ピュルセ、対、青チーム、朝宮陽華、月下明夜、女神レイゼロール、香乃宮光司、闇人キベリアによるチーム対抗戦を行います。両チーム、握手を」
「よろしくね帰城くん! いい勝負にしよう!」
「暑苦しいなおい。だが、負ける気はねえぜ」
「対戦よろしくお願いします、ソレイユ様」
「はい。こちらこそ。ふふっ、負けませんよ明夜」
「えーと・・・・・・まあ、よろしくレール」
「・・・・・・ふん」
「はっはっはっ! ボコボコにしてあげるわ副会長! 覚悟なさい!」
「榊原先輩は敬愛する先輩ですが、忖度はしませんよ。今日は勝たせていただきます」
「よろしく頼むよ」
「何で光導姫と握手なんか・・・・・・あー、はいはい。分かったわよ」
陽華と影人、明夜とソレイユ、ラルバとレイゼロール、真夏と光司、ロゼとキベリアがそれぞれ握手を交わす。握手を交わした選手たちは、それぞれのコートに移動した。
「ゴールキーパーはどうしますか?」
「流石につけといた方がいいだろ。俺がやる。ちょうどゴールキーパーの主人公が有名なゲーム世代だからな。安心しろ。ゴールキーパーの極意はサンダーゲート中のキャプテンから学んだ。シュートは全部止めてやるぜ」
「なるほど! 円◯守ね! なら、私はさしずめエースストライカーの豪◯寺修也! 安心しなさい! 私が敵のゴールにシュートをぶち込んで来てあげるわ!」
「ふむ。イナズ◯イレブンか。なら、私は風◯一郎太を見習ってディフェンスにでも徹しようかな」
「え、ピュルセさんイナ◯レ知ってるんですか?」
「まあね。私は芸術家。日本のサブカルチャーにも網を張っている。アニメもゲームも体験済みだよ」
「本当!? じゃあ『芸術家』、またどっかでゲームの対戦しましょうよ! ちょうど家にD◯2台とカセットあるから! 昔はお姉ちゃんとよく対戦してたのよ!」
「ほう。それはそれは。いいね。ぜひやろう」
「へえ。いいっすね。俺もまだ家にゲームのデータ残ってるんで、今度対戦していいですか? 無印、2、3どれでやります? 別にGOシリーズでもいいですよ」
「あら珍しく乗り気じゃない帰城くん! いいわね! 後で日程決めましょ!」
「「???」」
盛り上がっている影人、真夏、ロゼの人間組に対して、ソレイユとラルバの神組はよく分からないといった様子で首を傾げた。
「でもまあ、今はこっちの勝負に集中しましょう! ソレイユ様、ラルバ様! こっちに来て! 円陣組みましょう!」
「あ、はい!」
「え、円陣・・・・・・これは、ソレイユに合法的に触れるチャンス・・・・・・わ、分かった!」
ソレイユとラルバが真夏の近くに寄る。そして、赤チームは円陣を組んだ。
「ソレイユ様! リーダーの役割は譲るわ! 気合いの入る掛け声をお願いします!」
「え!? は、はい。分かりました。・・・・・・コホン。まず、急な呼びかけに集まってくださってありがとうございます。私から言えることは1つだけです。皆さん、勝ちましょう!」
「あいよ」
「おー!」
「お、おー!」
「勝利をこの手に」
真夏に促されたソレイユがチームメイトにそう呼びかける。影人、真夏、ラルバ、ロゼはそれぞれの言葉でソレイユの掛け声に応えた。
「向こうも気合い十分って感じだね! よーし、こっちも円陣組んじゃおう! ほら、明夜、光司くん、レイゼロール、キベリアさん! 組もう組もう!」
「そうね。サッカーはチームスポーツ。連帯感が大事だわ」
「女性と円陣を組むのは少し緊張するけど・・・・・・うん。分かったよ」
「待て。なぜ我がそんな事をしなければ・・・・・・っ、おい。無理やり引っ張るな!」
「嫌よ。そんな暑苦しい事・・・・・・ってちょっと!? 引っ張るのをやめなさいよあんた!」
陽華が青チームに声を掛け、明夜と光司が頷く。レイゼロールとキベリアは嫌がったが、陽華がレイゼロールの手を、明夜がキベリア手をそれぞれ引く。そして、青チームは円陣を組んだ。
「向こうはソレイユ様がリーダーみたいだから、こっちのリーダーはレイゼロールね! じゃあ、レイゼロール! 意気込みをお願いします!」
「なっ・・・・・・!? おいふざけるな。なぜ我がそんな役割をしなければならんのだ・・・・・・!」
レイゼロールは驚いた顔を浮べ、抗議の声を上げた。だが、陽華、明夜、光司、ついでにキベリアも、レイゼロール以外のチームメイトがジッとレイゼロールに視線を向けた。
「・・・・・・ええい! 今回だけだぞ・・・・・・! くだらんが勝負は勝負だ。しかも、相手はソレイユに影人だ。もし負ければ、間違いなくいらん事を言ってくるに決まっている。お前たちも奴らに侮辱されたくはないだろう。負けは許されん。各自、全力を尽くせ」
「おー! 絶対勝とう!」
「やったりましょう」
「ええ」
「おー・・・・・・」
最終的に折れたレイゼロールが青チームにそう言葉を掛ける。陽華、明夜、光司、キベリアはそれぞれリーダーであるレイゼロールの言葉に応えた。ちなみに、キーパーは光司が務める事となり、光司はゴール前に陣取った。
「ふむ。両チーム準備は出来たようですね」
審判であるイズが両チームを見渡す。赤チームはキーパーに影人、ディフェンスにロゼとラルバ、オフェンスにソレイユと真夏という配置だ。攻守バランスの取れたフォーメーションといえるだろう。
対して、青チームはキーパーに光司、ディフェンスにキベリア、オフェンスにレイゼロール、陽華、明夜という配置だ。攻撃陣が3人という、オフェンス寄りの攻撃的なフォーメーションだった。
「最後に先攻、後攻を決めます。今からコイントスを行いますので、両チームのリーダーは裏か表か言ってください。当てた方を先攻とします」
「では表で」
「なら裏だ」
赤チームのリーダーであるソレイユと、青チームのリーダーであるレイゼロールがイズにそう告げる。イズはシェルディアから渡されていた古びたコインを右手で弾いた。コインが宙を舞い、イズの右手の甲に落ちる。
「・・・・・・表です。先攻は赤チームとなります」
コインを見たイズがそう告げる。イズの宣告を聞いたソレイユは「よし!」とグッと手を握った。
「先攻はいただきますよレール。初得点はいただきます」
「ふん言っていろ。逆にこちらが先制点を取ってやる」
チームのリーダーであるソレイユとレイゼロールが最後にそう言葉を交わす。
「では始めます」
イズが試合開始のホイッスルを鳴らす。そして、シェルディアの『世界』の下、小さなサッカー大会が始まった。
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