第437話 前髪野郎と闇の兄妹(2)
「いやー、しかし現世は暑いね。昔はこんなに暑くなかったと思うけど・・・・・・冥界の地の国の焦熱階層のようだよ」
数分後。影人たちは適当にブラブラと周囲を歩いていた。レゼルニウスはローブの裾で額の汗を拭うと、アイスブルーの目を細め、灼熱の太陽輝く空を見上げた。
「・・・・・・まあ夏だからな。にしても、暑すぎるがな。というか、お前地上で神力使えるんだろ。だったら、体温調節の力を使えよ。それか、さっきのレイゼロールみたく冷却の力を使うとか」
「まあ、そうなんだけどさ。でも、僕は現世をそのまま感じたいんだ。現世の今の自然をそのまま感じられるなんて・・・・・・素敵で幸せな事だからね」
影人の提案に、しかしレゼルニウスはかぶりを振った。レゼルニウスの言わんとしている事を察した影人は「・・・・・・そうかよ」とただ一言呟いた。
「で、ブラブラとどこに向かって歩いてるんだこれ。この炎天下の中、目的もなく歩き続けるのは拷問なんだが・・・・・・」
「・・・・・・そんな事、我に聞かれても知らん。適当に回ろうと言い出したのは兄さんだ。兄さんに聞け」
「・・・・・・だってよ、レゼルニウス」
レイゼロールにそう言われた影人は、レゼルニウスにそう振った。レゼルニウスは「うーん、そうだね・・・・・・」と少し悩んだ様子になった。
「あ、じゃあせっかくだから、影人くんとレールが戦った場所、まあ必ずしも戦った場所じゃなくてもいいんだけどね。影人くんとレールの縁がある場所を見たいな。そうだね。例えるなら、映画に出て来た場所を巡ってみたいって感じかな。違う言い方をすれば・・・・・・ああ、そうそう。いわゆる聖地巡礼だよ」
そして、レゼルニウスは思いついたといった感じで、影人とレイゼロールにそう告げた。
「聖地巡礼・・・・・・? いや、言わんとする事は分かるが・・・・・・何か、お前変わってるな」
「そうかな? 実際に戦った2人に案内してもらう事ほど贅沢な事はないと思うけど」
影人の感想に対しレゼルニウスは笑みを浮かべる。レゼルニウスは光司かそれ以上のイケメンなので、その笑みは極上のイケメンスマイルだった。
「けっ、イケメン族め。で、どうするんだレイゼロール。レゼルニウスはこう言ってるが」
「・・・・・・兄さんがそうしたいというならそれでいいだろう」
影人はレゼルニウスに対し軽く嫌味を言いながらも、レイゼロールに確認を取った。レイゼロールはレゼルニウスの意見に反対しなかった。
「じゃあ、そうするか。でも、俺とレイゼロールが戦った場所は海外も含まれるぞ。そこはどうするんだ?」
「転移を使えばいい。ただ、長距離間の転移は我もそれなりの力を使う。それが何度もとなれば尚更だ。だから、我が途中で力が枯渇しそうになったら転移はお前がしろ。お前も長距離間の転移は出来るようになったのだろう」
「まあな。取り敢えず了解だ。で、最初はどこから行くんだ?」
影人がレゼルニウスに意見を求める。レゼルニウスは「それは決まってるよ」と言って、こう言葉を続けた。
「影人くんがスプリガンとして・・・・・・初めてレールに
「ああ、そうそう。ここだ。ここで、影人くんはスプリガンとして、初めてレールの前に現れたんだ」
十数分後。影人たちは先ほどの公園とは違う、また別の公園にいた。距離は近かったので、転移の力は使っていない。全員歩きで来た。レゼルニウスは少し興奮したように、周囲を見渡した。
「・・・・・・そういえばここからだったな。俺がスプリガンとして暗躍し始めたのは。後は、レイゼロールの力のカケラを集めていた時の集合場所にもしてたか。相変わらず、何の変哲もない公園だぜ」
影人は特に興味もなさげに公園を見渡した。影人の近くに大きな木があるが、影人はここから陽華と明夜、レイゼロールと闇奴との戦いを見つめていた。
「僕がスプリガンという存在に注目し始めたのは、君がレールと初めて本格的に戦った辺りからだ。だけど、一応僕は君たちが出会った場面も冥界から見ていた。いま思えば、あそこが運命の起点だったね」
「・・・・・・まあ、そうだな。あの時は色々と思ってもみなかったぜ。俺がレイゼロールと実は知り合いだったり、死んだり生き返ったり・・・・・・本当色々とな」
「ふん。お前があの時に自分の本来の姿を我に見せていれば、すぐに終わった話だったのだ」
「無茶言うな。あの時の俺はまだ過去に飛んでなかったんだ。お前の事を知るわけがないだろ。あの時の俺が思ってた事は、朝宮と月下の名乗りと決めポーズがダサいって事と、闇奴とお前がなんで攻撃せず見てるだけなんだアホかって事だけだ」
「ほう・・・・・・前者はどうでもいいが、後者は聞き流せんな。誰がアホだと? もう1度殺してやろうか貴様」
「それ、ブラックジョークが過ぎないか!? お前ガチで1回俺殺してるじゃん! しかも、その結果世界滅びかけたし!」
「過ぎた事だ。どうせ、お前は殺しても何だかんだと生き返る。なら何度殺しても問題はないだろう」
「大ありだ! さすがの俺も次に死んだら生き返る自信はねえよ! ったく、俺を何だと思ってやがるんだ・・・・・・」
「変態前髪バカ」
「誰が変態で前髪でバカじゃ!? こんちきしょうが! 上等だレイゼロールてめえ! 1回ぶっ飛ばしてやる!」
「やれるものならやってみろ。その前に我が貴様をぶっ飛ばしてやろう」
影人が怒りの余りポケットから、スプリガンの変身媒体である黒い宝石のついたペンデュラムを取り出す。レイゼロールもギロリと影人を睨む。
「ぶっ・・・・・・あはははははは!」
「「っ?」」
そんなレイゼロールと影人のやり取りを見ていたレゼルニウスが急に笑い声を上げる。突然笑い始めたレゼルニウスに対し、影人とレイゼロールは不思議そうな顔を浮かべた。
「ああ、ごめん。君たちがあんまりにも仲がいいものだから。僕からすれば見ていて嬉しい、自然と笑顔になる光景だよ」
「・・・・・・お前、目が腐ってるのか? 何をどう見ればそんな感想が出てくるんだよ」
「・・・・・・バカの前髪と同じ感想を抱くのは癪だが、我もよく分からないな。なぜ、我とこいつの仲がいいとなるのだ」
レゼルニウスの言葉を聞いた影人とレイゼロールは訳がわからないといった顔になった。
「意外にも本人たちには分からないものなんだね。うん。それもまた微笑ましいね」
レゼルニウスがフッと笑う。レゼルニウスは満足した様子で、影人とレイゼロールにこう告げた。
「ありがとう。じゃあ、次の場所に行こうか。次は・・・・・・うん。影人くんとレールが初めて戦った場所だ」
「分かっちゃいたが・・・・・・人が多いな」
次に、影人たちはレイゼロールの転移で、人の賑わう大通りに移動した。影人は往来を行き交う人々に紛れながら、そう呟いた。
「・・・・・・あの時は光導姫の人払いの結界があったからな。何なら、今から人払いの結界を張るか?」
「いや、それには及ばないよレール。これもまた自然だからね。そう、確かにここだったね。君たちが戦ったのは」
レゼルニウスは大通りをぐるりと見渡した。今から1年と少し前。レイゼロールは闇奴に罠を施し、スプリガンを誘き寄せた。そして、この場所でレイゼロールと影人は初めて矛を交えたのだ。
「・・・・・・あの時は普通に死にかけたな。なにせ、レイゼロールの戦闘情報が何もなかった。加えて、俺はイヴと契約する前だったから、力に制限が掛かってた」
「なんだ。我に負けた言い訳か」
「い、言い訳じゃねえし。そもそも、戦いにすらならない土俵だったってだけだ。あの時は戦闘経験も全然だった。その中であれだけ善戦したんだ。さすが俺だろ」
「それを言うなら、我とてカケラを吸収する前で本調子ではなかった。見苦しいぞ雑魚」
『おい影人。あの時お前が死ななかったのは、どう考えても俺のおかげだろうが。自惚れんなハゲ』
「誰が雑魚でハゲだ!? 俺は雑魚でもねえしハゲてもねえよ! 見ろフサフサだろ!?」
レイゼロールと会話を聞いていたイヴが同時に影人にそう言った。影人は即座に抗議の声を上げた。特に、ハゲというイヴの罵倒に対して強く抗議した。
「っ、なぜ急に頭部を見せつけてくる? それに、我はお前にハゲとは言っていないぞ。遂に気が違ったか」
「お前に言ったんじゃねえよ! イヴの奴に言ったんだ!」
レイゼロールは影人に哀れなものを見るような目を向けた。影人は再び抗議の声を上げた。
「あはは、賑やかだね。やっぱり影人くんは面白いな」
レゼルニウスはどこか珍獣を見るような様子で笑った。珍獣前髪野郎は「見せ物じゃねえぞレゼルニウスてめえ!」と獣らしく噛み付いた。
「うん。ここも堪能できたよ。レール、また移動をお願いできるかな?」
「ああ。だが、次はどこに行く気だ?」
「・・・・・・レゼルニウスの奴は、基本的には俺とお前が戦った場所を見たいんだろ。だったら、次はあそこなんじゃねえのか」
影人がレゼルニウスとレイゼロールの会話に口を挟む。そして、影人はその場所の名を2人に告げた。
「・・・・・・なるほど。確かに、ここは特殊な霊場だね。来て初めて分かるよ」
影人たちが次に訪れた場所は、東京から一気に離れた場所、青森県の恐山だった。頂上付近から山を見下ろしたレゼルニウスは、神として何かを感じたのだろう。そんな言葉を放った。
「へえ、分かるもんなんだな。さすがは冥界の神様だ。俺にはさっぱりだぜ。霊感がないんだろうな。まだ幽霊にも会った事がねえし」
「うーん。影人くんは事情が事情だからね。『空』様に聞いたけど、君の中には零無様、前『空』様にして、僕とレールの創造主の魂の一部があるんだろう? それほどまでに格の高い魂が中にあれば、霊の存在には逆に気づけないと思うよ。どう言えばいいのかな。君の中にある強い魂の波動が、霊の微弱な波動を掻き消すというか・・・・・・そういったものに対して、鈍感にならざるを得ない体質って感じかな」
レゼルニウスは影人に神らしい指摘を行うと、続けてこう言った。
「まあ、そもそも幽霊という存在がかなり珍しいから、中々出会わないという事実もあるけどね。ああ、でも君が悪霊なんかに憑かれる事は絶対ないからそこは安心して。君は一種の聖域みたいなものだから。そこらの霊が君に取り憑こうとしても、魂の格が強過ぎて、逆に霊を捕食して消滅させちゃうからね」
「それ、聖域って言えるのか・・・・・・? 何か零無の魂らしいというかなんというか・・・・・・」
霊を捕食して消滅させるという言葉を聞いた影人は、黒い影の零無がニヤニヤ顔で悪霊を喰らって消滅させる場面を想像した。何ともピッタリというか、想像しやすい光景だ。
「ここでレールと影人くんは2度目の戦いを行った。あの時はけっこう接戦だったね」
「・・・・・・それなりにはな。だが、あの時の我の目的はカケラの回収だった。目的を果たしたという意味では我の勝ちだ」
レゼルニウスの呟きに同意しつつも、レイゼロールはそう主張した。
「うるせえ。あの時は色々噛み合わなかっただけだ」
「ふん。見苦しい言い訳だな。あの時はシェルディアも来ていた。シェルディアとお前が出会わなかったのは、ほんの偶然だ。そして、あの時点でお前とシェルディアが出会っていれば・・・・・・結果はどうなっていただろうな。それでも噛み合わなかったと言うのか?」
「ぐっ・・・・・・」
影人は言葉に詰まった。確かに、あの時シェルディアと出会わなかったのは幸運以外の何者でもない。あの時、影人は既にシェルディアと知り合いだったが、それでも良くない結果にはなっていたはずだ。
「まあまあ、レール。あんまり影人くんをいじめちゃダメだよ。でも、気持ち分かるな。好きな人はいじめたく――」
レゼルニウスが何か言おうとすると、レイゼロールが闇色の腕を創造し、その闇色の腕でレゼルニウスをビンタした。
「へぶっ!?」
闇色の腕はかなり力を入れてレゼルニウスをビンタしたようで、レゼルニウスは軽く吹っ飛んだ。
「い、痛いよレール! 急に何をするんだい!?」
「・・・・・・ふん!」
ぶたれたレゼルニウスは真っ赤な頬を押さえる。レイゼロールは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「・・・・・・何かよく分からんが、多分お前が悪いぞレゼルニウス」
「そんな影人くんまで!? ううっ、現世は厳しいな・・・・・・」
そして、恐山の頂上付近で、冥界最高位の神はガクリと項垂れたのだった。
「・・・・・・で、次はここか」
先ほどまでの夏の太陽輝く空とは一転、空は夜明け前の暗いものだった。周囲は暗いが街灯が等間隔に灯っているので、真暗闇というわけではない。場所柄か、人の姿もチラホラと確認できる。影人たちがいるのはイギリス、ロンドンのとある橋の上。その橋の名はウェストミンスター橋といった。
「うん。レールの力のカケラを巡る戦い。その場所の1つ。ここでも影人くんとレールは戦ったね」
「ああ。あの時はダークレイやら『死神』やら冥やら色々とごたついてもいたな。あの時は橋壊してヤバいって思ったな。まあ、結局こうやって直ってるんだがよ」
影人が橋を見渡す。そして、次に影人はイギリス、ロンドンの象徴でもある巨大な時計塔に目を向けた。
「・・・・・・確か、あの時計の針にカケラがあったんだよな。それで、俺がお前をあの時計塔に向かってぶっ飛ばして・・・・・・お前はカケラを吸収した」
「ああ」
「さすがにあそこはお前の機転勝ちだったな。あの時はやられたって思ったぜ」
「ふん。我はお前と違って頭がいいからな。・・・・・・と言っても、運の要素も大きかったのは間違いない。ゆえに・・・・・・それほど落ち込む必要はないぞ」
「別に落ち込んでねえよ。単純に振り返ってそう思っただけだ」
影人とレイゼロールはあの時の事を思い出しながら、そんな会話をした。今でこそ、こうしてこんな会話が出来ているが、あの時は互いに暗い気持ちを燃やし戦っていた。まだ1年ほどしか経っていないはずなのに、影人とレイゼロールは時の経過を感じずにはいられなかった。
「・・・・・・本当に良かったよ。君たちが今そうやって話せている事が。僕たちいま、ある意味運命を辿っているけど、何かがすこしでも違っていれば、いまレールと影人くんはここにはいなかったかもしれない。奇跡・・・・・・ううん、違うな。そんな安っぽい言葉じゃない。運命に打ち勝ち、暖かな未来を手繰り寄せた、素晴らしき想いの力。その力が
レゼルニウスがレイゼロールと影人に向かって微笑む。その言葉は、ずっと冥界から現世を見守ってきたレゼルニウスだから言えるものだった。
「・・・・・・別に我は何もしていない。今を形作る努力をしたのは・・・・・・全て影人だ」
「アホか。俺だけの力で今に繋がってるわけねえだろ。お前やレゼルニウスも含めた色んな奴らが・・・・・・それこそ過去から今に至るまで戦って来た光導姫や守護者、絶対にお前を救うって諦めなかったソレイユなんかを含めた全員の力が今に繋がってるんだよ。そこだけは勘違いするな」
影人はしっかりとレイゼロールの言葉に反論した。影人は自分の力だけで暖かな未来を勝ち取ったなどとは自惚れていない。自惚れるほど愚かではなかった。
「・・・・・・そうか。そうだな。お前にしては珍しくまともな言葉だ」
「おい、それどういう意味だ? まるで、普段の俺がまともな言葉を吐いてないみたいじゃねえか」
「察しが悪いな。そう言っているのだ」
「なんだとてめえ!?」
影人がレイゼロールに対して食って掛かる。その光景を見たレゼルニウスは思わず笑い声を上げた。
「あはははは。ああ、本当に楽しいなあ。でも、楽しい時間はまだまだこれからだ。ありがとう2人とも。じゃあ、次の場所に行こうか」
レゼルニウスが影人とレイゼロールにそう促す。
そして、数分後、影人たちの姿は夜明け前のロンドンから消えていた。
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